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路地裏のバーのカウンターから見える「偽政者」たちに荒廃させられた空疎で虚飾の社会。漂流する日本。大丈夫かこの国は? 

 路地裏のバーのカウンターから見える「偽政者」たちに荒廃させられた空疎で虚飾の社会。漂流する日本。大丈夫かこの国は? 

【内田樹 待望の最新刊】:『だからあれほど言ったのに』 ■知の巨人による"日本社会への警告の書"

2025-05-04 08:16:00 | 【社説・解説・論説・コラム・連載・世論調査】:

【内田樹 待望の最新刊】:『だからあれほど言ったのに』■知の巨人による"日本社会への警告の書" ■この国をどう立て直すのか、この国で我々はどう生きるのか――。

 『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【内田樹 待望の最新刊】:『だからあれほど言ったのに』■知の巨人による"日本社会への警告の書" ■この国をどう立て直すのか、この国で我々はどう生きるのか――。

 株式会社マガジンハウス(本社:東京都中央区、代表取締役社長:鉄尾周一)は、思想家・内田樹氏の最新刊『だからあれほど言ったのに』を2024年3月28日に全国の書店、ネット書店にて発売いたします。

 ◆不自由な国、日本への警告の書

 失われた30年で不自由な国になってしまったニッポン。新自由主義の迷走ぶり、経済格差や税の不均衡、少子高齢化、低レベルな政治、大手企業の不祥事など問題が山積となっています。そして社会全体には諦観が蔓延しており、一般市民は不自由さをも感じています。

 問題は日本の政治はこれからもまったく変わらないという諦念が広がると、国民の中からこの不出来なシステムをどう生き返らせるかよりも、この不出来なシステムをどう利用するかを第一に考える人たちが出てくることです。

 さらに問題なのは、現在の日本社会から大人が消えつつあることです。大人というのは、個人単体についての属性のことではなく、集団的な結果を検証して、あの人は大人だったと事後的・回顧的に確定される。子どもたちの知性的・ 感情的な成熟を支援した人です。

 いくら年を取っていても、社会的地位があっても、物知りでも、その人がいるせいで周りの人たちの成熟が阻害されるなら、その人は子どもでしょう……。

 この国をどう立て直すのか、この国で我々はどう生きるのか――。本書は、知の巨人による不自由な国への警告の書です。

<本文より>
 2011年に神戸に凱風館という道場を建てた。一階が道場で二階が自宅である。道場では合気道、杖道、居合、新陰流などいくつも武道を稽古しているが、それだけではなく、能楽、義太夫、上方舞、落語、演劇、パンソリ、オペラなどの公演を行っているし、人を招いての講演会もしている。その点では、公共の武道場やホールと同じである。違うのは、凱風館では、私が「やりたいこと」だけしかやらないということである。ここは「貸しホール」ではない。
 そうではなくて、凱風館は一種の「コミュニティ」なのである。
 つい先日も門人たちと連れ立って海水浴に行ってきた。十数人の団体なので、旅館一棟を貸し切りにしてもらう。みんなで泳いだり、BBQをしたり、お酒を飲んだり、おしゃべりしたりして二泊三日を過ごしてきた。
 凱風館は武道の道場のはずなのだが、私が作った時のコンセプトは「昭和の会社みたいなところ」であった。
 若い人はもう知らないだろうけれど、私が子どもだった頃、昭和20~30年代の日本の企業はどこも終身雇用・年功序列制だった。ある種の疑似家族だった。だから、父の部下たちはよくわが家にご飯を食べにきた。みんなで麻雀をやったり、碁を打ったり、ハイキングに行ったり、山登りしたり、会社の海の家へ行ったりした。その集まり方が私はとても気に入っていた。
 しかし、日本の企業はその後、終身雇用・年功序列制を「旧弊」として廃棄し、アメリカからきた成果主義と能力主義に衣替えした。もう就職してから定年まで一つの会社に勤めるという雇用形態ではなくなった。それと同時に、会社が疑似家族であることもなくなった。もともと近代化・都市化によって、かつての地縁社会・血縁社会が消滅し、共同体機能をかろうじて代替していた疑似家族もなくなったのであるから、都市の住民たちはアトム化・砂粒化していった。
 そういうのはよろしくないと私は思っていた。そこで、もう一度、相互支援・相互扶助の共同体を立ち上げようと考えた。もう一度、昔の会社のような疑似家族的な「緩いコミュニティ」を再現してみたくなった。
 地縁・血縁共同体は、ゲマインシャフト(Gemeinschaft)である。生まれた時からそこに登録されており、自由意思で出入りすることができない。個人はその共同体に深く繋縛(けいばく)されている。 
 企業は、ゲゼルシャフト(Gesellschaft)である。人為的に作られた集団であり、成員たちは打算的な契約によって結ばれ、互いを手段として扱う。
 その中間に、ゲノッセンシャフト(Genossenschaft) というものがある。地縁血縁のような自然発生的なものではなく、成員の自由意思によって成立する共同体である。職人組合や協同組合がこれに当たる。
 凱風館がめざしているのは、武道を核とした現代のゲノッセンシャフトである。門人たちは、好きな時に、好きな理由で入門することができる。いたければいつまでもいていいし、去りたければいつ去っても構わない。メンバーシップとして要求されることは一つだけ。それは凱風館という場に対して敬意を示すことである。師範である私に対して、ではない。私が師から贈られた知識と技術を門人に伝える場たる道場に対しては敬意を払ってほしい。
凱風館にはさまざまな「部活」がある。最初にできた部は甲南麻雀連盟。私が総長で、月次例会を開いて、年間王者めざして戦う。凱風館が建つ前、芦屋市立の武道場を借りて稽古をしていた頃にはじまってもう20年近くになる。
 それから、みんなでスキーにゆく「ス道会」、聖地を訪ね歩く「巡礼部」、らくちんなところしか行かない「極楽ハイキング部」、歴史的なスポットを訪れて学習する「修学旅行部」、白樺湖畔で馬に乗る「乗馬部」などなど。海水浴も恒例行事である。暮れには餅つきをし、大晦日は越年稽古をして年越しそばを食べる。
そういう行事にフルエントリーしていると、うっかりすると自分の家族よりも長い時間を凱風館の仲間と過ごすようになる。――(「本文」より一部抜粋)

 ▼本書の内容

 第1部 不自由な国への警告

    第1章 令和時代の不自由な現実

    第2章 人口減少社会の近未来

    第3章 社会問題に相対する構え

 第2部 自由に生きるための心得

    第4章 他者の思想から考える「自由さ」と「不自由さ」

    第5章 「この世ならざるもの」の存在を知る

    第6章 「書物」という自由な世界と「知性」について

 ▼読みどころ

 ◎ “大人”が消えている ――日本の危機

 ◎ アメリカの顔色をうかがう日本政府の悲哀

 ◎ 属国の身分を利用するか、そこから逃げ出すか

 ◎ 食文化は「経済」ではなく「安全保障」

 ◎ 日本の「ダメな組織」の共通項

 ◎ 「21世紀の囲い込み」を目指す、現代の資本主義

 ◎ 村上春樹が描く「この世ならざるもの」 

 ◎ 自然と文明社会の「境界線」を守る

 ◎ 人生は「問題解決のため」にあるわけではない 

 ■発売日 :2024年3月28日

 ■価格  :1100円(税込)

 ■著者プロフィール

  内田樹(うちだ・たつる)

  1950年生まれ。思想家、武道家、神戸女学院大学名誉教授、凱風館館長。著書に『ためらいの倫理学』(角川文庫)、『死と身体』(医学書院)、『街場のアメリカ論』(NTT出版)、『街場の中国論』(ミシマ社)、『日本辺境論』(新潮新書)、『街場の天皇論』(東洋経済新報社)、『レヴィナスの時間論』(新教出版社)、『コロナ後の世界』(文藝春秋)、『そのうちなんとかなるだろう』(マガジンハウス)など多数。

 元稿:(株)マガジンハウス 主要出版物 政治・経済・社会 【話題・思想家・内田樹氏の最新刊『だからあれほど言ったのに』】  2025年03月28日  08:00:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。


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