ものぐさ日記

ひとり遊びが好きな中年童女の日常

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なつかしの食堂

2009年04月16日 | たべもの
 私は頭は弱いのですが、食べ物がからむと、記憶力が発揮されるタイプです。友達と旅行に入ったときも、帰りは飛行機で帰ってきたのか、新幹線で帰ってきたのかさえ、1週間後にはもう覚えていなかったのに、帰る直前に穴子飯を食べたのを思い出したのをきっかけに、帰路は空路だったことを思い出しました。…宮島口の穴子が食べたかったのに混んでいて入れなくて→広島駅で穴子飯弁当を買おうと思ったのに売っていなくて→空港の食堂でようやく食べられたけどイマイチだった、でようやく。


 餃子の王将が、前期は過去最高収益を更新したそうですが、王将で思い出すのがジョン・レノン。王将は学生でも行けるくらいの値段だったので、ときどき友達と行っていました。ジョン・レノンが暗殺されのを知ったのも、王将でテレビを見ていたとき。餃子やかに玉を食べながら、「なぜ○○じゃなくて、よりによってジョンなんだ?」とか話したことを覚えています。

 焼き肉屋の思い出は引っ越し。なぜか80年代・90年代は、引っ越しがあって、手伝ったり手伝ったりしてもらったときには、かならず焼き肉屋で打ち上げでした。そのうちみんな世帯をもって、荷物も多くなると、引っ越しも友達の手は借りず業者任せになったので、焼き肉屋で集まることもなくなりました。

 焼き肉屋といえば、結婚前、夫と銀座のスタイリッシュな焼き肉屋に行って、ふたりで3万円くらい食べちゃったこともあったなぁ。

 エル・ボラチョという、メキシコ料理屋が好きだったこともあったし、板さんがカウンターの中で煙草を吸うような店だったのに、好きでよく行っていた寿司屋もあったなぁ。

 寿司屋といえば、終電を逃したあと、みんなで馬場からタクシーに乗って、無理に入っていた桜上水の寿司屋もうまかったなぁ。夜中の1時、2時でも、女の子(当時)には、デザートを出してくれたっけ…そんな客ばっかりだったのか、潰れちゃったけど。

 潰れたといえば、大塚のサイトーさんの店、日本酒が揃えてあって、サイトーさん手作りの果実酒まであったんだっけ。あそこは店が潰れる前に、私がつぶれたんだっけ。

 考えてみたら、いく先々の店が潰れたなぁ。○ッカーサー・○ークの閉店記念のビールグラス、まだあるよ…。


 なんて、際限なく思い出します。最近は滅多に外食しないので、なじみの店がありません。横浜中華街で好きだった店もなくなっちゃたし。…もしかして私が好きな店って潰れる?
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