静かな劇場 

人が生きる意味を問う。コアな客層に向けた人生劇場。

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仏教入門 なぜ生きる(2)

2018-12-15 10:30:14 | Weblog
それでは最初に、「なぜ生きる」という問題がなぜ大切なのか、皆さんと考えてみまたいと思います。

今日、日本で毎年2万人を超える人たちが、自ら命を絶っているといいます。つまり自殺です。
自殺するというのは、いろいろな事情があってのことでしょうが、死んだ方がましだと思ったということですから、なぜ生きるかが分からなかったということでしょう。
 では今、こうして生きている人は皆、分かっているといえるでしょうか?

 例えばの話です。皆さんの、いちばん仲の良い友だちが突然「死にたい」と打ち明けてきた。とします。そんな時、皆さんならどうしますか?
「そうか、じゃあ手伝おうか?」というわけにはいかないはずです。引っ越しを手伝うのとわけが違いますから。「まあ待て」。と皆さんなら引き留めるはずです。そして言うでしょう。
「いろいろ苦しいことがあったんだろうね。でもね、苦しいのは君だけじゃない。みんな苦しい中、頑張って生きてきたんだ。だから、君も頑張ろう。自殺は弱い人間のすることだと思うよ。苦しみに負けてはいけない。強く生きよう、頑張ろう」と励ますでしょう。
 するとその相手が言いました。「なぜ強く生きなければいけないんだ?私はね、生きるのがもう嫌になったと言っているんだ。それなのになぜ、もっと頑張れだの、強く生きよと言うのか。何のために頑張るんだ?」
 こう言われると困ってしまいます。しかし相手は本気なのですから、いい加減なことは言うわけにもいきません。
 ですから、「そうやって頑張って生きて行けば、きっといつかいいことがある」。こういうのが精いっぱいではないでしょうか?
「そうだろう?だって、朝の来ない夜はないし、春の来ない冬もないじゃないか。今、おまえは夜なんだ。冬なんだよ。いつか必ず夜が明けるさ。花咲く春がやってくるよ。だからそこまで頑張ろうよ」。
 ところが相手が冷静に、「その夜明けって何のことだ?花咲く春って何のことを言って
いるんだ?そもそもおまえ自身、いったいいつ夜明けが来たんだ?」
 そう言われると、ますます困ってしまいます。「はて?自分の人生で夜明けっていつだったかしら?花咲く春ってあっただろうか?」
そう考えるとだんだん自信がなくなって、
「ひょっとして夜明けなんてないのかもしれないなぁ。来ない春を待ってるだけかもしれないなぁ。だとしたら何のために生きてるんだろう?それじゃあ一緒に死のうか?」ということになったら、引き留めた意味がなくなってしまいます。
 このように、自殺しようとする人はもちろん「なぜ生きる」かが分からなくてことですが、それを「死んではダメだ!」とハッキリ言いきれない人もまた、なぜ生きるのか、それが本心ハッキリしていないということです。

しかし、ここがいちばん肝心なところで、体に例えればここが「背骨」に当たります。ここがグラグラしておりましては、人生がしゃんとするわけがないですし、自分も何かあった時、自ら命を絶っていく2万数千人の中の一人にならないとも限りません。しっかりさせておかねばならないのは、ここなんです。
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