●〔83〕藤原正彦『古風堂々数学者』講談社 2000 (2006.10.20読了)
○内容紹介
覚えることより忘れないことの方が大切なときもある。自由なアメリカ、伝統のイギリスで暮らして見えてきた日本の良さ。理より情の数学者による教育論。
市民図書館で借りました。いつものように面白く読めました。ただ、同じような主張の繰り返しや、重複がしばしば見られました。
○藤原正彦の思想的変遷(?)
論理的に考えて正しいと思ったことを即座に実行する、というアメリカ方式が輝きの本質と分かっていたから、私もその方式を実行するようにした。当然ながら職場では始終あつれきを起こした。(中略)正々堂々と論戦し、そこで勝った者の意見が正しい、というのがアメリカ方式である。私が論戦で負けることはほとんどなかったから、自ら引こうとはまずしなかった。人日のひんしゅくを買っていたと思う。ある老教授に、「君はアメリカかぶれだ」と会議中に指摘されたこともあった。いつも闘争的だったから、私自身疲労を感ずることもあったが、矛盾のない合理的な世の中を理想として描いたのである。(pp.15~16)
イギリス滞在が私にもたらした影響のうち、最大のものは何と言ってもアメリカ崇拝の崩壊であった。(中略)
知らず知らずに私を支配していたそのアメリカが、兄弟国とも言えるイギリスでは徹頭徹尾、侮蔑され嘲笑されるのだった。(中略)帰国してしばらくした頃、年輩の教授に「一皮むけたようですね」と言われたが、以前の自分を思い大いにバツが悪かった。
イギリスのアメリカを見る目は、一言で言うと若造に対するそれである。(中略)
イギリス人は、富、繁栄、成功、勝利、栄光、名声などのもたらすものを、既に見てしまった人々である。だからそれらを求めて狂奔するアメリカ人を、無知な若造と嘲るのである。(pp.19~20)
日本が合理精神と引きかえに、武士道精神や儒教を中核とする「かたち」を捨ててしまったのは、大きな損失であった。忠君とか切腹はともかく、素晴らしいものが山ほどある。(p.30)
アメリカ的合理主義→イギリス的伝統主義→日本の武士道ということになるでしょうか(著書でいうと『若き数学者のアメリカ』→『遥かなるケンブリッジ』→『国家の品格』)。
○数学者のエピソード
数学における最高の賞、フィールズ賞を受賞したコーエン教授は、毎学期ことなる分野の講義をし、学期末にはその分野の論文を著すといわれる天才である。その彼が、問題をだれかに出されるといつも「これは簡単だ」と直ちに言うそうである。無論すぐに解けるとは限らないのだが、まずそう言って自分に気合を入れ問題に圧倒されないための勇気と楽観をふるい起こす。ひるむのはもちろん、悲観的であっても脳を全開しないからである。天才にしてそうなのである。(p.50)藤原正彦の真骨頂は数学に関するエピソードにあると思います。
○妻について
とは言え、この上なく不細工な私がこの上なく美しい数学を追究し、草野球の三振王が巨人打線を批判し、女房が私を非難中傷軽蔑侮辱する、などに見られるように人間には「自分のことを棚に上げる」権利がある。この権利は人類発展の原動力でもある。本書ではこの権利を十二分に活用させていただいたことになる。(「あとがき」p.214)この種の軽口はしばしば見られますが、極めて共感できます(^_^;)。