Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。体力作り、俳句、山行、美術館・博物館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。

滝の音

2011年10月31日 21時40分42秒 | 俳句関連
本日の俳句

 奥入瀬渓谷
★湧いてなお紅葉を返す滝の音
 八甲田山
★山の秋田一枚ほどの池塘にも

 どうも私には俳句の吟行というのは性に合わないようで、奥入瀬渓谷と八甲田山では俳句はひとつもできなかった。帰宅してからいろいろと思いめぐらして俳句を作るのが(出来の良し悪しは問わないで欲しい)いつものパターンだ。机に向かって、パソコンに向かって俳句を作るのが何がいけないか、と開き直ることにした。
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本日の俳句

2011年10月30日 17時19分48秒 | 俳句関連
本日の俳句
★眩暈してすすきの原の羅漢かな
★珈琲の苦味は孤独冬来たる
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奥入瀬渓谷

2011年10月29日 19時43分28秒 | 山行・旅行・散策
 一ヶ月前に「紅葉でも見に行こう」ということになり、仕事が立て込みそうなのを無視して、土・日・月と月曜の休暇取得を前提に、奥入瀬渓谷を見学する夫婦二泊旅行を計画した。
 案の定、直前の金曜日になって月曜日に仕事の予定が入ってしまったのだが、上司にこの仕事を押し付けてしまった。定年前の、歳の功ならぬ年寄りのわがままを通してしまった。
 さて、雨男といわれる私の不徳にここでもたたられ、八戸に着いたときは小降りの雨。10分そこそこで出発のため、八戸駅の周辺を見渡す余裕もなく出発。新幹線で便利になったとはいえ、単なる通過駅に等しいのは少々さびしいものがある。本当はせめて地元の食堂で地のものを
食したかったのだが…。
 途中バス道路と並行して走る川から霧が立ち上っているのが見え、両岸の紅葉と合わせてなかなかの景色であった。何川であったのだろうか。

 奥入瀬渓谷の入口、紅葉の見ごろであったが自家用車と観光バスで大賑わい。車道を歩けば多い通行車両に跳ねを上げられ、遊歩道は濡れて歩きづらく、時間も15時を過ぎたので、4キロほど歩いた石ヶ戸(いしげど)というところから路線バスに乗った。十和田湖の湖畔の子ノ口(ねのくち)というところまで紅葉のと渓谷美をバスから見学と相成った。

 全体の3分の1しか歩いていないが、渓流の水の豊富さと、水面とほぼ同じ高さの道が魅力であることがすぐにわかった。岩山が迫る渓谷美と合流する沢の滝の景観は十和田湖に近い方が勝るのだが、それでも紅葉は十分楽しめた。ふしぎなのは木賊(とくさ)の群生だ。ブナの木々の根元に木賊が群生し特異な景色を紡いでいると感じた。

 バスで奥入瀬渓谷最上流部の子ノ口を経由して十和田湖温泉まで、十和田湖の周辺の紅葉を満喫させてもらった。
 翌日は強風と小雨の中を高村光太郎の乙女の像を見学。バスで青森方面に向かい昼前に酸ヶ湯温泉まで。バス酔いした妻は早速部屋で睡眠。私は酸ヶ湯の千人風呂に2時間半浸かってのんびりさせてもらった。

 さらに翌日月曜日は八甲田ロープーウェイに乗り、田茂萢(たもやち)山周辺の約1時間の散策路をたどった。天気は回復し晴天の陸奥湾、津軽半島・下北半島も遠望できた。  

 ロープーウェイからはすっかり葉を落としたブナの原生林の間のダケカンバの紅葉が美しかった。 
 帰路は旅館の送迎バスで青森駅まで。人口30万人の青森市街の意外な広さを実感した。青森駅前の新町で昼食後新青森から4時間近くをかけて東京まで、東北新幹線を全線を走った。東北新幹線ができるまでは、特急ひばりで4時間かけて上野から仙台までを往復したが、隔世の感があった。
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何ととなく、取り留めなく言い訳

2011年10月25日 22時19分13秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 今月はブログの更新がすっかり間遠になってしまった。確かに業務に追われてあわただしい毎日を送っている。しかしそうかといって時間的にまったくゆとりがないのかというと、決してそういうことでもない。
 いわば気持ちにゆとりがないのである。気持ちが何かに追われて落ち着かない。実は22日(土)から24日(月)と旅行してきた。人に仕事を押し付けて。だからブログを更新する時間は物理的にはあったことになる。まして30分位の時間的余裕がないわけがないのである。書きたいことも、備忘録風のメモも、取りとめもない所感もある。

 と、ここまで記して、単にブログを更新していない言い訳を、対象のはっきりしない誰かにしているだけではないか、と自己嫌悪にもなってきた。
 とりあえずはこんな言い訳でも書いておこう。こんなつまらないことでは読者が怒ってしまうかもしれないがお許しを乞いたい。何かから後ろを押されるように気持ちにゆとりがもてないときの私の症状だ。

 次回は、仕事を人に押し付けて出かけた旅行の記録を書こうと思う。
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俳句誌投句

2011年10月21日 22時41分04秒 | 俳句関連
 俳句誌1月号投句
★神や在る風船葛を透かし見る
★甍へも陽のてらてらと秋の蝶
★黄落や夢若き日も風吹いて
★木犀の香りのゆくえ父の墓
★父の顔いでよとたどる彼岸花
★青空の無傷のふしぎ曼珠沙華
★抜きん出て雨ふる里の櫨紅葉
★この空の群青どこまで曼珠沙華
★秋雨や葉を打つ音の定まりぬ
★一葉落つ夢より覚めて入り日かな
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入江川遡行

2011年10月16日 19時31分03秒 | 山行・旅行・散策
 「如月から」の大納言様のブログに触発されて、横浜市の入江川を遡行してみた。
 わが家を出て国道15号線(旧東海道)を横浜駅から新子安駅を越えてさらにしばらく行くと京急子安駅、そのちょっと先に入江橋がある。ここから遡行の開始。旧東海道沿いだから人の行き来で賑わっていた橋がこの入江橋と思われる。

 この橋のたもとの川沿いに早速、入江川の看板。準用河川で横浜市の管理となっている。写真左上が入江橋で河口の方向。
 水は運河の水が入り込んで残念ながらお世辞にもきれいとはいえない。木屑や発泡スチロールの切れ端が芥とともに浮かんでいる。

 すぐに一之宮神社が右手に見えてきた。訪れるのは2度目。かつての子安村と西寺尾の鎮守とのこと。以前旧東海道を歩いたときに境内まで足を伸ばした。今回は鳥居を写したのみで失敬。
 またすぐ左に明治乳業の工場があり、「ブルガリア名誉領事館」というのはご愛嬌、笑ってしまった。
 大口通商店街の1本裏の川沿いの道を行くが両岸コンクリートの護岸で残念ながら川の風情とは云い難い。川の水は大口駅を超えた入江川公園までは塵・芥が浮かぶ状態。しかし入江側公園の桜が川面に垂れ下がる頃にはそれもなくなり、鴨がひとつがい浮かんでいた。
 神尾橋から川を少し外れた道を遡行。程なく川沿いをまた遡行すると川底が道路よりかなり低くなり、西園端を越えるといつの間にかせせらぎ緑道の入口に立ってしまった。この入口は農園橋というらしい。

 下水処理場の処理水を流してせせらぎを復活したとのこと。
 途中からはザリガニ釣りの子供や大人がたむろする中をひたすら上流に歩いて、処理水が湧き出る最上流部へたどり着いた。

 もどって右派川にはいってここもせせらぎ緑道。最上流部の入江川遊水地・馬場七丁目バス停にたどり着いて川の遡行としては終了。
 その後は水路の跡地を探ってアスファルト舗装となってしまった水路敷地をたどり入江川の源流と思われる北寺尾七丁目・獅子ヶ谷まで歩き、帰りは妙蓮寺まで尾根超えをひたすら歩き続けた。
 本日の歩数は2万5千歩、山歩きでもしたような心地よい疲労感が残った。
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秋の入り日

2011年10月12日 20時31分45秒 | 俳句関連
本日の俳句
★秋雨や葉を打つ音の定まりぬ
★一葉落つ夢より覚めて入り日かな
★団栗のひとつ光ればみな光る
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俳句の講演会

2011年10月10日 17時33分11秒 | 俳句関連
 本日は俳句仲間に誘われて、横浜俳話会主催の第56回横浜俳句大会の記念講演を聴いてきた。講演は現代俳句協会副会長て「響焔」主宰の山崎聰氏
 「俳句は切れが大切。俳句は象徴詩」との指摘。肝に銘じておこう。
 私は、事前の応募作品も投句しておらず、当日の「席題」(今回は「照紅葉」だった)での投句もしないで、「講演だけ聞きに来た」と受付で言ったらそのまま会費も取られずに会場に入れてもらえた。
 講演を聴き、当日の投句の選を聞き終わったところで退席。俳句仲間の先輩諸氏はそのまま残っていたが、私だけ失礼した。せめて当日の投句ぐらいしないと聞いていてもさびしいものであった。
 当日の投句一覧を見ながら「自分ならばどの句を選ぶか」と興味深く各選者の選句を聞いていたが、私の好きな句は、残念ながらそれほどの点は入らなかった。
 合計151もの句に目を通したが、10分くらいで全部の句を鑑賞するのは無理というもの。他の選者の点が入って初めて、「なるほど」と
思った句のほうが多かった。しかしこんな句にどうして点が入るのか、と思った句も多かった。それもプロの句であったのものがあり、その人の結社に入らなくて良かったと感じた。   
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シベリウスについてⅤ

2011年10月07日 21時47分41秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 渡邉規久雄のシベリウスのピアノ曲集の1、2、3を手に入れたが、まだ収録されていないピアノ曲があり、曲集の4以降も想定される。2003年、2007年、2010年という息の長い間隔の発売だから少なくとも3年後まで待たなくてはいけないようだ。
 多少の不満を述べるならば作品24「10の小品」が5曲ずつ第1巻と第2巻に別れていることか。シベリウスのピアノ作品はいずれも小品集の形をとっているので、作品集ごとひとつの作品としてまとまって鑑賞したいと思っている。ただこの10曲がそれぞれ独立した曲で曲の長さもいろいろある上、後にまとめて出版したいきさつもあり、さらにリサイタルの構成やCDの録音時間の関係でやむをえないのだろうが‥。
 シベリウスはなかなかまめで凝ったところがあるようで、ほとんどの小品集の小品1曲ごとに曲名がついている。そして小品集の小品はいづれも曲想が変化に富んだ配列となっている。作曲家シベリウスの人柄とこだわりを感じた次第だ。
 さてこの3枚のCDではやはり後期の作品58、76、101をおさめた第3巻が私には1番聞き応えがあった。それぞれ作品のまとまりを感じた。
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群青の空

2011年10月06日 22時25分44秒 | 俳句関連
本日の俳句
★抜きん出て雨降る土手の曼珠沙華
★この空の群青どこまで曼珠沙華
★過去癒す夢に叶いぬ曼珠沙華

 昨日のうすら寒い雨模様、本日の晴間と気温、秋らしい日々が続く。明日からは好天気との予想。3連休をどのように過ごすか、まだ何も考えていない。ウォーキングに時間を割き、どこか美術展にでもでかけ、俳句のいくつかができれば、それで満足なのかもしれない。それでよしとしよう。
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手向け花

2011年10月03日 21時03分59秒 | 俳句関連
本日の俳句

★木犀の香りのゆくえ父の墓
★木犀の匂い寂しく手向け花
★彼岸花たどれば出でよ父の顔
★青空に傷無き不思議曼珠沙華
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昨日は墓参り

2011年10月02日 19時58分40秒 | 読書
 トータル訪問者数が7万を超え、同時にトータル閲覧数も16万を超えた。まず訪問者、閲覧者に感謝いたします。

 昨日は多磨霊園まで墓参り。彼岸花が咲き、金木犀が咲きにおう霊園の中をのんびり歩いてきた。私は霊園、お墓をながめながら歩くのが好きだ。似たような墓石が並ぶ中、個性さまざまな墓も数多く点在する。眠る人、祀る人のそれぞれの個性が出ていて、見飽きることがない。
 多磨霊園は広大である。いつ行っても四季折々の風情があり、新しい発見がある。

昨日の読了
「俳句の世界-発生から現代まで-」(小西甚一、講談社学術文庫)
「「かるみ」とは、真の意味での「流行」に根ざすものであり、従来の在りかたに安住しきれず、いつも前にひとあし踏み出してゆくことであった。それは、作者としての「態度」であり、その態度から生まれる表現のありさまが「作調」となる。態度と作調(トーン)とは、原因と結果との関係に当たる。閑寂に深まってゆく態度から生まれる作調が「さび」であり、繊細な感覚で鋭く穿ち入る態度から生まれる作調が「ほそみ」であり、情感と従順に融けあってゆく態度から生まれる作調が「しほり」であった。しかし、態度としての「かるみ」は、ひとつの境地に足を留めないことだから、特定の作調になることはない。‥態度「かるみ」に対応する作調は、けっして特定のものではない。」
「子規は、小主観のなかにあそぶ月並的表現を破るため、客観的な写実精神を強調し、その写実精神を作品化したものとして画人蕪村の俳諧を発見したのである。しかし、この点には指揮の誤解があった。蕪村の俳諧は、決して写実精神から生まれたものではない。写実精神は、明治初期におけるひとつの共通的傾向であった。日本の近代化における根本的な態度から来たものである。文芸においては、19世紀後半がリアリズムの興隆期だったので、何はさておき、それにとびついた。‥この俳句革新が、明治的な写実精神を示すひとつの指標であることは確かだが、その実践むけ手本を蕪村に求めたのは、当時として止むをえぬことながら、残念な誤解であった。‥子規の革新運動を写実精神の新興からのみ論じたがる。私は、それよりも、かれが「俳句は文芸なり」と提唱したことをずっと重視したい。‥子規による俳句革新の中心点は、まったく文芸への質的転換に存するといってよろしい。」
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