静かな劇場 

人が生きる意味を問う。コアな客層に向けた人生劇場。

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釈迦一代記(1) 生老病死

2018-12-18 16:31:49 | Weblog
人はなぜ生きるのか、それに答えられたのが仏教です。

今回はまず、その仏教を説かれた釈迦という人の生い立ちからお話ししてみましょう

釈迦は、今から約2600年前、インドに生まれました。父親を浄飯王、母親をマーヤー夫人といい、2人は、カピラ城という大きなお城に住まいする王様夫婦でした。

ですから釈迦という人は、元々は一国の王子だったのです。当時はシッタルタ太子といい、幼い頃からずば抜けて頭がよく、スポーツ万能で、国中の尊敬の的でした。また生活は裕福でしたし、将来は王様の地位が約束されておりますし、19歳の時には、国一番の美女といわれたヤショダラ姫と結婚して、かわいい子供も生まれました。

傍から見ていると、太子の人生は順風満帆で、何一つ悩むことなどなさそうでしたが、太子はいつも悩ましげな、浮かぬ顔をしていました。

なぜそんな顔をしていいたのかといいますと、太子にはある悩みがあったからです。

それが「なぜ生きる」ということです。

このことに思い悩むようになったきっかけが、「四門出遊」といわれる出来事でした。

太子の住んでいた城には、東西南北に4つの門がありました。四門といいますのはこの4つの門のことです。
ある日、シッタルタ太子が家来を連れて、東の門から外へ出た時、あるものを見て大変驚いたといいます。
それは、杖をたよりにヨロヨロと歩く、枯れ木のような哀れな老人の姿でした。

太子は家来に尋ねました。
「あの人は、なぜあんな姿をしているのか?」
お城の中には、そんな老人はいなかったので、太子は不思議に思ったのです。

家来は答えました。
「あれは老人です。年を取ったのであんな姿になったのです」

太子は、自分の肉体もやがてはあの老人のように衰えて、醜くなるのを知って驚きました

またある日、太子は南の門から外へ出て、不治の病にかかって、終日呻き苦しむ病人を見て驚きます。
しかし、家来の話から、自分の肉体も、いつか病にかかって苦しまねばならないとことを知って恐ろしくなりました。 

またある日、今度は西の門を出た時、死人を街はずれまで運び、火葬する様子を見て驚きます。
これも家来の話で、自分も、やがては必ず死に、焼かれてただの骨になってしまうことを知って愕然としました。

人は誰しも若く元気でありたいのに、老いがきて衰える。
健康でありたいのに、病にかかって苦しむ。
生きていたいのに、死んでただ骨にされてしまう。

太子の「現在」は(若さ、健康、生)を満喫できても、やがて必ず(老・病・死)に至る。

それが絶対に避けられないと知らされた時、それでもなぜ生きるのか、太子は悩まずにいられなかったのです。
とりわけ太子を悩ませたのは、人はかならず死んでいくということでした。その太子の悩みが、いかに深刻だったか、一つの例えでお話したいと思います。(つづく)
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