師匠の不思議な日常

天の語らい地の学び 香る神々との対話 天界、龍神界の物忌み(巫女)師匠こと天卜占と弟子で審神者(さにわ)である臣の日々

浄化と調整 

2013年05月13日 | 天意の実践

カウンセリングの間、波動調整を同時に行っているのだが、

その前後は影響を受けるので身体が強制的に休むように

サインが来る時がある。

身体を休ませて自身で浄化して、調整を行うためだ。

「どうして、そんなに大変なのですか?」

と聞く方がいる。

なぜ、大変と思うのかは、本人のレベルであり、そう思うのかも

しれないのだが、

それを選ぶ。それから何かを私たちは学ぶ。

そして選んでいるのも、フィルターレベルに起因している。

誰かのために誰かが何かをしている。

それは職業であったり、人間関係であったり、とまあ、様々だが

高い領域に行けば、行くほど、限界領域は減る。

できることが増える。その結果、ということだ。

長く生きて来て、(古くから生きている魂と意味)いろいろなことを

獲得した結果とも、言える。

逆にそう思うのは、まだ若い魂の持ち主、と言える。

浄化の方法の智慧も、波動調整も、学んできたことから獲得した。

そして、それらを後から来た魂に教え、伝えている。

多くにふれる機会が増えれば、それだけ受ける機会も増える。

知識が少なくして、受ける機会が多ければ、浄化が追い付かず、

西洋医の知識で外科的施術を受けて、レベルが落ちた部分と

判断して、削除がなされることもある。

そのどれもが正しい。知識の範疇内だからだ。

どれも、納得して誰もが行う。

わかったからこそ、言えること。体験や体感でひとは獲得している。

学ぶ気もなく、そう、問うのであれば、それはおこがましいと

言うものだ。注意すべき感覚であり、そう思うのはサインである。

傲慢な自分をいましめることはとても大事だ。

知識を得れば、得るほどその対象者あってこそ、智慧の

再認識が得られる。

有難いとは、こういうことなのだ。

そして、体感したものは、智慧を伝えられる。誰かのために

何かができる。

自分だけの世界がつながりあう世界への扉を開く。

そうして、私たちはつながっている。
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読んでいただきありがとうございました。

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