静かな劇場 

人が生きる意味を問う。コアな客層に向けた人生劇場。

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恐ろしいものを見たような気がする

2009-12-25 23:08:50 | Weblog
「恐ろしいものを見たような気がする」

帰るなり、うちの家内がそう言った。

「見たような」とはどういう意味か?と聞けば、

見ようによっては、という返事だった。

それは飛騨牛の広告チラシだったらしい。

そこには、大きな牛がこちらを向いている写真と、

カットされた牛肉の切り身の写真が、一緒にレイアウト

されていたという。

一見、何の変哲もない、肉屋のチラシではあるのだが、

立場を変えて考えてみたらどうだろうか。

つまり、自分の息子や娘の写真と一緒に、その切り刻まれた

肉片が同じチラシに載っていたら、どうか?ということだ。


唐突に思うかもしれないが、かつて東京高裁で判決が出た

江東区マンションでのバラバラ殺人事件の公判を思い出して

ほしい。

細かく切断され、捨てられた、女性の肉片を大型ディスプ

レーに映し出し、殺害の過程を克明に再現したものを見て、

遺族が公判中、大声で泣き出したという。


それはそうである。到底、正視できるものではなかろうから。

全く悪魔の所業、被告の死刑は当然と思ったに違いない。


裁判は、そういう遺族感情より司法を優先して無期懲役と

なったが、相当難しい判断だったと思う。


だが……、

その場に牛たちがいたとして、被告や裁判官、遺族や傍聴人

らの態度を見て何と思うであろう。

私たちは日常、どれだけの牛を殺し、その肉をバラバラに

解体し、口の中に入れてきたかしれない。しかもそのことに

心を痛めるわけでもなく、それどころか食べて狂喜している

者ばかりである。


牛にも親があり、子供もあろう。殺されるのを恐れる心も

ある。牛や豚から見た人間は、血も涙もない悪魔と映って

当然と思う。

その悪魔が、同類の悪魔を殺した悪魔に対して、

「まるで悪魔だ!」と罵っている。

そんな人間界の裁判など、我々に殺されていく生き物たちから

見れば、一つの茶番劇であり、実に鼻白む思いがするのでは

なかろうか。


これも家内の言っていたことだが、昔、味噌汁を作るため、

沸騰したお湯に生きたアサリを入れたらしい。その時、熱さ

のためか、閉じた貝が一斉にパクパク開き、中のものが出て

きた。

その瞬間、背中にゾゾーッときたという。

とても恐ろしいことをしているような気がして、思わず

鍋のふたを閉じてしまった。

その味噌汁はついに口にすることはできなかったという。

そういえば、貝の味噌汁を家族のために作ってくれること

はあったが、自分で食べているのは見たことがない。

その時のトラウマがあるのだろう。


食物連鎖だとか、自然の摂理だとか、いかにも人間の言い

そうな、人間中心的なものの見方を一旦やめて、冷静に考える

と、生き物を殺すとは、とても恐ろしいことではなかろうか?

つまり自分のやったことと、同じ目に自分が遭うと考えてみた

ら分かると思うのである。

自然の摂理だからとか言って、大人しく熱湯の中に投げ込まれ

ていけるものだろうか?食物連鎖の一貫だからといって、家族

が他の生き物にバラバラにされ、食べられるのを、泰然と見て

おれるのだろうか?


生き物を殺すことは、仏教で殺生罪と戒められている。


だからといって私は別に、肉食をやめ、菜食を勧めているわけ

ではない。肉食を止めよ、といったところで、止められるはず

もないからだ。

そうではなくて、生き物を殺さずにおれない。その肉を食べず

におれない、止めろと言われて止められない自己の本性を、

もっと恐ろしいと自覚してもいいのではないか、ということだ。


鬼や悪魔など、どこか魔界から連れてこなくても、今、ここに

いるのである。そういう現実の自己の姿に、もう少し目を向けて

もいいのではないかと思うのである。


さらに言えば、こうして罪悪を語りながら、罪悪に感じている

自己を「真面目な私だ」と、ひそかに自惚れていく、どうしよう

もない存在なのである。人間というものは。



お釈迦さまの説かれた地獄の話をすると、大抵、小バカにして

聞かない。いやそれどころか、カルトとか言われて非難攻撃の

対象にされてしまう。そして生き物は殺し放題、食べ放題。

それで少しも心は痛まない。どうなっているのだろうか。

それでいて「地獄なんて迷信だ!」「地獄?極楽?仏教は

そんな低レベルな教えなんかではない」とか言ってくる人もある。

もう少し、頭を冷やして真面目に見つめてみたらどうだろ

うか。己と、その行為を。

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