小言コウベイN

日々感じた風刺等について書いています。

温度計

2018-05-31 19:46:55 | 日記

   30.06.01  温  度  計 NO.1907

   昔てんぷらを揚げる際の温度の目安は、熱した油の表面から紫の煙

がス~と一筋上がった時とか、溶いたてんぷら粉を油に落として0.5秒

で浮き上がる時などと覚えましたが、今じゃ便利な温度計が売られて

います。

最初に買ったのはコーナンで1200円でしたが、これが壊れたので念の

ためと思って100均を覗いてみると、なんと同じ性能のものが100円で

売られていたのです。

消費者としては同じ性能のものを10分の1の価格で買えるのはまさに

ラッキーですが「一事が万事」これじゃGDP(国民総生産高)は上が

らないでしょうし、1200円の製品を製造していた会社は倒産し、従

業員も解雇されて途方に暮れているのではないかと思うと、ちょっと気

分は優れません。

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竹譜

2018-05-30 19:07:35 | 日記

  30.05.31     竹   譜   NO.1906

  ザル碁の能力しかありません。 でも、囲碁は将棋と違って首級だけ

とればそれで勝ちという戦いではなく、戦いの最後の最後まで勝敗が判

らない総合的な判断を要する紳士の趣味という感じがあります。

ところが、その内実はやはり斬った・張ったの真剣勝負にほかなりませ

ん。

その中の格言として囲碁好きな先輩からよく聞かされた格言があります。

曰く「上手真っ直ぐ、下手曲がる」「竹譜に勝る継ぎ手なし」などです。 

このうち「竹譜に勝る・・・」は継ぎ手を2本持ておけば一本が切られて

も、もう一本あれば大丈夫ということで、毛利元就がその子に対し1本の

矢はおられても、3本の矢は簡単には折られない。  3人の兄弟が協力

すればだれにも負けない、と言った故事と同様のものです。

私たち高齢者の将来は年金の逓減・医療費の高騰・人手不足(サービス

低下)など不安いっぱいですが、一致団結して(政治・行政等)に対して

戦って行くことが、自分だけの問題ではなく高齢者全体の安寧につながる

糸口になるということを認識したい。   安全の糸口は多い方がいい。

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お先にどうぞ

2018-05-29 19:31:16 | 日記

   30.05.30    お先にどうぞ   NO.1905

   エレベーターに乗るんだって・信号のない交差点で車同士が突合し

た場合だって、普通の人ならば互いに「お先にどうぞと言います」。

そういうことを互譲と言うのか美徳と言うのか、社会を円滑にする効

果があるように思います。

でも、世の中そういう格好の良いことばかり言ってられない場合があ

ります。 妻子を養うためには人を押しのけてでも、食料を確保しな

ければならないし、ビジネス社会ではまさに戦場の観さえあるように

思います。

私自身は貧困家庭に育ったセイで本来ならばそういう意味ではもっと

「ハングリー精神や闘争心」が旺盛でなければならなかったのでしょ

うが、振り返ってみるとどうもそのハングリー精神が欠如していたの

か、なにほどの成果も上げられないで、70歳にしてさっさと仕事か

ら引退してしまいました。

今にして振り返ると「70歳は若い」とも感じますがで、まあそれで

も15歳から働き始めて70歳と言えば55年も働き続けてきたので

すから、まあいいっか・・・と思っています。

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咬ませ犬

2018-05-28 19:37:33 | 日記

   30.05.29   咬 ま せ 犬 NO.1904

  旨い方法を考えて人がいるものです。 最強の闘犬を育てるためには

最強にしたい犬の戦い相手を、常にそれよりもちょっと弱い犬と戦わせ、

常に勝つことによって、自分は強いんだ絶対に負けなんだという自信を

つけさせるのです。

でも人間の社会では(なかんずく)ビジネス社会では、そうはうまく

ゆきません。

なまじ自信がつくと外敵に襲われてたちまち食い物にされるものです。

ビジネスでは負けること・痛い目にあうことによって強くなる。

勝つということよりも負けないための研さんが何よりも大切ではないか

と思います。 相撲の世界だって「負けて覚える相撲かな」といいます。

でも、安倍一強では周囲はみんな咬ませ犬だから? 俺が一番強いのだ!

と思わせている。

 

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チョピン

2018-05-27 18:50:22 | 日記

   30.05.28      チ ョ ピ ン   NO.1903

  「チョピンとはおれのことか」とショパン言い。 確かショパンは

オーストリア出身の作曲家だったと思います。

このショパンを英語で読むと「チョピン」と言うことになる・・・

らしい。

同様に、で中曽根元総理がフランスへ行ったときには「ナカゾンヌ」

と言われたと言いますし、戦前の小学校の教科書で私たちの先輩が習

った最初に出てくる言葉の「サイタ サイタ サクラガサイタ」をド

イツ語で読めば「ザイタ ザイタ ザグラガ ザイタ」になるという。

「かねおくれ たのむ」の電報を 「かねをくれた のむ」とすると

意味が違ってくるし「ここではきものをお脱ぎください」を「ここでは

きものをお脱ぎ下さい」とするとこれも意味が違ってくる。

「セクハラと言う犯罪はない」と言ってるのであって「セクハラが罪で

はない」と言っているのではない。

私は 麻生太郎であって「麻」「生太郎」(あさ なま太郎)ではない。

読み違わないでいただきたい・・・なんて、気の利いた説得力のある言

葉を吐いたつもりでしょうが、ばかばかしいかぎりではありませんか?

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