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◆ロンドン塔に消えた2人の王子 エドワード5世とヨーク公リチャード暗殺の真犯人に迫る!

2019-10-11 03:52:28 | Weblog


塔の中の王子たち(ジョン・エヴァレット・ミレー画)
ミレーには、シェイクスピアの『ハムレット』のヒロインを描いた代表作「オフィーリア」があります。


イギリス(イングランド)で繰り返された王位継承争いに関する事件の中でも、最大のミステリーとなっているのが、エドワード5世とその弟ヨーク公リチャードの失踪事件である。
1483年5月、ロンドン塔に幽閉された彼らは、その後、いつの間にか姿を消し、誰もその行方を知らない。暗殺されたと噂されるものの、その証拠はなく、暗殺を命じた人物さえもハッキリしていない。真相は闇の中のままなのだ。

*突然、ロンドン塔で消息を絶った幼い2人  
エドワード5世とヨーク公リチャードの兄弟は、バラ戦争を終結させたヨーク朝のエドワード4世の息子たちである。彼らにとっての悲劇の始まりは、父のエドワード4世の死に始まる。後に即位するエドワード5世がまだ12歳の時に、父王が死去してしまったのである。 父王の死後、エドワード5世は13歳で即位。しかし少年王は、すぐさま叔父のグロスター公リチャード(リチャード3世)に王位を簒奪され、9歳の弟と共にロンドン塔に幽閉されてしまった。
その後、4か月くらいは2人の姿が塔内で目撃されていたが、同年9月の目撃情報を最後に、消息を絶ってしまう。それから200年の歳月が流れた1674年、ロンドン塔の地下から2つの頭蓋骨が発見された。その形状から少年のものと判断された。更に時を経た1933年後には、ウェストミンスター修道院から2人の王子と思われるような遺骨が発見された。これらの頭蓋骨や遺骨が2人の王子のものと断定されてはいないが、2人の王子は暗殺され、ロンドン塔からウェストミンスター寺院のいずれかに埋葬されてしまった可能性が高い。

*だれが2人の王子を暗殺したのか?  
もし2人が暗殺されたのなら、暗殺の主犯として最も疑わしいのは誰か。やはり多くの人がリチャード3世と見るだろう。確かに、後にヘンリー7世の大法官を務め、「ユートピア」の著述で知られたトマス・モアは、リチャード3世首謀説を主張している。 一方、本当の黒幕はヘンリー7世だったという説もある。 エドワード5世から王位を奪ったリチャード3世だったが、その治世期間は僅か2年。ボズワースの戦いで彼を討ち、王位を奪ってテューダー王朝を新たに築いたのがヘンリー7世だ。リチャード3世の即位時、彼はフランス北部のブルターニュに亡命中で、リッチモンド伯ヘンリー・テューダーと呼ばれていた。
彼はヨーク家と王位を巡って争ったランカスター家の分家筋で、虎視眈々とイングランド王位を狙っていたのである。 かくして王位を奪ったヘンリー7世であるが、その立場はあくまで簒奪者に過ぎない。エドワード5世の姉エリザベスを妻としていたものの、これを即位の根拠とすると、エドワード5世の方が、継承順位が先になってしまう。そこでヘンリー7世は、リチャード3世を悪役に仕立てて倒し、目障りなエドワード5世とヨーク公リチャードを始末したというわけだ。
トマス・モアが事件から30年も経ってから、リチャード3世首謀説を声高に叫んだのも、ヘンリー7世の為だったとも考えられないだろうか。 王子たちは幽閉後、どうなったのか? 忽然と姿を消した王子たちの足取りを伝えるものは何もない。
2人の王子は自分たちの死を理解できていないのか、その亡霊が今も手を携えてロンドン塔を彷徨い歩く姿が目撃されるという。


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