静かな劇場 

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真宗界の崩落の歴史(3) 後生の一大事を説かない

2010-05-31 19:48:12 | Weblog
なぜ、今日の浄土真宗において後生の一大事が説かれなくなったのか。このことが仏教の目的を見失わせた、真宗崩落の根本原因と考えられます。
その大事な点について書いてみます。

有名な『白骨の御文章』の最後に、
「だれの人もはやく後生の一大事を心にかけて、阿弥陀仏をふかくたのみまいらせて、念仏申すべきものなり」
とあります。

ここに「後生の一大事を心にかけよ」とあります。しかも、
「だれの人も」
「はやく」
とありますから、後生の一大事は「万人」の問題であり、しかも、「急げ」と言われる危急の問題なのです。

では、その「後生の一大事」とはどんなことか。
同じく『御文章』で示してみましょう。

「その信心のすがたをも得たる人これなし。かくの如くの輩は、いかでか報土の往生を容易く遂ぐべきや。一大事というは是なり」(1帖目5通)
「この信心を獲得せずば、極楽には往生せずして、無間地獄に堕在すべきものなり」(2帖目2通)

この無間地獄とは何かといえば、『真宗大辞典』によると、
「梵語に阿鼻と云い、釈して無間という。あらゆる地獄の中に於て苦痛が最も激烈なる地獄である」
とある。

ここから、後生の一大事とは、信心獲得しなければ、死んで極楽には往生できず、無間地獄に堕ちることだといえる。そのことは帖外御文にもハッキリと教えられている。

「後生という事は、ながき世まで地獄におつることなれば、いかにもいそぎ後生の一大事を思いとりて、弥陀の本願をたのみ、他力の信心を決定すべし」

この蓮如上人のご教示どおりに今日、後生の一大事を説くと、〃浄土真宗〃のはずの人たちから、やれカルトだ、マインドコントロールだ、迷信だ、とか一斉に非難攻撃される目に遭う。

蓮如上人の時代から江戸時代にかけては、後生の一大事を、死んで地獄へ堕ちることだと言って、真宗の人々から非難されることはまずなかったはずである。それがなぜ今日、こんなにも違った教えになってしまったのだろうか。

そのいくつかの要因を挙げてみたい。

1つには、明治期にドッと日本へ流れ込んできた西洋の科学思想や哲学の影響
2つには、キリスト教の影響
3つには、明治政府が、天皇を中心とした強い統一国家を目指し、日本神道を国民に徹底したこと

上記の影響から、仏教の根幹たる三世因果の道理は次第に説かれなくなり、三世因果を説かなければ後生を問題とする者もいなくなり、仏教本来の目的は完全に抜け、「善悪にとらわれない」とか「優越感や劣等感の間で悩まない」とか、まるで現世の「生き方」訓話みたいな教えに変質していくのである。

その「本道」を逸脱し、お聖教に忠実ではない〃浄土真宗〃になっていった経緯をここに書いていきたい。(つづく)




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真宗界の崩落の歴史(2)

2010-05-30 20:30:20 | Weblog
浄土真宗の看板を掲げながら、その教えることがこの百数十年の間に、いかに「親鸞聖人の正統な教え」からはずれていったか。史実に沿って明らかにしてみたいと思う。

なぜ、ここで歴史を振り返るのか。

それは、今日、「親鸞聖人の正統な教え」を開顕しようとすると、「浄土真宗」のはずの人たちから、様々な非難攻撃を受けることになる。
その非難攻撃の内容を分析してみると、大半はかつて本願寺が、明治以降、外部の者たちから受けてきた非難と同質のものと判明するのである。

だが、昨日書いたように、江戸三百年の寺檀制度ですっかり骨抜きにされてしまった東西本願寺に、それらをはねのける力はなくなっていた。非難攻撃に屈服し、世間的な思想に同調する道を選び、勝手に教えを曲げて「現実」と帳尻あわせをしてしまったのである。

もちろん、昔はまだ本願寺にも碩学はおられただろうし、道心堅固な同行もいたはずである。だが、それらの人たちは決して教団の主流とはなりえず、だくだくと体勢に押し流されていったのだろう。

そして教えを曲げていった首領の末裔が、今日の本願寺に居座り、「親鸞聖人の正統な教え」を開顕しようとする者があると、今度は寄ってたかって押しつぶそうとする、悲しい今日的状況が生まれているのである。


明治以降、本願寺は、外部の者から思想的にどんな非難攻撃にさらされてきたか。
それは今日、親鸞会が本願寺僧侶から受けている非難攻撃と酷似しているのである。

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真宗界の崩落の歴史(1)

2010-05-29 16:24:33 | Weblog
 昨日書いたように東西本願寺は、看板は昔ながらの浄土真宗ではあるが、その中身は時代とともに聖人の教えと異なっていった。その歪曲、脱線の歴史を何回かに分けて掲載したい。

 浄土真宗と名乗らずに、浄土真宗を伝えると、「カルト」呼ばわりされるのなら、浄土真宗と名乗って、浄土真宗ではないことを教える人たちは、何と呼ばれるべきだろう?
あちら側の人たちに聞いてみたいものである。

それはさておき、まずは本題に入ろう。

 江戸幕府の宗教政策とは、まずキリスト教の禁制がある。
その目的遂行のため、幕府の打ち出した政策が「本末・寺檀制度」だった。
 本末制度とは、仏教の各宗派内で「本山―末寺」の関係を徹底し、末寺は本山の命令に服従すべきとした寺院統制策である。
 寺檀制度とは、日本人すべてをいずれかの寺院に所属させ、固定化し、キリスト教徒でないことを寺が保証するかわりに、檀家の人々はその寺院への参詣や、経済的な支援を義務とする、という民衆統制策である。

 この幕府の方針は、本山にとっては自らの力の強化となり、また各寺院にとっては、自坊を経済的に支える檀家や門徒が固定化され、生活の基盤が確保できるため、まんまとその政策に乗せられていくのである。

だが、権力者の保護を受けるということは、すなわち権力の統制下に入ることを意味する。

本山は、末寺に絶大な権限を持つかわりに、幕府の命令に従うことになった。
末寺は、檀家や門徒に生活を保障してもらうかわりに、外へ向けての自由な布教はできなくなった。

この、外へ向けて積極果敢に布教することがなくなったという点が重要なのである。

檀家、門徒が所属寺院に固定化されたのは、名目上はキリシタンの禁制であったが、真宗門徒の牙を抜く深謀遠慮でもあったと思われる。事実、真宗界は幕府の介入を受け入れることで、生活の安定を得た代わりに、布教の活力を失ったのである。
実践は宗教の生命といわれる。「十方にひとしくひろむべし」の親鸞聖人の教えに違い、積極的に布教をしなくなれば、浄土真宗は朽ち果てていくのみである。

布教してもしなくても生活は安泰という、いわゆる〃飼い殺し〃の環境に身を置けば、いかに情熱的な僧侶でも、長い時間をかけてゆっくりと生気を失い、四肢が麻痺し、腐敗していくものである。

姦雄信長を相手に、11年間、戦い抜いたような、かつての真宗門徒に漲っていた爆発的な信仰のエネルギー、仏法のためなら命も捨てる真剣さ、教えに純粋でそれ以外の何ものにも迎合しない〃角〃(かど)が、権力者の手によって懐柔され、江戸300年間に、ゆっくり摘み取られていったのである。

当然の結果として、お上に逆らわない、伝える気力もない、大人しい消極的な真宗門徒像が形成されていったのは言うまでもない。

「善などしなくてもよい」「善を勧める必要はない」などという消極的を通り越した、仏教破壊の悪魔の暴言までが、堂々とまかり通るようになっていく素地が、この時代から醸成されていったと考えてよかろう。

 近代以降、雨後の竹の子のように急成長していった天理教、創価学会、生長の家などの新興宗教は、教えの是非はともかく、外へ外へと布教してバイタリティがあった。
一方、真宗界は伝統に腰掛け、新たな門徒を獲得する意欲も、新しい人への伝え方、そのノウハウも江戸期にすっかり失ってしまったので、新興宗教の後塵を拝するしかなかった。


おざなりの布教で、地盤沈下のように僧俗の〃体力〃が低下してきたところへ、明治とともに始まった廃仏毀釈運動、さらに海外からドッと流入してきた科学や哲学、あるいはキリスト教、マルクス思想からの真宗教義への痛烈な批判、はたまたカミソリ聖教との異名を持つ『歎異抄』の普及による誤解の蔓延、大乗非仏説論、そして戦時中の国家神道による強烈な思想統制、これら歴史の荒波に翻弄され、真宗は完全に骨抜きにされ、親鸞聖人の教えとは異質なものに変貌していくのである。
それについては、今後も継続して書いていきたい。
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西と東の違い

2010-05-28 19:31:58 | Weblog
今日、浄土真宗で、一般に〃本山〃と目されているのが、京都にある東西本願寺である。

だが、この東と西は、同じ浄土真宗の看板を掲げていながら、互いに全然違ったことを教えている。

一体、どう違っているのか?

西本願寺の教えは、〃宗門のひとびとがぜひ心得なければならない肝要を示した〃という「教章」の中に端的に示されている。以下、引用しよう。

【教義】:阿弥陀如来の本願力によって信心をめぐまれ、念仏を申す人生を歩み、この世の縁が尽きるとき浄土に生まれて仏となり、迷いの世に還って人々を教化する。

ほぼ同じ内容が、『教行信証』の教巻冒頭に、親鸞聖人が「真宗大綱」として示されているので、その聖人の御心どおり布教されているのなら、これでも結構と思う。

ただこの「本願力によって信心をめぐまれ」の部分が曲者で、他力廻向の信心をあらわそうとしているのは分かるが、その信心を「めぐまれる」のはいつか、また、どうしたら「めぐまれる」のか、「めぐまれる」前と後で、どこがどう変わるのか。ハッキリするのかしないのか、といった重要な点が、現場でどう布教されているかは疑問である。

それは本願寺の書籍や新聞によく見られる、「南無阿弥陀仏となって私に届いている」とか、「救われていく」という僧侶たちの表現の中に、信前・信後の水際を曖昧にしようとする意図を感ずるからである。


一方、「東」(真宗大谷派)の教えとなると、これはもう完全に独自路線を突っ走っている。
親鸞聖人の教え、というより、「真宗大谷派」という教えと理解すべきなのかもしれない。

教えを端的に示したものがないので、wikipediaを参照すると、これがまた捉えどころのない、長々とした説明が書かれてある。説明が長いのは、分かっていない証拠だと思う。西とは対照的であった。

その一部を引用すると、大谷派の教義とは、

<釈尊の説いた「浄土三部経」は、一如真実を説くための方便であると捉える>

<「極楽浄土」は、凡夫の煩悩による「死後に一切の苦が無い世界」を方便として説きあらわしているとする。その「極楽浄土」とは、「あの世」・「死後の世界」というような、どこか別の世界に実体的に存在する事象ではなく、「真実の象徴」として捉える>

<「死後の世界の事を問題として恐れながら生きる」のではなく、「今の自分の生き方・考え方を慚愧心を持って問い続け生きる」のが肝要>

<善を功徳として積むことによって救われる教えではない。凡夫は善を功徳として積もうとすると、「私は他の人よりも善い人間である」(=非平等性)と慢心を起こし、慚愧心を失う>

<つまり死を恐れ忌むより、「今、人として生があること」の大切さを知らされる>

<また一般に考えられがちである、現世の行いにより死後に落ちるとされる「地獄」なども、自分の生き方・考え方によって、今もたらされている世界であるとする。曽我量深は、「浄土は言葉の要らぬ世界である 人間の世界は言葉の必要な世界である 地獄は言葉の通じない世界である」と地獄感を法語にあらわした>

<寺を「聞法の道場」と位置づける。すなわち「自己の生き方を問い直す道場」として浄土真宗の寺は存在している>

wikipediaからであり、しかも抜粋だから、正確な真宗大谷派の教義ともいえないが、最近読んだ大谷派の『歎異抄講義』(三明智彰)や『親鸞の説法・歎異抄の世界』(延塚知道)にも、同趣旨のことが書かれてあるから、当たらずとも遠からずであろう。
こういう内容の文言がwikipediaに延々書き連ねてあったが、まさに観念の遊戯というものだ。要約すれば、大谷派の教えとは、生きる目的でなく、「生き方」の教えである。

生き方なら、人それぞれでよい。
だから教えを、自分たちの都合でどんどん曲げていく、変えていくのであろう。

東西本願寺の教えていることがかくも違い、それでいながら堂々と浄土真宗の看板を双方、掲げているのである。僧侶に言わせれば、教えは変わらず〃味わい〃が違う、程度の認識のようだから、もはや浄土真宗は病膏肓の状況にある。

これに対し、どうすればいいのか。

やはり、親鸞聖人のお言葉を示して、その意味を分かりやすく、一人でも多くお伝えする、「親鸞学徒の本道」に徹するよりほかなかろう。

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アヘンとしての宗教

2010-05-27 15:57:26 | Weblog
 共産主義の唱導者マルクスは、宗教の起源を次のように説明しています。

 少数の支配者が自らの利益のために大衆を圧迫し搾取し続けることで、大衆は常に何か不可抗力によって抑えつけられているという意識を強く持つ。その苦悩から逃れるために、天国など死後に理想の世界を夢想するようになる。そして神を信ずることでその救済を期待し、現実の苦悩に目をつぶる、いわゆる「アヘン」のような宗教が生み出されていった、ということらしい。

 しかし、その考えは他の宗教はいざしらず、仏教にはあてはまりません。
国家権力より生ずる圧迫感と仏教の発祥とは、全然質の異なったもので関係ありません。
 真実の仏教は、国家権力の前にどうすることもできぬ人々の嘆きの声ではなく、全人類の嘆きの声を歓喜の声とし、それを阻害する邪悪には敢然と抵抗し打ち破ろうとする力を持っているものです。
 有名な石山合戦にしても、承元の法難にしても、それは明白です。

 もちろん、大衆から生かさぬよう殺さぬよう搾取し収奪し続ける権力者の手先となって、
「今は苦しくても念仏さえ称えておれば死んだら極楽へ往ける」とか、
「善悪にとらわれず、進んで負けていけるような生き方ができる」
などというデタラメな説教で大衆の魂を預かってきた、いわゆるマルクスの、「阿片としての宗教」の役割を果してきたニセ仏法者がいかに多かったか、それは昔も今も変わりません。

 しかし、真の仏法者には何ものにも屈しない、真実開顕の強い信念があります。
 後鳥羽院や土御門天皇の非道極まる弾圧(承元の法難)を受けられたとき、親鸞聖人は、
「憂うべきは私のことではない。私を弾圧したことによって、必ずや無量永劫、無間地獄に沈淪せねばならぬ迫害者自身の憐れむべき身の上のことだ」
と、喝破なされ遠流に処せられました。

 共に純粋に生きることを求め、迫害者への慈悲を説き、権力の走狗となることをキッパリと拒絶し通されたがために、登られねばならなかった針の山でありました。

 真の仏法心は決して弱者の声ではなく、真実の前に素っ裸になって何ものにも恐れず真の人類救済に進む人間最高の精神です。

 ではこのような崇高な精神はどこから起きるのか。

 釈尊が膨大な経典を通して顕示なされた真実は、人間は何のために生き、何のために働いているのかという人間存在の根本的意味です。言葉をかえれば人生窮極の目的です。

 ほとんどの人は食わんがために働くと答えるでしょう。
 では何のために食うのか。誰しも食わねば死ぬからだと答えるでしょう。それでは食べてさえいればいつまでも生きておれるのか。
 答えは明らかに絶望的です。
 人は生きるために食べ、食べるために忙しく働いています。それが生きたことだと平然としていますが、一日生きたということは一日死に近づいたことは疑いようのない事実なのです。しかもこれは万人例外はないのです。
ほとんどの人はこの厳然たる事実に目をそむけて、一千万円の宝クジを夢見ているように、来年こそは、五年後こそはと、取らぬ狸の皮算用しながら朝露のようにこの世を去ってゆくのです。
 人生八十年を長いといえば、何百年も生命の通っている樹木を何といったらよいでしょう。

 釈尊は太子として何不自由のない生活の中に、どうしても避けることのできないこの人生の一大事に驚かれ、この解決なくして真の安心も満足も絶対にあり得ないと敢然とその解決に向かわれ勤苦六年、ついにその大願を成就されたのが三十五歳の時でありました。
 その体得なされた真理のすべてを開示されたものが仏教です。

 この釈尊の教法を我も信じ人にも教えきかしむるばかりなりと、自らもこの不滅の真理を体得し身命を賭して開顕してくだされたのが親鸞聖人であったのです。

 真の仏法精神とは、自らの怨念を晴らすため、いつまでもいつまでも執念深く他人へ悪口雑言を浴びせ続ける卑屈な精神のことではなく、いかに時代が移り世界の情勢が変転しても人間である以上、誰もが絶えることのない根本的解決を教示する、三世十方を貫く不滅の真理を明らかにしようとするものです。
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死後の否定は、仏教の否定

2010-05-26 14:46:12 | Weblog
 無我や空を説く仏教は、死後の世界や後生があるとは教えていない、という仏教学者が特に真宗大谷派には多いようですが、一体どうなっているのでしょう。

 死後の地獄・極楽は、印度の極端な四姓差別する階級にこそ信ぜられたことで、日本でも封建時代には階級社会の安全弁として説く必要があったが、今日の自由社会では馬鹿げたこと、というのが現今の風潮です。

 驚くべき発達を遂げた現代科学でも死後の世界の存在を証明できない現状ですから、時流に迎合する仏教学者は急増しています。
 近代ヒューマニズムの教育を受けた者が、仏教、特に浄土真宗の教えにふれたとき、最初に躓く関門でしょう。

 しかし、死後の世界の否定は、生死解脱を目的とする仏教の全面否定になります。
 生死解脱の本来の意味は、三界六道における生死輪廻からの離脱ですから後生を否定すれば解脱はあり得ません。
 後生を否定して仏教を理解しようとすることは、屋根と柱を抜きにして家を建てようとしているようなもの。後生が説かれている仏教が誤りなら、それは釈尊の誤りです。

 後生や阿弥陀仏の存在は、浄土経典は無論のこと、他の多くの経典にも説かれている周知の事実で、今更、根拠を挙げる必要もないでしょう。

 ではなぜこんな明白な事実がネジ曲げられるのか。

 所詮は、後生も弥陀の実在も認められない、その人の〃事情〃からです。 後生の否定を断見といい、仏教では外道とされます。

 仏教のあらゆる宗派から祖師と仰がれる龍樹菩薩の『大智度論』から引用してみます。
「復次に、聖人は今現在の事を説くに実に信ずべきが故に、後世の事を説くも、また皆信ずべし。
 人の夜、険道を行くに導師手を授けんに信ずべし知る故に則ち随遂するが如く、比智及び聖人の語もて定んで後世あることを知るべし。
 汝は肉眼、重罪にして比智薄きを以っての故に、又天眼なし。既に自ら智なく、また聖人の語を信ぜずして云何ぞ後世を知ることを得ん。
 復次に、仏法の中には諸法は畢竟、空にして而もまた断滅せず。生死相続すと雖もまた是れ常ならず。
 無量阿曽祇劫の業因縁は過ぎ去ると雖も、また能く果報を生じても而も滅せず。是れ微妙にして知り難しと為す。
 若し諸法都べて空ならば比の品(般若波羅蜜経往生品)の中に、応に往生を説くべからず。何ぞ智者に前後の相違あらん。
 若し死生の相実あらば云何ぞ諸法は畢竟空なりと言わん。
 但、諸法中の愛着邪見顛倒を除かんが為の故に説く。後世を破らんが為の故に説くにはあらず。
 汝天眼の明無きが故に、後世を疑い自ら罪悪に陥らんとす。
 是の罪業を遮せんが故に種々に往生を説く」  

 以上、龍樹菩薩の説くように、後生を否定することは断見外道であり、断じて仏教ではないのです。

 ところが近年は、生死解脱を生死の不安よりの解脱だと強弁し、後生を否定し仏教の外道化が着々進行中のようです。
 空、無我を説くから後生を認めないと思うのは、
「生滅あれども断ならず、相続すれども常ならず」
と教える仏教の真意を知らないからです。

 これらは唯識に詳説されているので、唯識を学ばねば仏教は分からぬ、といわれる所以です。しかし、単なる学問として研究するだけでは、唯識は分かりません。

 後生でも阿弥陀仏でも、無いと思う者はその断見の迷心が破れるまで、有ると思う者はその有の見が破れるまで徹底して聞法することです。

 善知識のご化導によって宿善開発し、仏智満入すれば、その破闇満願の名号原理として含む、昿劫流転の自己の真実も、三世因果の道理も、弥陀や浄土の厳存も直感されるのです。

 後生や弥陀の存在を理解してから他力金剛信を体得するのではない。弥陀より賜る南無阿弥陀仏に、後生の一大事を認むることも、弥陀の実在を認むることも、浄土の存在を認むることも含んでいるのです。

 金剛信に徹して解脱の光輪の慈照を蒙れば、吾らの家郷に父母あるが如く、浄土に弥陀ましますことを信知させられる。それが分からないのは、定散の自心に迷うて、金剛の真信に昏いからに外ありません。
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勧学寮が『今、浄土を考える』

2010-05-24 19:55:00 | Weblog
「浄土往生」は仏教究極の目的であり、重大な意味を持つ言葉である。さりながら、今日、この「浄土往生」という言葉がどう扱われているか。
死に向かう人への単なる〃気休め〃であったり、死んだ人を悼む遺族への〃慰めの言葉〃にしかなっていないのではなかろうか。

浄土真宗の葬式では決まって「亡くなられた方は浄土へ旅立たれました」と言われる。
親鸞聖人の教えからすれば、死んで浄土へ往けるのは信心決定した人だけのはずだが、そんなことを説く人はいない。だれでもかれでも死ねば弥陀の浄土へ往けるように言うのである。
これはただ遺族の心情を慮って、ということばかりではなさそうだ。
そもそも「浄土往生」を説くべき仏法者が、その究極の目的である浄土往生を「一つの考え方」ぐらいに勝手におとしめ、本気にしていないのである。だから、まるで状況主義的、つまりその場その場の状況によって言うことがコロコロ変わる。

そういう状況の中に登場したのが、親鸞学徒の本道たる『歎異抄をひらく』である。

この本には、至るところに親鸞聖人、蓮如上人のお言葉を通して「浄土往生」が鮮明に説かれる。

「信心一つで、極楽に往生するのだ」
「他力の信心一つ獲得すれば、極楽に往生することに何の疑いもないのである」
「誰もが死ねば仏になれるのではない。現在、弥陀に救いにあい、〃仏になれる身〃になっている人のみが、浄土に生まれ、そこで仏の悟りを開く、これが親鸞聖人畢生の教誡であるからだ」

「浄土往生」を〃一つの考え方〃ではなく、生きた、揺るぎのない現実として断言されているのである。

僧侶から〃観念の遊戯〃ばかり聞かされ、浄土往生を〃そういう考え方〃ぐらいに思っていた真宗門徒が、『ひらく』の本気の主張に動揺したのは、想像に難くない。

そのためだろうか?

本願寺の勧学寮が『今、浄土を考える』という本を出版した。

勧学寮とは、本願寺の教学の最高位の人たちで構成された、あちらの頭脳中枢に当たるのである。
そういう点で、この本は重い意味がある。

なぜ、今、勧学寮が、一般向けに「浄土」について解説した本を出すのか?
何らかの要請あってのことと思われる。


この本の広告のうたい文句には、

亡くなったあの人はどこへ行ったのか?
死んだら私はどこへ行くのか?

とある。こういう問題提起は大いに結構と思うが、その回答となると心もとない。
広告の文面をを見ると、

「自分自身の問題として浄土を考えていく機縁」
              
「どのように浄土を考えるべきなのか」
         
「浄土の現代的意義について考える」
    
とある。

なぜ、凡夫の頭で、浄土を「考え」「現代に意味づける」などという試みに腐心するのだろう?そもそも凡夫の頭で浄土が分かる由もないではないか。
南無阿弥陀仏の仏智を頂いて、その仏智で分からせていただくことなのに、それを凡夫の思考レベルに引き下げ、浄土のあれやこれやを論ずることに何の意味があるのか。そもそもどういう目的でそういうことをするのか?(とかく学者は〃考える〃のが好きなようだが、お釈迦様の掌の孫悟空のようなことにならないだろうか)

仏の世界のことは、仏様に聞くよりない。我が身を〃孫悟空〃と知るならば、まずはお聖教を句面のとおり拝すべきであろう。

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真実だから「納得」できるのか?

2010-05-22 18:51:20 | Weblog
ある哲学者の言うことによれば、我々の頭は、

「真実だから納得できる」

のではなく、

「納得できたことを真実だと思う」

ということらしいのだが、それは本当にその通りだと思う。


脳科学の進化に伴い、人間の脳とコンピューターの類似性がよく指摘されるようになった。コンピューターというのは初期設定をどうするかで、出てくる答えはいかようにでも変わる。
つまり1+1=2ということでプログラミングすれば、あとはそれを前提とした計算を始めるということのようである。
ところで人間の脳をひとつのコンピューターになぞらえると、その初期設定がどうなっているか。
大多数の人に共通した初期設定が、「常識」とか、「自明のこと」といわれるもので、人間社会というものは、その常識、自明のことの上に成り立っている。

だから、もし人間の脳の初期設定を変えれば、その常識だとか、自明のこと、といわれるものも変わってくるのである。これは必ずしもSF的な話ではなく、実際に初期設定が大多数の人と異なっている人は存在するのである。

例えば、統合失調症といわれる人たちがそうだ。統合失調症といっても様々でひと括りにはできないが、多くの場合、大多数の人が「当たり前」と思うことが、少しも当たり前と思えないのだそうである。
2,3例をあげれば、昨日の「私」と今日の「私」が同一人物と思えない。
あるいは、私は「常に」「ここ」にいる、ということが分からない。
大多数の人からすると、え?何で?ということだろうが、そういう風に初期設定されていない人には、そうは思えないのである。本人は決してふざけているわけではない。真面目に悩んでいるのである。

では大多数の人の初期設定が、真実である保証はあるか。

結論から言えば、それは「ない」。

あるのは、このように初期設定されていたから、そのように思えた、ということだけである。


もし世界に、真実というものがあるとしたら、それは私たちの頭の初期設定、あるいは約束事とは何の関係もないはずである。

私たちの頭は、それまで納得できなかったことが納得できると、何か「真実」に出遇えた気分になり、喜びが起きるが、本当の真実というものは、そもそも私たちの頭とは何の関係もないものだから、この頭には全く収まりようもなく、私たちが日常味わうような喜びも起きなければ、感激も起きようもない。それどころか納得しようもないことだから、「受け取りなさい」と押し付けられると、はねつけることしかできない。

だから、

真実だけ説かれてついていける人があるだろうか。

それはありえない。

だから方便が絶対に必要といわれるのも道理ではないか。

仏法に説かれる真実とは、究極的には、そういう人智を超えた「真実」である。
だから真実信心を獲得された親鸞聖人は、不可称・不可説・不可思議と仰っている。



小田和正の歌で、

うれしくて 

うれしくて

言葉にできない

ら・ら・ら

ら・ら・ら

言葉にできない……♪

というのがありましたが、聖人の言われる「不可称・不可説」とは、こういううれしすぎて「言葉にできない」というのとはまた次元の違うことなのです。


「30年求めたけれど救われなかったが、ここに来たら1週間で救われた!」
「こうやって救われた」
「ああやって救われた」
と言う者たちがいる。
救われる救われないは、すべて弥陀のお計らいではないのか?彼らの言っていることを聞いていると、その分かるはずのないことまで「分かったぁ!」と言っているのが丸出しである。方便の重要性をどれだけ理解してのことなのだろう。こういうことを平気で言ってくる人たちの「真実」とは、一体どんな「真実」なのやら……。
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痛みが美と変わるとき

2010-05-21 18:57:52 | Weblog
腹を裂かれた妊婦や内臓、幽霊といったものをモチーフにした、一見グロテスクな日本画で、注目を集めている松井冬子という画家がいます。

どんな作品か知りたければ、ここにあります。↓
(苦手な方はパスしたほうがいいと思います)
http://blog.goo.ne.jp/midorinet002/e/ae912b43ae921e2b826c44b7971fc5dc

松井氏自身が絶世の美人のせいもあってか、作品全体に並々ならぬ妖気が漂い、見る者の心をざわつかせます。
この人の作品は、見る人を選ぶようで、ある人にとっては目を背けたくなる嫌悪すべきもの。又、ある人にとっては、立ち尽くすほど魅入られてしまうもののようです。

それは内に秘める、ある種の気分が呼び覚まされるからかもしれません。

それはたぶん痛覚のようなもの。

「誰でも自分の中に狂気を抱えている。ただ日頃は 気づかないだけです」
と松井さんは言います。

好きな画家は、円山応挙や河鍋暁斎、速水御舟といった人だそうです。

「彼らの絵を見るとストイックで、神経質で、まじめなのがよくわかる。それらを突き詰めていくと、結果として、狂気に行き着いてしまう」

松井さんは、絵を描いていなければ自殺していたと言っているように、心に重い傷を負った方のようでした。

美人には美人の苦悩があるのでしょう。恋愛沙汰の人間関係のもつれから、首の骨が折れるほど、鼓膜が破れるほどのケガをしたこともあったそうです。

そういえば私の学生時代、抜群に美しい人がいて、知り合った男性の8割から、交際を求められたり、明らかにそれと分かる目で、いつも見られていたそうです。
一見、うらやましい話なのですが、本人は相当、嫌がっていました。

なぜかというと、

自分のことをろくに知りもせずに、なぜ、外見だけであんなに真剣に言い寄ってくるのか?まったく理解できないようでした。自分の心など、どうでもいいと考えているのか?
と言いたくなるのだそうです。
相手の男が真面目で真剣であるほど、それが反って煩わしくなったようでした。
男性としては耳の痛い話ですが、確かにそんな男が常に5人も6人も周りにいたら、その女性は不幸であろうと思いました。

自分がその相手を好きでないことが、どれほど相手を傷つけ、失意のどん底に沈めるか、と思うと、多くの異性から好かれることも、決して楽ではないようです。

この女流画家も、多分、その美しさと真面目さゆえに、取り憑かれたように言い寄る男たちの、ありがた迷惑な愛情に翻弄されてきたのでしょう。全員の願いを叶えるわけにはいかないから、捨てられた側からのいわれなき怨念や嫉妬、暴力にさらされてきたものと思います。愛の裏は憎しみですので。

だとすれば、もてないことを喜びましょう。

さて、体の怪我は、分かりやすいし、治るのも早いですが、心から流れている血は、傍からは見えず、本人にもよく分からないことが多いと思うのです。

松井さんの絵を見ると、この人の心からは、かなりの血が流れっぱなしのような気がいたします。その屈折したような痛みが、卓越した表現技術によって、日本画へ昇華したように思います。

しかし、そんな才能や技術など、持たない人が大半であります。
そういう人が、心の出血の止まらないとき、リストカットのような自傷行為に走ってしまうのではないでしょうか。

体は何ともなくとも、心が出血している。

それは隠しているだけで、多くの人がそう感じているに違いない。そうでなければ、どうしてこの人の絵に、多くの女性が共感したりするものだろうか。

共感、シンパシーは、一時の救いではあろう。

だが、自分のすべてを分かって、受け入れてくれる相手を「人」に求めるならば、それは必ず落胆と失望に終わると思う。人は自分のことさえ分からないのである。まして他人のことなど分かりようがない。分かったように言うのは〃驕り〃であろう。

もし、私も知らない私のすべてを分かったうえで、引き受けてくださる方があるとすれば、それは阿弥陀如来だけである。


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変わるものを変わる心で

2010-05-20 13:07:39 | Weblog
内閣府が先月、日本人の「幸福度」の意識調査をした結果、10段階評価で6・5となりました。点数は回答者の自己評価ですが、同様の調査で欧州28カ国の平均は6・9、トップはデンマークの8・4。比べて日本はかなり低めという結果になりました。欧州の大半の国と比べ、物質的には豊かなはずの日本において、幸福度が最も低いという結果が、関係者を驚かせました。

夏目漱石が『文明論集』の中で、示唆に富んだことを言っているので紹介しておきます。

       ◆        ◆

して見れば古来何千年の労力と歳月をあげて

漸くのこと現代の位置まで進んで来たのであるからして、

いやしくも我々の活力が今に至る長い時間に工夫し得た

結果として、昔よりも生活が楽になっていなければなら

ないはずであります。

けれども実際はどうか?

打ち明けて申せば御互の生活は甚だ苦しい。

昔の人に対して一歩も譲らざる苦痛の下に生活している

のだという自覚が御互にある。

否、開化が進めば進むほど競争がますます劇しくなって

生活はいよいよ困難になるような気がする。

なるほど我々の活力の猛烈な奮闘で開化はかち得たに

相違ない。

しかし、この開化は、一般に生活の程度が高くなったと

いう意味で、生存の苦痛が比較的柔げられたという訳で

はありません。

丁度、小学校の生徒が勉学の競争で苦しいのと、大学生

が勉学の競争で苦しいのと、その程度は違うが、比例に

至っては同じことである如く、

昔の人間と今の人間がどのくらい幸福の程度において

違っているかといえばー―あるいは不幸の程度において

違っているかといえばー― 活力消耗・活力節約の工夫に

おいて大差はあるかもしれないが、生存競争から生ずる

不安や努力に至っては決して昔より楽になっていない。

否、昔よりかえって苦しくなっているかも知れない。


      ◆       ◆


仏教に、流転輪廻という言葉があって、それは同じところ
を際限なく回り続けることを言います。

文明の進歩、向上、発展などと称して、人類の歴史は右肩
上がりに直線的に伸びているというイメージが我々には
あります。

しかし、その文化やら文明やらを受け取る我々の幸福感、
という点からすると何か変わっただろうか?

仏教に説かれるがごとく、心は同一円周上を果てしなく
回っているような気がしませんか?
あそこへ行けば、何かが変わる。あれを手に入れたら
きっと変わる。こう信じて人は、一日一日を精いっぱい
生きてはいるけれど、求めたところへ行った時、求めた
ものが手に入った時、

「なんだ、こんなもんかぁ……」

と幻滅したことはなかったか。

変わっていくのは外面だけで、心はいつでも堂々巡り。
これが流転輪廻ということで、すべての人がその中に
あります。

変わるものを、変わる心で追いかけて、その流転輪廻を
脱せられる道理はないのです。

本当に変わらぬ安心、満足、すなわち
「人間に生まれてきてよかった!」という生命の大歓喜
というのは、昨日書きましたように、南無阿弥陀仏を
いただき、仏凡一体となった世界にしかないでしょう。



曠劫多少も遇い難き 弥陀の弘誓に摂取され

老若男女 賢愚を問わず

生きる世界はみな同じ

祖師聖人の恩徳讃


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御名号が本尊

2010-05-19 18:40:50 | Weblog
『正信偈』に「善導独明仏正意」と、親鸞聖人が絶賛される善導大師最大の功績は、古今楷定といわれる「南無阿弥陀仏」の六字の妙釈である。 蓮如上人はこの「六字釈」を大変重視せられ、『御文章』に何カ所も引用されている。例えば五帖目十一通の中には、六字釈とその意味が解説されている。

「善導のいわく、『南無というは帰命、またこれ発願廻向の義なり、阿弥陀仏というは即ち其の行』といえり。『南無』という二字の意は、もろもろの雑行を棄てて、疑なく一心一向に阿弥陀仏をたのみたてまつる意なり。
 さて、『阿弥陀仏』という四の字の意は、一心に弥陀を帰命する衆生を、ようもなく助けたまえる謂が、即ち阿弥陀仏の四の字のこころなり。されば、南無阿弥陀仏の体を、此の如く心得わけたるを、信心を取るとはいうなり」

 凡夫の我々には、真実を真実と信じられる「まことの心」は微塵もない。五劫の思惟でそれを見抜かれた本師本仏の阿弥陀仏が、信ずる「まことの心」まで用意なされ、「南無」の二字として、南無阿弥陀仏に収められている。

 だから南無阿弥陀仏の六字には、信ずるまことの心(南無)も、助けるまことの力(阿弥陀仏)も成就されており、阿弥陀仏からこの名号を受け取る一念(信心獲得)で、いつ死んでも浄土往生できる身にさせていただけるのである。

 他力の信心といっても、この名号六字の外にはない。
『御文章』に何箇所も書かれてあるとおりだ。

 だからこそ親鸞聖人は、一生涯、南無阿弥陀仏の御名号を本尊となされたのであり、親鸞学徒は、そのとおりさせていただくのである。

 ところが今日の浄土真宗では、御名号を本尊とせられた親鸞聖人の重大な御心はそっちのけにされ、全国の寺院、門徒の仏壇とも、木像・絵像本尊で統一されている。
 それでも最近、西本願寺の御本尊の見解に、多少なりとも変化が見られるようになってきたので紹介しよう。

 それは、主に住職が読む『宗報』に記された「浄土真宗の教章(私の歩む道)」の解説記事である。
「教章」とは、「宗門にご縁のある一人ひとりが、心得ておくべき浄土真宗の要旨」とあり、その中で御本尊を「阿弥陀如来(南無阿弥陀仏)」と規定している理由を、本願寺の教学伝道研究センターの所長が次のように説明していた。

〈それは、本願成就文に「聞其名号」とあるように、私たちが直接出遇っている如来さまは、「南無阿弥陀仏」の名号だからです。そこには、私たちの信心としての帰命の「南無」まで用意してくださって、私のもとに来てくださる如来さまなのです。
 だから、「南無」まで含めて本尊とするのであり、「阿弥陀仏」だけを本尊とするのではありません。私たちの出遇っている如来さまは、「南無」まで用意してくださった「南無阿弥陀仏」なのです〉

 ところが、そこまで書いておきながら、
〈他宗の論理では、木像が最も詳細なお姿で、絵像・名号は簡略化と思われがちですが、当流では全く同等です〉。結局、「木像も絵像も名号も全く同等」という従来と変わらぬ主張で結んでいるのである。
それでは「他流には『名号よりは絵像、絵像よりは名号』というなり、当流には『木像よりは絵像、絵像よりは名号』というなり」(御一代記聞書)の蓮如上人のご教示はどうなるのだろう、という気もするが、そう書かざるを得ない歴史的苦悩を垣間見る思いがした。

 しかし本願成就文の「聞其名号」までさかのぼり、『宗報』に〈「南無」まで含めて本尊とするのであり、「阿弥陀仏」だけを本尊とするのではありません〉と書いて、住職に徹底しようとしている姿勢は、今までなかったことであり、ゆっくりとだが、確実に浄土真宗は「親鸞学徒の本道」に向かおうとしている。
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自殺を止められた釈尊のお話

2010-05-17 21:01:37 | Weblog
民俗学で知られる柳田国男の『遠野物語』を読んだという知人のブログにこう書かれていた。

>「こわさ」は、適度にあったほうが、いい。
 
> なんでも数字とか映像とかで説明されて
> 理屈と引き換えに「こわさ」を渡しちゃうのは、
> もったいない、ような気がするなあ。
> 借金も財産のうち、「こわさ」も資産のうち。

> ところで、
> 小学6年生だかの女の子が、
> 自宅で首を吊って自殺したニュースを知ったけど、
> こわくなかったのかなあ?

科学的、合理的精神が幅を利かせ、今や河童や天狗など、異界の存在は姿を消した。だが同時に後生(死後)の問題まで〃時代錯誤〃と一笑に付されるようになったのは、大いに悲しむべきことだと思う。

知人には、こういう返事をしておきました。

>自殺は、キリスト教では悪と言われますが、
>自分の判断で、自分の責任で、自分に対してやったこと
>ですから、善悪で論じることはできないと思います。

>仏教では、そうではなくて賢愚で論じます。

>女の子は本当にかわいそうですが、自殺は愚かなこと
>です。

>何が愚かかといえば、
>死ねばすべてが終わる、という根拠のないその「確信」
>がです。

>そういうことからすれば、この愚かさは、女の子だけの
>ことではなく、すべての人の愚かさに通じています。

>死んだ後のことは分からないのに、
>自分の判断で、勝手に結論付け飛び込んでいます。
>その危険さは、目隠しして、噴火山の火口に飛び込むこと
>以上なのに、無知ゆえに、それをやってしまうのです。



お釈迦さまの時代にも、やはり自殺しようとした人は
あったとみえて、次のような話が残されています。


■       ■       ■

釈尊が、托鉢の道中でのことである。
大きな橋の上で、辺りをはばかりながら一人の娘がたもとへ石を入れている。
自殺の準備に違いない。
娘のそばまで行かれた釈尊は、優しくその訳を尋ねられた。
相手がお釈迦さまと分かった娘は、心を開いて苦しみのすべてを打ち明けた。

「お恥ずかしいことですが、私はある人を愛しましたが、捨てられてしまいました。世間の目は冷たく、やがて生まれてくるおなかの子供の将来などを考えますと、いっそ死んだほうがどんなにましだろうと苦しみます。こんな私を哀れに思われましたら、どうかこのまま死なせてくださいませ」

と、よよと泣き崩れた。

釈尊は哀れに思われ、こう諭された。

「不憫なそなたには、例えをもって話そう。
ある所に、毎日、荷物を満載した車を、朝から晩まで引かねばならぬ牛がいた。
つくづくその牛は思ったのだ。
『なぜオレは、毎日こんなに苦しまねばならぬのか、一体自分を苦しめているものは何なのか』
そして、
『そうだ。オレを苦しめているのは間違いなくこの車だ。この車さえなければ、オレは苦しまなくてもよいのだ。この車を壊そう』

牛はそう決意した。

ある日、猛然と走って大きな石に車を打ち当て、木っ端微塵に壊してしまったのだ。

それを知った飼い主は驚いた。こんな乱暴な牛には、余程頑丈な車でなければ、また壊される。やがて飼い主は、鋼鉄製の車を造ってきた。それは今までの車の何十倍の重さであった。

その車に満載した重荷を、今までのように毎日引かせられ、以前の何百倍も苦しむようになった牛は、今更壊すこともできず、深く後悔したが、後の祭りであった。

牛は、自分を苦しめているのは車だと考え、この車さえ壊せば、自分は苦しまなくてもよいのだと思った。それと同じように、そなたはこの肉体さえ壊せば、苦しみから解放され、楽になれると思っているのだろう。

そなたには分からないだろうが、死ねばもっと恐ろしい苦しみの世界へ入っていかねばならないのだよ。その苦しみは、この世のどんな苦しみよりも、大きくて深い苦しみである。そなたは、その一大事の後生を知らないのだ」


そして釈尊は、すべての人に、後生の一大事のあることを、諄々と教えられた。


娘は、自分の愚かな考えを深く後悔し、釈尊の教えを真剣に聞くようになり、幸せな生涯を生き抜いたという。

■       ■       ■

今の時代、地獄といっても、子供に悪いことをさせないための作り話、安易に死へ走るのを防ぐ安全弁など、自分が納得できるレベルの解釈をして、仏の真意をどこかへやってしまう。それどころか後生の一大事を真剣に説くほど、カルトと呼ばれてしまう時代です。

死後の有無は知識の問題ですが、死後助かりたいかどうかは人間の問題です。死後を怖れるのは、深い人間性からくるもので、死後が無いという知識で清算されるものではありません。


誕生時にできた肉体の頭ではとらえようのない、過去世・現在世・未来世を一貫する不滅の生命が存在することを仏教では教えています。死後、助かりたいかどうかはそちらの問題だから、やがて滅びる肉体の頭をひねくり回して決着のつくことではないのです。



女の子も、きっとこわかったはず。
理由は分からずとも、直感的にそう思ったはず。

頭脳では認識不能でも、直感的にそう思うのなら、そう思わせる何らかが〃実在〃することを、もっと心の目を凝らして見つめてほしかった。

大切な命を、みすみす失わせないためにも、後生の一大事を知らされた者から、伝えていくしかないのでしょう。カルトだとか何だとか、寝言を触れまわる者たちは後回しです。


***********************
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あなたはこんな疑問、
胸にぽっとあらわれることってないでしょうか。


▼「こういう毎日の繰り返しに、いったい何の意味があるんだろう」

▼「生きててよかった、って自信持っていえる、『幸せ』って何だろう」

▼「間違いなくいつか死ぬのに、なんで生きねばならないの」

▼「なぜ満たされているはずなのに、寂しさや虚しさが混じるのか」

▼「本当の私って何者なんだろう」


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大前提が壊れるとき

2010-05-16 16:53:48 | Weblog
人は皆、今日は生きておれる、明日も生きておれる、という一つの強固な信念の上に立って生きています。この信念はちょっとやそっとでグラつきませんから、人は「生」という、しっかりとした土台の上に、自分の人生を築いている錯覚に陥っています。

ですが、

私たちの「生」とは、蓮如上人が有名な「白骨の御文」のなかに「浮生」とおっしゃっているように、あるいは、善導大師が「風中の灯」ともいわれているように、極めてあてにならないものなのです。

その理屈はのみ込めても、内心は、なんだかんだ言ったところで明日も生きておれるさ、とうそぶいているのですから、そんなのは分かったうちにも入りません。

こういうのを「迷い」といいます。

皆さんは『タイタニック』という映画をご覧になったと思います。世界一の豪華客船タイタニック号が、初航海の途中、氷山とぶつかって沈没し、大西洋の藻屑と消えてしまった史実を映画化したものです。

港を出るときは歓呼の声で見送られ、自信に満ち溢れ、乗客の誰しも、到着した先の生活を夢見ていました。

しかし、

船内の豪華絢爛な世界も、乗客たちの笑顔も、それがやがて沈み行く船の中のひとコマと知っている観客は、その〃幸せ〃を見るに忍びないのです。

あの人たちには、固く信じていた、あるはずの「未来」がなかった。とらぬ狸の皮算用ばかりしていたということです。

でも、

考えようによっては、私たちも沈没確定の船に乗って、人生の航海を始めたようなものではありませんか。
その事実に目をつぶろうと、つぶるまいと、もうすでに浸水が始まっています。この浸水を止めることはできませんから、このままいけば必ず沈みます。

仏法は、この一大事に驚くことから始まります。


ところが今日、仏教を語る人たちの中に、この一大事をごまかし、勝手に生死を超越した〃気分〃になってしまっている人が多いのです。それでも、語らせればとくとくと「解放された」などと言い、お聖教の御文をたくさんあげ、「私にとって、死んだらどうなるかなど、もはや問題ではない」と言わんばかりの名調子を聞かせてもらえます。その人の自信や信念はどうでもいいのですが、問題は、それが本当に親鸞聖人の教えておられるとおりなのかどうか、です。
もし違っていれば、臨終の暴風雨の前に泣かねばなりません。
「生きているつもり」の大前提がひっくり返ると、いい加減な信仰では、すべてが音もなく崩壊するのです。

ここに、
そんな事例があります。

この話の中には、重要なことがいろいろ含まれています。
その一つが、真宗大谷派の教学を深く学んでいたある方が、臨終に、その信心が崩壊したという点です。そこに留意して読んでもらえたらと思います。
ただしその方は、これまで聞かされてきた教学では駄目だったと気づかれたあと、真剣に後生の一大事の解決を求め、人にも勧めていかれた大変尊い方だったことを、ひとこと申し添えておきます。

■浄土真宗を憂う
http://shinshu.fubuki.info/east/file01.htm
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本丸の好む「解放」

2010-05-15 23:07:57 | Weblog
最近出された歎異抄解説本とは、そこらへんの有象無象が書いたものではなく、真宗の〃本山〃と目されているところの、しかも「本丸」から出たものなので、そういう点で重要です。

書名も、筆者も伏せておくのは、個人攻撃が目的ではないからです。

ただ、こういうことが真宗の〃本山〃で説かれているという実情と、それが親鸞聖人の教えに照らしてどうか?という点を知ってもらえたらと思います。

弥陀に後生の一大事を救われれば、「無碍の一道」です。
この無碍の一道という世界を、この本では、
「すべての束縛から解放された自由な道」
とか、
「善悪を超えた自由な道」
と、意訳しています。

これが弥陀の救いだ、というのです。

では、善悪を超え、善悪から解放された境地とはいかなるものか。
この筆者によれば、
「善悪、好き嫌い、勝ち負け」にこだわる「執着」から解放されることである。弥陀に救われたとは「勝ち負けとか優越感と劣等感の間で苦しむこと」のない、「身も心も柔らかになって、何事も喜んで負けていけるような生き方」に転じたことだ、との主張です。

どうも「本丸」の学者は、この「解放」という言葉が好きなようで、この本の随所に出てきます。

確かに、勝ち負けにこだわる執着がなくなれば、負けて苦しむこともなくなるでしょうが、執着は煩悩だから、それは煩悩がなくなることに他なりません。

一体、どこにそんな煩悩を断じた人間がいるのでしょう。また、そんな境地を親鸞聖人は教えられたのでしょうか?

『歎異抄』にも、煩悩具足の凡夫、煩悩熾盛の衆生とあるように、人間は煩悩の塊であり、煩悩以外に何もありません。だから煩悩は死ぬまで断ち切ることは絶対にできないのです。

それは『一念多念証文』に、親鸞聖人が教えておられます。

「凡夫というは、無明煩悩われらが身にみちみちて、欲もおおく、瞋り腹だち、そねみねたむ心多くひまなくして、臨終の一念に至るまで止まらず消えず絶えず」

この本の筆者は、弥陀の救いは「すべての束縛から解放された自由な道」だと繰り返していますが、自分は煩悩執着がなくなったつもりなのでしょうか?
「執着がいけない、自分は執着していない」と力んでいるとしたら、その「こだわり」こそが他ならぬ執着です。

煩悩執着がなくなるなど、現実にはありえないことを、ああだこうだといろんな言い方をして観念の遊戯に陥っているだけで、そんなものが弥陀に救われた世界、「無碍の一道」ではないのです。

ただ、この本のような教えなら、後生の一大事も何も知らない一般大衆が聞いても、常識的に一応、分かる話ですから、現実にはありえぬことでも、いい話を聞いたように思うのかもしれません。

しかし、こういう教えなら、つまり、勝ち負けとか優越感と劣等感の間で苦しむことない、そういうものを目指しているなら、それは生死解脱を目的とする仏教というより、カウンセリングの目指しているものではないでしょうか。

それなら、もっとやさしくて、分かりやすい本がいくらでもあります。
『この子はこの子でいいんだ』とか『輝ける子』とか。
難しいお聖教に取り組む必要が、一体どこにあるのでしょう?

「本丸」がこれだから、末端は推して知るべしです。
羅針盤もなく、舵取りもできぬ船で、お聖教の海へ放り出されたようなもので、めいめい勝手な解釈をしているのが現状です。

お聖教に自分の心に合わぬところが出てくると、それが教えの核心部であっても、
「親鸞聖人を絶対視するのではなく」
とか
「教理に縛られず」
とか、
「親鸞聖人のお言葉を金科玉条とせず」
こういう言葉が、「本丸」の学者の口からすらっと出てくる。恐ろしいものです。
そして都合のいいように曲げたあとは、それを理論化、体系化していくのです。

いかに理論武装しようと、一皮向けば「僕が僕であるために~♪」というような本音が聞こえてくるような、信仰や教学では、平時はよくても、いよいよ臨終となれば総崩れです。

その実例を、次回、紹介したいと思います。




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あれか、これか

2010-05-14 19:06:12 | Weblog
親鸞学徒というのは、
「親鸞聖人の〃正統な〃教えを
 我も信じ
 人にも教え聞かしむるばかり」
これに徹する人をいいます。

「私は親鸞学徒である」という自覚から、こうして書いているので、それは「僕が僕らしくあるために」やっているわけではありません。

先日から書いておりますように、「自由」なのも、「僕らしく」も結構ではありますが、
人間が生きていく以上、
「あれもこれも」
というわけにはいかず、
「あれか、これか」
の選択を迫られるのです。

ここでどちらを選ぶか、そこにその人の「信仰」があるのだ、ということを書いてまいりました。
何も「信ずる」ものがなければ、どちらにするか決めようがないのです。

ではそこで、

自分はいちばん、この人生で何を最優先しようと考えているのか、もう一度、振り返ってみてはどうでしょう。
自分で決めればいいことですが、そのかわりその結果は、全部、自分で引き受けねばなりません。自分の「信仰」に基づき、自分で決めた結果なのですから。たとえ火の車に乗せられることになろうとも、だれに文句の言いようもありません。

その時その時、自分のやりたいように生きるのだ、などと言えば、随分かっこよく聞こえますが、やりたいように生きられる人なんて本当にあるでしょうか?仮にできたとして、そこに本当の安心や満足があるものでしょうか。

多分、ない。なぜなら

人間は妙なもので、自分だけは永遠に生きられるかのように思っています。死は他人のことだと思い込んでいます。妄想顛倒も甚だしいけれど、それが私たちの偽らぬ実相です。
だから、大変な勘違いから人生を出発させているのです。

人は皆、「生簀の魚」であることに気づかずにいます。以前、ここに書いたとおりです。
それを善導大師は『往生礼讃』に次のようにおっしゃっています。

「人間怱々として衆務を営み、年命の日夜に去ることを覚えず。灯の風中にありて滅すること期し難きが如し。忙々たる六道に定趣なし。未だ解脱して苦海を出ずることを得ず。云何が安然として驚懼せざらん」

これを意訳すれば、

「人は皆、あくせく、せかせかと、世間の雑事に追い回されて、自分の寿命が、日夜刻々と縮まっていることを知らない。命のはかないことはロウソクの火が、風の中にゆれて、いつ消えるか分からないようなものだ。迷いの世界、六道を不安いっぱいで、へめぐって落ち着く所がない。いまだに迷い続けて、苦悩の世界を出ることができないでいる。どうして安閑としてこの激しい無常に驚かないのだろうか。一大事は迫っている。まことに危うい限りである。すべての人々よ、強く健やかな今時に聞法し、自らつとめ、励んで、後生の一大事の解決を求めよ」

ということになりましょう。

いくら文芸や音楽に打ち込んでいても、ちょっと病気で寝込むとたちまち死の不安に襲われる。
無意識下に眠っていた死の恐怖が、病気を縁として入道雲のように湧きあがる。日夜不安で輾転反側(てんてんはんそく)する。死は一瞬にして私の全存在を否定し去るからです。


この生死の一大事の解決こそ、最優先すべき大問題ではないでしょうか。
仏法の目的も、当然、ここにあります。


ところが、先日発刊された、真宗の〃本山〃の『歎異抄』解説本に、この一大事の解決はほんの少しでも触れられていたでしょうか?

やはり

残念な内容でした。どう残念だったかは、別の機会に書くことにします。




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