Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

「爆弾低気圧」

2021年11月30日 22時33分35秒 | 天気と自然災害

 北海道の空知・石狩地方、東北の太平洋岸などに暴風警報が出ている。横浜には、強風・波浪・雷注意報が出ている。横須賀市には波浪警報。
 横浜では、先ほど雨が一時的に強くなった。明け方にかけて強い雨が降るという予報になっている。強い雨の区域が通過してしまえば回復は早いようだ。
 天気予報では「爆弾低気圧」と言っていた。確かにその危険性を喚起する命名であることは認める。だいぶ流通している言葉ではあるが、その命名には違和感がある。私は戦争や軍隊用語を普段の例えに使うのには大いに違和感を持つ。
 経営・販売戦略だの、売出し作戦だのという言葉がサラリーマンの会話で当たり前のように飛び交っている。小学生までが、運動会大勝利戦略、などと言い出している。あまりにとげとげしい。もう少し用語の選択に工夫をしてもらいたいものである。

 雷注意報も出ており、現在雷の音も聞こえたようだ。まだまだ遠方のようだが、そろそろパソコンの電源も切ったほうが無難かもしれない。パソコンのコンセントは雷防止ようにはなっているが、過信もしたくない。


購入「万葉読本Ⅲ 万葉のことばと四季」

2021年11月30日 21時24分52秒 | 読書

 本日有隣堂にて購入した書籍は、「万葉読本Ⅲ 万葉のことばと四季」(中西進、角川選書)。現在、「万葉読本Ⅰ 万葉の時代と風土」を読んでいる最中である。先日神奈川大学生協で「万葉読本Ⅱ 万葉の歌びとたち」と同時にこの「Ⅲ」を注文したところ、版元にも在庫がなく取り寄せ不能、という回答であった。
 2年前の5月に初版発売の本がもう在庫がないというのはおかしいと思い、「Ⅰ」を購入した有隣堂で確かめてみたところ、同じ回答であった。ただし「Ⅲ」は有隣堂に在庫があり、他の支店から急遽取り寄せてもらった。

 しかしこんなにも早く在庫切れになるものだとは思いもしなかった。


左膝のヒアルロン酸注入治療開始

2021年11月30日 17時36分55秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 整形外科の診察待ち昨日よりもずっと空いていた。リハビリを終わって10分後には診察室に呼ばれた。本日から左膝にヒアルロン酸の注入。毎週1回で5週間。左右両方で10週間はかかる。途中年末年始の休みもあり、もう少し伸びるのは確実。本日は入浴・シャワー禁止と言われた。明日の朝のシャワーはOKとのこと。保険治療になるとのことで、新しいスティック状の湿布の処方と合わせてもいつもより480円の上乗せだけで済んだ。
 貼る湿布ではなくスティック状のものを処方してくれた。「敏感肌なんですね」と笑い顔でいわれてしまった。思わず私も失笑。「恥ずかしながら‥」と言いかけたが、一応飲み込んだ。
 横浜駅経由で弁護士事務所に出向き、約1時間。懇切丁寧に教わり、さらに司法書士を紹介してもらった。土地建物の登記は現役の頃に、妻の父親が亡くなり、母親への名義変更は私が仙台法務局、石巻法務局まで出向いて行ったが、今はそのようなエネルギーというか気力を持ち合わせていない。

 その後、バスを乗り継いで組合の事務所に出向き、資料を受け取ってから銀行・書店を回り帰宅。
 ようやく一息ついた。杖を突いて歩いたにもかかわらず、8700歩をカウントしている。左膝は痛みは少しだけ。ただしじっと座っていると、動き始めが痛い。動き始める前に膝をぶらぶらさせてから立ち上がると、痛みは少ない。

 明日もまた温熱療法(マイクロ波)と低周波の電気治療に出かける。


「図書12月号」

2021年11月29日 22時53分12秒 | 読書

 本日目を通したのは、次の4編。

・[表紙]「四月馬鹿」という証明カード    司 修

・「迷惑」な話               清水克行
「「迷惑」という“ことば”。現代語なら「不快」や「拒絶」のニュアンスをともないが、中世では「困惑」といった意味合いが強い。漢字自体が「迷い惑う」という意味だから、そちらのほうが本義だったはずである。‥狂言が実態以上に“反権力”や“反権威”の文芸と評されるのに、この「迷惑」という“ことば”も一役買っているのではないだろうか。‥それがときに現代人の過去を見る眼を曇らせる。」

・福田さんの深い思い           及川祥一
 こんな文章が図書に掲載されるとは‥、というのが第一印象。それは読後も変わらない。福田赳夫の人となりを紹介するのは、いい。しかし今の報道のあり方と当時の報道のあり方を比較検討してはいかが?というのが感想である。それができて初めて「ジャーナリスト」なのだと思う。単なる自慢話の水準でしかない。

・幽霊たちの声              岡村幸宜
「丸木美術館で働くことを決意した。丸木俊が世を去った翌年のことだった。最初の学芸員として、一から仕事を立ち上げていく試みだった。‥「原爆の図」の近くに身を置いて、美術館の扉を開き続けることで、世界がどのように見えてくるかを知りたいと思ったのだ。」
 「美術館の扉を開く」シリーズの1回目ということであるる。今後に期待したい。次回以降も目を通したい。


明日も歩かなくては‥

2021年11月29日 21時16分57秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 本日の帰宅後は、退職者会で撮影した今年1年の写真を少しだけ整理。そしてニュースの新年号の記事を1つ仕上げた。記事がまだ送られてきていないので、とりあえずはこれ以上の編集作業は不可能。
 時間はあるのに仕事がはかどらないというのは、ストレスがたまるが致し方ない。新年号の最終入稿日は12月3日(金)の夕刻。まだゆとりはある。

 夕刻に郵便物が配達となり、本日岩波書店の「図書12月号」が届いた。さっそくめくってみた。

 明日は午前中が整形外科、午後は弁護士と相談。叔母の遺産の相続については少額である上に、争いはまったくない。しかも高齢の二人の相続である。そうはいっても書類は不備なく作りたい。夕方になる前に記事の受け渡しやその他のことで組合の会館を訪れる。
 杖を突きながら、無事に歩きとおして帰宅できるか、心配である。そして来週には友人と落ち合うことになっている。それまでには杖を手放したいものである。


イチョウの黄葉が見ごろ

2021年11月29日 16時33分33秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 午前中に整形外科に行ったものの、混雑のためリハビリのみとしてきた。診察は明日に持ち越した。受付の段階で診察も同時に受け付けてくれてリハビリを先行。しかしリハビリを終えてもまだ10人以上が順番待ちとのことであった。一人10分としても10人で1時間40分以上、2時間はかかると判断しあきらめた。終了するのは正午を過ぎると思われた。
 待つというのは、疲れるものである。

 地下鉄を利用し横浜駅経由で帰宅。横浜からはバスを利用。妻と私の親は、慶応大学の日吉校舎のイチョウ並木を見に行くということで、途中ですれ違った。勤め先で休暇を取った娘とは途中で合流するらしい。黄葉がいまが見ごろという情報を仕入れていた。家族で毎年見て歩くのが恒例である。
 私は本日は病院の行き帰りともに杖を突いて歩いた上に、こなさなくてはいけない仕事もあり、残念ながら今年は行かないことにした。

 一人で寂しく、昨晩の残り物で昼食。一仕事終えて、ベッドに横になって膝を温めながら一休み。


膝の痛みと付き合いながら‥

2021年11月28日 22時11分47秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 明日整形外科に行って膝の痛みの診断を受ける予定。少しおさまってきたように感じるが果たして状況は改善しているのだろうか。ヒアルロン酸の注射療法を果たして実施していいのか、相談するつもりである。あるいは痛み止めの注射療法になるのか、私には判断は出来ない。
 診察を受けるには早めに病院に行ったほうが、待たなくて済みそうである。
 結論だけが並んでいるパンフレットの行間をいろいろと詮索しながら、明日の診察時の受け答えについて、自分なりの想定問答を作っている。紙に書き出すよりも、幾度も頭の中で繰り返したほうが、スムーズにも思える。むろんメモ書きも必要だが、気分的にはあまりそれに頼りたくない。

 さて、本日はどこにも出かけることがなかった。妻が買い物ついでにレッグウォーマーになりそうなものを2点購入してきてくれた。レッグウォーマーそのものはしかし細くて私の太い足には入らなかった。それを予想して、大きなネックウォーマーも百円ショップで購入してきてくれた。
 このウォーマーの上下に細いゴム紐を通して、パジャマの上から装着してみたら、結構使い物になることが判明。先ほどから使用している。外に出かけるときは昔百円ショップで購入した、緩いサポーターを使用し、これは屋内用にしたい。フリースなので軽くしかも暖かい。
 昼間は緩いサポーターの上から温める簡易カイロを利用していた。これも少しは効いたのかもしれない。いろいろと自分なりに工夫しながら、対処するのもそれなりに気分転換になる。

 退職者会ニュースの原稿づくりは明後日に依頼した原稿を入手できるはず。30日、1日にほぼ作り上げたい。希望的観測で終わらないようになってもらいたい。
 もっとも30日には別の用事も入っている。意外と忙しくなりそうだ。


優先順位

2021年11月28日 18時36分30秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 17時過ぎになって退職者会の上部団体から依頼されていた原稿のことを思い出し、400字の原稿を慌てて作成。期限は先週の金曜日であった。写真も1枚要請されていたので、4枚を1枚に仕立てて急遽作ってみた。なんとか月曜日の朝一番には届く目途がたった。
 原稿というのは、短い字数での依頼ほど難しくなる。何を削り、何を残すか、かえっていろいろと悩んでしまう。

 気の進まないこと、面倒と思うことを先延ばしにしていると、こんなことになる。嫌なこと、予定外に飛び込んできたことこそすぐに実行する、という大事なことを忘れていた。
 もっともこれは現役時代の仕事に関することなので、退職した今は、好きなこと、やりたいことを先にする癖がついている。退職後は本来はこうあるべきなのだ。
 だが、無報酬とはいえ、「仕事」に近いことでもある。いつまでたってもこの兼ね合いがうまくさばけていない。


楽しい妄想

2021年11月28日 12時08分48秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等

   

 昨日葛飾北斎の展覧会の図録などを見ていたら、この二つの作品にも目が止まった。
 横長の作品は1804~06年頃の作品で「くだんうしがふち」、縦長のものは1833年の「諸国瀧図」の「東都葵ヶ岡の滝」。いづれも曲線を描いて高く登る坂を描いている。道は空に向かって伸びているように見える。さらに道の崖下には水ないし畑が極端に上下の高さを強調して描いている。西洋画の遠近法と極端なダフォルメを組み合わせている。私には印象的である。
 「うしがふち」は、道は頂上から空に視線を誘導しながら、崖の向こう側に突然の様に続いて延々とした道の行方を描いている。こちらは時間の推移を道の長さで暗示しているようである。
 「諸国瀧図」では水は三段に分けられ、静かな沼、動の瀧、そして動から静へ以降する滝つぼと水の三態が描かれている。時間の経過も画面に描いて印象的である。「瀧」というものを時間の立体として描いている。



 そして私が思い出したのが、岸田劉生の有名な「道路と土手と塀(切通の写生) 」という1915年の作品。不思議な絵である。左側の石積みと道路は、頂点で齟齬をきたし、石積みを乗り越えるように道路が空に向かって突き出ている。
 人は描かれていないが、極端なデフォルメを採用して遠近感を醸し出している。そして空に向かっての果てしない道行きを予感させる。ここでも時間と距離が力技で押し込められているような感覚に襲われる。
 24歳の若き岸田劉生が風景画のありようと格闘していた何かを類推するのも悪くない。北斎の作品を念頭に置いていたとは私には断言できないが、浮世絵論の著作もあるらしいのでまったくの的外れでもないと思っている。

 こんな妄想をベッドの中で思いついているうちに寝ることが出来た。


今冬初めてダウンのコート

2021年11月27日 22時49分37秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 退職者会ニュースの原稿をいろいろといじっているうちにいつの間にか22時を過ぎていた。メリハリの効かない仕事の仕方をしていると、だらだらと続けてしまう。これではいつまでたっても出来上がらない。おおいに反省。
 本日の最高気温は正午過ぎの13.8℃ということで、12月初旬並みとのことである。平年の気温に近いということである。今年は暖かい日が続いているので、余計に寒く感じる。本日は暖房をつけている時間が長かった。また朝の通院時はゆっくり歩くと寒さが身に染むので、今年初めてダウンのコートを着た。とても薄いダウンでしかも何年も着ているので、ダウンがヘタっている。袖口などはもうぺちゃんこである。それでもとても暖かくなる。
 明日も本日と同じような気温という予報である。
 明日は日曜日なので、整形外科も休診。膝の養生のために、明日も外には出かけずに退職者会のニュース作成に勤しむこととしたい。

 本日の作業はこれにて終了。


北斎「富嶽三十六景」他から3点

2021年11月27日 17時20分36秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等

      

 出かけない代わりに、退職者会ニュースの新年号の原稿づくりを始めた。
 新年号のトップに毎年貼り付けている富士山と日の出の写真は、今年は北斎の富嶽三十六景から「凱風快晴」か「富嶽三十六景相州梅沢左」、あるいは北斎の絶筆である「富士越龍図」にするか、まだ迷っている。
 モノクロにしたときに「富士越龍図」は龍が見えにくい。
 「凱風快晴」は茜色が、モノクロでは映えないで、のっぺらぼうの富士になってしまう。これは予想外でびっくり。色彩の妙を見せつけられた。
 「相州梅沢左」はモノクロにしても映える。ただし私の好みと少し違う。
 選択がなかなか難しい。

 悩んでいるうちにどんどん時間が経過してしまい、とうとう昏くなってしまった。ということで、残念ながら原稿づくりはあまり進展しなかった。
 


早くも日が暮れる

2021年11月27日 16時52分01秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

   

 午前中は整形外科で両膝にいつもの治療をしたものの、昨晩からの痛みは治らない。昨日よりも痛い。痛み止めは就寝時だけ服用していたが、本日は夕刻にも服用。静かにしていて体を動かし始める時が痛い。

 サイフォンで淹れるコーヒーを飲みに行きたい、と誘われたけものの、足を引きずって10分歩くのがつらいので残念ながらバス。代わりにドリップコーヒーを淹れてくれた。

 気温が上がらず、ようやく冬を実感した日であった。富士山・丹沢の眺めもよかった。


「万葉の時代と風土」から「白村江以降」

2021年11月26日 22時59分23秒 | 読書

   

 第1部の最後の「白村江以降――万葉集の形成と渡来者」を読み終わった。
 万葉集の作られた時代は、白村江の敗北から、多くの渡来者を向かい入れ、天智から天武・持統朝の歴史の転換を経て、天武系の天皇の時代であった。
 そして新羅系の渡来者である額田王、百済系の渡来者としての山上憶良を取り上げている。

「額田王が新羅系のゆえに紫をもって例えられるにふさわしいことは、いうまでもなく、紫の染色が韓(から、唐)伝来の手法だったからである。当時紫草はすべて栽培で野生を記した文献を知らない。‥紫は最高の位階を示す言葉として用いられ、その服色となっていた。額田も(大伴)旅人も、紫をもって称せられることが、すなわち高貴さの賛美であった。」(「二 紫の記憶」)


「(憶良の)最も大きな特色は、その仏教色にある。万葉集があれほど仏教が盛んだった7~8世紀における和歌を収めながら、仏教的色彩の少ない‥。このわずかな仏教的色彩の、その8割がたを占めるのは憶良の作品である。‥憶良のあり方は、しばしば「日本霊異記」の内容と相通ずる。「霊異記」に景戒の自画像として描かれたものは余りにも憶良の「貧窮問答歌」と近いし、人間の無明のさまも、彼我共通するものがある。」

「当時は仏教隆盛の時代である。民衆は「山沢に亡命し」徒党を組み、行基の下に集まり、私度僧は激増した。古代人が仏教を嫌ったのではない。にもかかわらず和歌に見えないというのは、彼らの自らの表現なるものがあって、その枠組みを破ることがなかったからである。しからば憶良はなぜこのような枠を超え、異質な表現をすることができたのか‥。」(「三 郷歌の余韻」)
「憶良の歌はきわめて、非土着的である。‥彼の歌の中には叙景歌と呼べるようなものはない。‥彼の目が余りにも人間の上に注がれていたことを示している。さまり風土・自然に対する関心のなさは、人間への関心と表裏をなすことであった。」(「三 郷歌の余韻」)
「土着性も地縁性もない憶良が人間に視野を展げるのは当然のことであろう。殊の外に自然に心を寄せた大伴旅人の最終歌と憶良の最終歌とをならへぼてみれば、それは余りにも明瞭である。
“しましくも行きて見てしか神なびの淵は浅にて瀬にかなるらむ” 大伴旅人(巻6 九六九)
“士(おのこ)やも空(むな)しかるべき万代(よろずよ)に語りつぐべき名は立てずして”
                                                                山上憶良(巻6 九七八)
 この人間世界が、自然風土に変わるべきものとして憶良を暖かく包摂し、それを懐に安息せしめたかというと、ことはまったく逆であった。世の因縁が、愛が、貧窮が彼を苦しめた。」
「憶良は仏の浄土を憧憬の風土とするしかない。その原因を辿り戻れば、彼が四歳の離郷者だったことにつき当たる。無風土の詩人の目には、いやが上にも仏土を荘厳しようとする希求があった。「白村江」にまつわるいたましさがここにあった。いたましさは皮肉にも彼に詩人としての栄光を与えた‥。」(「四 風土としての仏土」)

 この山上憶良論は、読み応え充分だと思った。心にとめておきたいと思う。

 


膝の痛み

2021年11月26日 21時17分13秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 朝から左膝が痛みを感じている。ウォーキングは行ってはいないにもかかわらず、出歩かなくてはいけない状況があり、一昨日は1万3千歩、昨日は1万1千歩、そして本日も病院3か所と銀行と書店と喫茶店で1万歩を記録している。これだけ歩くとゆっくりで休み休みであっても、膝には負担なのだと思う。

 さらに昨日は湿布の跡が少し赤くかぶれて、かゆみを伴っていた。貼る湿布は寝ている間の7時間だけにして、出かけるときは塗るタイプのものを使っていたがやはりかぶれてしまった。昨晩は、以前にかぶれた時にもらった薬をうすく塗りこんで、サポーターもせずに寝た。
 帰宅後は、痛みもあるので、塗るタイプのものと緩いサポーターを再開した。

 昔から皮膚が刺激に弱い。特に粘着力の強いものは短時間でかぶれる。最近は再び粘着力の強いものが増えてきているので、用心をしていたが、やはりかぶれてしまった。来週からは塗るタイプのものに変えてもらうよう申し出るしかない。

 明日は整形外科だけに行くことにして、家で退職者会ニュースの原稿づくりに励むことにした。

 


病院と銀行と‥混んでいた

2021年11月26日 19時36分28秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 さすがにかかりつけ医とはいえ3つの病院に1日でかかるのはつらい。特段診察で体力を使うことはないが、3つの駅に点在しており、駅の階段を上り下りし、そして待合室で待つことに疲れる。特に二つ目の眼科では40分ほども待った。受付で診察券を出した時には待っている人は3人ほどだったし、すぐに検眼に呼ばれた。しかしなかなか診察で呼ばれない。どうも同じビルの内科に診察券を出している人が幾人もいるらしい。それらの人が内科を終わってから順次眼科に回ってくるようだ。

 こういうことは致し方ないのだが、私はこの内科にはかかることはない。何しろ薬を大量に処方するので、敬遠している。熱を出せば必ず胃と腸の活動を整える薬2種と、消化を助けるという薬まで処方される。幾度かかかったこともあるが、それらのいかにも不要な薬はいつも廃棄していた。
 不思議なことにこの薬を大量に処方する内科は人気が高く、いつも待合室から人があふれている。

 3つ目の内科は眼科から歩いて15分ほどだが、膝をかばってバスを利用した。こちらはゆったりと医師との会話ができる。生活指導も含めて親切である。見立ても信用できる。

 薬局は内科の隣にあり、眼科の点眼薬も合わせて出してもらう。私は薬局はひとつにまとめている。この薬局は事務方の対応に好感が持てるのと、待合室が広いことが気に入って利用している。

 銀行をまわり帰宅。年末・月末ということなのだろうか、銀行も混雑しており、ATMの前は長い列であった。