Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。体力作り、俳句、山行、美術館・博物館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。

ショパン「ノクターン 第11~第19番」

2015年02月28日 22時32分05秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 予定していた昨年後期に受講した講座の資料とノートのファイリングは7割方終了した段階で本日は切り上げ、明日継続して仕上げることにした。思ったより時間がかかってしまった。
 もっとも14時少し前からウォーキングに出かけて、17時半に戻ってきた。自宅から9500歩余りにある新横浜駅までは妻も同行。そこで分かれて妻は買い物ののち地下鉄で帰宅。私はさらに河川敷沿いに歩いてから折り返した。往復で23000歩、15.5キロ位だろうか。
 その他の歩行も合わせて本日は26000歩。寝る前に軽く腹筋運動でもしないことにはお腹回りがキツくなっている。



 昨晩に続いて本日のCDは「ショパン 夜想曲全集2(第11番から第19番)」。演奏は同じくアルトゥール・ルービンシュタイン、1965年の録音。
 前半よりも後半の方が静かな曲が多い。特に11番から14番はノクターンの中でも内省的な気分のとき、しかも深夜、日付の変わりそうな頃に聴くのがもっともふさわしいと思っている。
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新年度前期の講座の選択

2015年02月28日 10時54分09秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 「津波を生き延びた仏たち~よみがえる故郷への祈り~」の再放送は関東では放送されなかったようだ。残念。

 本日は天気もいいし、風もおさまっているが気温は昨日よりも低い模様。

 昨日、いつも受講している神奈川大学エクステンション講座の新年度前期のガイドブックが届いた。早速昨晩遅くになってから、講座の選択をしてみた。昨年度後期は13講座も申し込んだが、今回は無料の1回講座を含めて10講座に減らした。
 どうしても受講したい講座4つからまずスケジュール表に打ち込み、残り6講座を打ち込んだら、うまい具合に重ならなかった。退職者会の定例の幹事会とも重ならない。1回でうまく当てはまった。
 申込みは3月3日から、インターネットでの申込みであるから楽である。先着順の受付で、これまで定員オーバーではじかれたことはないので多分全部受講できると思われる。逆に申込みが少なくて開講しなかったものがあった。そちらの方が心配である。
 本当は受講したい講座はいくつもある。たとえば「荻生徂徠『政談』を読む」(19時~20時半)などはその筆頭だったが、前回よりも講座数・受講料を減らすという原則、夕食はそれでなくとも外食が多いのでできうる限り家で取るという原則から外れてしまうので断念した。「冷戦終焉から25年、世界はどう変わったか」「俳句実践講座」「入門俳句実践講座」も同様に受講料の関係から断念。また古典の購読の講座は、平家物語と源氏物語、御堂関白日記、俳諧問答(許六・去来)などがあり魅力的であるが、講師との相性、受講料の減額など点から、平家物語2つを除いて断念した。

 結果的に選択した講座は、
「アート鑑賞を楽しむ西洋美術講座」(三沢恵子氏)
「旬な展覧会を愉しむ」(三沢恵子氏)、
「アジアの視点その7」(小沼通二、今西光男、斎藤勁、下斗米伸夫、天児慧、大島康寿、郷田正萬、竹中千春各氏)、
「沖縄の祖先祭祀」(小熊誠氏)
「勝った中国・負けた日本」(田畑光永氏)
「平家物語のこころに親しむ その8」(鈴木彰氏)
「平家物語のやさしい読み方(源平盛衰記その3)」(鈴木彰氏)
「考古天文学への道」(桜井邦朋氏)
「未来への提言」(湯浅誠、浅野史郎、常石敬一、斎藤環、小池昌代各氏)
「「南海トラフ巨大地震」活動期にどう備えるか」(石橋克彦氏)
となった。


 本日は、昨年度後期に受講した講座の資料やノートのファイリング作業を行うつもりでいる。
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ショパン「ノクターン 第1~第10番」

2015年02月27日 22時02分01秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 夕方から急に風が強くなった。北風である。建物の中にずっといて、帰りがけに外に出てみて風の強さにビックリした。昼間はダウンのコートなど暑くて来ていられなかったので、薄い夏用のブレザーとその下には薄い化繊のサマーセーターを着て外出した。夕方はそれではとても寒い。コートが欲しくなった。
 やはり昼間は暖かいといってもまだまだ油断は禁物、夕方には気温が低くなる。

 明日・明後日は予定が入っていない。来週・再来週、その次の週と19日まで、土日も含めて連日予定が入ってしまった。少し過密かもしれない。英気を養いたいのだが、最近お酒の飲み過ぎのためか、体重がかなり増えている。ポロシャツがきつく感じている。お腹まわりも重くるしい。
 運動だけでは痩せることはないので、節制に心掛けないとまずい。要注意である。



 本日のCDは「ショパン 夜想曲全集1(第1番から第10番)」。演奏はアルトゥール・ルービンシュタイン、1965年の録音。
 ここまで情感たっぷりに演奏されると、ショパンも目を白黒か?という感想もある。しかしやはり病みつきになる演奏である。


 明日は、再放送の「津波を生き延びた仏たち~よみがえる故郷への祈り~」を見る予定。朝10時5分から48分まで。
http://www.nhk.or.jp/sendai/tohoku_z/archive/2014/150227.html
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私の俳句手習い

2015年02月27日 10時57分21秒 | 俳句関連
 はじめに俳句の結社に入って作句の指導を受けようとしたのは、2002年1月、50歳の時だった。秋に一か月近いの闘病・入院生活を強いられて退院したのち、インターネット上での添削を受けて、そこの結社に入会した。
 句会は主宰をいれてもいつも5人前後という小さな結社であった。7年ほど指導を受けて同人となり、同人会長となったものの不本意・不愉快な主宰の発言を受けて止めさせられるにしてにやめた。原因は私にはわからない。一方的なものだった。それから2年近く他の結社を探しながら句は作っていたが、いい結社がなかなか見つからなかった。
 仕事で最後の正月を迎えた2011年1月から、「響焰」という今までよりもはるかに大きな結社の横浜句会というところに顔を出して、とても親切に指導を受けた。句会に参加されている方々もとても魅力的な句をつくられており、楽しく句会に参加させてもらったし、句会後の懇親も実に有意義で楽しかった。横浜句会だけでなく主宰の参加する句会にも顔を出すようにもした。
 また神奈川大学の市民向け講座で俳句の講座があり、芭蕉の俳句を学びつつと句づくりの指導もある講座を受講した。講師は復本一郎氏。ここでは芭蕉の弟子たちの著作を読み、作句も行っていた。
 この講座もとても勉強になったが、句づくりはやはり「響焰」の方が魅力的であった。句会参加者の人間的な魅力にも惹かれた。句会後の懇親の場も楽しかった。
 しかし退職者会の活動にも手を出して、時間的なゆとりがなくなり、さらに美術館を見て回って感想を書く楽しみが次第に強くなった。響焰の句会も月に3回を超えるようになり、時間的につらくなってきてしまった。俳句を作ることをしばらく断念することを決めて、2014年1月残念ながら「響焰」は申し訳なかったが、退会させてもらった。
 退会後は俳句を作ることはやめてしまった。そして丸2年を超えた。時々俳句を作ろうとしても2年前のようには作れない。頭が俳句モードになっていない。
 他の方の俳句を時々眼にすると懐かしくもある。ほそぼそと俳句を作り続けることを模索したいという気も起きてくることもある。
 そんなことを考えているうちに、頭を俳句モードにするために昔作った自分の句で主宰や句会で一定の評価を受けたものや、自分でも気に入っているものを思い出して見るのもいいのかもしれない、と思うようになった。ということで自分の句を取り上げてみるのも悪くない。
私は「写生」といっても、ありのままの景色を見て作るということが出来ない。「見て」から自分の頭の中で発酵するまでに数日は必要である。あるいは過去に見たものを思い出して頭の中で再構成する。どちらかというと感動を瞬時に捉えるということは出来なくて、いろいろひねくりまわしながら自分なりの感動を作り上げるやり方である。あるいは吟行や句会の季節に思いを巡らせながら、過去の経験を引っ張って来て句をつくる。吟行の句、即興の句というのは作ったことがない。席題などと云われるともうお手上げである。

☆大西日鉄骨赤き錆をふく
☆病棟の視線を集め秋の蝶
☆孤独死や空蝉丸き背を空に

 2年前に作っていた句、ちょっと独りよがりの気もする。退会を決断した時には生活上の時間的な余裕もなくなり、行き詰っていたのだろう。そんな句である。人前に出すのは今になってはとても恥ずかしい。

 今となっては次のようにつくり直したくなる。

☆大西日鉄鎖の錆のとけてゆく
☆病棟の視線を纏い秋の蝶
☆父の忌や空蝉ざくり背を裂ける
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ブラームス「弦楽四重奏曲第1番、第2番」

2015年02月26日 23時27分13秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 本日のように雨の日に家に籠っているときは室内楽曲や独奏曲などが聞きたくなる。ブラームスの室内楽曲、ショパンやフォーレのピアノの独奏曲などに手が伸びる。
 昼過ぎに聴いた第3番に続いてブラームスの弦楽四重奏曲の第1番と第2番をこの時間になって聞き始めた。
 第1番は第3番に比べて構成は少し複雑に思える。同じ時期に仕上がって、作品番号も51の1、51の2さされた2つの曲だが、このような天候の日には第2番の方が静かな曲に感じられて私の好みである。
 しかしどちらも、また第3番もビオラとチェロの比重がベートーベンやモーツアルトの曲よりも高く、音の厚みが感じられる。ブラームスの好きなゆえんである。

   
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ブラームス「弦楽四重奏曲第3番」

2015年02月26日 17時47分39秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 本日は終日雨。終日北風が吹いている模様。雨は日付が変わる頃まで続くらしい。気温も10℃以下で推移している。
 明日は晴れて13℃まで上がるらしいが、風が強く花粉が多く飛散するという予報をテレビで放映していたが、気象庁の予報では風は本日よりは弱いという。

 昨日のアルコールが醒めきらず、昼近くまで布団の中でグズグズと時間をつぶした。頭の痛いのは9時過ぎには回復したもののボーっとしていた。
 10時過ぎの宮城県沖を震源とする震度4の地震については家のテレビで放映していたが、津波の危険はないということと横浜では揺れは感じなかったこともあり、そのまま聞き流していた。さいわい人的・施設的な被害は無いようであった。交通への影響も出ていない模様である。
 しかし震源がそれぞれ違うとはいえ、4年前の余震域の北半分でマグニチュード4を超える地震が頻発している。気になるところである。

 本日は昨日たくさん呑んだので、アルコールはやめて休肝日。雨でもあり、静かに家の中で過ごしている。

 ブラームスの弦楽四重奏曲の第3番を聴いている。1876年に完成した曲。交響曲第1番と同じ年に完成している。
 前回この曲をブログにアップした時はアルバン・ベルク四重奏団の録音であったが本日の演奏は、プラハ四重奏団で1978年の録音。プラハ交響楽団のコンサートマスターのブジェスティスラフ・ノヴォトニーが結成した。当時はとても有名で、スメタナ、ヤナーチェクの両四重奏団とともにチェコスロバキアの代表的な四重奏団であった。

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世界平和アピール7人委員会のホームページから

2015年02月26日 16時01分15秒 | 読書
「今月のことば」#6がアップされた。

「軍学共同」が進みはじめている        池内 了

 最近、私が熱を入れて取り組んでいる課題は「軍学共同」に関わることである。安倍政権になって特に加速的に進みはじめたこともあって、広く反対運動を組織する暇もないうちに既成事実がつくられていく気配が濃厚で、実は少し焦っている。

 発端は、2013年12月に閣議決定された「平成26年度防衛大綱」に、「大学や研究機関との連携の充実により、防衛にも応用可能な民生技術(デュアルユース技術)の積極的な活用に努める」と書かれたことである。いかなる科学・技術の成果も民生利用と軍事利用の両面に利用可能(デュアルユース)であることは、軍事目的で開発されたさまざまな技術が民生利用されて(いわゆるスピンオフして)社会に広く行き渡っていることを見れば明らかだろう。しかし、アジア太平洋戦争中に軍事研究に勤(いそ)しんだ歴史を反省して、軍事目的のための研究を行なわないことを日本学術会議が1950年と1967年に二度まで決議してきたように、日本では公式には軍学共同が行われてこなかった。これは世界的に見ても珍しいことで、憲法第9条と並んで誇るべき伝統であったと言うべきなのだが、それが覆されそうになっているのだ。

 既に軍学共同が具体的に行われているのが防衛省技術研究本部と大学・研究機関との間で行われている「共同研究」で、2006年に開始されて2012年までは1年に1件程度であったのが、2013年に4件、2014年には7件と急増している。そして実際に、航空宇宙研究開発機構との「宇宙空間での2波長赤外線センサの実証的研究」が2014年度から自衛隊の装備として予算化され、2015年には48億円が計上されているのである。それだけでなく、情報通信研究機構との共同研究「サイバーレンジの構築等に関する研究」も自衛隊の予算書に書かれているのだ。

 さらに、防衛省が2015年から「安全保障技術研究推進制度」と名付けた競争的資金制度を発足させ、軍事利用できる技術開発を目的とした大学や研究機関の研究者への研究費の支給を決定した。研究費不足に悩む研究者が多い状況につけ込んでの制度と言えるだろう。このような資金が大学に入るようになると、公開できない秘密研究が堂々と行われるようになるだけでなく、軍事研究に動員される学生への悪影響が心配される。

何より、私は科学への市民の信頼感が薄れていくことを強く危惧している。

http://worldpeace7.jp/?p=669
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早春の房総半島散策

2015年02月26日 14時35分02秒 | 山行・旅行・散策
 昨日のバス旅行は、勝浦の朝市と雛飾り(遠見岬神社周辺)、鴨川小湊の誕生寺、鯛の浦遊覧、清澄寺、大山千枚田などを巡って定刻の18時を10分ほど過ぎただけで無事帰着できた。

 バスの車内ではいつものことではあるが、いささか飲み過ぎ。朝、集合場所まで差し入れ要請のあったお酒を2本(鹿児島産の芋焼酎、泡盛)をリュックに詰めて運んだ。途中のコンビニで海苔の佃煮のおにぎりひとつ、紙パック入りの野菜ジュースを歩きながら食べたら、どうも胃の上部が痛くなってきた。
 買い出しやら受付やらをしている間に治るかと思ったが、治らない。常時持参している胃腸薬を服用したがやはり治らない。バスが出発してからだんだんひどくなり、海ほたるで休憩中に排便を済ませたが改善しない。
 海ほたる出発後開き直って、持参の泡盛30度をストレートでお猪口半分ほどを口にしたら、途端に痛みが消えた。その後はそのまま隣りの席の人とこの泡盛を1本開けてしまった。もう1本は車内でまわしたら9割かたなくなって戻ってきた。これも飲み干して横浜に帰着。

「ひげのガイド」さんには大変お世話になりました。


                        
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明日は房総半島へ日帰りバス旅行

2015年02月24日 21時55分05秒 | 読書
 明日は退職者会のイベントで日帰りバス旅行。横浜駅に7時集合で社内での飲み物の買い出しを行う。出発は横浜駅前を7時30分。
 「早春の房総半島散策」と銘打って行先は勝浦・鴨川等々。退職者で鴨川市の公認観光ガイドの資格を取得された方がいる。その方が現地で案内をしてくれるという。
 44名の申し込みがあり、バス1台を仕立てることが出来た。私の仕事は買い出しとカメラマン。

 年に2回の旅行の企画で、1回は宿泊を伴い「世界遺産を巡る旅」で今年度は平泉と東北の被災地を訪問した。1回は日帰り旅行で今年はこの房総半島になった。

 個人的にはバスに乗りずくめの旅行というのは性分ではないが、大勢でワイワイガヤガヤと行く分には便利ではある。
 さいわい天気は悪くはなさそうである。
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神奈川県立歴史博物館「陸にあがった海軍」

2015年02月24日 20時48分45秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
   

 本日は関内の馬車道にある神奈川県立歴史博物館で開催されている「陸に上がった海軍」展を見てきた。終戦間際に横浜の日吉の現在もある慶応大学の敷地内を中心に作られた旧日本海軍の大規模な地下司令部等の跡が現存している。神風特攻隊の出撃命令や、片道切符で沖縄戦に赴こうとした戦艦大和の出撃命令がここの地下壕から発せられたいたという。
 存在そのものは昔から知られたいたものの、具体的な展示などの公開は今回か初めてだと思う。3月2日には現地で見学会が開催され、私も参加を申し込んでいる。その前段の予習を兼ねて訪れたみた。
 展示では、この地下壕のコンクリートが現在の基準をはるかに超えて極めて頑丈にできていることなどもコンクリートコアの採取などにより証明されている。無償の勤労奉仕などによりつくられたこれらの地下壕は、都市への無差別爆撃で当時の国民を救うことなどまったくなかった。しかも地下壕の中へは、無線の傍受により特攻隊の無惨な「戦果」や「大和」の撃沈による大量の犠牲、都市への無差別爆撃・大量破壊の模様が伝えられていたのである。
 外交交渉という手段を一切放棄したかのような当時の政治指導部のために、戦争をやめる機会を逸したまま、大量の兵士の生命を失ったばかりか、住民を巻き込んだ悲惨な沖縄戦ややはり非戦闘員の大量死へ至った都市への無差別爆撃を招き、広島・長崎の原爆という犠牲をもたらした当時の政府・軍部の責任を、70年経った現在、免罪しようとすらしている風潮がある。
 このような戦跡をどのように保存し、伝えていくか、大きな課題として浮上している。

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大倉山の梅園

2015年02月23日 21時10分34秒 | 山行・旅行・散策
                                 

 横浜では13時過ぎに20.7℃を記録したとのこと。ポロシャツとごく薄いブレザーで出かけたが、暑いくらい。大倉山の梅園で今年初めての梅見。梅園は平日とはいえだいぶ人出があった。屋台などは出ておらずゆっくりと梅を楽しむことが出来た。梅各種のほかミツマタがほんの少し咲きかけていた。ユキヤナギも一輪だけごくごく小さい花を咲かせていた。梅はまだまだこれからが見ごろ。花の匂いをはじめほのかないい香りが感じない私の鼻は、残念ながら梅林に来ても梅の香を感じてくれない。しかしここの梅林は顔の位置に花が咲いており、梅の花をとおして身近に春を感ずる。
 メジロが梅の花をさかんにつついていた。谷底の池ではカエルが元気に動き回っていた。動物も春を感じているのであろう。

 17時からはウォーキングに出かけ約1万歩ほど歩いたら、汗の量がものすごかった。家にあと10分というところで突然雨が降り始めてかなり濡れてしまった。
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とても気温が高い

2015年02月23日 11時41分58秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 風は朝の内はおさまり、強風注意報も解除された。セキセイインコの籠の掃除でベランダに出たら異常に暑いと感じた。暖かいという感覚をとおり越している。 11時ころから風が少し吹いてきた。
 私も妻も特に本日は予定が無いので、梅を見に大倉山の梅園に出かけることにした。着ていくものに悩んでしまいそうな陽気である。

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雨と風が強まってきた

2015年02月22日 23時41分52秒 | 天気と自然災害
 現在はベランダから風の音が聞こえている。干してある雑巾が大きく揺れている。ベランダの植木鉢を倒れないように隅っこに移してきた。
 排水溝からはこの時期には珍しく団地の建物の屋根に降った雨が音をたてて流れてきている。気温は生暖かいというほどではないが、冷たくはない南風のようだ。
 この風雨は明日の午前中は続くとの予想。気温も13℃が続き、明日の昼過ぎには17℃にも上昇するらしい。
 この風雨が始まる前に帰宅して助かった。当初の予報では夕方からは雨は降らないということであったが外れた。私は20時過ぎに雨が小降りになった時に駅から団地まで歩いた。その後雨が強くなってきた。
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雨と風が強まってきた

2015年02月22日 23時41分52秒 | 天気と自然災害
 現在はベランダから風の音が聞こえている。干してある雑巾が大きく揺れている。ベランダの植木鉢を倒れないように隅っこに移してきた。
 排水溝からはこの時期には珍しく団地の建物の屋根に降った雨が音をたてて流れてきている。気温は生暖かいというほどではないが、冷たくはない南風のようだ。
 この風雨は明日の午前中は続くとの予想。気温も13℃が続き、明日の昼過ぎには17℃にも上昇するらしい。
 この風雨が始まる前に帰宅して助かった。当初の予報では夕方からは雨は降らないということであったが外れた。私は20時過ぎに雨が小降りになった時に駅から団地まで歩いた。その後雨が強くなってきた。
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そごう美術館「円空・木喰」展(補足)

2015年02月22日 22時43分08秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 昨日アップした記事で書き漏らしたことがあった。図録を購入していないので作品名は忘れてしまって思い出さないが、円空の作品で衝撃的なものがあった。
 円空の作品でそれほど大きいものではなかったが、仏像の顔半分か鮮やかな切り口で切り落とされているものがあった。初めは風化によって剥離してしまったのかと想像したが、貼り出してあって解説には「明治時代の廃仏毀釈で削り取られた」旨のことが記されてあった。
 このような小さな仏像にまであの廃仏毀釈の蛮行が及んでいたということに私なりにあらためて驚いた。初期明治政府の暗黙の了解があったとも言われているが、150年前の日本の近代化の出だしで、このようなことが行われたことはもっと具体的に明らかにすべきなのかもしれない。
 高校の日本史の教科書でもほんのひとこと触れられているだけだが、それこそ触れては無いない事として見過ごされた来たように思う。この歳になって私がこれから研究することも適わないが、このような負の歴史はキチンと具体的に明らかにされ、再びこのような蛮行が行われないようにすることが必要であろう。
 円空仏という、ある意味では大きな寺社による権威としての宗教とは違うところで、もっとも民衆に近いところに位置する信仰を担ってきたものに対する蛮行。おそらく明治維新ということを支えた人びとの心の奥底に存在した「力」に対する過信をキチンと捉え返さないといけないのではないか。
 このことを踏まえないと明治という時代の評価も定まらないと私には思える。

 今の日本に住む人々は、イスラムの世界に蔓延する原理主義の運動体が他の宗教に対する寛容を失っていることに対して批判的である。しかし、私たち自身が近代国家の出発点として評価している明治維新という事態の裏に、同じような蛮行があったということを踏まえないで他人を批判することは、自らの負の歴史を隠ぺいしてしまうのではないか。そうして今度は再び自らの異質なものに対してとんでもない抑圧を再び繰り返してしまうのではないか。
 現に現在、人質事件を契機に日本にいるイスラム教の人々への誹謗中傷、攻撃が繰り返されていると盛んに報道され、指摘されている。
 戦争の影か大きく圧し掛かって来ていると思うのは、このような蛮行が繰り返されることからも感じ取ってしまうのだ。
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