風に吹かれて行こう

お米の便りを、写真でもっとわかりやすく!

1月11日

2024-01-11 | 日記

 今日は強烈な冷え込み、そして一月とは思えないような好天となりました。お米の仕事をして、その他の時間は用足しをして動いた一日でした。

 

 朝は、もやがすごかったです。

 

 用足しで、車を運転。最寄り駅の防風防雪のために設営されている「す」。以前は、杉の木が何本も並んでいて、その役目を果たしていました。それが切られてから何年になるでしょう。あまりに冬の季節風が沿線地帯を直撃して、住民の方々の要望で、こんなふうな対策が講じられるようになったんだそうです。

 「す」というのは、正式な名称なのかどうかはわかりません。川の土手などに自生しているヨシを刈って、編んだものです。海苔巻きなどを作るときの、すだれのようなもので、ここのもの高さがずいぶんありそうです。塩化ビニール製の波トタンなどがまだあまり使われていなかったころ、家屋の冬囲いに、こうした「す」が一般的でした。

  

 鉄道の電化とともに、線路の上には架線が張られました。それを境に駅舎からホームまで線路を横断するということができなくなり、どこの駅もすべて、階段の上り下りが必須となりました。自家用車の普及と相まって、この不便さは列車利用の簡便さを大きく阻害する一因となりました。若い人はともかく、高齢者にとってはキツイですもんね。

 

 駅のすぐ近くにはたいてい農協などの米の倉庫があります。貨物列車による輸送が主流だったためです。様々な形の貨物車両が何両も連なっているのを見るのは、子どもごころに楽しいものでした。

 

 それにしても、素晴らしい青空です。駅舎の方を背中にして、鳥海山を撮りました。秋田県民歌の一番の歌詞、最初の言葉は、「秀麗無比なる鳥海山よ」です。この山は、秋田と山形にまたがっているのですが、山形側から見ると、全く違った形のようです。

 

 そして、川を渡って、ここから徒歩40分弱。人家が途切れ、冬は強烈な北西風が雪を伴って吹き荒れます。家に帰るまでの難所のひとつ。ちょっと大げさですが…。

 お正月に母の実家に行った帰り、雪の吹き荒れる中を歩くのは大変でした。どんなに悪天候でも、タクシーで帰るということはありませんでした。理由は、単純明快。タクシー代がもったいなかったということでしょう。マントにくるまりながら、この道を歩いたことをしばしば思い出します。

 その体験から、今もってタクシーを利用することがほとんどありません。もちろん、必要に迫られることがないというのが最たる理由ですが、仮にそういう場面になっても、一時間くらいだったら歩いてしまいます。理由は相変わらず、単純明快です(苦笑)。

 一日天気が良かったので、夕方また冷え込んできました。放射冷却現象で。もやが出てきています。もう少し早く撮れたら良かったのですが、午後から尋ねるお宅があり、話が弾んで夕方になってしまったのです。

 鳥海山です。灌木は川の土手に自生しているもの。もう少し早く気付いていれば、川の近くまで行けていたかもしれません。そうすれば川霧の様子も見ることができたかも。まぁ、それはそれとして、今日の一日も無事過ごせました。昨日ほどではないようですが、今日というか明朝にかけても、またずいぶん冷え込みそうです。もう一晩サツマイモと寝るのかなぁ。いや、冗談ですよ。冗談に決まってるじゃないですか。

 


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