静かな劇場 

人が生きる意味を問う。コアな客層に向けた人生劇場。

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仏教入門 なぜ生きる(3)

2018-12-17 21:29:47 | Weblog
(昨日からの続きです)
 しかしこういうと、皆さんの中には、
〈自殺するのは、そんな「なぜ生きる」とかいう問題ではなくて、借金だとかいじめだとか、生きておれないほどの現実の苦しみがあるからだ〉と言いたい人もあるでしょう。
 しかし人というのは、今が苦しいだけなら、死んだりはしないものです。どういうことかと言いますと、例えば「今年1年、苦しいことばかり続く。でも、それを乗り切ったら、来年、あなたに10億円差し上げましょう」
と言われたらどうですか?
 今、どんなに苦しくても、会社が倒産しようが、いじめられようが、もうひと踏ん張りすれば10億円、そう思ったら、がぜん元気が出てきますし、自殺しようなどと考えないと思います。
 ということは、自殺をするということは、今が苦しいからと言えなくもありませんが、本当は、今が苦しいからではなく、こんな苦しい思いを抱えながら、それでもなお生き続けなければいけないのは、なぜなのか?どうしてなのか?それが分からないから耐えられなくなったということなのです。
 つまり、「苦しくてもなぜ生きるかが分からない」苦しみ、それで自殺したというのが本当のところなのです。

 では、苦しくてもなぜ生きなければならないのでしょうか。

それは、「10億円もらう」どころではない、もっと素晴らしいことが私たちの人生にはあるからなんです。
それ一つ果たされたなら、人間に生まれてきてよかった、生きてきてよかったと心から喜ぶことができる、そういう素晴らしいことが、特定の人だけでなく、すべての人にあるんです。

 これを釈迦という人は、「天上天下 唯我独尊」と格調高く、宣言されました。
どういう意味かといいますと、天上天下とは、天の上にも天の下にもということで、大宇宙のどこでもということです。
 唯我独尊とは、この「我」は、自分一人を指しているのではなく、我々人間一人一人をあらわしています。ですから、唯我独尊とは、ただ人間である我々一人一人に、たった一つの尊ぶべきこと、10億や100億のお金をもらうどころではない、もっともっと喜ばしきことがあるんだよ、という意味なんです。

 その「独尊」といわれるものを知った時、私たちの人生はガラリと変わります。いくら人生の荒波がやって来ようと、明るくたくましい人生が開かれます。ここで「独尊」といわれていること、それが「なぜ生きる」の答えである。釈迦という人はそういうことを教えられたんです。
 では釈迦は、この独尊といわれている真理、なぜ生きるの答えとは何だと教えられているのか。次回、お話したいと思います。
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