例によって図書館から借りてきた本で、「たたずまいの美学」という本を読んだ。
サブタイトルには「日本人の身体技法」となっていた。
標題の「たたずまい」という言葉も極めて日本的な言葉だと思う。
この「たたずまい」という言葉は英語ではどう表現するのであろう。
和英辞典で牽いてみるとatmoshpereという単語が出てくるので、西洋にもあることはあるのであろう。
しかし、このサブタイトルにもある様に、日本人の身体技法に美意識を感じるのは日本人の身贔屓ではなかろうか。
日本人の立ち居振る舞いを、日本人が見れば、そこに我々の民族的な美意識が覚醒されたとしても、それは我々の側の自己満足のような気がしてならない。
現に、西洋人の日本人に対する認識は、今に至っても「イエロー・モンキー」ぐらいにしか映っていないように思われてならない。
日本人の立ち居振る舞いに美意識を感じる西洋人は極めてまれな存在であって、彼らの大部分の認識では「イエロー・モンキー」の域を出るものではないと思う。
古い話で恐縮だが、日本がアメリカと戦わねばならない状況に追い込まれたのは、ドイツと手を結んだことが遠因であったが、この時のドイツのヒットラー総統は、我々日本人を完全なる「イエロー・モンキー」としか見做していなかった。
日本が中国と戦っていたさなかには、ドイツは中国の蒋介石軍を支援しており、それが掌を返したように日本と手を組むと言う事は、彼らが如何に日本を甘く見て、その場その場の状況で使い分けをしていたかということに他ならない。
約束を誠実に守る気などさらさらなく、ドイツが成そうとしていた対ソ戦の為に、ソ連の注意を東に向けさせて、戦争準備の時間稼ぎの為だけに日本を使ったに過ぎず、ドイツとしてはまともに日本と手を組む気など最初から無かったと考えられる。
それを見抜けずに舞い上がっていた当時の我々の同胞の政治指導者の知性と理性も押して知るべしである。
西洋人からすれば、我々日本人をはじめとするアジアのモンゴロイド系の人間など、まさしくモンキー並みにしか見ていない。
ただ、世の中が進化して、アジア系のモンゴロイドでも西洋人を武力で排除する力を持つようになると、つまり今日のようにグローバル化が進むと、公式の場での交渉では、相手の尊厳を考慮して威厳をそこなうことのないように一応の礼節でもって遇することは彼らの教養として今でも生きている。
しかし、非公式の場で、アジア人がいないところでは、彼らの認識としてはやはり彼らの本音として、モンゴロイド系人種の蔑視の態度は変わらないに違いない。
日本人が同胞の立ち居振る舞いの中に美意識を感じるのは、やはり同胞としての身贔屓だと思う。
世界中に幾つの民族が存在するか定かには知らないが、それらの個々の民族は、自分たちの置かれた自然条件と、自然の環境に素直に順応しながら種を維持し続けて来たと考える。
地形とその地形に付随する気候と、その気候に付随する生成物を上手に利用することによって、種を永らえて来たと想像する。
つまり、我々日本人は、温暖多雨な地勢的な条件から稲作を開発し、その事によって子子孫孫、生を永らえて来たが、地球上の他の地域の人間は、動物を追い、家畜を飼いならして種を維持してきた人もいるわけで、そういう民族の生き様そのものがそれぞれに異なった価値観を派生させているに違いない。
稲作を生業とする我々のような民族が「ああ!美しい姿だ」と感じることと、家畜を追い回して生きている人たちが「ああ!美しい」と感じる対象は、おのずと異なっているのが当然である。
この本の中には、農作業をするときのそれぞれの民族の執る姿勢の相異が述べられているが、同じような農作業でも、農業の在り方によって、それぞれの民族の基底の格好が違うのはある意味で当然なことだと思う。
この本は、純粋に学問の見地からそれぞれの民族の立ち居振る舞いに言及しているが、私はある意味で戦争オタクで、あらゆるものを戦争と結び付けて考える癖があるが、人と人が戦うという状況に置いた時、地球上の民族では、その戦うという根本のところで非常に大きな考え方の相異がある。
このことは今の若い日本人は全く意識していないが、先に述べたドイツ人の日本人蔑視の思考も、この部分の潜在意識がなさしめているわけで、それは戦うという事の本質が、発想の次元の認識のレベルで異なっているということである。
この本の本旨は、我々、日本人の日常生活における「たたずまい」の美しさを説くものであって、決して戦いの奥義を説くものではないが、この我々の美意識としての立ち居振る舞いの「たたずまい」というものは、生存競争を何が何でも生き抜くという切実な希求とは別次元の思考である。
この本の中では、日本の古武術の奥義に関する記述があって、「コツを会得する」と言った場合の「コツ」は「骨」の意味だと説かれているが、これはあくまでも個人の武術の要領なわけで、ここで言う武術も、勝つ為の奥義を強調するのではなく、「コツ」の概念を理解することに意味を見出している。
こういう、精神性を説くことが日本文化の基底に脈々と流れているわけで、結果よりもその過程を大事にするという考え方である。
その意味で、私はこういう日本文化の精神性を頭から否定するにやぶさかでない。
華道、茶道、武道のことごとくが、結果よりもその過程を尊ぶ気風に満ちているわけで、この部分が日本文化の極めて虚構じみた点だと思う。
結果さえ納得できれば、その過程など、どうでもよさそうに思うが、我々の日本文化は、そうではなく、その結果よりも、その結果を導いた過程が大事なわけで、こんなバカな話もないと思う。
花を花瓶に生けるのに何故ああでもないこうでもないと屁理屈がいるのだ。
お茶を呑むのに何故ああでもないこうでもないと屁理屈を言った上で、心にもないお世辞を言いつつ呑まなければならないのだ。
国体の護持のためには、日本民族が絶滅してでも尚戦い続けるのだ、という信念、精神論など、バカバカしくて話にもならないではないか。
お茶など飲みたければさっさと好きなように飲めばいいではないか。
「ワビ」だとか「サビ」だとかわけのわからないことなど言っている暇に、さっさ自分で火を起こしてお茶を入れて飲めばいいではないか。
門外漢の一人として言えることは、茶道の本質が、ただお茶を呑むというだけではなく、その場における心の葛藤、言葉で言い表すのではなく、言わず語らずの内に相手の心を読む、という点に茶道の真髄があることは理解できる。
しかし、これを西洋人に理解させようとしても甚だ難しいことは論をまたないが、問題は、我々の民族の間で言わず語らずの内に相手の考えていることを推察するという、気配り、配慮、空気を読むという振る舞いである。
私のような凡人は、やはり口から出た言葉でしか相手の本音は理解できず、それでも裏切りということは十分にあると思う。
我々の同胞の間でも、私のような天の邪鬼は端から相手されないので、こういう人間に茶道や華道を理解させるということは難しいことだろうと思う。
こういう発想が日本で生まれ、日本という風土の中で育まれて来たということは、それぞれの民族のおかれた地勢的な条件が大きく作用していることは当然であろう。
ところが、お互いの民俗学の上での研究ならば、それはそれだけのことであるが、ここが国家主権と国家主権が合い塗れた場合、相手を知るという場面でこういう研究が大いに役立つ。
ぶっちゃけて言えば、戦争になった時、相手の本質を知るのに民俗学は大いに役立つ、と言うことになるが、今の日本の学者ではそういう場合の協力を潔とはしないに違いない。
私が西洋人と我々同胞ではもの考え方が根本的に違うと言うのは、そもそも発想の次元から違うわけで、同じ一つの目的を達成しようとして、それぞれが全く違う発想で以て、目的を達成しようとするということである。
その顕著な例が乗馬という行為である。
馬を乗用として使うには、鞍の存在が無ければならない事は洋の当時を問わないわけで、日本人もアメリカ人も、乗馬をするには鞍なしでは成り立たない。
厳密に言えば、裸馬に乗るということもあるにはあるが、それは特異な例であって、普通は鞍を使うことは論をまたない。
そこでアメリカの西部劇で見るカウボーイの使う鞍と、日本の殿様の使う鞍を比べて見ると、その違いは歴然としている。
アメリカのカウボーイの鞍は実用一点張りで、何処にも無駄な部分がないが、日本の殿様の使う鞍はまさしく装飾過多で漆塗りでさえある。
ジープと高級セダンの違いと見做すと解りやすい。
この違いは、まさに使用する人の認識の差以外の何ものでもないわけで、文化の発想の原点にまでさかのぼる意識の相異だと考えざるを得ない。
で、この馬に乗る、乗馬する際にも、こまごまと屁理屈を付けくわえて講釈をすることが日本においてはある種の文化と称せられているということだ。
それが華道であり、茶道であるわけで、その屁理屈に裏打ちされた立ち居振る舞いが、この本が言わんとする「たたずまい」ということだと考える。
馬に乗る、馬を移動の手段と考える、馬によって人間の能力を軽減するという発想は、農耕民族としての我々日本人には極めてなじみにくい発想に違いない。
だから馬の利用はどこまでも贅沢品としてあるので、それなりに富裕層でなければ、つまり大名のような殿様でなければ維持さえ出来ないわけで、移動の手段などという発想は、我々の側には想定さえ出来ないのである。
こういう例は他にもあって、雪の上を移動するのに、ヨーロッパではスキーが発達したが、我々の側は輪カンジキになったように、雪の上を移動するという目的は同じにもかかわらず、出来上がった手法はまるで違うわけで、これはまさしく発想の次元の相異でしかない。
この相異は言うまでもなく、それぞれに生きて、生活をする地域の地勢的な要因が大きく影響しあっているのであって、ヨーロッパを生活の場とする西洋人と、農耕民族で限られた小さな領域で固まって生活をする我々の物の考え方の相異が、地域の特性を如何なく反映している、という証拠だと思う。
だから我々日本人は、生活の中で、日本人としての生き方をしつつある中で、世界に類のない独特の立ち居振る舞いをしているわけで、その生活の中の立ち居振る舞いに美意識を感じるという感覚は、ある意味では身贔屓でもあるが、同時に我々の感覚がそれだけ繊細だということでもある。
我々、日本人の女性が和服を召すと、自然とその行動に抑制が掛かって、大股で歩いたり、機敏な動作が出来ないので、それがまた見方によっては、「たたずまいが整う」という見方も成り立つ。
「たたずまい」とは対極の位置に「はしたない行為」というのがあって、江戸の末期に日本に来た外国人が顔をしかめた行為がそれで、働く男性の尻ハショイという風俗である。
これが西洋人の感覚からすると野蛮に映ったらしい。
無理もない話で、一日中、体をはって動き回る労働者が、着物の裾をしたまで下げていては動きが取れず仕事にならなかったに違いない。
飛脚や、駕籠カキや、川渡しの人足が、上品に着物の裾をおろしていては仕事にならない。
日本人の「たたずまい」というのは日本における人々の生き様の中のTPOであったのではなかろうか。
その時の場所と状況に応じた立ち居振る舞いならば、我々の感覚として、それに美意識を感じていたということだと思う。
それが「粋」であったり「イナセ」という価値観であったと思われる。
自分たちの日常生活の中に美意識を感じるということは、そうとうに文化的に洗練され、繊細な感覚が研ぎ澄まされていたということで、それは世の中が平和でなければあり得ない状況だと思う。
激動の時代では、人々の間にそういう心のゆとりというか、精神の緩慢さというものはあり得ないわけで、目先の利益に振り回されて、生活の中に美意識を感じる、などという意識は生まれてこないと思う。
だから、日本では目の前の合理性よりも、心のゆとり的な精神性が重んじられるので、さきに述べた華道や茶道のように、日常生活の中の立ち居振る舞いに、ああでもないこうでもないと屁理屈を述べたてて、その議論を楽しむという、いわば遊び的なものの考え方が流行ったに違いない。
日本人が和服を召して、床の間に花を生ける、茶室で茶をたてる、筆と墨で書をしたためる、などという行為、立ち居振る舞いは、我々同胞が眺めても確かに美意識を感じる。
日本文化の良さを身を持って体験し、それに触れたことを心から幸運と思うので、それを異文化の西洋人の視点で眺めて見ると、そこには大きなカルチャー・ショックを受けることは不思議でもなんでもない。
私自身は戦争オタクで、物事を戦に例えて考える癖が付いているので、その観点からこの文化の相異を発想の次元にまで遡って考えるのが常である。
そういう見地から我々の民族の根源的、潜在的な無意識のうちの発想の仕方というものを考えて見ると、時代状況を厳密に考察しなければならないと思う。
日本文化の中の「道」という概念、茶道、華道、書道、武道というものの考え方は、江戸時代という約250年にもわたる平和な時代に熟成したわけで、押しも押されもせぬ平和の産物である。
世の中が平和だったから花を生けるのに、或いは茶を呑むのに、ああでもないこうでもないと、ただただ時間の浪費のような議論が成り立っていたわけで、そういうことを念頭において、ならば激動の時代には我々はどういうもの考え方を組み立てれば良いか、ということになる。
江戸時代に熟成した日本の文化は、昭和から平成の世になっても、根底から払拭されたわけではなく、戦後の混乱を克服した暁には見事に復活したが、この時には既に西洋の文化の波が日本を席巻していたので、文化を下支えする部分ではそのせめぎ合いが演じられていた。
だが、日本の大衆は、そういうことに無頓着なまま時流に流されていた。
20世紀から21世紀、昭和から平成という激動の時代に、我々の同胞が西洋の文化を追従し、それでいて日本の伝統的な文化も同時に享受するということは、我々の日本民族というものが極めて柔軟な思考方式を持った民族だということに尽きると思う。
私の持論であるが、地球上の人類は全て同じ時間を共有しており、それぞれの民族の近代化のスタート・ラインは皆同じ時に同じ様に出発したと考えている。
しかし、今日、このように各民族、各国家に格差が生じたのは、それぞれの民族が持つ潜在的な物の考え方の中に柔軟性の有る無しではないかと想像する。
江戸時代の末期に、西洋人は日本ばかりではなく、朝鮮にも中国にも同じように来襲していたが、我々はそれをしぶしぶとはいえ受け入れて、彼らの先進性を見て、追いつけ追い越せという発想になった。
ところが朝鮮と中国は何処までも排除することにこだわったので、その分、近代化に後れをとったのである。
この近代化の時間差は、そのまま彼らの民族の潜在意識の覚醒の時間差でもあったわけで、民族としての思考の柔軟性の欠如であった。
ただこういう文化を論じる時、忘れてならないことは、我々の民族の真面目さであって、人が誠実なことは基本的にはプラスの要因であるが、あまりにも生真面目なるが故に、それが齟齬にまで至ってしまうケースが往々にしてある。
日本の伝統文化である華道、茶道、書道、武道等々においても、初心者に対しての最初の指導は「楽しめばいい、難しい理屈な抜きでいい」、と言いながら、教えることが弱い者イジメに転嫁してしまうケースがあるわけで、最終的には金の問題に行き着いてしまっている。
日本の伝統文化の立ち居振る舞いは、確かに見る人が見れば実に麗しく、優雅なたたずまいで、心を落ちつかせるものがあるが、今の指導者の中には、それを教え普及させることを金儲けと心得ている人もかなりの数いると思う。
知らないものが知っている人から教えを乞うて対価を払うというのは充分に理解できる。
しかし、ならば金を受け取る方、つまり先生の側は、金を払う生徒に対してサービスを提供すべきであって、それが威張ったり、叱ったり、いじめたりするでは、人に教える前に自身の精神修養をせよと言いたくなる。
この我々同胞の真面目さは、その裏の意味するところは頭の固さであって、極めて教条主義的な思考の持ち主が一見すると「生真面目な」という評価に繋がりかねない。
だから、伝統的な日本文化の講釈が延々と継承されて、それを伝授する行為が金儲けとして成り立っているのであろう。
サブタイトルには「日本人の身体技法」となっていた。
標題の「たたずまい」という言葉も極めて日本的な言葉だと思う。
この「たたずまい」という言葉は英語ではどう表現するのであろう。
和英辞典で牽いてみるとatmoshpereという単語が出てくるので、西洋にもあることはあるのであろう。
しかし、このサブタイトルにもある様に、日本人の身体技法に美意識を感じるのは日本人の身贔屓ではなかろうか。
日本人の立ち居振る舞いを、日本人が見れば、そこに我々の民族的な美意識が覚醒されたとしても、それは我々の側の自己満足のような気がしてならない。
現に、西洋人の日本人に対する認識は、今に至っても「イエロー・モンキー」ぐらいにしか映っていないように思われてならない。
日本人の立ち居振る舞いに美意識を感じる西洋人は極めてまれな存在であって、彼らの大部分の認識では「イエロー・モンキー」の域を出るものではないと思う。
古い話で恐縮だが、日本がアメリカと戦わねばならない状況に追い込まれたのは、ドイツと手を結んだことが遠因であったが、この時のドイツのヒットラー総統は、我々日本人を完全なる「イエロー・モンキー」としか見做していなかった。
日本が中国と戦っていたさなかには、ドイツは中国の蒋介石軍を支援しており、それが掌を返したように日本と手を組むと言う事は、彼らが如何に日本を甘く見て、その場その場の状況で使い分けをしていたかということに他ならない。
約束を誠実に守る気などさらさらなく、ドイツが成そうとしていた対ソ戦の為に、ソ連の注意を東に向けさせて、戦争準備の時間稼ぎの為だけに日本を使ったに過ぎず、ドイツとしてはまともに日本と手を組む気など最初から無かったと考えられる。
それを見抜けずに舞い上がっていた当時の我々の同胞の政治指導者の知性と理性も押して知るべしである。
西洋人からすれば、我々日本人をはじめとするアジアのモンゴロイド系の人間など、まさしくモンキー並みにしか見ていない。
ただ、世の中が進化して、アジア系のモンゴロイドでも西洋人を武力で排除する力を持つようになると、つまり今日のようにグローバル化が進むと、公式の場での交渉では、相手の尊厳を考慮して威厳をそこなうことのないように一応の礼節でもって遇することは彼らの教養として今でも生きている。
しかし、非公式の場で、アジア人がいないところでは、彼らの認識としてはやはり彼らの本音として、モンゴロイド系人種の蔑視の態度は変わらないに違いない。
日本人が同胞の立ち居振る舞いの中に美意識を感じるのは、やはり同胞としての身贔屓だと思う。
世界中に幾つの民族が存在するか定かには知らないが、それらの個々の民族は、自分たちの置かれた自然条件と、自然の環境に素直に順応しながら種を維持し続けて来たと考える。
地形とその地形に付随する気候と、その気候に付随する生成物を上手に利用することによって、種を永らえて来たと想像する。
つまり、我々日本人は、温暖多雨な地勢的な条件から稲作を開発し、その事によって子子孫孫、生を永らえて来たが、地球上の他の地域の人間は、動物を追い、家畜を飼いならして種を維持してきた人もいるわけで、そういう民族の生き様そのものがそれぞれに異なった価値観を派生させているに違いない。
稲作を生業とする我々のような民族が「ああ!美しい姿だ」と感じることと、家畜を追い回して生きている人たちが「ああ!美しい」と感じる対象は、おのずと異なっているのが当然である。
この本の中には、農作業をするときのそれぞれの民族の執る姿勢の相異が述べられているが、同じような農作業でも、農業の在り方によって、それぞれの民族の基底の格好が違うのはある意味で当然なことだと思う。
この本は、純粋に学問の見地からそれぞれの民族の立ち居振る舞いに言及しているが、私はある意味で戦争オタクで、あらゆるものを戦争と結び付けて考える癖があるが、人と人が戦うという状況に置いた時、地球上の民族では、その戦うという根本のところで非常に大きな考え方の相異がある。
このことは今の若い日本人は全く意識していないが、先に述べたドイツ人の日本人蔑視の思考も、この部分の潜在意識がなさしめているわけで、それは戦うという事の本質が、発想の次元の認識のレベルで異なっているということである。
この本の本旨は、我々、日本人の日常生活における「たたずまい」の美しさを説くものであって、決して戦いの奥義を説くものではないが、この我々の美意識としての立ち居振る舞いの「たたずまい」というものは、生存競争を何が何でも生き抜くという切実な希求とは別次元の思考である。
この本の中では、日本の古武術の奥義に関する記述があって、「コツを会得する」と言った場合の「コツ」は「骨」の意味だと説かれているが、これはあくまでも個人の武術の要領なわけで、ここで言う武術も、勝つ為の奥義を強調するのではなく、「コツ」の概念を理解することに意味を見出している。
こういう、精神性を説くことが日本文化の基底に脈々と流れているわけで、結果よりもその過程を大事にするという考え方である。
その意味で、私はこういう日本文化の精神性を頭から否定するにやぶさかでない。
華道、茶道、武道のことごとくが、結果よりもその過程を尊ぶ気風に満ちているわけで、この部分が日本文化の極めて虚構じみた点だと思う。
結果さえ納得できれば、その過程など、どうでもよさそうに思うが、我々の日本文化は、そうではなく、その結果よりも、その結果を導いた過程が大事なわけで、こんなバカな話もないと思う。
花を花瓶に生けるのに何故ああでもないこうでもないと屁理屈がいるのだ。
お茶を呑むのに何故ああでもないこうでもないと屁理屈を言った上で、心にもないお世辞を言いつつ呑まなければならないのだ。
国体の護持のためには、日本民族が絶滅してでも尚戦い続けるのだ、という信念、精神論など、バカバカしくて話にもならないではないか。
お茶など飲みたければさっさと好きなように飲めばいいではないか。
「ワビ」だとか「サビ」だとかわけのわからないことなど言っている暇に、さっさ自分で火を起こしてお茶を入れて飲めばいいではないか。
門外漢の一人として言えることは、茶道の本質が、ただお茶を呑むというだけではなく、その場における心の葛藤、言葉で言い表すのではなく、言わず語らずの内に相手の心を読む、という点に茶道の真髄があることは理解できる。
しかし、これを西洋人に理解させようとしても甚だ難しいことは論をまたないが、問題は、我々の民族の間で言わず語らずの内に相手の考えていることを推察するという、気配り、配慮、空気を読むという振る舞いである。
私のような凡人は、やはり口から出た言葉でしか相手の本音は理解できず、それでも裏切りということは十分にあると思う。
我々の同胞の間でも、私のような天の邪鬼は端から相手されないので、こういう人間に茶道や華道を理解させるということは難しいことだろうと思う。
こういう発想が日本で生まれ、日本という風土の中で育まれて来たということは、それぞれの民族のおかれた地勢的な条件が大きく作用していることは当然であろう。
ところが、お互いの民俗学の上での研究ならば、それはそれだけのことであるが、ここが国家主権と国家主権が合い塗れた場合、相手を知るという場面でこういう研究が大いに役立つ。
ぶっちゃけて言えば、戦争になった時、相手の本質を知るのに民俗学は大いに役立つ、と言うことになるが、今の日本の学者ではそういう場合の協力を潔とはしないに違いない。
私が西洋人と我々同胞ではもの考え方が根本的に違うと言うのは、そもそも発想の次元から違うわけで、同じ一つの目的を達成しようとして、それぞれが全く違う発想で以て、目的を達成しようとするということである。
その顕著な例が乗馬という行為である。
馬を乗用として使うには、鞍の存在が無ければならない事は洋の当時を問わないわけで、日本人もアメリカ人も、乗馬をするには鞍なしでは成り立たない。
厳密に言えば、裸馬に乗るということもあるにはあるが、それは特異な例であって、普通は鞍を使うことは論をまたない。
そこでアメリカの西部劇で見るカウボーイの使う鞍と、日本の殿様の使う鞍を比べて見ると、その違いは歴然としている。
アメリカのカウボーイの鞍は実用一点張りで、何処にも無駄な部分がないが、日本の殿様の使う鞍はまさしく装飾過多で漆塗りでさえある。
ジープと高級セダンの違いと見做すと解りやすい。
この違いは、まさに使用する人の認識の差以外の何ものでもないわけで、文化の発想の原点にまでさかのぼる意識の相異だと考えざるを得ない。
で、この馬に乗る、乗馬する際にも、こまごまと屁理屈を付けくわえて講釈をすることが日本においてはある種の文化と称せられているということだ。
それが華道であり、茶道であるわけで、その屁理屈に裏打ちされた立ち居振る舞いが、この本が言わんとする「たたずまい」ということだと考える。
馬に乗る、馬を移動の手段と考える、馬によって人間の能力を軽減するという発想は、農耕民族としての我々日本人には極めてなじみにくい発想に違いない。
だから馬の利用はどこまでも贅沢品としてあるので、それなりに富裕層でなければ、つまり大名のような殿様でなければ維持さえ出来ないわけで、移動の手段などという発想は、我々の側には想定さえ出来ないのである。
こういう例は他にもあって、雪の上を移動するのに、ヨーロッパではスキーが発達したが、我々の側は輪カンジキになったように、雪の上を移動するという目的は同じにもかかわらず、出来上がった手法はまるで違うわけで、これはまさしく発想の次元の相異でしかない。
この相異は言うまでもなく、それぞれに生きて、生活をする地域の地勢的な要因が大きく影響しあっているのであって、ヨーロッパを生活の場とする西洋人と、農耕民族で限られた小さな領域で固まって生活をする我々の物の考え方の相異が、地域の特性を如何なく反映している、という証拠だと思う。
だから我々日本人は、生活の中で、日本人としての生き方をしつつある中で、世界に類のない独特の立ち居振る舞いをしているわけで、その生活の中の立ち居振る舞いに美意識を感じるという感覚は、ある意味では身贔屓でもあるが、同時に我々の感覚がそれだけ繊細だということでもある。
我々、日本人の女性が和服を召すと、自然とその行動に抑制が掛かって、大股で歩いたり、機敏な動作が出来ないので、それがまた見方によっては、「たたずまいが整う」という見方も成り立つ。
「たたずまい」とは対極の位置に「はしたない行為」というのがあって、江戸の末期に日本に来た外国人が顔をしかめた行為がそれで、働く男性の尻ハショイという風俗である。
これが西洋人の感覚からすると野蛮に映ったらしい。
無理もない話で、一日中、体をはって動き回る労働者が、着物の裾をしたまで下げていては動きが取れず仕事にならなかったに違いない。
飛脚や、駕籠カキや、川渡しの人足が、上品に着物の裾をおろしていては仕事にならない。
日本人の「たたずまい」というのは日本における人々の生き様の中のTPOであったのではなかろうか。
その時の場所と状況に応じた立ち居振る舞いならば、我々の感覚として、それに美意識を感じていたということだと思う。
それが「粋」であったり「イナセ」という価値観であったと思われる。
自分たちの日常生活の中に美意識を感じるということは、そうとうに文化的に洗練され、繊細な感覚が研ぎ澄まされていたということで、それは世の中が平和でなければあり得ない状況だと思う。
激動の時代では、人々の間にそういう心のゆとりというか、精神の緩慢さというものはあり得ないわけで、目先の利益に振り回されて、生活の中に美意識を感じる、などという意識は生まれてこないと思う。
だから、日本では目の前の合理性よりも、心のゆとり的な精神性が重んじられるので、さきに述べた華道や茶道のように、日常生活の中の立ち居振る舞いに、ああでもないこうでもないと屁理屈を述べたてて、その議論を楽しむという、いわば遊び的なものの考え方が流行ったに違いない。
日本人が和服を召して、床の間に花を生ける、茶室で茶をたてる、筆と墨で書をしたためる、などという行為、立ち居振る舞いは、我々同胞が眺めても確かに美意識を感じる。
日本文化の良さを身を持って体験し、それに触れたことを心から幸運と思うので、それを異文化の西洋人の視点で眺めて見ると、そこには大きなカルチャー・ショックを受けることは不思議でもなんでもない。
私自身は戦争オタクで、物事を戦に例えて考える癖が付いているので、その観点からこの文化の相異を発想の次元にまで遡って考えるのが常である。
そういう見地から我々の民族の根源的、潜在的な無意識のうちの発想の仕方というものを考えて見ると、時代状況を厳密に考察しなければならないと思う。
日本文化の中の「道」という概念、茶道、華道、書道、武道というものの考え方は、江戸時代という約250年にもわたる平和な時代に熟成したわけで、押しも押されもせぬ平和の産物である。
世の中が平和だったから花を生けるのに、或いは茶を呑むのに、ああでもないこうでもないと、ただただ時間の浪費のような議論が成り立っていたわけで、そういうことを念頭において、ならば激動の時代には我々はどういうもの考え方を組み立てれば良いか、ということになる。
江戸時代に熟成した日本の文化は、昭和から平成の世になっても、根底から払拭されたわけではなく、戦後の混乱を克服した暁には見事に復活したが、この時には既に西洋の文化の波が日本を席巻していたので、文化を下支えする部分ではそのせめぎ合いが演じられていた。
だが、日本の大衆は、そういうことに無頓着なまま時流に流されていた。
20世紀から21世紀、昭和から平成という激動の時代に、我々の同胞が西洋の文化を追従し、それでいて日本の伝統的な文化も同時に享受するということは、我々の日本民族というものが極めて柔軟な思考方式を持った民族だということに尽きると思う。
私の持論であるが、地球上の人類は全て同じ時間を共有しており、それぞれの民族の近代化のスタート・ラインは皆同じ時に同じ様に出発したと考えている。
しかし、今日、このように各民族、各国家に格差が生じたのは、それぞれの民族が持つ潜在的な物の考え方の中に柔軟性の有る無しではないかと想像する。
江戸時代の末期に、西洋人は日本ばかりではなく、朝鮮にも中国にも同じように来襲していたが、我々はそれをしぶしぶとはいえ受け入れて、彼らの先進性を見て、追いつけ追い越せという発想になった。
ところが朝鮮と中国は何処までも排除することにこだわったので、その分、近代化に後れをとったのである。
この近代化の時間差は、そのまま彼らの民族の潜在意識の覚醒の時間差でもあったわけで、民族としての思考の柔軟性の欠如であった。
ただこういう文化を論じる時、忘れてならないことは、我々の民族の真面目さであって、人が誠実なことは基本的にはプラスの要因であるが、あまりにも生真面目なるが故に、それが齟齬にまで至ってしまうケースが往々にしてある。
日本の伝統文化である華道、茶道、書道、武道等々においても、初心者に対しての最初の指導は「楽しめばいい、難しい理屈な抜きでいい」、と言いながら、教えることが弱い者イジメに転嫁してしまうケースがあるわけで、最終的には金の問題に行き着いてしまっている。
日本の伝統文化の立ち居振る舞いは、確かに見る人が見れば実に麗しく、優雅なたたずまいで、心を落ちつかせるものがあるが、今の指導者の中には、それを教え普及させることを金儲けと心得ている人もかなりの数いると思う。
知らないものが知っている人から教えを乞うて対価を払うというのは充分に理解できる。
しかし、ならば金を受け取る方、つまり先生の側は、金を払う生徒に対してサービスを提供すべきであって、それが威張ったり、叱ったり、いじめたりするでは、人に教える前に自身の精神修養をせよと言いたくなる。
この我々同胞の真面目さは、その裏の意味するところは頭の固さであって、極めて教条主義的な思考の持ち主が一見すると「生真面目な」という評価に繋がりかねない。
だから、伝統的な日本文化の講釈が延々と継承されて、それを伝授する行為が金儲けとして成り立っているのであろう。
自虐教育から目が覚めるでしょう