日本映画の歴代NO.1は?と問われれば、ワタクシは、黒澤明監督の『七人の侍』か、この松竹映画の名作『砂の器』で迷います。国際的には圧倒的に『七人の侍』が評価されていますが、それは『砂の器』を松竹が海外配給をしなかったから。当時の松竹には、英語吹替版を作る余裕がなかったからでありましょう。
なお、日本映画の中で、最も素晴らしい映画音楽は?と問われれば、ワタクシは間違いなく、この映画のメインテーマである「宿命」を挙げます。いまだに、このメロディーが流れて来るだけで、涙腺が崩壊する日本人は数十万人を下らないと思います。
【ストーリー】
昭和46年7月、国鉄蒲田駅構内で、身元不明の男の轢死体が発見される。顔は石で叩かれ潰されており、手掛かりはポケットにあったスナックのマッチのみ。犯行の数時間前、スナックでは被害者と若い男が向かい合って話をしていた。二人の交わす言葉は「東北弁」、話した言葉は「亀田は?」という2つの手掛かりのみ。
警察の捜査が難航する中、ようやく被害者の身元が分かる。岡山の雑貨商で、隠居の身となったのを機に、かねてから希望していた四国巡礼とお伊勢参りへ。家族も本人が気ままな旅を続けているから‥と、暫くは何もしなかったが、さすがに2か月も音信不通になったため、警察に相談したところ、東京で事件に遭ったことが判明。
被害者は三木謙一、65歳。元島根県警の亀嵩(かめだか)駐在所の巡査部長。話していた言葉は東北弁ではなく、西日本のズーズー弁と言われる、出雲地方の山合い地域独自の方言であった。三木謙一は正義感が強く、地元では悪く言う人は誰もおらず、恨みを買う人物ではない。むしろ、困っている人を見れば、救いの手を差し出さずにはいられない正義漢。ある時は、盗みを働いて三木自身が捉まえた人間について出所を待ち構えて職の手配をする、またある時は、ライ病を患った父親とその子供が村に流れ着くと、父親は岡山の病院へ入院の手配を、子供については、引き取り手がないので自分の子として育てる決心をするなど、非の打ちどころがない立派な人物。
その三木謙一が、なぜ殺されるような目にあったのか? また、なぜ急遽、東京へ出向くことになったのか? 謎解きの旅は、東北の秋田県亀田から、島根県の亀嵩へ、そして三重県伊勢市へと続く‥。
捜査の過程で浮かび上がる、若き音楽界の天才、和賀英良。その和賀英良が奏でる「宿命」のメロディが素晴らしく、そして悲しい。
松本清張の原作では、ほぼ1行であっさりと書かれていた部分、すなわち、日本海の重く濃い色に染まった海に沿って、石川県の能登半島から島根県の山合いの村まで、親子が彷徨う様子を、映画では約15分間にわたり、「宿命」のメロディに合わせて、辛く厳しい生き様を交えながら観せていく。
ここで、すすり泣かない日本人は皆無だと思います。
なお、なぜ今頃、この映画を取り上げたかというと、それは先日、女優の島田陽子さんが亡くなったことがきっかけ。この映画の主役は、刑事役の丹波哲郎さんと和賀英良役の加藤剛さんなのですが、隠れた主役が、放浪する父親役の加藤嘉さん、三木謙一役の緒形拳さん、そして和賀英良の情婦役の島田陽子さんでした。
この映画の主たる役者さんは、丹波哲郎演じる刑事の相棒役だった森田健作さんを除いて、みな逝ってしまいました。その淋しさも重なります。
まだご覧になっていない方は、ぜひ、日本映画の金字塔『砂の器』を、出来れば大きな画面と音響設備の良い映画館でご覧下さい。自信を持ってお薦めいたします。