礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

三たび「日本の経営」を論じたアベグレン

2013-09-22 04:38:05 | 日記

◎三たび「日本の経営」を論じたアベグレン

 高橋伸夫氏は、その著書『虚妄の成果主義』のなかで、アベグレンの『日本の経営』を高く評価している。昨日は、『虚妄の成果主義』の第2章にある文章を引いて、そのことを確認した。
 本日は、同書の第1章にある文章を引いて、再度そのことを確認したい。高橋氏は、アベグレンが『日本の経営』(一九五八)の一節を引いた上で、次のように述べている(三八~三九ページ)。

 この文章は、バブル崩壊後の日本で声高に主張されている終身雇用や年功賃金に対する否定的な評価を要約しているように見えるかもしれない。しかし実は、この主張は、今から半世紀近くも前に書かれていたものだ、と聞いたら驚くに違いない。しかも、これは予言でも何でもない。これはアベグレンの書いた有名な『日本の経営』(Abegglen,1958)に書かれていた内容だったのである。その第7章「日本の工場における生産性」では、このように生産性に関連した終身雇用や年功賃金に対する否定的な見解が述べられていたのだ。
 ところがこの評価は、1950~60年代の日本の高度成長期を挟んで劇的に転換する。日本経済の高度成長を目の当たりにすると、生産性に関するこの否定的な見解は、アベグレンがその新版として著した『日本の経営から何を学ぶか』(Abegglen,1973)では、章ごと完全に削除されることになる。この新版は、旧版を第二部とした三部構成で出版されたが、その際、旧版第7章は章ごと完全に削除されたのだった。
 そして、こともあろうに、新たに付加した第一部「70年代における日本の終身雇用制」では、「日本の終身雇用制が非常に大きな強みをもっているにもかかわらず、それは非能率的であり、実際にはうまく働かないと西欧では一般的にみられている」ために西欧中心主義に陥りやすいのだと見解を180度転換してしまう。そして、まず年功賃金であるために、学卒者を多数採用する成長企業は人件費を引き下げると同時に最新の技術教育を受けた人材を確保でき、しかも終身雇用のため、学卒者は慎重に成長企業を選択するというように、成長企業には有利なシステムになっているとする。さらに終身雇用と企業別組合のおかげで、日本企業は労使関係に破滅的なダメージを与えることなく、企業内の配置転換によって、急速に技術革新を導入できたというのである。こうした評価の逆転の歴史はまた繰り返されるのであろう。
 さらに驚くべきは、評価自体が二転三転する中でも、アベグレンをはじめとする研究者達の描いてきた日本企業、特に大企業の姿が、現在に至るまでの半世紀の間、ほとんど変わっていないという事実なのである。そして、もう一つ強調しておかなくてはならない事実は、実は『日本の経営』の中では、アベグレンは「終身雇用」(lifetime employment)という用語ではなくて、「終身コミットメント」(lifetime commitment)を用いていたということである。アベグレンの観察力は鋭い。実態から考えても、終身雇用というよりもこちらの方が正確だと思われる。『日本の経営』については第2章でより詳しく触れることにしよう。

 ここで高橋氏は、「終身雇用」に対するアベグレンの評価が「二転三転」していることを指摘している。すなわち、氏のアベグレンに対する論評には、かなり「辛辣」な部分がある。にもかかわらず氏は、最後のところで、「アベグレンの観察力は鋭い」としていると認めざるを得なかったのである。
 さて、高橋氏の指摘によれば、アベグレンが一九七三年に出した『日本の経営から何を学ぶか』(Management and Worker:The Japanese Solution)は、一九五八年の『日本の経営』の「新版」にあたるという。ということは、二〇〇四年の『新・日本の経営』(日本経済新聞社)以前にも、アベグレンは「新版」を出していたのであり、『新・日本の経営』は、三度目の新版ということになるわけである。
 ところが、『新・日本の経営』を翻訳した山岡洋一は、同書の「訳者あとがき」において、一九五八年における新版にはまったく触れず、『新・日本の経営』が、いかにも五〇年ぶりの新版であるかのように解説している。今さら言っても仕方がないことだが、やはりこれは、褒められたことではないと思う。

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