師匠の不思議な日常

天の語らい地の学び 香る神々との対話 天界、龍神界の物忌み(巫女)師匠こと天卜占と弟子で審神者(さにわ)である臣の日々

蘖(ひこばえ) イノチをつなぐ

2011年07月28日 | 天意の実践

(ひこばえ)という言葉がある。

樹木の切り株や根元から生えてくる若芽のことだ。

太い幹に対して、孫(ひこ)に見立て、「ひこばえ(孫生え)」ともいう。

春から夏にかけて多く見られ、よく、師匠宅の二種類のドラセナが、

枯れたかと思っていたら、春になると脇から芽が出てきて、

また、元気に生い茂っている。

だから、これは俳句では春の季語となっているそうだ。

また、森林伐採の後、切り株からの蘖によって、新たな森林ができる

ようにすることを萌芽更新と言い、

かつての里山は、これによって維持されたという。

樫の木などは種子からの株は単独の茎をまっすぐに立てるが、

切り株からでた場合ではやや斜めに、切り株から外向きで見られる。

芽が大きな木にまで成長する頃には、切り株自体は枯れて腐って

消失。

わずかに間を開けて複数の幹が、それぞれやや外向きに伸びて

いれば、その内側に切り株があったのだと分かることもある。

幹を切らなくても、環境悪化などによって主茎が弱った場合などには

蘖が多数でることがあるのだ。

イノチを繋ぐシステムが、ここにはある。

この世界のネットワークは、このように、よくできている。

どのようにして伸び、どのように進むかは、本人次第。

他者がいろいろ言っても、誰もが、自分の人生は、自分で決める。

決めているのだ。

いろいろ意見することが好きな人も多い世の中だが、

よくよく、相手を観察をしてみると、わかる。

そのひとがどうしたいのかは、今が結果と思えば、

それがそうなのだ。

相談の依頼で、自分自身のことではなく、別の第三者。

友人や、知り合い、はたまた、知り合いから

「こんなひとがいるのよ、身体を壊して、動けなくなって、

何もかも拒否していてね。

なんとかしてあげられないかしら?」

と、聞かれて、わざわざ紹介をたよって、わたしどものもとへ

来られるケースがある。

そんな方へは、「今が幸せなのですよ。」と、お伝えする。

そう願い、念じていれば、誰もが自分の幸せについて、

いつか、考えだす。自分の幸せを求める。

本人の時間に沿って、歩きはじめるときに、彼らは歩くのだ。

だから、それを信じ、彼らの力を信じ、

神の采配を信じ、

自分は、自分の幸せにだけ、注視していれば、

周囲を明るく照らせる。

あなたが輝けば、あなたの周囲も輝くものだ。

  

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新芽を出さず、もとの木は朽ち果てたが、下から生え始め、

今は、茂ったドラセナ。二代目。

いただいた頃より、大きな葉が茂っている。

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語りかけるものたち 2

2011年07月23日 | 天意の実践

台風が去って、師匠が

「招霊さんが呼んでいる。」

と言うのでお話しをする招霊さんのいる神社へ行った。

境内に入ると、招霊の花の香りがする。

そこで見つけた

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抜けたばかりのような蝉の成長の名残。

あの強風の中でも、イノチは次々と生まれ、育まれる。

言葉はないが、受け取ることができれば、それは、つながっている。

それをわたしたちに語りかけている。

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語りかけるものたち

2011年07月17日 | 天意の実践

会社に勤めていた頃に比べて、今は、空を見上げたり、木々に

目を向けたりすることが増えた。

そして、子供の頃に見ていた風景とさして変わらないものに、

気がつく。

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先月末に見かけたヤマモモ。たぶん、今は熟してきて食べ頃。

桑の実も赤く色づいている。

山で育ったり、海で育ったりして、自然のものに触れて

過ごしてきたので、今のこの光景に普段も、目がいく。

だが、最近見かけなくなったものもある。

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このかたつむり。

偶然、神社で気がついた。

見かけなくなったね、と話していたら、ばったり出会えた。

そして、いつもと違う姿も。

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一枝だけ、紅く色づいたもみじ。

空の雲は、まるで秋のような動きをしていて、

幻日を見る機会が増えた。

だから天変地異がーなどと、言うのではなく、

在るがままを感じる。

彼らには、彼らの道理があり、彼らの道理で生きている。

それは、ひとの都合や道理で生きているわけではないのだ。

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今を楽しむ

2011年07月14日 | 天意の実践

この数年は、エネルギーレベルの上昇は、ほぼ不可能となった。

それ以前は、少しの意識向上のよる上昇は可能であったのだが、

試験は終わり、それぞれのレベルを楽しむ時を迎えている。

それは、ひとのみに限ったことではない。

イノチあるものすべてが、そうなのだ。

フィルターレベルに応じて作られたコミュニティはそれ自体もまた

イノチなのだ。

だから、今、この世界で起きていることの制限下に存在する。

国とか文明などと呼ばれるものもまた、同じ。

そして、イノチ在るものすべてが、次元の制限下にあり、

上昇スパイラルはおきない。

変化を楽しむ時を経て、今に在ることを楽しむという、

タイムラインに載って、世界は流れている。

これは、歴史を学んだものは、過去の事例に即して

今を鑑みれば、想像しやすい。

エネルギーの上昇と、上昇志向は似て否なるものだ。

夢を叶えること。自分探しなどは、想像や、創造のかけら

のようなものだ。

現実点においても、自分は自分でしかなく、夢の実現もまた、

自分であることに変わりはない。

自分という存在を楽しめるおだやかさにあれば、

外で起きることに左右されない。

ただ、ただ、自分であることを感じられるのだ。

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普遍的なもの 変わらぬおもい

2011年07月09日 | お客さまの感想や報告から

お客さまから、その後の報告をいただいたのだが、

いろいろな在りたい自分を模索して、私どもに

たどり着き、在りたい自分への道が開かれた途端、

逆転現象が始まり、今は、家族の有り難さに気づいて、

家族を大事にして過ごす一日を大切に思えてならない。

と、あった。

大事なもの。

自分が自分でいられたのは、自分を支えてくれている

家族がいてこそ。

だから、これからは、家族が自分を支えてくれたように、

自分もまた、家族を支える。

この喜びにたどり着いたのだ。

これは、家族だけとは限らない。

自分を取り巻く周囲の人があって、自分が成立する。

前回の人間のことは、人間で―

とは、人間が投げかけたものは、いろいろなものを

介して物事が動く。

だが、人間のみの思いに限定されたものは、

閉ざされた世界なので、人間がするしか選択がない。

開かれた世界では、人間以外が介入できる。

今まで綴った1000回の記事は、

私たちと、教えてくれたわたしたち(天界の方々、龍神界の方々、

惑星大学の学友たち、マスターや、マスターの長)と、

私たちの周囲のひとたち、

そして、これを読んでくれたあなたたちとで綴った

世界なのだ。

その世界を開いてくれた一番最初のメッセージから

変わらずある思い。

ひとたちが光の中で笑顔でありますように

これがさらに広がりますようにと、

祈って止まない。

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