静かな劇場 

人が生きる意味を問う。コアな客層に向けた人生劇場。

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自ら墓穴を掘った話

2009-12-24 22:00:10 | Weblog
迷信邪教を信じている夫婦と老母があった。
妻は容貌が美しく、淫靡な感じのする女であった。容姿に自信があったせいか情欲が盛んで、律義な姑と暮らすのが窮屈でならない。何とかして姑を亡き者できないかと思いながら、奸智に長けた女は、少しもそんな風情を見せなかったので、夫はいつも感謝していた。

「ふつつかな私に、そんなに言われると穴にでも入りたいわ。それにつけても天国に生まれると、とても楽しいそうよ。お母さんもそんな所へゆかれると、もっとノンキな暮らしができるでしょうに、一体どうしたら天国へゆけるのでしょうね」
「オレが聞いているのでは、身体を火の中に投げ込めばいいそうだ」
「まあ、それで天国へゆけるの。一日も早くそうしてあげたらお母さんも、どんなにお喜びになるでしょう」
 愚かな夫は、妻の本心を知るよしもない。
 母を天国へ生まれさせようと決心し、野原の真ん中に大きな穴を掘り、薪を積んで火をつけた。
 簡単な昇天式の後、アッという間に老母を火坑に突き落とし、後も見ずに逃げ帰った。

 運命は皮肉だ。

 火坑の一部に安全地帯があったので、無事、老母は外に這い出れた。もうあたりは暗かった。虎狼の難を避けて大樹に登って仮眠した。
 話し声で目をさますと、木の下に人相の悪い泥棒たちが集まっている。その時、不覚にもした〝ゴホンゴホン〟の老母の咳に驚いて、
「それ幽霊だ」
と一人が叫ぶとみんな後ろも見ず、盗んだ金銀財宝を置いたまま逃げ去った。
 夜明け近く財宝を背負って帰宅した老母を、夫婦は、てっきり幽霊と思って平謝り。
 老母はニコニコ笑って、こう言った。
「天国へゆかせてくれたおかげで、こんなに土産をもらってきた。まだまだあったが、今度は若い者が取りに来るようにとのことだった」
「今度、私がいってウンと持ってくるわ。昨日と同じに火の中に落としてください」
 欲深く愚かな夫は大賛成。大好きな妻を火の中に投げ込んだ。むろん、それっきり妻は、帰ってはこなかった。 


これは経典にあるお話です。因果応報とはこのことをいうのでしょう。恩田を荒らして善い苗の育つ道理はなく、姦婦が目障りな姑をなきものにしようとして、自分の身を殺すことになった、という話は、あながち虚構ともいえないでしょう。
現実には、火坑を作って、その中に母親を突き落とすような者はないかもしれませんが、心の中に憎悪の炎を燃やし、父母の死ぬのを願っている者はいないでしょうか?釈尊が説かれたのは、人の心に巣食うこの恐ろしい悪魔の姿を知らしめんがためでしょう。

また、この話は一面、女性の誘惑の恐ろしさを教えてもいます。
独身のうちは至って親孝行だった息子も、嫁を娶ると急に不孝者になる例は珍しくありません。
女の人の言葉は、優しいようで、針のような恐ろしさを含んでいるものです。磐石に見えた男の心も、ついに崩されるのは柔らかい女の言葉であるともいわれます。親が大事か、妻が大事か、親と嫁の間に立たされて悩む者は、いつの時代でも多いのです。

本末軽重をわきまえず、利己主義に走って他人の迷惑を顧みないところに、転落の始まりがあります。
自分の望む目的を達するためには、母を火坑に投げ込むのも辞さなかった姦婦の態度は、他人事ではないはずです。世の中はそんな自分にだけ都合よく出来ているわけではありません。他人を欺き、陥れれば、やがては自分が欺かれ、自分が落し穴に落ち込むことにほかなりません。
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