高齢者社会
2012/12/29
「高齢者3人に1人以上402地区」「20年間で45倍」「高齢化率政令都市中最高25.5%」と毎日新聞19日夕刊の1面トップ記事です。
高齢者の私は、「生きていてはいけない。迷惑だ」と言われているようで、何才で死ぬべきか?と考えました。
テレビのニュースでは、老人病院で点滴のチューブを切断され2人が死んだと報道されています。この病院では、昨年、寝たきりの老女が腕を折られ、「男性介護士にやられた」と訴えていましたが、その介護士は、「覚えが無い」と言い、病院はそれを信じ、警察に報告することなく、老女は死んだそうです。
そんな姨捨山は怖いですね。
長寿社会でおめでたい。日本は最高だ。などという雰囲気は感じられず、若さが、可能性が一番大切だと言う考えが日本人の心の底辺にあると感じます。
「65才以上の高齢者に幸せな死を」というキャンペーンが必要な時代とも思います。若年者の自殺は悪だと決め、65才以降の自殺社会のため善という哲学をマスコミは作りませんか?
睡眠薬のようで飲むと寝たまま眼が覚めないような自殺薬。アルーコールの用に酔って全能感のまま意識が無くなる薬。張り切って活動出来るけれど消耗し急に意識の薄れる薬。首つりのように、上からぶらさがらないで良い首絞め機、寝たままヒモを首に巻き、スイッチを入れるとモーターが回り紐を手繰り、首の死まる装置。クロロホルムのような麻酔薬と併用すると苦しくないですとテレビ通販すると、高くても買う人は多いとも思います。そしてそれらは、現代姨捨てグッズと分類し、違法ではない、日本社会の活性をもたらすものだと定義する時代が来るかも知れません。そしてこれらの発明がノーベル賞を受ける時代は世界中で超高齢社会になっていることでしょう。
戦争や原爆、アメリカで常態化する銃乱射、総括殺人、自爆テロ、秋葉原暴走、死刑希望の駅構内無差別殺人などより、文化的な死に方であると感じます。
そんなことが常識的になると、テレビ中継などしながら、自殺式、終焉式などがあるかもしれませんね。
歌舞伎の中村勘三郎さんが、医者の制止も聞かず、転院し、新しい病院の、ICUに友人の江川や大竹しのぶなどを招き入れたのも自分なりの終焉式だったのかもしれません。
私達も死から眼を背けることなく、それぞれが自分の死亡の方式を考える時代のように思えます。私の大学同級生の、間組副社長を務めた快男子、高瀬元さんは、自分の癌死の葬儀に一切弔辞を読ませず、自分の言葉で挨拶しました。
2012/12/29
「高齢者3人に1人以上402地区」「20年間で45倍」「高齢化率政令都市中最高25.5%」と毎日新聞19日夕刊の1面トップ記事です。
高齢者の私は、「生きていてはいけない。迷惑だ」と言われているようで、何才で死ぬべきか?と考えました。
テレビのニュースでは、老人病院で点滴のチューブを切断され2人が死んだと報道されています。この病院では、昨年、寝たきりの老女が腕を折られ、「男性介護士にやられた」と訴えていましたが、その介護士は、「覚えが無い」と言い、病院はそれを信じ、警察に報告することなく、老女は死んだそうです。
そんな姨捨山は怖いですね。
長寿社会でおめでたい。日本は最高だ。などという雰囲気は感じられず、若さが、可能性が一番大切だと言う考えが日本人の心の底辺にあると感じます。
「65才以上の高齢者に幸せな死を」というキャンペーンが必要な時代とも思います。若年者の自殺は悪だと決め、65才以降の自殺社会のため善という哲学をマスコミは作りませんか?
睡眠薬のようで飲むと寝たまま眼が覚めないような自殺薬。アルーコールの用に酔って全能感のまま意識が無くなる薬。張り切って活動出来るけれど消耗し急に意識の薄れる薬。首つりのように、上からぶらさがらないで良い首絞め機、寝たままヒモを首に巻き、スイッチを入れるとモーターが回り紐を手繰り、首の死まる装置。クロロホルムのような麻酔薬と併用すると苦しくないですとテレビ通販すると、高くても買う人は多いとも思います。そしてそれらは、現代姨捨てグッズと分類し、違法ではない、日本社会の活性をもたらすものだと定義する時代が来るかも知れません。そしてこれらの発明がノーベル賞を受ける時代は世界中で超高齢社会になっていることでしょう。
戦争や原爆、アメリカで常態化する銃乱射、総括殺人、自爆テロ、秋葉原暴走、死刑希望の駅構内無差別殺人などより、文化的な死に方であると感じます。
そんなことが常識的になると、テレビ中継などしながら、自殺式、終焉式などがあるかもしれませんね。
歌舞伎の中村勘三郎さんが、医者の制止も聞かず、転院し、新しい病院の、ICUに友人の江川や大竹しのぶなどを招き入れたのも自分なりの終焉式だったのかもしれません。
私達も死から眼を背けることなく、それぞれが自分の死亡の方式を考える時代のように思えます。私の大学同級生の、間組副社長を務めた快男子、高瀬元さんは、自分の癌死の葬儀に一切弔辞を読ませず、自分の言葉で挨拶しました。