木曜日、杖を使い始めて最初の出勤からの帰り道、就労場所の最寄り駅に入ってくる電車はすでに満員、一番端の車両、優先席シートがありましたが背広を着た方々がお疲れの様子で坐っているのがみえたのでその前に立つのは抵抗がありました。7人掛けシートの端から二番目に立って20分ほど過ぎたところで目の前に坐っていた方が降りたので運よく坐ることができました。パソコンの前に坐りっぱで狭くて話し声のきこえることがほとんどない所での入力作業は自覚以上に疲れるようです。自分の部屋でパソコンの前に坐っていると足に痛みと痺れをさほど感じないので、痛みと痺れがくるのは仕事による疲労からだろうし、環境もあるのでしょう。バスの乗換駅にたどり着いた時には体が壊れそうなほどに辛くなりました。でも帰りはみんな疲れていると思うと杖を持って優先席の前に立つことは、今のところできそうにありません。土曜日の朝、バスはわりと混んでいて優先席は前後におじいちゃん、おばあちゃんが坐っていて一つだけ空いていましたが坐ることに抵抗を感じてしまいました。かといって杖を持って満員の席の横に立つこともできず、ステップのぎりぎりのところで立っていました。杖がないと歩けないわけではない、今のところ譲られたらありがとうございますと素直に坐るか、降りたら坐らせていただきますと言ってしまうか、気持ちに迷いがあります。こうして最低限週3日の出勤を続けようとがんばることは股関節にとってはマイナスなのかもしれません。総合病院の医師に言われたように痛くて動けなくなったら手術しかないのでしょう。今のところお風呂のマッサージと体操、そして適度に動くことでなんとかなっています。
土曜日に終業後同世代の女性と話し込んでしまったら、ヘルニアで救急搬送されて二か月入院した経験がきくことができました。救急搬送されたのに最初手術はいやだと言ってしなかったそうです。結果的に入院から一か月後に手術、すぐに手術していれば30分ですんだところを5時間かかることになったそうです。それでも担当した医師はこの一か月はあなたが手術するか悩むために必要な時間だったのだから後悔してはいけないという話をしてくれたそうです。
手術したほうがいい、手術したらだいぶ楽になる、手術できなくなる前にした方がいい、リハビリが早いうちにした方がいい、手術したら70まで働きたいなら働ける・・・、そんなかんたんなことではなく、自分で納得できなければ手術を決意することはできない、してはいけないのだと思いました。わたしの人生にそのタイミングが必要になってくるのか、必要ならそれはいつなのか、どうしても必要ならそのタイミングは訪れるはずと今のところ信じるしかありません。
これからどうしていけばいいのか、いつまで生き延びられるのか、個人で請負として仕事をするとInvoice(請求書)にかかる税金がすごくて大変なんだそうです。体にこたえても勤めにでるしかありません。週3日はなんとか続けたい。可能であれば週4日と思いますが所得増える分よりも負担の方が増えすぎて手取りが少なくなってしまうので悩ましい。前職で現実の前に砕け散りましたが子どもの力になりたいという気持ちをなくしてしまったわけではないですがまた面接にいくとかもう無理かな。残念ながら遠いですが融通はかなりきくので、狭いところで無言作業が辛くても来てもらって助かると言ってくれるところに今のところは続ける、少なくとも今年いっぱいはこのままなのかなあ。今はそれ以上のことわかりません。
老後のために今を生きているわけではない、今は今のためにある、今しかない、明日のことは誰にもわからない、大きな地震がくるかもだし、わからないから今を生きることしかできない。
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「自分がいつ死ぬのかさえ、予測できないわたしたち。一番大事なことがわからないのに、そんなに先のことまで思い悩んでも仕方がありません。わたしたちにできるのは、与えられたいまを精いっぱいに生きることだけです。
『こころの深呼吸~気づきと癒やしの言葉366』(教文館刊)」