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釈迦一代記(6)仏のさとりと4つの真理

2019-02-01 09:41:33 | Weblog
仏のさとりというのは、52段階ある悟りの中の、最高位(52段)のさとりをいいます。これ以上のさとりはありませんから、無上覚ともいわれます。
この仏覚まで到達した方を、仏とか、仏様といわれるのです。

地球上で、この仏覚までさとられた方は、お釈迦さま以外にはありませんので、「釈迦の前に仏なし、釈迦のあとに仏なし」といわれます。

お釈迦さまの次となると龍樹菩薩と無著菩薩という方で、それでも52段と比べればずっと下の41段目のさとりです。
「面壁9年」の修行で知られる達磨大師は、壁に向かって9年間座禅をし、それで手足が腐って切り落とさなければならなくなりましたが、それほど厳しい修行をしても、30段前後の悟りしかひらけなかったといわれます。この事実からしても、仏のさとりがいかに大変な悟りか、お分かりかと思います。

さて、先ほどから、さとった、さとったと言っていますが、何をさとるのか?と言いますと、すべての人が本当の幸福になれる真理をさとるのです。
これを山登りに例えますと、1合目までより2合目、2合目から3合目へと登るにつれて、だんだん見晴らしがよくなってきます。ふもとに居るときは、見える範囲はごくごく限られますが、中腹あたりまで登ると、自分のいる町ぐらいは見えるかもしれません。もっと上まで登ると、海が見えたり、隣の県まで見えてきます。のぼればのぼるほど、見える世界が開けてくるのです。
それと同じように、高いさとりをひらくにつれて、それまで分からなかった真理が明らかとなります。

そして山の頂に立つと、四方八方、全て見渡すことができるように、52段目の仏のさとりに到達すれば、大宇宙の真理をすべて体得できるです。

仏となられたお釈迦様が、そのさとられた真理を説かれたものが仏教です。
その真理は、そのままでは私たちには深すぎてわからないので、お釈迦様は私たちに分かるよう、かんでふくめるように教えてくださいました。それを書き残したものがお経なのです。さとられた真理が大変深いものでしたので、それを伝えようとするお経の数は7千巻以上にのぼります。これらを指して「一切経」といいます。

この一切経を読めば分かることですが、仏教には四つの真理が説かれているといわれます。
その4つというのは、
1つは、人生は苦なりであるということ
2つには、その原因は何であるかということ
3つには、その原因を解決したらどうなるかということ
4つには、どうしたら解決できるのかということ

一切経、七千余巻のお経に説かれている真理とは、この4つのいずれかなのです。そしてそのいずれも、すべての人にとって大切なことばかりです。

簡単にいいますと、
1つ目、人生は苦なりであることは、これまでお話してきました。
2つ目、その原因は何かというと、死を意識した途端、真っ暗になる無明の闇といわれる心にあります。
3つ目、無明の闇が晴れたらどうなるか、それは「絶対の幸福」になります。絶対の幸福とは、絶対に崩れたり、壊れたり、色あせたりしない幸福です。老いがきても、病になって寝たきりとなっても、たとえ死が来ても大安心、大満足の身になります。人間に生まれてきてよかったと心から喜ぶことができます。それが第一回目でお話した、お釈迦様が「唯我独尊」といわれた「独尊」であり、すべての人にひらかれている究極の幸せであり、それが「なぜ生きる」の答えなのです。
4つ目、ではどうしたらそんな幸せになれるのか、それを釈迦は「聞其名号(その名号を聞く)」と説かれ、そこから親鸞聖人は「聴聞に極まる」と教えられています。要するに「聞く一つ」でなれるのです。

これらのことについて、これからお話していきたいと思います。
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