27.03.22 ロ ク ロ ク NO.742
コタはんは泣いていました。 額(ひタイ)脂汗をにじませて、パンパンに腫れ上がった左腕を持て
余し気味にウンウンと唸ってもいました。
客にうつされた梅毒の治療薬606号(通称ロクロク)を検番で注射されたのですが、その薬液の一
部が静脈から漏れて腕が腫れあがり、高熱と激しい痛さにさいなまれたのでした。
ロクロクは毒性の強い水銀系の薬剤ですが、毒を持って毒を消す荒治療で、時には死境をさまよう
ほどの危険を伴う、賭けにも似た療法でした。 戦後、梅毒の治療にはこのロクロクしかなかった
のでしょう。 コタはんは無事生還し元の「職場」に戻って行きました。
「コタはん」は通称で源氏名は「小太郎」。 赤線地域で春を鬻(ひさ)ぐ戦争未亡人でした。
ほかの遊女たちは身も心も荒みはてて、その日暮らしのふしだらな生活をする中、コタはんいつか
きっと故郷に錦を飾るんだと、一生懸命になって「はたらいて」いました。
でも、コタはんは固辞していましたが、その真面目さを認めた「客」に身請けされて苦界から脱出し
て行ったのでした。 いまごろはどこで・どうしているのしょうか?
*春を鬻ぐ(ひさぐ)・・・女が肉体を売ること。 「売春」