精神保健福祉士という資格を持っています。
国家資格だけれども、知らない人の多い資格。
「精神保健福祉士です」と言わないのは、現在その仕事をしてないからというだけでなく、「精神保健福祉士です」と言ったところで、「何それ?」という人が多いことを知っているから。
社会福祉士の資格も持っているけれど、こちらの方がまた一般的な認知度は高いかしら。
まあ、そんな精神保健福祉士として、かつて8年弱仕事をしました。
精神科の病院やクリニックではなくて、NPO法人が運営する地域活動支援センター、少し前は小規模作業所と呼ばれた施設です。
そこで、統合失調症やそううつ病、てんかん、境界型人格障害、知的障害、高次脳機能障害、そして病名はついていなかったけれどおそらく発達障害の人たちの生活援助をしたり、就労支援をしたり、相談に乗ったりする、いわゆるソーシャルワーカーの仕事をしていました。
結婚してから、転勤族の夫の勤務地に合わせて住まいを転々とするなかで、今も相変わらず福祉業界には仕事や関わりを持っています。
精神保健分野の仕事を探しながらもなかなか見つからず、高齢者などを対象とする相談援助の業務に従事することが多くなりました。
非常勤、嘱託という雇用形態ばかりなので、相談援助なんて、プロっぽいものではなくて雑用の方が多いのですが。
この頃、ふっとどうして精神保健分野の仕事に就かないのかな、と思いました。経験でいえば、そちらの方が長いし現場に入ればそれなりに役に立てるとは思うのだけれど。
縁がなかったというより自分が避けている感じがします。
そして、今となっては、「もうあの世界には行きたくない」と感じが強くなってきました。
触れ合った同僚やメンバーと呼ばれる精神障害者の人たちには懐かしさもあるし、今でも会いたくなるし、元気にしていて欲しいと思う。だから、仕事の大変さとか、合わないとかの問題じゃありません。
「薬を飲んでもらうこと」「医療にかかわってもらうこと」を前提に、メンバーさんたちを援助するということにどうしても違和感を持つようになってしまいました。
多数の暴露本を出版している内海聡ドクターの過激な発言や、テレビでも活躍しているカウンセラー心屋仁之助氏のブログに触れた影響も少なからずあるけれど、やっぱり自分の中でかつて自分が精神保健福祉士として行ってきた援助のそのやり方、言動が思い出されて、じわじわとボディブローとなって私を揺るがします。
「あれって、いいことだったの?」
子育てして、歳を重ねて、違う世界を知って、私が、変わってしまったということかもしれません。
昔からの知人の中に、仕事と結婚生活からのストレスで自殺企図、幻聴、閉鎖病棟の入院、そして薬漬けの状態に陥った女性がいます。
つけられた病名は、覚えていません。
在宅での療養と通院に切り替わったとき、援助者としてではなく、友人として関わった時期があります。
「薬飲むとダメになる気がする。どう思う?再発するかな」
と言う彼女に、私は、
「薬は突然辞めない方がいい。主治医と相談して、症状が良くなれば減薬することになるんじゃないかな。薬を辞めて1年以内の間に半数以上の人が再発するデータががあるよ」
と、ずいぶんつまらないことを言いました。
教科書通りの発言。
いや、その通りに私が信じていたし、そうなっていくケースを実際に見聞きしていました。
でも、彼女は、主治医の忠告も私のアドバイスも聞かずに、自分でやめる選択をしました
「もう、戻りたくないんだ。もう病気はやめたいんだ。だから薬もやめる」
彼女は私にそう宣言しました。
私は、再発することを心配しながらも、何も言わなかった。彼女の宣言があまりに堂々てしていて、何も言えなかったのです。
あれから10年くらいたったかな。
病気と薬をやめた彼女は、結婚して子供ももうけ、資格を取って専門職の仕事にもついています。
もちろん元々の性格や考え方の癖から、結婚生活では難題が降りかかることもあるし、職場でいじめのような出来事に遭遇することも少なくありません。
でも、折れない。
カウンセリングや本やらのツールを使ったり、家族や友人に愚痴を吐き出したり、自分を見つめ直すことで、くじけそうにはなっても、折れたりはしない。
しなやかに、図太くもなった彼女に、再発の可能性は、かぎりなく遠のきました。
今となっては、あの時、薬をやめようとしたときに、私のアドバイスを受け入れてくれなくてよかったと心から思います。
彼女のような例は、稀かもしれない。
実は、稀でもないのかもしれない。本当のところはよくわかりません。
多くの精神障害の人たちにとって薬は有用だし、精神医療も精神保健福祉も重要な役割を果たしているのももちろん経験上知っています。
でも、彼女のような例を知っている私は、もう、「薬飲みましょうね」「再発しないためにも薬が必要なんですよ」という声かけが必要な援助職にはつけないな、ついてはいけないな、と感じます。
薬が要らない人がいるかもしれないのに、再発だってしないかもしれないのに、私は、そんな言葉はもう言えないし、言いたくないのです。
精神障害者の援助から遠ざかって7年がたちます。浦島太郎です、完全に。
もう、こんな私のこだわりも杞憂だったりするくらい、現場は変わっているかもしれません。そうだといいな。
国家資格だけれども、知らない人の多い資格。
「精神保健福祉士です」と言わないのは、現在その仕事をしてないからというだけでなく、「精神保健福祉士です」と言ったところで、「何それ?」という人が多いことを知っているから。
社会福祉士の資格も持っているけれど、こちらの方がまた一般的な認知度は高いかしら。
まあ、そんな精神保健福祉士として、かつて8年弱仕事をしました。
精神科の病院やクリニックではなくて、NPO法人が運営する地域活動支援センター、少し前は小規模作業所と呼ばれた施設です。
そこで、統合失調症やそううつ病、てんかん、境界型人格障害、知的障害、高次脳機能障害、そして病名はついていなかったけれどおそらく発達障害の人たちの生活援助をしたり、就労支援をしたり、相談に乗ったりする、いわゆるソーシャルワーカーの仕事をしていました。
結婚してから、転勤族の夫の勤務地に合わせて住まいを転々とするなかで、今も相変わらず福祉業界には仕事や関わりを持っています。
精神保健分野の仕事を探しながらもなかなか見つからず、高齢者などを対象とする相談援助の業務に従事することが多くなりました。
非常勤、嘱託という雇用形態ばかりなので、相談援助なんて、プロっぽいものではなくて雑用の方が多いのですが。
この頃、ふっとどうして精神保健分野の仕事に就かないのかな、と思いました。経験でいえば、そちらの方が長いし現場に入ればそれなりに役に立てるとは思うのだけれど。
縁がなかったというより自分が避けている感じがします。
そして、今となっては、「もうあの世界には行きたくない」と感じが強くなってきました。
触れ合った同僚やメンバーと呼ばれる精神障害者の人たちには懐かしさもあるし、今でも会いたくなるし、元気にしていて欲しいと思う。だから、仕事の大変さとか、合わないとかの問題じゃありません。
「薬を飲んでもらうこと」「医療にかかわってもらうこと」を前提に、メンバーさんたちを援助するということにどうしても違和感を持つようになってしまいました。
多数の暴露本を出版している内海聡ドクターの過激な発言や、テレビでも活躍しているカウンセラー心屋仁之助氏のブログに触れた影響も少なからずあるけれど、やっぱり自分の中でかつて自分が精神保健福祉士として行ってきた援助のそのやり方、言動が思い出されて、じわじわとボディブローとなって私を揺るがします。
「あれって、いいことだったの?」
子育てして、歳を重ねて、違う世界を知って、私が、変わってしまったということかもしれません。
昔からの知人の中に、仕事と結婚生活からのストレスで自殺企図、幻聴、閉鎖病棟の入院、そして薬漬けの状態に陥った女性がいます。
つけられた病名は、覚えていません。
在宅での療養と通院に切り替わったとき、援助者としてではなく、友人として関わった時期があります。
「薬飲むとダメになる気がする。どう思う?再発するかな」
と言う彼女に、私は、
「薬は突然辞めない方がいい。主治医と相談して、症状が良くなれば減薬することになるんじゃないかな。薬を辞めて1年以内の間に半数以上の人が再発するデータががあるよ」
と、ずいぶんつまらないことを言いました。
教科書通りの発言。
いや、その通りに私が信じていたし、そうなっていくケースを実際に見聞きしていました。
でも、彼女は、主治医の忠告も私のアドバイスも聞かずに、自分でやめる選択をしました
「もう、戻りたくないんだ。もう病気はやめたいんだ。だから薬もやめる」
彼女は私にそう宣言しました。
私は、再発することを心配しながらも、何も言わなかった。彼女の宣言があまりに堂々てしていて、何も言えなかったのです。
あれから10年くらいたったかな。
病気と薬をやめた彼女は、結婚して子供ももうけ、資格を取って専門職の仕事にもついています。
もちろん元々の性格や考え方の癖から、結婚生活では難題が降りかかることもあるし、職場でいじめのような出来事に遭遇することも少なくありません。
でも、折れない。
カウンセリングや本やらのツールを使ったり、家族や友人に愚痴を吐き出したり、自分を見つめ直すことで、くじけそうにはなっても、折れたりはしない。
しなやかに、図太くもなった彼女に、再発の可能性は、かぎりなく遠のきました。
今となっては、あの時、薬をやめようとしたときに、私のアドバイスを受け入れてくれなくてよかったと心から思います。
彼女のような例は、稀かもしれない。
実は、稀でもないのかもしれない。本当のところはよくわかりません。
多くの精神障害の人たちにとって薬は有用だし、精神医療も精神保健福祉も重要な役割を果たしているのももちろん経験上知っています。
でも、彼女のような例を知っている私は、もう、「薬飲みましょうね」「再発しないためにも薬が必要なんですよ」という声かけが必要な援助職にはつけないな、ついてはいけないな、と感じます。
薬が要らない人がいるかもしれないのに、再発だってしないかもしれないのに、私は、そんな言葉はもう言えないし、言いたくないのです。
精神障害者の援助から遠ざかって7年がたちます。浦島太郎です、完全に。
もう、こんな私のこだわりも杞憂だったりするくらい、現場は変わっているかもしれません。そうだといいな。
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