「一張一弛」の思想で、学びの藩校・弘道館と楽しむ場所の偕楽園が一対で作られました。
偕楽園の次に訪れたのは弘道館。
弘道館は、天保12年(1841)、第9代藩主徳川斉昭が推進した藩政改革の重要施策のひとつとして水戸藩の藩校として開設されました。
藩校としての規模は日本最大で、学問・武芸、医学・薬学・天文学など幅広い分野の武士教育が行われました。
こちらは正門。
国指定重要文化財となっています。
本瓦葺きの四脚門で、藩主が来館する際など正式の場合のみ開門しました。
柱には明治元年(1868)の藩内抗争「弘道館の戦い」による弾痕が残っています。
通用門
学生や諸役人はこの通用門から出入りしました。
私たち来館者もこの門から入りました╰(*´︶`*)╯
正庁の玄関です。
正面上に掲げられている扁額(下の画像左)は斉昭自筆のもの。
読みづらいですが「弘道館」と書かれています。
奥の部屋には、水戸藩の藩医が書いた「尊攘」の書(下の画像右)が掲げられています。
こちらは正庁にある正席の間。
藩主が臨席をして、正席の間や二の間で行われた学問の試験や対試場で行われた武術の試験をご覧になったところです。
ツアーでは清真学園の生徒さん達によるガイドがありました。
水戸の歴史やガイドブックなどには載っていないようなレアな話し等たくさん披露して下さいました。
水戸を愛する心が満ち溢れ、そしてこの子たちの中にも水戸学が脈々と受け継がれているんだろうなぁってオバサンはひとり感心していました^^
斉昭によって「神儒一致」「忠孝一致」「文武一致」、学んだ知識や技術を世に活かせと説いた「学問事業一致」、政治と教育の一体化を示す「治教一致」と示された『弘道館記』。
床の間に掲げられているのは、弘道館の建学精神を刻んだ弘道館記碑の拓本です。
正庁に掲げられている扁額には、論語の一節「游於藝」と書かれています。
最後の将軍、徳川慶喜も5歳から11歳までここで学びました。
大政奉還後の明治元年(1868)、慶喜は静岡に移るまでの4ヶ月間、厳しい謹慎生活を送ったのがまさにこの部屋だそうです。
弘道館に備え付けられていた消防ポンプ「雲龍水」(上)
将軍職を辞した慶喜公が水戸へ戻って来た時に使われた長持ち(下)
見学している時、何方かの「これはなに?」「棺桶じゃない?」の会話に思わず吹いてしまったわ(*≧∀≦*)
私の実家にもあったし、わが家の押し入れにもたくさんの着物が入った長持ちあります。
長持ちを知るのは、せいぜい私たちの世代までなのかなぁ。
釘隠とは長押(なげし)を貫いて柱に打ちつけた釘の頭をおおう装飾金具のことだそうで、弘道館の随所にも施されていました。
畳縁も葵の御紋が。
これじゃ間違っても縁を踏むなんてことにはなりませんね^^;
一番左が徳川慶喜、中央の背が高いのが慶喜の弟で最後の水戸藩主となった徳川昭武。
吉田松陰や西郷隆盛など多くの幕末の志士にも大きな影響を与えたといわれ、後に明治維新の原動力になった水戸学。
その学びの弘道館を訪れ、歴史のロマンをとっぷり味わえたひとときでした。
弘道館の次の目的地は、回天神社と水戸黄門のお供・助さん格さんでお馴染み、格さんのお墓がある常盤共有墓地へと向かいました。
弘道館
茨城県水戸市三の丸1-6-29 TEL 029-231-4725
http://www.koen.pref.ibaraki.jp/park/kodokan01.html
TEL : 029-231-4725
時間 : 9:00~17:00(10/1~2/19 16:30)
休業 : 12/29~31
入館料 : 大人200円、小中学生100円
備考 : 無料駐車場有、スマホアプリの案内ガイド有り
アクセス : 常磐自動車道水戸I.C.から約30分
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水戸藩の歴史を体感しに行ってきました
茨城県からの招待で、モニターツアーに参加しました。