たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

専門分野の細分化による弊害

2024年09月16日 01時43分19秒 | 日記

9月15日(土)掛谷先生と宮沢先生の講演会、質疑応答の時間に焦点があてられた研究者の専門分野細分化されすぎ問題、自分の専門分野以外のことは知らない、口出ししないとなっているのはよくない、ジェネラリストを育成していくことが必要という掛谷先生の話。宮沢先生の専門はウィルス学の中でもレトロウィルス、ウィルス学の中でも細かく専門分野がわかれているという話と若い研究者が育っていない、学会いってもおじいさんばっかりという話など。

司会の鳥集さんからでた医療も専門分野が細分化され過ぎている問題、整形外科の中でも股関節だけ、膝だけと細分化され過ぎているという現状。まさに今わたしがさらされている弊害、わたしの体はひとつで股関節~膝~足先は神経とうケーブルでつながっていて切り離すことはできないのに関係ないと言える医者ってなんなん、コロナ茶番で命に別状ない股関節の手術など先送りでよいもたいがいですが体切り分けて考えてすぐ隣のことは知らんって、医療ってなんなのよ。こちとら自分でどうすることもできないし、なす術なし、絶望で力が抜けるばかりです。

コロナ茶番劇にしろ、すでに800名以上の方が死亡認定されているワクチンにしろ結局ゆきつくところは全て金、金と利権を手に入れるためなら人はここまでなりふり構わず醜くなれるものなのかとあらためて恐ろしくなります。コロナ騒動を通してみえたきた現実を理解するには、おぞましすぎて耐えられそうにありませんが731部隊のことを知るのは必須なのだと掛谷先生の話からわかりました。まだまだ勉強ではありますが先はありません。

 

 

 


郵便受けの鍵を紛失

2024年09月13日 01時56分02秒 | 日記

脱力、記憶喪失、呆けました。これが年をとるということでしょうか。この湿度の高い暑さで郵便受けの前は蚊がぶんぶん。2-3日前に鍵を閉めたあとリュックの決めているポケットに戻すのが面倒で巻スカートのポケットに入れたまでは記憶にあれど、それっきりスーパーで買い物して部屋に戻った時にはすっかり忘れていたっぽい。しばらく前に人に中を出された形跡があったのでずいぶん前に買った鍵をつけたはいいものの面倒くさくってたまにしか確認せず、予備をひとつ別にしておけばよかったですがそれもさぼり。同じものをネットで買えるか、壊すとなると業者に頼んで一万円ぐらいはかかるか、郵便受け自体には損害与えないはずですが・・・。

スマホを買い替えないと通話でわたしの声が相手にきこえなくなっているっぽいですがスマホショップものすごく苦手。よくできているもので今使っている物は修理受付が終わったので買い替えてください、はいクーポン券と案内がきたのはよくみると高額なものを買ってややこしいプランを申し込んだ場合のみ適用。なのでクーポン期限をあせる必要はないし、どのみち期限までにいくことは不可能。巧みに儲かるようにできているプランのからくりを理解するのが頭痛くてなんかもういいんだけど、2年間縛りとか2年先生きているかどうかわからんし終わりはみているからもういいんだけどまだこの世にいるからそんなわけにもいかんですな。美容院にもいかねばですがこれまた苦手、お金かかるしね、でもまだこの世にいるからやまんばというわけにもいかんですな。

なんとか帝国劇場を往復したあとは左の足先としびれがひどい、右の股関節の動きはより悪くなるとわかっていても行きたかったのでいったことに悔いはなし。

日曜日まで暑いしものすごい湿気。この気候でマスクしてスマホみてたら気持ち悪くなりそうですがどうなんでしょうか、なんかいろいろとおかしいなあと思う毎日。希望がどこにもなくて希望がなさすぎて、ぼっちで思うように体動かなくて生きる気力が続かないですが、まだ自分で死ぬことはできないので生きながらえていくしかないか、ないですな。ラブネバのチケットは来年の2月末、千穐楽の前日。

 


最後

2024年09月11日 15時04分55秒 | 日記

いくつかの意味で最後。上野にいってから4日、なんとかまた歩けるようになったので不安神経症にうちかってなんとか部屋をでなければなりません。予想気温がどんどんあがってきて外はものすごく暑いし、部屋の汚れを気にしはじめるとあちらもこちらも汚れていて掃除しなければの強迫神経症になってしまうのが非常につらい。昨夜は左足がなんだか燃えるように痛くてしびれもひどいし、右をかばってきた左の方が先にダメになるのか、両方だめなのか、いずれにしろ死ぬまでトアラセットを飲み続けるしかない人生、自分がわかっていなかっただけで、おそらく死んだ親もわかっていなかっただけで、生まれる前からの右足股関節脱臼によりずっと苦労してきた人生、あのときもこのときもこのせいでおかしかったのかと思い当ることだらけ。体の中心がおかしいのだから心身共におかしいのは当たり前。半世紀以上前の医者を恨むこともできませんが根源的な治療はなされずこのまで生きてきた人生。自力であるけなくなったら終わり、自分で自分の世話ができなくなったら終わり。それがいつくるのかはわかりません。わたしが終わるのが先が、日本が終わるのが先か。みりおちゃんのファンクラブイベントに清史郎君扱いでいけることになったし、ラブネバも当選、生きる目標、そこまでは死ねないし、歩くのだという気力を持ち続ける。生きたい、歩きたいという気持ちがなくなったらもう一歩も歩けません。気力だけ、気力だけで生きているぼっちの日々。不安神経症に打ち勝ってなんとか歩き出しませう。

 

 

 


上野が遠い

2024年09月06日 14時14分21秒 | 日記

『神護寺展』があと3日で終わってしまう。暑すぎに終末は雷雨、行かねば行かねばと思いながらあっという間に月日はすぎゆく。チケットは買ってあるので不安神経症に打ち勝ってなんとか行かねば。

8月9日(金)日比谷の帰りに電車の中で緊急地震速報が鳴り、どうしても東日本大震災の恐怖を思い出す揺れ。最寄りに近いところまできていたものの緊張で体が震え怯えていると、電車の中を見回すと死んだ魚の目をしてうつろな表情でスマホをみつめるサラリーマンたち、パニックにならないのが日本人の美徳なれどそれはそれでぞっとした光景。

陽が暮れると涼しくはなってきたものの暑い、妹が死んだ9月も父親が死んだ9月も暑かった。まだまだ暑い。なれど9月、一日一日冬至は近づいているのだ。

4年前アマゾンで購入した冷蔵庫がそろそろおかしい。あっちもこっちも劣化、スマホもパソコンも買い替えねばならん。髪はすぐのびてくるのでまた美容院にもいかねばならん。お金かかるし、面倒くさい。

このおかしな暑さのせいか、去年までいなかった虫が湧いてきて退治しても退治しても湧いてくるしフンがすごくて掃除しても掃除しても汚れてしまってきりない。

横になるときに股関節痛いし、起き上がるときもいたいし、寝ている間もクッションはさまないと痛くていられないし、体のバランス悪くて常に緊張状態なので目がさめる時肩周りがごりごりで非常に疲れる、つらい。トアラセット一日一錠で十分気持ち悪い。

このペースだとこの世にいる間にためこんだ荷物を全部捨てられそうになく、でもこの世にいるかぎり諸々まだおりることはできない。もういいよと思ってもそんなわけにはいかない。まだ自分で自分の面倒を見続けなければならない。

部屋を出る時は不安神経症との闘い、靴下をはくときも脱ぐときも、靴をはくときも脱ぐときもつらい。でもまだ生きている。先はないがまだ生きている。いろいろきになり過ぎて落ち着かなさすぎだが行くと決めたのだから部屋を出て行かなければならない。股関節おかしいから膝も足首もおかしい。医者に関係ないとか言われたくない。つらいがまだ歩ける、歩いている。なんとか行く。

上野は遠い。有楽町駅も東京駅も越えなければならない。遠い。


ものすごい勢いで外国人が増えている?!

2024年08月31日 13時51分41秒 | 日記

 団地近隣、スーパー内に今までほとんどみかけることのなかった東南アジア系、中近東系の方々や家族や連れだっているのをこの一週間でなんども見かけました。赤ちゃん・子供が一緒にいますがどういうビザで入国して、何をして暮らしている方々なのでしょうか。岸田政権、安易に入国させすぎではないでしょう。ヤバすぎ、治安が悪くなっていかなければいいですがいやな感じしかありません。ものすごい勢いで日本が崩れ落ちていこうとしているように見えます。この国に先はないと思います。


百日紅

2024年08月26日 15時39分40秒 | 日記

 かつて自死遺族の会に参加したあと気持ちを落ち着けるためゆっくりと紅茶を飲みながらパスタを食べた店、4年前おそらくコロナ騒動により閉店となってしまったのをバスの中からみかけましたが、先日久しぶりで近い所にいったらタリーズコーヒーが入っていました。趣のある佇まいの建物に外資発祥の大手チェーン店。タリーズコーヒー自体は嫌いなわけではないですが不似合だと感じました。そこにしかない場所が外資に乗っ取られていく。なくなってほしくない場所には時々いってお金を落とすことが大事ですね。自死遺族の会の話は自覚しているよりも心と頭が披露していたと思います。チェーン店にはない昔ながらのソファ席でほんとにゆっくりさせてもらいました。あらためてありがとうございましたという気持ちになりました。

 あと4週間ほどで、1994年9月に妹が家で首吊って亡くなってから丸30年が過ぎるということになるでしょうか。どういう性なのか、どういう巡り合わせでこういうことになったのか、結局どこにも辿り着くことが出来ず心はさまよったままで苦しいなあと思います。この事実から逃れることはできません。どう受け止めればいいのか結局わからず共に生きていくには許容できる範疇を越える事実。人はどういう死に方をしたかではなくどう生きたかが大切なのだとか、神様は試練を乗り越えられる人にしか与えないとか人に言われてきたし認知行動療法ではそういうことになりますが、この事実と一緒にここまで生きてくるのは重かったです。わたしは現場を見ていません。現場をみたのは第一発見者の母親と警察官と母親が電話したら来てくれた実家のおじさんおばさんか。発見された時は紐が切れて下に落ちていたとだけ弟から聞かされました。それ以上詳しいことは聞いたことがあるのかもしれませんが何も思い出せません。自死遺族の会の中には第一発見者となった方もいらっしゃいます。もしわたしだったらと想像すると背すじが凍りつきます。気が狂ってしまってその後普通に生きることはできなくなっていたのではないかと思います。それでも生きている方も社会の表にはでませんがいらっしゃいます。10代、20代、30代の死因の第一位は自殺なのですからたくさんいらっしゃるということです。

 生まれる前からの右足股関節脱臼により死ぬまでトアラセットをのみ続けるしかない人生。こんなものを何錠ものみ続けることは気持ち悪くって無理なので痛みで歩くことができなくなった時にはそこで終わりかなあと思っています。妹の分まで自分が生きなければならないという気負いはもうありません。それは若かったから思えたこと。終りが見てきた今はいかに人生を終えていくべきかと毎日考えます。わずかずつわずかずつ荷物減らし。こんなに荷物を残したまま死ぬことはできないのでまだ死ぬことはできないなあと思います。自分で死ぬこともわたしにはできないだろうとは思います。でも今の日本のままだと老後の金を貯められなかった人の自己責任なのでそういう終りになるしかないのかもしれません。

 死を含めて生。幸福論とか人間論とかいかに生きるべきかとか西欧発祥の哲学書を何冊か読んでもなにもわからず、でも再読してもう一度整理し直そうとは思いますが仏教とか禅とか実は殆ど何も知らないので知りたいと思うこの頃ではあります。日本人の宗教観、人生観ってどうなっているんでしょうね。もともと深いものがなかったのかもしれませんが、コロナ騒動でさっぱりわからなくなりました。

 


日比谷公園の大噴水

2024年08月23日 18時13分53秒 | 日記

Xユーザーの日比谷公園の歴史と文化をこよなく愛する会さん: 「今日公開された計画 大噴水は全て一旦壊し 同じような形状に作り直す ただし噴水の縁は コンクリート製のベンチのようになる 今は大理石のクラシックな造りなのに #日比谷公園を壊さないで https://t.co/1OOG6CU0ua」 / X

 

 日比谷公園の大噴水、本日再整備事業により現在の姿をいったん壊して同じような形状につくりなおすと発表されたそうです。三井不動産にお金を回すためでしょうか。次から次へといたたまれない話がはいってきます。もうたまらん。次に日比谷へいくときは思い出ベンチの写真も撮っておこうと思います。

 

日比谷公園

 

2024年6月21日(金)日比谷公園、

 

 

 

 

 


日比谷公園

2024年08月19日 19時13分02秒 | 日記

リュウゼツランの花の名残り

2024年8月9日(金)日比谷公園、

ひまわり、

第二花壇だったところ、

 

大噴水、

小音楽堂、

第一花壇、


桃のちょこっとデザート

2024年08月18日 00時18分02秒 | 日記

2024年7月28日(日)ファミレスにて、

時々、積読本を断捨離していくために外で集中して読書、

断捨離するために若かりし頃読んだ本を再読したり、30年ぐらいのそのままだった積読本を読んだり、捨てるために読むのに読むと心が動いてなかなか捨てきれず、少しずつ少しずつ。

いつまでこうした時間をもつことができるでしょう、この国はどうなっていくのでしょう。自分はどうなっていくのでしょう、どう最期を迎えることになるのでしょう。

自分が誰かとテーブルを囲んで語り合いながら笑い合いながら食事をしたりデザートを食べたりすることはもうないだろうと思います。

何千円もするアフタヌーンティー、豪華パンケーキ・デザートには縁がなくささやかなデザートをいただきながら本を読むひととき、幸せ時間。自力で生活できる間だけ、バスに乗って出かけることができる間だけ。痛みと痺れがひどくなって今のように歩くことができなくなったらどうなるのかわかりません。

コロナ騒動で医者なんか信じられん、医療機関などもう信じない、体に不具合があることを人質にとられているみたいで悔しいなり。

 


リュウゼツランの花の名残り

2024年08月11日 17時32分29秒 | 日記

Xユーザーの都立日比谷公園(Hibiya Park, Tokyo) 園長の採れたて情報さん: 「園長です。 本日のリュウゼツランです。 最上部まで花が咲き、そろそろ花はおしまいです。 まだ黄色い花の名残はご覧いただけますので、お近くにお越しの際はぜひご覧ください。 #日比谷公園 #リュウゼツラン https://t.co/ctaXrVGANS」 / X

 

2024年8月9日(金)日比谷公園、

黄色い花の名残りに間に合いました。何十年に一度しか咲かないそうなので、人生最初で最後の機会でした。

 

 

 

2024年5月28日フライデーデジタル、

「現状で苦情がある訳じゃないのに…」神宮外苑の再開発保留の影でひっそりと進む「日比谷公園」再整備 | FRIDAYデジタル (kodansha.co.jp)

 

灼熱地獄の一日の終り、公園内には涼しい風が吹いていました。都心のど真ん中にある広大なオアシス。

写真を載せきれませんが、6月21日(金)に訪れたとき工事中で囲いがされていた第二歌壇は芝生広場になっていました。

東京都職員の三井不動産への天下りが指摘されています。歴史が利権の餌食になっていくのはみていられません。

 

明治36年(1903年)6月1日、日本初の西洋風公園として開園した歴史ある公園。伊達政宗の江戸屋敷が現在の公園内にあったとされ参勤交代で江戸に来ていた時亡くなったということを今回の散策であらためて知りました。