水無月がもう、そこまで来ている。
家々の庭先には薔薇が中心となり、5月、6月の花たちが競い合って咲き誇っている。
時の流れ方もすっかり初夏の様相を呈してきた。
一日が長くなり、黄昏時の風情を楽しむにはもってこいの季節である。
久しぶりに仕事が定時で終わった。 いや、終わらせたと言った方がいいのかもしれない。 何をやっても効率が上がらないのである。 『まあ、こんな時もあるさ。』
会社を出たが外はまだ明るい。
そういえば最近、仕事に感けて『美寿々』は、とんとご無沙汰だ。
久しぶりで流す夕暮れの歓楽街は、月末とゆうこともあり会社帰りのサラリーマンやOLでごった返していた。
若い女性たちのブラウスやカットソーが半袖になっていることに改めて気づく。 白やパステルカラーのそれは、流行色とは関係なく、若さを嫌が上でも感じさせてくれている。
本町銀座、メインストリートの裏手からは、焼き鳥の甘く香ばしい匂いが漂ってくる。 酒飲みにとって最高の前菜である。
さて、いつもの路地裏を通り角を曲がると、四角い『美寿々』の看板灯が目に入ってきた。灯りは点いているのだろうが、まわりはまだ明るく、文字だけがはっきり浮かび上がっている。
エンジ色のろうけつ染めの暖簾をくぐる。
『あら、しゅうちゃん、いらっしゃい! 道よく覚えていたわね。4月1日以来よ。』と女将は笑顔で迎える。
のっけから、先制パンチである。
『仕事が・・・・・・。』と、言おうとする私を制し、『男の人はみーんなそうゆうの、でも寄ってくれてありがとう。』
『また、仕事ミスったんでしょう?そんな時しか来ないんだから。 まあいいわ、慰めてあげるよ。』と、勝手に決め付けられてしまった。
そうゆうことにしとくか。
『だから、仕事の話はやめようよ。 今日ねえ、与謝野晶子の命日なのよ。知ってた?』と、唐突に女将が言い出す。
『知らない、知らない。 ママってなんでも良く知ってるね。』
『明治から昭和にかけて活躍した、激情の歌人なのよねえ。』
『やわはだのあつき血汐にふれもみでかなしからずや道をとく君。』
『やっぱりこの詩が鮮烈。 男と女ってみんなやっぱりこうなのかなあ。』
『どうしちゃったの?ママ。』
『ちょっと、昔を思い出してね。 さてと、今日はなに呑むの?』
『今日は少し喉渇いたから、ビール呑もうかな?』
『美味しい地ビールがあるわよ。和歌山、野半の里ってゆうところのビールなの。』
冷やしたジョッキで頂く。
『旨い!』
言葉ではない、その一言ことなのだ。
和歌山の兄貴、まっちゃんからわがままを言って送ってもらった、旨い旨いビールであります。
まっちゃん、ご馳走様です。