Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。体力作り、俳句、山行、美術館・博物館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。

無題

2009年08月30日 22時01分35秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
防災訓練、総選挙、台風の前駆の雨、あわただしい一日。
しかし開票が始まると同時に出口調査だけで、「民主党300超え、自民100前後」、「当確」とはひどいもので、開票作業に携わるもの・開票作業そのものに対して失礼千万という気もする。
小沢一郎が「票も空いていないのに、先走って話すことはできない」「マスコミの良くない動向」といったのは的を得ているとも思われる。先走りがひどいとも思う。政治が芸能化している、一発芸のように軽いということか。
密室政治、もったいぶった決定よりは開かれた政治となったことは確かだが、正直なところどうもぴんと来ない気分もある。
これから、民主党は素人議員、トンデモ議員もいるだろうし、一皮だけでなくもっともっと鍛えられなくてはならないだろう。社民党・国民新党とのズレも拡大しそう。これに耐えなければ再び自民党に政権を戻すだけ。

自民党は内紛・内ゲバへの道。

そんな政治の世界とは一切関係なく、本日の購入本は
「周縁から見た中世日本」(講談社学術文庫 日本の歴史14)
「大伴家持」(平凡社 北山茂夫)
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選挙雑感(2) 

2009年08月27日 22時18分47秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 幸福実現党のごたごたについてもう一度、私なりの判断を書いてみる。
 途中まで全国で立候補をすると決めておいて、突如すべてから撤退すると指令し、下部の反対を受けて今度は立候補を絞って継続するとのことが、報道された。
 確かに膨大な資金を投入してきたと思われる。選挙事務所・仕立てた選挙カーも膨大。一人の立候補者に運動員6名くらいが着いている。供託金も膨大であろう。数十億の金がすでに拠出されていることは想像できる。それでも十分宗教団体としての宣伝はできたと思われる。
 しかしその割りに情けないドタバタ、素人集団の右往左往である。
 このドタバタ、右往左往としか見えないが、頂点の指導層の政治に対する考えがいい加減、無責任であることの証左である。こんな政治思想の政党に議席の一端すら与えることは到底まずい。
 私のつたない20歳の頃の経験から、選挙という仕組みには魔物がいる、というのが社会党時代からよく言われていた。
 そして20年ほど前からいろいろな人間の選挙にかかわっているが、そのとおりだとあらためて思っている。
 地域の方というのは優しいし、面と向かっては党や政策の批判は避けている。だから、候補者や運動員が声をかけたり、手を振れば手を振ってこたえてくれたりするし、握手を求めると「がんばってね」という挨拶が返ってくる。ビラも笑顔で受け取る。特にその地域に選挙事務所などを構えたら、地域の方は寄ってくる。差し入れもしてくれる。それを「支持してくれている」と誤解をしてしまう。
 地域の方は「立候補するなんて大したもの」という敬意をまず表してくれるし、もしも当選したら「前から支持者でしたよ」との大きな顔ができるというしたたかさもある。
 そして膨大な事務作業(選挙事務所の確保、運動員のローテーション、選挙カーの造作、うぐいす嬢手配、ポスター貼り、公選はがきの宛名書き、支持者名簿の地図落し、選挙カーの巡回コース作成、個人演説会会場手配・動員、ビラ作成、ビラ配布者手配、他候補陣営との駅前確保の折衝、駅立ちの動員・応援演説者との日程調整、捨て看設置、推薦団体へのお礼周り‥‥ウンザリするほど)をこなしているうちに、「これだけこなしたんだから○千、いや△万票は確保できたかな」と妄想がどんどん膨らんでいく。日常生活では味わえない開放感や幻想がどんどん広がっていく。
 選対の三役(特に事務局長・同次長)や後援会長には、常に客観的に政治状況を把握した上で、ここの手綱捌きが求められる。候補者と、若く経験の浅い運動員には、毎日「舞い上がるな」「厳しい」と押さえ、自分の見込みの1/3、1/4の票を耳打ちしながら、それでも落ち込ませずに投票日まで待ちこたえさせることが求められる。
 40年前の新左翼の行動隊や突撃隊、学生部隊に対する党派指導者の力量が問われたのと同じような事態でもある。当時はその手綱捌きとは無縁の「指導者」ばかりであったし、同時に直接行動の時代だったから余計、そのような規制は困難でもあった。現場主義とでもいうのでろうか。
 私が学んだこととして、「「政治指導者」とは現場や最先頭で苦闘する仲間との信頼がなければ成り立たないこのような手綱捌きができる指導者(独裁者やカリスマとはまったく違うタイプ)が必要であることと、現場では現場の判断で突出することも指導層の思惑も超えた行動や行動原理が働くのであるから、このことの結果責任も引き受ける度量が求められる」というこの二点がある。
 現場でともに行動する仲間や支持者からの期待されればされるほど、開放感がたかまり、日常性からの離脱(非日常性の日常化)、生活をめぐるさまざまな課題・困難からの遊離感が麻酔のように効いてくるものだ。
 このとき、
① もっとも良くこの行動に殉じてそして日常生活に着地する回路を自らのものにできるか、
② 徹底した討論と納得のもと行動の規制を内外にキチンと説明しおさめるのか、
③ このような舞い上がりを放置した挙句、あらかじめ既知のこととしてこの行動そのものを否定的に収斂するか、
④ 闇雲にすべてに頬被りをして現場の思いを切り捨てて、指導者の延命・組織の温存に腐心するか、
政治思想、集団に対する指導が鋭く問われると思う。
 もっともダメなのは④であるし、③も④に通じる。よく「清濁併せ呑む度量」といわれ、いまではやくざの親分に求められるといわれる。しかし政治だけに限らず、あらゆる組織に当てはまる言葉だと思う。
 幸福実現党、選挙にかかわると決めたときから、撤退も含めて想定をしていないと、立候補し、具体的に選挙の先端にいる人間にはどんな「客観的な情勢」と、金と人とエネルギーの無駄を説いてもそれは無理というもの。
 おそらくとてつもない惨敗の末、内部抗争、上層部への不信が一挙に噴出し組織が解体していくと思われる。これを避ける方法として、
・オウム真理教のようにカリスマ性の強化と、批判勢力への攻撃を強め敵をどんどん作り出しながらいわれのない攻撃をする方法か、
・わずかな内部での軋みを極限までに拡大し内部抗争を強め、求心力を維持するか。
のいづれかしかないと思う。
 いづれも部外者の私どもには迷惑なはなし。内部抗争の果てに自滅してほしいものである。
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期日前投票、選挙雑感(1)

2009年08月24日 03時48分16秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 期日前投票を日曜日に済ませた。市長選・衆議院選挙小選挙区・比例区・国民審査と流れに沿った投票を強いられる。4つの選挙・審査をこなすほどには誰も記憶力はない。
 私ですら、市長選立候補者・小選挙区立候補者の名前など全部は覚えていない。当然投票する人間各1名を覚えていくが、投票箱の前に行くとちょっくら正しく記載したか自信はなくなる。
 まして比例区と国民審査になるとおたおたがひどくなる。自由民主党と自民党、かたや民主党と民主、民主という共通の漢字二文字があるともはや頭は誰しもがパニックになろうというもの。その上、国民審査の9名もの名前の羅列を見せられたら、どうしようもなくなろう。事前に公報を見ても、それだけで判断し、×つける複数を覚えるなんてできない。辞退・棄権もできるがそんなことを言っていては流れの中で、皆に白い目で睨まれること、確実である。
 多くの人が国民審査の投票用紙を渡されるにいたって、あわてて記載振りするふりをして白票とするか、適当にいい加減に○をつけて投票することは目に見えている。
 多くの最高裁判事が自民党の内閣によって選ばれたのなら、今回政権選択ということで自民党以外に投票した人は基本的には全員×にしなければおかしいことになる。国民審査のあり方は再検討の余地十分ありと思う。

今回の選挙、自民党候補者はもはやなりふりかまわず、民主党批判の絶叫に陥った。謀略的で非理性的・非論理的な他党派批判は、その党派・政治集団にとっては自殺行為であり、大衆性の放棄である。
 これは70年代新左翼の内ゲバと同じである。自民党は「大組織である労働組合、特に公務員労働組合におんぶに抱っこの民主党」「大量の開発途上国からの移民を受け入れ、日本を危うくする民主党」との主張が前面に出てきた。
 自民党の政治主張・政治経歴を訴えるのではないネガティブキャンペーン、誰もが眉をひそめる。日本共産党が散々実践し、敗北してきた経験を踏襲している。
 はっきり言ってこれで今回の自民党のなだれをうった敗北は自明となった。後は敗北の責任のなすりあいがはじまり、内ゲバ、内部抗争が始まろう。
 溺れた犬はさらにたたいて水に沈めるのが政治闘争の原則、というならば自民党に情けをかけてはいけないことになる。
 同時に民主党も政権を取るとともに、大量当選者同士での主導権争いが勃発する。省庁の組織を動かす力量のある議員がどれだけいるか、はっきりいって心もとない。「官僚」といって切り捨てるだけの政策立案・遂行能力が備わっていないことに自覚的に、自らの能力を高めていく議員がどれだけ生まれるか、本当の意味での政権交代はこれからである。「官僚はだめ」といっているうちは楽であり、無責任である。「自分ならこうする」「自分の思う方向に仕向ける」ことの能力が問われるはずだ。

 もうひとつ、幸福実現党なるトンデモ党派が立ち上がった。大量の立候補者と大量の車・宣伝・動員をこなしつつ、選挙の継続で内紛が出た。
 政治集団、現場での行動隊というのは、特に選挙の実戦部隊は反応の大きさや愛想笑いを真実のものと思い込みやすい。選挙というものはこの幻想・思い込みとの葛藤を経ない限りうそっぼい。また情勢を客観的に分析できる中央段階の幹部と末端との意識の乖離もおきやすい。手綱捌ききの見せ所であるはず。こんな右往左往をしていたら、足元を見透かされる。戦わずして敗北が明確となった「幸福」に心より送別・お悔やみを!

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至福のとき

2009年08月23日 21時07分42秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 本日の武尊山付近の天候は最高だったようで(ーー;)。
 私は決断力がないのか、優柔不断なのか、晴れに見放された山人間なのか、悲しい限り。
 後悔先に立たず、うーん((+_+))悲しい。

 さて本日も「臨床瑣談 続」をベッドに持ち込むことに‥。久しぶりにベッドルームでCDを聞こうと思い、選曲に悩み、結局ベートーベンのバイオリン協奏曲、それもスーク・コンヴィチュニー・チェコフィルの1963年版とした。
 私の宝物である。レコードの時はチェコらしい麦畑の田園風景であった。いかにも東欧という風景で、この写真を見ながらのベートーベンのバイオリン協奏曲は気持ちがおおらかに豊かにほぐれてくるようだった。
 CDになってコンヴィチュニ-の写真になってしまったのが悲しい。でもあの写真を思い出しながら聞くのは至福のときであることに変わりはない。
 ゆったりとしたテンポ、テクニックを誇るのではなく、じっくりと音の流れ、細やかな表現をたっぷりと聞かせてくれる。


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武尊山

2009年08月22日 21時58分42秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 昨日は「明日武尊山に行こうか」と思いつつも、パソコンの前で転寝。リュックの用意ができないまま、あまりの眠さにそのままベッドへ直行。
 朝9時からリュックの用意をしたが、お昼前にこちらをたって15時過ぎに沼田ないし水上着ではタクシーを使っても最初の非難小屋には18時頃を想定。
 さらに日曜の夜遅く帰るのでは、月曜出勤する気力が湧かないのではないか、と逡巡。迷う時は断念したほうが良いと、軟弱な結論。
 夜、栃木南部に大雨洪水警報。夕方から群馬北部から東に向かって雷雲が発生した模様。ひょっとしたら行かなくて良かったかもしれない(と勝手に納得)
 武尊山は再来週に持ち越し予定。
 お昼過ぎから、16.5キロのウォーキング。かなりの強い日差しの中、4時間近く。日に焼けた。袖無しではなかったので多分大丈夫とは思うが、いつもの蕁麻疹様の発疹が心配。
 近くの銭湯(といってもミニスパのように広く浴槽もバラエティー)で二時間、サウナを出たり入ったり。

 「臨床瑣談 続」を手にベッドへ。多分すぐ寝てしまいそう。

 
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縄文

2009年08月21日 23時55分46秒 | 読書
本日の読了
1.「縄文の生活誌 旧石器時代~縄文時代」(講談社学術文庫・日本の歴史01、岡村道雄)
2.「臨床瑣談」(中井久夫、みすず書房)

1.2000年当時、縄文時代のイメージが変わりその集大成的な入門書のはじめ。当時は日本史像全体が大きく変わってきていた時に評判になったシリーズだったと思う。縄文が定住・栽培社会であったこと、一般にようやく定着したイメージになった。三内丸山遺跡を始めて目にしたときの驚きを思い出した。縄文が当時の東北の気候に支えられた、豊かな社会であったこと、あらためて認識できた。
2.は前回書いたので省略。
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中井久夫の二冊

2009年08月19日 15時44分46秒 | 読書
本日の購入
 「臨床瑣談 続」(中井久夫、みすず書房)
 「日時計の影」(中井久夫、みすず書房)

 中井久夫は群馬県内の友人に紹介されて「兆候・記憶・外傷」「家族の深遠」「記憶の肖像」「治療文化論」「時のしずく」と読み進めてきた。紹介してくれた友人には心から感謝の気持ち。
 これまで私の思考に大きな影響を与えてくれたくれた著作者は、吉本隆明・マルクス・埴谷雄高・ドストエフスキー・魯迅・竹内好・網野善彦・白川静とつながってくる。私の中ではそれなりにずっとつながっている。
 吉本隆明の著作には強さと新鮮さ、埴谷雄高の文章には自分と似た思考回路、ドストエフスキーにも発想の近さ、魯迅にはしたたかさへの憧憬を感じてきた。
 白川静には限られた資料にもかかわらず、ながい時間をかけてかもし出された思考による資料解釈の自由さと体系化への強い意志を感じ、心地よい思考の飛躍を味わった。惜しむらくは考古学資料による裏打ちがなされなかったこと。これは本人の責ではなく、時代の制約によるもの。今後の中国の考古学の発展を願うばかりだ。
 網野善彦にも地道な資料探査と大胆な仮説を心地よく読ませてもらった。これは自然科学の、特にプレートテクトニクスの発展の経過を見てきた私にはとても興味深く読んできた。
 そして中井久夫の文章には、大言壮語も大胆な仮説もないが、ひたすら臨床に裏打ちされた思考の応用力が垣間見える。
 応用力という点から見てこの「臨床瑣談」の中の「院内感染」をめぐる文章は優れている。「臨床瑣談」の正続、ある意味では専門の精神科ではない内科の医師の判断にかかわる課題を、経験に基づく思考によって丁寧にといていこうとする姿勢、これには学ぶべきものが多い。
 私もこのような歳のとり方、歳相応の応用力を身につけたいものだ。
 ともに早く読了したい二冊。「臨床瑣談」はまもなく読了予定。
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金大中氏死去

2009年08月18日 22時13分39秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 金大中元韓国大統領の死が報じられた。
 朴正煕・全斗煥の軍事政権との対決、73年の東京からの拉致、光州事件での死刑判決・亡命などなど、戦後の韓国の民主化の中で主導的な立場であった。
私が始めて名を知ったのは、拉致事件。
 当時金大中氏の救出運動を一生懸命やっていた仲間もいた。しかし救出運動を通して、日本での活動を通して、彼らはどのような政治家を日本に求めていたのだろうか、また自らなろうとしていたのだろうか?私にはよく伝わらなかった。当時の日本の閉塞感の中で、政治への苛立ち、そこで求められる政治家像、政治のあり方を私なりに想定したが、救出運動とは重なることはなかった。また韓国なりの政治家のあり方とは違うと感じた。
 朝鮮半島の分断という厳しい対決の構造の中で、現在の韓国は70年代には想像もできなかったとよく言われる。その中で金大中の果たした役割は大きいものであったと思われる。
 このようなタイプの日本の政治家はいないともいわれる。国家の悲劇が大きいほど大きな政治家が生まれるとすると、日本という国家に大きな役割を果たす政治家は、これから生まれなければいけないはずということなのか。
 仮定というのは歴史だけではなく現実の政治でも避けたほうが良い。だが戦後64年、このように存在感のあった日本の政治家はいただろうか、いるだろうか。このようなたくましい政治家がいただろうか、いるだろうか。あるいは必要がなかったのか、必要がないのがいいことなのか。そしていたとしたら日本の政治にとってプラスだったのかマイナスだったのか、比較してみたくなる。
 今、この歳になってみると、このようにしたたかに軍事政権と対決し、南北対話に踏み出した、という生き様に対し、素直に脱帽したい。
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音の暴力

2009年08月17日 19時15分03秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
本日の衝動買い
「「音漬け社会」と日本文化」(中島義道・加賀野井秀一、講談社学術文庫)

 ここ十年、街中の音に対して極めて不快の感情を持つようになった。特にいらだつのが電車の中のイヤホンの音洩れ。隣にイヤホンをした人間が座るだけで逃げ出したくなる。
 座れば自分の耳のすぐ横が隣にすわる人間の耳である。音が洩れ聞こえないわけがない。
 聴覚や視覚、味覚はどんどん刺激に対して麻痺してくる。塩辛い味、辛い味は慣れれば慣れるほどより刺激を求める。音もより強い音でなければ聞いた気にならなくなると思われる。あるいは聴覚が悪くなるのであろうか。とてつもない音で長いJRの車内の端から走行中にも聞こえるイヤホン、あれは暴力でなくてなんであろうか。
 ウォークマンなどを文化の所産という人は信用しないほうが良さそうだ。私も一時あのイヤホンで音楽を聴いたが、30分もすると耳への圧迫感ではずしてしまう繰り返しで、辞めた。昔のヘッドホンでも同じ経験をした。
 そしてパチンコ店の騒音は昔ながらだが、最近は飲食店でも店員がどなるように「いらっしゃませ、ご注文は、ありがとうございました、ご一緒に他のものは‥」と騒々しい上に、おせっかいそのものがサービスと勘違いの様相である。それも座って本を読んでいる客の私の耳元でも大声を出す。そのように教育されているのだろう。時々日本語としておかしな表現もマニュアルに記載されているらしい。
 そんな苛立ちが昂じているとき、たまたま書店標記の本を見かけ、即座に購入してしまった。
 喧しい喫茶店で短時間紐解いてみた。ここで槍玉に挙げているのは公共放送のうるささ、わずらわしさ。電車内の案内、人での多い街中での誘導案内等々のくどさ。そういわれれば、中田宏市長に名って始まった横浜市営地下鉄の「全席優先席」のしつこい車内案内というより強制。これははっきりいって中田氏個人の名はなくとも彼氏の政治宣伝の様相でもあった。
 こんな放送より、「イヤホン」禁止の方が余程私にはまともな公共マナーである。おそらく中田宏はイヤホン愛好者なのだろう。彼氏が市長を辞めた以上、このルールも早くやめてしまってほしい。

 
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道州制2

2009年08月16日 13時30分05秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 お盆になってようやく夏らしくなった今年の天候不順。選挙の夏、いらだつことばかりでせっかく始めたブログが、いらいらの悪口雑言の場となってしまった。
 反省。
 そう、道州制で悪口雑言を書いたが、果たしてタレント知事のパフォーマンスもマスコミからは隠れ始めた。
 そして全国町村会は道州制に反対の立場を明確にした。全国市長会は7割の市長が賛成のようだが、基礎自治体としての立場が確保ないし拡充されることを前提に道州制に対する見解を4年前に示している。
 道州制が自治体となることが前提だろうが、地方自治体、特に町村レベルでは死活問題であることは容易に想像できる。県との関係が州との関係となるならば、人や情報の流れの確保も含め、希薄となったり時間と金がかかるようになれば、それだけで市町村への圧迫となる。
 浮ついた、大都市圏だけの地方分権論議、マスコミ受けのする論議だけはやめてもらいたいものである。地方自治・分権に限らず、社会の制度設計は、中心・平均を見つめてつくるよりも、もっと下位の状況を分析しそれをすくい上げるものでなければ意味はない。この間の年金制度の将来性ももうだが、出生率も掛け金も下位の予想に基づかなければ今の時代に長期展望は見つけにくい。
 マスコミもタレント知事もそんな先のことを責任をもって考えてなんかいない。
 横浜市長を放り出した中田宏など、道州制と基礎自治体の間で、媒介的に提言しなくてはいけない立場にもかかわらず、道州制を声高に言い続けるなど、犯罪的であろう。本来なら都道府県の権限・財源を市町村におろすことを知事会とやりあわなくてはならない立場ではないのだろうか。この人は自治体の立場ではなく、国政への足がかりとしてしか市長の立場を捉えていないのだ。

本日の読書
「縄文の生活誌」(岡村道雄、講談社学術文庫版「日本の歴史01」)の5章から8章まで。

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お盆・道州制

2009年08月13日 22時09分35秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 お盆になって、水害・台風・地震と続いた災害もひと段落(となってほしい)。ようやく夏らしい陽気となったものの、突然の暑さには体がついていくのは大変。秋になればたまったストレスでガタが来ないか心配でもある。
 セミがようやくの暑さに、鳴き声を一段と高く強くした。
 しかし夏の暑さも冬の寒さも、割と好きな方である。カンカン照りの下で汗を流しながら散歩するのは気持ちがいい。
 この20年ほど、袖無しやランニングシャツで日に当たると蕁麻疹様の発疹がでる。Tシャツや半袖ならば薄手でない限り大丈夫なのに。20年ほど前に釣り船で背中を火傷するほど日焼けして三週間ほどうなったことがある。それ以来発疹が出る。
 さて世の中、総選挙で騒がしいがどうしても気になることがある。道州制、いつの間にか地方分権の切り札、あるいは全国知事会の方針のような形になっている。そして東国原も橋下も松沢も麻生も口をそろえて道州制・道州制と騒がしい。しかし道州制と何なのか?彼らから具体的な道州制のイメージは出ていない。しかも道州制ならば今の都道府県の権限は当然縮小されるのが前提であろう。
 知事連中が自己否定ともとれる道州制にこだわる理屈と道州制のイメージが、伝わってこない。類推するに、政令指定都市が一挙に増加(埼玉・新潟・静岡・浜松・堺、予定が相模原・岡山)し、それらの地域ではほとんどの都道府県の権限が政令市に下ろされて都道府県知事・議会の影響力が小さくなっていることが考えられる。
 中核市の誕生も同じ枠で考えられる。そうなると政令指定都市の権限と道州の権限との関係はどのように想定されるのだろうか。知事が芸能化されればされるほど、地方自治が開かれて行って良い方向になっているとは思えない。
 パフォーマンスでマスコミイメージが先行し、住民にとっての具体的なイメージが示されないまま、というのはあまりに危険な流れと思うのは私だけだろうか。どうも知事の権限後退に対抗して、道州制という新たな枠組みで、現パフォーマンス好きの知事の自己保身、道州制という新知事への転進可能な連中の自己保身が透けて見えるといったら穿ち過ぎだろうか。
 本来ならば、もっともっと市町村の権限強化が議論されたり、今の過疎化の進む地方都市・地方の課題が真剣に論議されてしかるべきではないだろうか。歴史性も無視し、人口増での財政上の当面のメリットばかりに目が行く水増し広域化の市町村合併が一段落したが、はたしてなじみの薄い新都市名と水ぶくれ広域化で住民の一体感が醸成されるとは誰も信じていない。
 福島・仙台の往復で車窓に見える荒れた水田・畠、さびしげな駅前の商店街、めったに来ない路線バス、廃屋があまりに多く目に付く既存の温泉街、少し山里に入れば、まさに荒れた田畑、廃屋が続くのは、単なる不況の所為ばかりではないであろう。これらの状況をもたらしたのは老齢化ではない。これは結果であって、原因ではない。地方を駄目にしたのは、中央政府の施策ばかりではなく、過去のダメ知事にも当然責任の一端はある。そして負の地方自治の遺産(中央から金を取ってくること、投資の枠づくりが仕事であったかつての都道府県の役割)に対して、タレント知事にでも票を入れざるを得ない住民の地方自治に対する閉塞感を、自分の能力の高さと勘違いしているタレント知事連中が、いっそう事態を悪化させている。
 ハコモノ主義を凌駕する地方経済(当然農業を含む)の自立・活性化を体系立てて突き出す方途が問われていると思う。これは広域の道州制ではなく、現政令指定都市の経済の牽引力・吸引力を利用するのも方途のような気がする。もっとも北海道は札幌への一極集中が極端化してしまっているが‥。
 とりあえず、本日はここまで。
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裁判員制度

2009年08月09日 21時42分32秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
裁判員制度が適用された裁判が行われた。
わたしは今の「法曹界」と言う名の世界が牛耳る、われわれの世界から見て閉じられた世界を構成する司法制度、そのもっとも頂点に位置する裁判制度は、開かれていかなければならないと思う。そのためには裁判員制度は決して悪いものではないと思う。
しかし今回裁判員制度が初適用された裁判の報道を見る限り、裁判員制度がこのままなら、無くなったほうが良いと思う。
マスコミのかざす正義に振り回され、さまざまな情報化がマスコミという名のフィルターを通してもたらされ、当該事件のマスコミを通した「事実」が先行的に流布して、あらかじめ「被告」であることが確定されてしまった裁判など、無意味であろう。
そして検察の論理によって作り上げられた「事実」に被告人の思いがどれだけ汲み取られているか、私の経験からはとても被告の思いが汲み取られているとは思えない。警察・検察の語る事実、犯行に至る経過、犯行の動機、とっさの思い、どれをとっても被告人の深くて複雑な意識の流れを救い上げるだけのものはないだろう。それだけ、警察・検察の人間理解、人間把握は浅く、一面的だ。
そしてたった数日の審理、これでどれほどの警察・検察の書いたストーリーの矛盾や不自然を暴いたり、被告の思いを引き出すことができるのであろうか。
同時に殺された地被害者の思いや遺族の納得のいく、審理が保障されたというのであろうか。
人の生き死に、人の裁きとはこんなにも軽いものなのか。
この思いについては40年ほど前のことをそのうち掲載することもあるかもしれない。今はただ私の思い・判断として掲載させてもらう。
さらに裁判員が記者会見させられ、感想を述べさせられるなどとは愚の骨頂である。マスコミ流「正義」から少し外れた発言などしようものなら、どのような報道がされたのであろうか。裁判員の判断の自由を保障するなら、このようなあり方は全否定されなければならない。。「守秘義務を配慮し」た会見との設定だが、裁判員の匿名性の担保や、記者会見拒否権も必要ではないか。
記者会見で「(テレビ写りのための)化粧直し」の話をする裁判員がいたり、その他の発言も、いったいこの人たちは判決の15年という長い期間を拘束される被告の人生の重み、同時に殺された被害者の思いの重みにどのようにかかわるのだろうか。
裁判がショー化され、演劇化される今のマスコミの過剰介入による裁判員制度、私はとても否定的だ。百害あって一利もなく、負の遺産だけと思う。
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福島・仙台へ

2009年08月09日 19時00分56秒 | 山行・旅行・散策
夏休みを利用して、夫婦で山行(東吾妻・安達太良)を目論む。

この間は読書は無し。

8月6日
新幹線とバスにて福島県の高湯温泉へ。
8月7日
タクシーで不動沢まで行き、一切経山-東吾妻-幕川温泉をめざす。
ところが不動沢についてみると「火山ガス発生につき立入禁止」の看板。最新版の登山地図にも記載されていなくて唖然。
やむなく吾妻スカイラインを浄土平まで歩く。途中「この先1km火山ガス注意」の看板が林立、2~3度硫化水素が鼻を刺激した。
浄土平にて昼食、天候の回復を期待したが雨はやまず、吾妻小富士も断念し、樋沼-吾妻小屋-鳥小平まで山道。鳥子平からはスカイラインを再び歩くも、雷も鳴り始め、雨脚が大変強くなる。
途中から幕川温泉に下りる山道に再び入る直前に、雨の中、車道の端に座り、おにぎりで腹ごしらえ。休むまもなく、雷の音にせかされるように山道に。鬱蒼とした樹木にさえぎられホッとするも、この道は草が道を覆い、運動靴の妻は難儀。
30分のコースタイムをオーバーし45分かけて、ようやく幕川温泉着。
8月8日
雨やまず。安達太良登山はあきらめ、鷲倉温泉まで送ってもらい、路線バスにて昨日のコースを逆に浄土平-高湯経由で福島駅着。
在来線の快速にて仙台着。市内ホテルにて1泊。
8月9日
妻の実家の法事に参加後、新幹線にて帰京。赤羽近辺はドシャ降り。

帰宅直後、ニュースにて赤羽の豪雨を知る。その直後、震度3の地震。福島浜通りで震度4との情報。新幹線も一時ストップとのこと。山の中であればどうなったかと、ホッとするも山中の被害が心配。

今回は妻との山行だったが、9月までには単独の山行に行きたいので、晴れることをひたすら祈るしかない。

万緑や吾妻の噴気を寄せ付けず
梅雨深し噴煙分かち難き雲
うぐいす鳴く霧濃き森の四方より
ひたすらに梅雨振り込めて沼に鳥





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御堂関白記

2009年08月05日 02時18分55秒 | 読書
あわただしく2日が過ぎて、投稿なし。
本日も強い日差しがあるものの、厚い雲がどんと空に居座る。関東地方の梅雨明け宣言は早すぎたよう。
明日も遅くなるが、吾妻山と安達太良山登山の用意もしなくてはならない。

3日・4日の読書
「御堂関白記」(角川文庫)中学生向きともいえる逐語訳・解説だが、他に良いものがないので、これで満足しなくてはならない。
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本日の読書 王権

2009年08月05日 02時11分36秒 | 読書
本日の読了 「王権誕生 弥生時代~古墳時代」(講談社学術文庫・日本の歴史02、寺沢薫)
本日の読書 「縄文の生活誌 旧石器時代~縄文時代」(講談社学術文庫・日本の歴史01、岡村道雄) 
        「御堂関白記 藤原道長の日記」(角川文庫、繁田信一編) 


「王権誕生」はなかなか示唆に富む良い論考と思う。「卑弥呼は畿内」との断定は、北九州に傾いていたわたしの思いを変えさせてくれる可能性あり。わたしのこの本の理解では、纒向遺跡が極めて人工的な遺跡であり、畿内王権がひとつの小国家から発展的に王権へと「成長」したのではなく、部族国家連合体によって極めて人為的に創作された「国家」であった、との指摘と読めた。とても刺激を受けた。
もともと部族国家がそのまま王権の体裁をもった国家に移行する、との思い込みが、日本史に興味を持つものの基本的な間違いであることに、あらためて思いいたった次第。
3世紀から6世紀にかけて、地域的な勢力を飲み込みながら、他の東アジア地域と違い東北・北海道をのぞく日本列島が7世紀末に統一王権となり得たのか、その天皇制の基盤について考える良い材料になると思えた。

先日友人に「福音書を見る限り、キリストの博愛もその裏に他者や社会に対するきわめて強い敵意と表裏一体の関係にあるように思います」なんぞと偉そうにメールをしたら、気にかけてくれたよう。ちょっとした思い付きというか、もち続けていた漠然とした感想が、ふと顔を出したもの。自分でももう一度考えてみようと思う。

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