静かな劇場 

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科学思想の覆う時代

2009-12-23 21:06:07 | Weblog
難しい話は、昨日で一旦、終わりとして、これからはもっと分かりやすい話を心がけたいと思います。

おそらく、これは想像ですが、西洋文明、科学万能主義的な思想が日本に流れ込むまでは、多くの日本人は、「善因善果 悪因悪果 自因自果」という仏説を素直に受け止めていたのではないかと思います。

香樹院(江戸から明治にかけての真宗の僧侶)の法語などを読むと、当然のこととして因果の道理や、死後の地獄、極楽といった話が出てきます。
香樹院といえば、当時、多くの人から尊敬を集めていたのですから、前述の香樹院のような説法は、決して異端ではなく、当時はまだ主流だったことをうかがわせます。

ところが今日、因果の道理を整然と説き、死後の地獄、極楽をまともに説こうものなら、時代錯誤ととられるか、カルトだとか言われ、異端視されるのは間違いなさそうです。

宗教教育を排除した学校の影響もあるのでしょう。この大宇宙は単一の絶対の世界であり、そこには物理法則が厳然として成立しているとカンカンに信じている頭からは、この宇宙空間のどこに地獄、極楽なんてものが存在するのか?因果の道理なんて科学で立証できるのか?バカバカしい、そんなものはただの迷信、と唾棄する人が多く現れてくるのも無理ないように思います。

その大勢に押し流され、迎合して、浄土真宗はどんどん変質していったのでしょう。

でも、

それでいいのか?

科学自体は誤りではないにせよ、その大前提となっているところに大きな誤解はないのでしょうか?それが誤解と明らかになれば、一切が総崩れになってしまうような大元の誤解のことです。

そこのところをずっと書き続けてきました。


書き方も不十分で、分かりにくかったかもしれませんが、因果の道理をはねつけ、三世を貫く永遠の生命の存在を拒む、現代人の思想の実態をえぐり出すことは、
必要だと思います。


ではまた、明日から、因果の道理について粛々と書いていきたいと思います。












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