こころの在り方は、そのひとが決めることなのだが、
もともと、人間はうまくいくようにできているのだ。
けれども、それを無理やり、うまくいかないように思考するのも
人間だ。
時々、パニック状態におちいって、電話がかかってくる。
そして、まだ起きてもいないことに、起きているかのように
焦点をあてて、物事を見ている。
このような時は、何を言っても、聞かないことが多い。
それでいて、どうしたらいいのかと、聞いてくるので、
まず、落ち着いてください。と伝える。
落ち着かない状態では、何を言っても無駄。
本人が、なによりも、不安を選んでいるからだ。
不安な心を選んでいる。
テレビを観ていたら、
311の震災以降、このような不安にかられる人が増えているという。
カラダという器はとてもよくできていて、このような時、
脳のなかでは、客観視する働きの部分の
血流が落ち、血管が細くなり、さらに、情報の処理が
できにくい状態となっているのだ。
カラダとココロは訓練すれば鍛えられ、丈夫になる。
このように時のココロのトレーニングで、この血管も太く
鍛えられる。
観ていた番組では、瞑想を取り上げていた。
一日15分~20分の瞑想。
瞑想が大変と思える人へは、簡単なトレーニングで、
実践していた。
一週間で、こころが軽くなったと体験した人が言っていた。
人は、『過去のできごと』に、漠然とした『未来』に、
不安を観る。
けれども、『今』でしかひとは生きていない。
ところで、不思議なもので、あわてて電話をかけてくるひとも、
こころのどこかで、かければ安心できると思ってかけてくる
ひとは、たいてい、電話がつながらない。
一度つながらなかったことで、ココロが一息をつく。
そして、つながった時には、落ち着きを取り戻している。
不安を選ぶ人ほど、不安へ陥るような考え方へ、続くことを
選んでいる。望んでいる。
もし、まわりのひとでそのような状態のひとがいたら、
沈黙することです。
沈黙し、相手に同調せず、自分の沈黙を守るのです。
沈黙していれば、相手の動揺した波動の影響を受けずに
いられます。
相手も、落ち着きます。
愛の光などと考えられないなら、せめて、沈黙しましょう。
いつか、ご自身の愛の光が放たれていることが感じられる
その日まで。
