ブログ・Minesanの無責任放言 vol.2

本を読んで感じたままのことを無責任にも放言する場、それに加え日ごろの不平不満を発散させる場でもある。

『文民統制』

2012-12-20 16:47:18 | Weblog
例によって図書館から借りてきた本で、『文民統制』という本を読んだ。
サブタイトルには「自衛隊はどこへ行くのか」となっているが、著者は纐纈厚という学者である。
学者であるから極めて明確に反体制、反政府、反自衛隊というポーズを鮮明にしての論旨であるので、それはそれなりに意義のある内容である。
だが少々新鮮さに欠けていて、2005年の発行では旬の時期はとうに過ぎているわけで、いささかタイミングを逸した記述だ。
しかし、学者らしく言葉の定義から解きほぐしているが、この言葉の定義というのも実に低次元のものでしかない。
シビリアン・コントロールのシビリアンは一体何なんだ、というところから掘り起こしているが、こういうアプローチそのものが議論の組み立ての幼稚さを指し示していると思う。
以前、日米安保の議論の時、「極東の範囲」ということで国会が紛糾したことがあるが、こういう幼稚な議論は日本の政治の堕落そのものである。
自衛隊という武力集団のトップに内閣総理大臣を据える、という現行体制そのモノがすでに立派なシビリアン・コントロールになっているではないか。
昭和の初期の時代には東条英機という軍人が総理大臣を務め、その時にアメリカとの開戦になったので、そのトラウマから戦後は自衛隊という武力集団のトップは、非軍人の内閣総理大臣が務めることになった。
戦後の日本で、あるいはこれから先の日本で、自衛隊の幹部が内閣総理大臣になる可能性が考えられるであろうか。
内閣総理大臣は軍事とか、安全保障以外にも様々な決済事項を抱えているわけで、当然その下にはそれを専門の所管する防衛庁、今では省に昇格して防衛省になり防衛大臣を拝するまでになった。
行政の組織としては、大臣の下に大臣を補佐するスタッフを置くことは充分に考えられることで、防衛庁にも内局という部門と、実施部隊の峻別というのは当然あった。
どこの国家でも、軍という組織は戦うことに特化したグループであって、その意味では特殊な集団であり、技能を持ったグループであり、武器を携行した実力部隊であることに代わりは無い。
戦後の自衛隊は、先の戦争の体験がトラウマとなって、その創設の時は内務省の管轄下で警察の延長線上の組織として考えられていた。
普通の主権国家の軍隊ならば、軍に関する人事権、補給の調整、予算に関して、直接軍籍にあるものがそのままタッチできるが、戦後の自衛隊はその部分が一般の公務員、要するに背広組が行っていた。
だが、この背広組は実施部隊の実情に疎いものだから、いろいろと齟齬が生じるわけで、それが制服組のストレスになって、制服組が背広組を疎ましく思いつつあるのがケシカランという論旨である。
ここに大学教授というような知識人の奢りがあるわけで、自衛隊の制服組に対する偏見があって、自衛隊で制服を着ているものは、人殺がしたくてしたくてたまらない連中だ、という誤認がある。
その誤認を自ら正そうとせず、間違った思い込みのまま論議を推し進めるのである。
それは戦前の我々の同胞が、社会の上の方の、あるいは組織の上の方の人の言う事を鵜呑みにした構図と瓜二つで、そういう人の言葉を自分の頭で以て斟酌せず、鵜呑みして社会の上の方に、あるいは組織の上の方に忠実たらんとしたからに他ならない。
天皇陛下の御真影を遥拝して戦争に勝てるわけがないではないか。
天皇陛下が現人神であるわけがないではないか。
誰がそんなことを普通に常識のある社会人や、理性的であるはずの学生に無理強いして教え込ましたのだ。
それを黙って受け入れる方もどうかしているが、ましてそれに忠実たらんと従った、向こう3軒両隣リの近隣同胞の存在も、今から思うと不可解千万である。
昭和の初期の日本がこういう状況に陥ったのは、明らかに政治の腐敗堕落であったわけで、政治が腐敗し、政治家が堕落したから軍人が政治を牛耳ったわけで、政治家がきちんと政党政治を全うしておれば、軍人がその隙に出てくることはなかったはずである。
では何故政治家が堕落し、軍人をのさばらせる状況に至ったかといえば、その理由は我々日本民族は政治の本質を未だに理解し切れてい、ということだと思う。
つまり我々の過去の歴史、明治維新までの歴史では、普通の市民、すなわち市井の庶民が政治をした経験が無いわけで、それまでの政治は武家か皇室のものであった。
明治維新になって一般の庶民から選出した代議員によって政治が行われるようになったが、一般の庶民から選出された代議員も、国の舵とりをした経験は無いわけで、何をどう決すればいいか皆目わからなかったに違いない。
2大政党制になって、健全な議論を積み重ねようとしても、今までに自分たちに統治という経験がないものだから、相手を舞台から引きづりおろして、自分がそれにとって代わるぐらいの事しか思いつかなかったのである。
軍人をのさばらせるきっかけになったのが、ロンドン軍縮会議において全権団が艦船の保有率を決めてきたことに対して、「統帥権の干犯だ」と鳩山一郎が騒いだことにある。
これは明らかに彼のスタンドプレーであって、人気取りのパフォーマンスでしかなかったが、政党政治はこれによって死滅してしまったのである。
鳩山家というのは3代にわたって日本の政治を混沌の渦に巻き込んだ家系で、世が世ならば獄門磔に処せられるほどの日本民族の敵である。
政友会と民政党の意味のない言葉狩りの典型的なものが統帥権干犯問題であったわけで、我々の場合2大政党の議論が双方の言葉狩りに終わってしまうところが討論のテクニックの未熟な部分である。
論理的に考えれば、政府から全権を委任されて交渉に臨めば、野党であろうともその条約は順守されるべきものであるし、それは天皇の権利としての統帥権を犯すものでないことは当然なわけで、 にもかかわらず相手の党を引きづりおろす為に執拗にそれを強調したわけである。
そこには正常な判断力が欠如していたわけで、その隙に軍人が主導権を押し込んできたのである。
政治家の堕落ということは、普通に常識のあるものが、普通に考えれば、今までとは変わった在り様になる筈がないのに、ある時、この普通ということがマヒしてしまって、普通でなくなってしまうのである。
その後日中戦争が進化してくると、ますます軍人に依拠する部分が多くなって、軍人が政局をフォローするのに、それを後押しするような形になってしまった。
大政翼賛会は軍人の強制で政党がそういう体制になったわけではなく、政党の方から軍部にすり寄って、政党の空中分解という態様になってしまったのである。
これはひとえに政党側の堕落の結果であって、その堕落の行き着いた先が、日本全国津々浦々にわたる軍国主義であった。
政府から全権を委任された交渉団が、交渉を締結して帰ってきたら、天皇の統帥権を干犯したという論理は、普通に考えれば有り得な話で、政治家たるものがこの軍部の横車をそのまま容認するということは、政治家足り得ないということだ。
だから政治家の瑕疵の部分を軍人・軍部がカバーしたわけで、その間当時の日本の国会議員は一体何をしていたのかということに尽きる。
あの戦時中にも日本の国会は完全に機能していたわけで、開戦の時の総理大臣東条英機は、ミッドウエー海戦の敗北で以て引責辞任したが、国会はきちんと機能していた筈である。
大本営の戦況報告は天皇に対しても、国会議員に対しても、国民に対しても嘘を言っていたわけで、それを是正できなかった政治家は一体何をしていたのかと言う事になる。
あの頃、軍人の中の跳ね上がりで政治感覚の欠落した若者が一方的な思い込みで蹶起する風潮があったことは大いに認めざるを得ないが、それをコントロールすべきが世の識者であり、組織のトップであり、政治家の使命であった筈である。
軍人の中の若手将校と言われる無鉄砲な連中が、前後の見境もなく過激な行動、つまりテロに走る状況を鑑みて、そのテロが恐ろしくてこういうリーダー的な地位にいる人たちが、自分の発言に尻込みした結果が軍人の跋扈を招いたと考えられる。
中国戦線では赤紙一枚で招集された将兵が血みどろの戦をしている最中に、暖衣飽食でのうのうと生きている内地のリーダーが、テロに怯えて言いたいことも言わず、筋の通った論議もせず、バカな軍人の言うがままになった政治家を、我々はどう考えればいいのであろう。
大本営の発表、ミッドウエー海戦の敗北を、当時の日本人は皆、日本側の勝利と聞かされていたというが、この欺瞞は一体どういう事なのであろう。
軍部の中からも、海軍の中からも、その結果に対する疑問というものは一切封殺されたということだが、こういう大日本帝国海軍が、時を経ずして海の藻屑と消えるのも極めて自然の摂理だと思う。
こういう愚かな軍を使いこなす政治が、シビリアン・コントロールであって、アジアに生息する諸民族の間では、普遍的に文民が野蛮な武人を使いこなすという思考が根付いていて、ものの考え方の基底には潜在意識としてこの発想が潜んでいる。
中国でも、朝鮮でも、君主が人々を統治するシステムとしては、文武両道を使い分けている。
その中でも文官の方に重きが置かれて、戦を専門とする武人、武士、防人というレベルの人々は一段下に見られるのが普遍的であった。
あくまでも政治の道具、統治の尖兵であって、文官はこういうレベルの人が政治の前面に出ることを忌み嫌うものである。
ところが昭和の初期の我々の政治家は、その根本理念を投げ捨ててしまって、愚かな軍人に政治の一切合財を投げつけてしまったということだ。
政治家として、未完の制度とはいえ国民の一部の選択を経た国会議員が、自分たちの鼻面をサーベルの音をチャラチャラさせて闊歩する青年将校に震え上がってしまって、そこで思考停止になってしまったことでシビリアン・コントロールが雲散霧消してしまったということだ。
我々日本民族の政治感覚は、その稚拙さにおいてつとに有名で、その稚拙さの元にある要因は、我々は言論というものの価値を認めないという点にあると思う。
我々日本民族というのは、比較的単一民族で、以心伝心という言葉もあり、男とは「黙って何とかビール」というコマシャルにもあるように、寡黙に価値を見出す習性があるので、口から唾を飛ばしながら声高に議論する有様を卑下する風潮がある。
ところが民主政治というのは究極の言葉の戦争なわけで、黒を白と言いくるめ、赤を黒と言いくるめる技が問われるわけで、そういう技量も才覚も我々には備わっていないので、国内の政治では嘘が罷り通り、異民族に関しては相手のごり押しに押されてしまうのである。
我々日本民族というのは極めて単一民族に近いので、他の民族との接触の経験に乏しいものだから、他の民族もみな自分たちと同じ思考回路で物事考えると思い違いする傾向がある。
「友達の友達は友達だ」という心理であって、「人はみな兄弟」という発想であるが、世の中はそんなに甘いものではない。
政治の局面において、今の時点で、あるいはその時点で解決を迫られている事柄に関しては、国全体として与党も野党も立場の相違というのはありえないはずである。
尖閣諸島の問題に関んして、与党も野党も立場の相違がないとなると、ならば両方を一緒にして大政翼賛会でもいいではないかという事になる。
これが戦前の日本の政治状況であって、その意味であの戦争の意義は、当時の日本の民族としての総意であったと私は思う。
人間の歴史の中で、統治のシステムとして文官と武官、武士との峻別は普遍的なものであって、戦を、つまり戦争を専門とするセクションは文官よりも低く見るのが、人類の普遍的な思考であったわけだ。
ところが我々の場合、文官つまり政治家が堕落していたので、きちんと武官、戦の専門家を統御しきれなかったため、軍国主義の蔓延となってしまったのである。
この本の趣旨は、防衛省には背広組と制服組があって、背広組が制服組の行動を縛っているので、制服組が反発するようになったので、シビリアン・コントロールが危機に瀕しているという論調であるが、この論旨には非常に偏見に満ちた視点だ。
制服組、つまり実質上の武力集団としての自衛隊を完全な人畜無害の集団のままにしておこうという意図のもとにこの本が編まれている。
この世のあらゆる組織にはラインとスタッフという仕事の役割分担というものはある。
組織の、組織としての究極の目的を追求し、実施し、遂行するラインと、そのラインを補佐するスタッフという部門があるのは組織としての普遍的なパターンだと思う。
防衛庁の中の背広組というのは、このスタッフに相当する位置付けだと思うが、ラインを補佐するスタッフが、ラインのことを何も知らないままでは有効な支援はありえない。
だから軍の組織としては、このスタッフにも軍人を配置するのが普通の思考であるが、日本の場合は自衛隊の成り立ちからして、他の国の軍隊とは異質なわけで、その部門に文民、文官がなっていた。
この著者は、この事自体をシビリアン・コントロールと認識しているようだが、まさしく盲人が像を撫ぜる構図と同じで、ラインとスタッフの考え方が合わないのも当然の成り行きになる。
この関係は、両方が車の両輪のように、本体のめざす指向に対して、足並みがきちんと揃ってこそ、組織の機能が万全となるわけで、それがちぐはぐでは前に進めないのも当然の帰結である。
シビリアン・コントロールの本質は、、この武力集団のラインとスタッフの身分に関わる問題ではなく、この組織の上に立って、それを有効にかつ迅速に動かすべく采配を振るうものが政治家であれねばならないということを指し示しているのである。
政治的決断によって軍隊が動くべきものであって、軍隊が勝手に動いてしまってはならないわけで、そうさせないためには政治家がきちんと軍の手綱を握りしめて、軍が勝手な行動をしないように監視しなければならない。
日本が戦争という奈落の底に転がり落ちた最大の理由は、政治家がテロの恐怖に怯えて自分たちの使命を放棄して、口をつぐみ、言うべきことを言わずに、時勢にすり寄った点にあった。
ここでも我々は言論による戦いが極めて稚拙で、例の美濃部達吉の『天皇機関説』でも、斉藤隆夫の粛軍演説でも、事件の初めのころには当人たちに大いに共感を覚えながら、事件が熾烈化してくると口をつぐみ、自分に振りかかる火の粉を振り払う仕儀に至るわけで、最終的には衆愚に阿ね日和見に徹し、みんな一緒に奈落の底に転がり落ちたということになったのである。
気が付いてみると軍部に騙されたということになるが、その軍部に一生懸命協力してきたことを忘れてしまって、騙されたという結果だけを言い立てても何の役にも立たない。
騙されまいと自助努力した人を非国民と言って差別し、蔑視してきた報いでもあるわけだ。
昨年の3月11日に東日本大震災が起きて、東京電力の福島第1原子力発電所の原子炉がメルトダウンして、放射能が周辺地域に飛び散って大惨事を呈した。
これは地震による災害に、東京電力の対応の不味さが重なって未曽有の被害を出したが、そのことによって日本の国民は原子力発電の危うさを身に染みて悟ったわけだ。
そうなってみると、日本全国津々浦々に至るまですべて原子力発電反対というムーブメントが湧きあがって、まさしく戦前の軍国主義の蔓延と構図が瓜二つになっているではないか。
国民、一般大衆、庶民というレベル、言い方を変えれば衆愚と言われる人間の塊が、そういう運動を起こすのならばまだなんとなく納得できるが、日本の知識階層や、ジャーナリストや、政治家がこぞって原子力発電反対の運動に馳せ参じるということは一体どういう事なのであろう。
放射能汚染のことを考えれば原子力発電など無いに越したことはないが、資源の何もない日本で、その後のエネルギー政策を考えた時、本当に原子力発電をゼロにして良いいものだろうか。
「地震によって原子力発電所が甚大な被害をこうむったから、もうそういう危険な物はいりません」とあまりにも短兵急に片付けてもいいものだろうか。
こういう場面で、日本の知識人や、ジャーナリストや、政治家や、大学教授というオピニオンリーダーたるべき人たちが、皆が皆、同じ方向を向いてしまっていいものだろうか。

「中国『反日』の源流」

2012-12-20 16:06:52 | Weblog
例によって図書館から借りてきた本で「中国『反日』の源流」という本を読んだ。
題名の指し示している通り、中国の日本に対するあらゆる感情を掘り起こした記述であるが、これを一言で言ってしまえば、人間の持つ偏見という言葉に尽きる。
この世に生を受けた人間は、お互いの関係性の中で、「偏見を持ってはならない」といわれている。
それはそうに違いないが、それはあくまでも人間の理性がそういう綺麗ごとを言わしめているだけで、生きた人間の本音の部分では「偏見を持つな」と言われてもそう簡単に聞けるわけではない。
偏見ということは基本的には先入観に依拠する好き嫌いの事であって、嫌いなものを好きになれ、と傍から言われても、そう安易に相手の言う事を聞けるわけがない。
そんなことは常日頃、我々の身の回りにはある事柄であって、ことさら大騒ぎするまでの事ではない。
ところがこれが国家という人間の集団と人間の集団の関係性となると、個人の憎悪の関係とはまた異質のモノになる。
双方に、人間の塊としての社会が存在するわけで、お互いの潜在意識が社会の在り方にも大きな影響を及ぼすことになるので、この本の主題となりうるのである。
世の中の学者という部類の人たちは、モノの在り様を指し示すのに、何となく学問的な体裁を整えて、学究的な態度で物事を説こうと努力する。
それがいわゆる学会という世界であるが、アマチュアとして勝手に自由気儘に自分の思いを書き綴る遊びは、そういう既成概念にとらわれる必要もないので、それこそ糸の切れた風船のように、思考が自由気儘に飛躍する。
それで私メが思うに、アジア大陸に住んでいたネイテイブ・アイジアン、アジア大陸の先住民たちは、有史以来、大陸から離れた小島の住人を小ばかにしていたと思う。
ネイテイブ・アイジアン、アジア大陸の先住民たち、つまり漢民族であったり、モンゴル人であったり、女真族の人たちからすれば、絶海の孤島の住民など頭から小ばかにして、それこそ人間とさえみなしていなかったに違いない。
それが故に、ネイテイブ・アイジアン、アジア大陸の先住民たちはどこまで行っても陸の住人であって、陸から一歩離れて海を眺めてみると、絶海の孤島の住民はまさしく海人であったわけで、海の上では大陸の人々は手も足も出ずまさに恐怖にさらされたに違いない。
この現実が、いわゆる倭寇として先方に恐れられたが、その話には当然ありもしない尾ひれがついて、実際以上に恐怖感が煽られたに違いない。
そこには彼ら独特の民族文化も関わり合って、いわゆる「白髪三千丈」式の誇大な表現が罷り通る状況も加味されていたに違いない。
そのことによって倭寇の存在が実際の像よりも誇大に伝えられて、日本に対する恐怖と憎悪がより大きくなったと考えられる。
日本と中国という二つの国家の間で、先方の人々の考え方をこちら側、いわゆる我々日本人が云々言っても意味のない事で、あちらにはあちらの人々の考え方がある筈で、それをこちら側からああでもないこうでもないと言っても意味がない。
問題は、我々が相手に対してどう考えるかという点に尽きるわけで、我々日本人にとって中国という国は文化の先輩格の存在であって、日本文化の「師」と仰ぐ認識が根強く存在する。
それはそれで歴史的事実だから致し方ないが、問題はここで言う「師」に対してどこまで遜るかという点である。
戦前の中国、当時はシナ・支那という言い方が普通であったが、シナと日本ではあらゆる面で格差が顕著であった。
当時の中国は、西洋列強の富の草刈り場であったわけで、アヘンなどという麻薬が蔓延していて、ブラックマネーが普通に横行していたわけで、その中で日本は西洋列強と同じ歩調をとっていた。
言い方を変えれば、西洋列強の帝国主義的経済システムを運用して、富の集積を計ろうとしてが、西洋列強のようには、植民地支配イコール金儲けとドライに割り切って、富の収奪だけに徹し切れなかった。
同じアジア人、ネイテイブ・アイジアン、モンゴロイド、黄色人種という表層的なつながりで、ヨーロッパ系の白人と同じ思考様式にはならなかったが、これがあるが故に、中国大陸のネイテイブ・アイジアンからは舐められてしまった。
こういう経緯になるのもある面では致し方なく、我々の中国人を見る目は実に甘く、彼等ネイテイブ・アイジアンの本質を見抜けていない。
これは彼等の問題というよりも我々の側の問題なわけで、彼らは彼らの倫理で行動をしているので、彼らの倫理が我々のモノと同じだと思うから我々の側に欲求不満が高まるのである。
我々の側の欲求不満も、自分でそういう状況を創り上げているケースもままある。
我々の民族のモラルの中には、自己PRという行為に対してあまり好感を持ってそれを容認するという価値観は存在しない。
自分のことを他人に言いふらす行為を「はしたない」という価値観で以て戒める風潮があって、自分のことを他者にそうぺらぺらしゃべらないこと美徳としている。
だから「この島は俺たちのものだ」と先に言われると、それに対する反論が極めて稚拙で、結局は自らの占有権が宙に浮いてしまって、開発もままならないということになってしまうのである。
日本と取り巻く諸国は、中国、韓国、ロシアということになるが、これらの国は全て日本に対して文化的な優越感を持っており、その優越感が有史以来の潜在意識として刷り込まれている。
これはあくまでも偏見でしかないが、相手の偏見をこちら側から正すということはありえない。
だから相手の偏見はあるがままに受け入れねばならない。
普通の世界の常識では1+1は2であって、2+2は4であるが、彼らにかかると1+1は3で、2+2は5であって、それをこちら側がいくら「あなた方は間違っていますよ」と言ってみたところで、「我々の国ではこうだ」と押し切られてしまえばどうすることもできない。
そこで押し問答してみても一向に埒はあかないわけで、ならば国際的に我々の側の整合性を世界にアピールするほかない。
だが我々はこういう場合の対応が極めて下手で、世界に対して自分たちの整合性をアピールする手段と方法があまりにも稚拙すぎる。
だからここで自己PRの重要性が大きく影響してくるのであるが、この場面で我々は自分たちの価値観の謙譲の美徳を払拭仕切れないのである。
つまり、謙虚な態度を由とする価値観から抜け切れず、口から唾を飛ばして相手の悪口雑言を声高に叫ぶというという態度に出れないのである。
結果として、自分たちに正当性の主張が後手後手に回って、嘘も百辺言えば真実になってしまうということになるのである。
相手は自分の言っていることが正しいとか、嘘でないとか、真実でないということは一切お構いなしに、嘘であろうが、真実でなかろうが、自分の言いたいことを言いたいだけ、口から唾を飛ばして言いまくる。
こちらが反論すれば、ああ言えばこう言うこう言えばああ言うというわけで、そこには正義とか論理とか、整合性とか、筋道を通すという価値観は存在していない。
こういう発想をするところが中国人の中国人たる所以なのである。
中国の人々がそういう発想になるのも、人類の歩んできた道を考えれば必然的にそういう発想になるのかもしれない。
というのは中国には今でも50を超える民族がいると言われている。
これが一つの土地に生まれては死に、死んでは生まれてきたわけで、この地に住む人々にとって、自分の祖国というものはありえないはずである。
南北のアメリカ大陸にはネイテイブ・アメリカンとしてインデアンが住んでいた。
このネイテイブな人々は、ヨーロッパから来た人々に駆逐され土地そのものを奪われてしまって、その土地の住人は入れ替わってしまった。
ところがアジアではネイテイブ・アイジアンとして連綿と生き続けて、ヨーロッパ人に土地を奪われ、文化を抹消されることはなかった。
その代りそのことは同時に人種としての接ぎ木も、文化としての接ぎ木も経ずに来たわけで、ある意味で犬の純血種と同じで、極めて対応力の弱い、適者生存にもろい人々の集団ということになったのである。
だからその結果の在り様として、近代化に乗り遅れ、民主化に乗り遅れ、21世紀の人類としての適者生存に乗り遅れかかっているのである。
第2次世界大戦後のヨーロッパの先進国では、「そうがつがつ富や金を追い求めることを考え直しましょう、人間らしくもっとゆっくりと心に余裕を持ってのんびり行きましょう」という発想になっているではないか。
それに比べ中国や韓国のガメツさは一体なんだと言わなければならない。
このガメツさは、彼らの歴史と彼らの風土の厳しさが、その地に住む人々にそういう生き方を強いたというか、ほかの選択の道を閉ざしたと言える。
目の前に地球儀を置いて、それのアジアの部分を眺めてみると、その中で50余りもの民族がそれぞれに生存競争を展開しているのである。
食うか食われるか、生き残れるか死滅するか、それこそ適者生存の自然の摂理がそのままそこでは展開されるであるから、人間の英知などいうものは全く微小な存在で、あるのは自然の力のみである。
大自然が人間の生存を管理しているとなれば、それは人の生存が運によって左右されているということで、人為的なものでは何とも動かしようがないということになる。
この現実を身を以て認知している彼の地の人々は、人間が便宜的に、しかも人為的に、絵に描いた餅のような国家とか国とか民族という概念を全く信用していないのである。
彼らが信じている唯一のものといえば、自分自身でしかないわけで、それを補てん、補償するものは金でしかないということを知っているのである。
我々の認識では、人間は独りでは生きられないと考えがちで、人が生きるためには周りの人との協調関係を是認せねばならず、お互いに助け合って生きているという認識である。
ところが、アジア大陸の人びとは、独りで生きていけれないならば、周りの人から掠め取ってでも、自分一人は生き残らなければならない、という発想である。
相互依存、共存共栄などクソ食らえという思考である。
その根底には人口が多いので、人の命の価値が極めて低く、人などいくら死んでも構わない、という意識があるのでまさに怖いものなしである。
それに引き換え我々の側は、というよりも西洋先進国の側は、「人の命は地球よりも重い」という認識で、人が国家の意向で死ぬという状況を徹頭徹尾、回避しようとするので、死を恐れぬものと対峙すると、腰が引けてしまう。
今の世界を地球儀で眺めてみると、血で血を洗う抗争は各地で起きているが、人の死に対する価値観に大きな幅があって、それを安直に考えて国家や民族に対する貢献という形でもてはやして死を煽る国家もあれば、国家の名を冠した死を忌み嫌う国もある。
しかし、この生存競争の中で、適者生存の中で、死を恐れない者は一番強いわけで、民主化が進み人々が豊かな生活を望むようになると、どうしても個人の死を悼む感情が深くなり、死を忌み嫌う傾向になるので、諍いに直面したときは腰が引けた態度になりがちである。
ところが中国の人々は、最初から自分の民族とか自分の祖国という概念がないものだから、死に対しても極めて打算的で、自分が死ぬのは御免蒙りたいが、人が死ぬ分については一向に構わないのである。
ここで毛沢東の有名な言葉として、「原爆で人民が1千万、2千万死んだところで、まだ中国には13億という人間がいるのだから一向に平気だ」という趣旨のことを言ったとされている。
毛沢東の時代になると極めて現代に近いわけで、そうなればなったで新たな民族意識が醸成されて、それは資本主義や民主主義としてのアンチテーゼとしての思考を形つくることになる。
自分たちの内部に50もの民族を抱え込んでおきながら、それを内包した中華人民共和国という面の広さの権益にこだわることになった。
権益にこだわるということは、実利の軽重に重点を置くのではなく、あくまでも面子に重きを置いているわけで、虚像を飼う事にうつつを抜かしている姿であって、その基底の部分のある価値観が全く違っているので同じ土俵の上での議論にならない。
だからこそ彼らは国家とか民族という自らの同族性に価値を求めず、人間の個人個人の利得に揺れ動くわけで、それを別の言葉で言い表せば、究極の個人主義ということになる。
彼らには、種を撒いて、それが芽を出すのを待って、気長にその成長を見守り、丹精に世話をして、そういう血のにじむような努力の結果として美味しい果実を得る、という思考回路は存在していない。
美味しい果実を得るために、今まで陰で一生懸命努力して来た人を突き飛ばしてでも、目の前の美味しい果実を横取りするにやぶさかでないのである。
私個人としてどうしても我慢ならない事例は、中国から日本の大学に留学して、日本の大学で学位をとると、それを持ってアメリカに渡って、アメリカで生活する中国人の存在であるが、こういう人間の生き方はどうにも我々の価値観では受け入れ難い。
日本と中国の間では過去に不幸な諍いがあったことは厳然たる事実でるが、その諍いに対して「お前が一方的に悪い」という論法も相手を頭から否定する高飛車な態度であって、こういう論理で話し合いをするとなれば、相互理解はありえないではないか。
戦後、日本の政治的主導者は何度となく謝罪をしているにもかかわらず、その謝罪を意に介さないという態度は、日本に対して「朝貢の儀」を暗に求めているわけで、その潜在意識の在り様は、まさしく中華思想の再現でしかない。
今日においても彼らは世界の中心を意識しているわけで、13億の民のうち1億や2億死んでも何の痛痒も感じないという大きな自負心、あるいはグランドデザインがあるに違いない。
これが彼らの本質であったとしても、一衣帯水のわが国は、それを充分に認識したうえで彼らと付き合っていかねばならない。
そのためには相手を知ることが最も肝要であるが、その点が我々は極めて甘いわけで、我々の同胞の中に相手に通じて相手の利益に貢献する破廉恥な人間が数多くいる点が最も心配な部分である。
敵は目の前の相手ではなく、身内の中に居て、内側から相手に塩を送って、相手に有利な立場を提供して喜びに耽っているのである。