夫の転勤で、東京に行くことになった。
住んだことはなくても、東京には郷愁みたいなものがある。もう一人の私の居場所がある。
最初に入った会社の1か月に及ぶ研修の日々、
仕事の仲間たちと乗った屋形船、
親友と失恋を癒しあいながらさまよった谷根千の街並み、
山手線の地下鉄のアナウンス、
新幹線のホームに吹き抜ける風、
遠距離恋愛をしていた彼の家、
真夏に一人闊歩した日比谷公園、そして皇居周辺・・・
ああ、きりがない。本当にきりがないな。
夫との思い出が詰まった場所でもある。
初めてのデートも、結婚式も東京だった。
日常から離れるために、仕事をするために、勉強をするために、何かを捨てるために、決断をするために、私は東京に出かけた。
だから、東京は、20代、30代前半の私の断片が、ふわふわと漂っている場所だ。
キリキリとした、ひりひりとした、それでもほのぼのとした、はつらつとした、時間があった場所だ。
生まれ変わるために、必死にあがいた、私の非日常が点在している場所だ。
東京が、日常になる。
むせかえるほどの濃厚な思い出が刻まれた場所が、日常になる。なってしまう。
今の私が、あの頃の自分に会いに行くような感じだろうか。だとしたら、私は、あの頃の自分になんて声をかけるんだろう。
「私は、大丈夫だよ。私は、結構幸せだよ」
きっと、そんな風に声をかけるかな。
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