Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。体力作り、俳句、山行、美術館・博物館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。

つらい午後

2017年10月14日 20時12分31秒 | 読書
 午後は頭が重苦しく、ずっと寝ていた。昼食後、気がついたらいつの間にか寝てしまい、17時過ぎまでぐっすり。
 それでも鼻水や喉の違和感、頭の重苦しさは取れない。動作がどうしてもゆっくりとなる。熱はない。40年ほど前に急性肝炎のとき、3週間以上も37℃ちょっとの微熱が続き、体を動かすことがつらくなり、階段ものぼることはできなかった。しかし鼻水やくしゃみという症状はなかったので、今回は急性肝炎ではなさそうだ。
 しかし一人でベッドの中でうつらうつらとしていると悪い方に悪い方に思考が進んでいく。不思議なものである。

 さて、薬を飲むとすぐに症状は少しだけおさまり、眠くなる。昔、内科医からは「いわゆる「風邪」を根本的に治療する薬はない。処方できるのは症状を緩和する薬だけだ」といわれた。たぶん今でもそうなのであろう。

 16日(月)と18日(水)は会議である。16日の会議の資料を明日には作らなくてはいけない。これはA4で一枚だけなので楽ではあるが、はたして作る気力が湧いてくるか、心配している。

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渡嘉敷島着

2017年10月11日 10時14分25秒 | 読書




戦跡めぐりのコースは案内標識もないそうで、苦労しそう。レンタカー2台で10人。ぎゅうぎゅう。
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洪水警報まで出た

2017年10月07日 10時23分07秒 | 読書
 昨晩は雨が降り続いた。特に強い雨ではなかったが、雨の音が途切れることはなかった。明け方には、洪水警報と大雨・強風・雷注意報となった。
 現在は雨は上がったものの、大雨・洪水・強風・雷注意報は出たままである。涼しいというよりは肌寒い。
 さすがに半袖のTシャツに薄い木綿の一枚生地のパーカー用のものを着ている。

 9日から行く沖縄は、曇ないし一時雨で天気は思わしくない。しかし連日最高気温が30℃を超え、最低気温も26℃前後となっている。半袖・半ズボンという服装がよさそう。横浜に戻ったときは、寒く感じると思う。

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「図書10月号」

2017年09月30日 21時03分04秒 | 読書
 10月号で読んだ記事は、
★水のビアノ                   司  修
 「音は、白い鯨と黒い鯨が別れの挨拶をするために、声を張り上げいるのでした。海水を響かせるのです。それはなんとも悲しいのですが、悲しみに絶望するのではなく、悲しみを受け入れる儀式なのでした。
 毎号心に残る絵が表紙を飾る。作品と作品を語る文章がいい。
★文楽の「藝」                  山川静夫
 「土に植物を植え丹精をこめて育て上げる「藝」が文楽にはあり、眩しい存在だ」
★「明暗」の構成                 十川信介
★〈対談〉食と精をめぐる思考の冒険        赤坂憲雄・藤原辰史
★まだ踊れる                   ギリヤーク尼ヶ崎
★大きな字で書くこと「父  その4」       加藤典洋
★考える、考えない                齋藤亜矢
★アンモニア、脳に乱入              高橋三千綱
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「中原中也-沈黙の音楽-」(佐々木幹朗)

2017年09月26日 20時06分19秒 | 読書
 目をつけていた喫茶店でノンビリと読書タイムをと思っていたら、明日までお休み、との看板がぶら下がっていた。ということで、急きょ傍にあるチェーン店の喫茶店で読書タイム。神奈川大学の生協で購入した2冊の本を交互に読みながら読んだ。さいわいにも寝入ってしまうことはなかった。

 「中原中也」(佐々木幹朗、岩波書店)はこの書き出しがとても気に入った。
「一人の詩人が最初の詩集を出そうとするとき、初めて見えてくるものがある。どの詩篇を収録するのか、どのように構成するのか、と悩む編集作業のとき、作者はまず最初に、一冊の詩集がたんに詩篇の集積場所ではないし、過去の詩篇を記録するだけの場所でもない、ということを知る。‥印刷と製本を終えて、詩集が一冊の本のかたちになったとき、詩篇群は編集作業のときよりも、もっと鮮明に他人の顔をして作業の前に姿を現す。これらの詩は誰が書いたのか、と作者に問いかけてくるのだ。」

 なかなかいい書き出しに、期待感が増した。どんな中原中也像が提示されるのだろうか。期待できそうである。
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舘野泉「ピアニストの時間」外を購入

2017年09月26日 14時22分57秒 | 読書
昨日読み終わった本を図書館にて返却。神奈川大学の生協にて、注文していた「ピアニストの時間」(舘野泉、みすず書房)を受け取り、同時に「中原中也ー沈黙の音楽」(佐々木幹郎、岩波新書)を購入した。さらに「敗戦日記」(高見順、中公文庫)を注文した。いずれも1割引。
「ピアニストの時間」は高価なので図書館で借りるつもりでいた。本の情報を書店で打ち出して持ち歩いていたが、生協に行った時に無意識に注文してしまった。1週間してから気が付いたが、今さら注文の取り消しは気がひけてそのまま受け取った。1割引でも2721円はつらかった。以後は気を付けないといけない。
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「眼・ことば・ヨーロッパ」読了

2017年09月25日 19時58分43秒 | 読書
   

 午後、喫茶店でようやく「眼・ことば・ヨーロッパ -明日の芸術-」(大岡信著作集11巻から)を読み終えた。難解なところもある上に、作品をまったく見たこともない現代作家等との対話の内容や評論なので、解らないことだらけである。どれだけ理解したか、まるで自信はない。しかしその作品にとても惹かれるパウル・クレーについての文章が最後に載っている。「眼・ことば・ヨーロッパ -明日の芸術-」所収の「3芸術と自然」の4番目にある「眼の歩み -クレーの世界-」である。
 いつものように覚書風に、いくつか気になった部分を記しておく。

「クレーの展覧会場は雑踏していてはならなかったし、観客は沈黙していなくてはならなかった。ピカソはわれわれの官能をめざめさせるが、クレーはわれわれの眼を認識の領土へ向かって収斂させる。絵画と認識とのつながる地帯は迷路に満ちていて、ゆきつく涯てには神秘とか直観とか、とりつく島もないようなことばが待ち伏せていることがしばしばだ。クレーの、もはや象徴的でさえない記号的なフォルムの前で、人はひそやかな苦悩に似た感情を覚えないだろうか。「謎」と書かれた門柱がほうぼうに立っているが、その向こうに認識の建築が目もあやにそそり立っているわけでもなく、ただ眼前にね親しげな微笑さえ浮かべながら決して人を踏み込ませはしない、きびしい作品が置かれているのみである。」
「クレーが印象主義の影響から脱する上に大きな転機を作ったのはゴッホの線だった。‥空間の概念のうちに時間を包含させ、芸術的想像を生成の連続としてとらえ、絵画をも運動から発し運動を通じて理解されるものとして考えたクレーの哲学には、その基礎にこうした線の哲学があった‥。」
「クレーは「彼岸へ建設する」ことをめざしたが、彼が此岸へ残したのは、死の謎を、不気味なフォルムと色彩の中に囲いこみ、閉じ込めようとする強靭な意志の結晶としての、晩年の作品群だったのである。」


 あとがきは、次のように締めくくっている。

「危機は、実をいえば、常に存在しているのであって、問題はその危機をむしろ養分に変えつつ、どこまでわれわれが危険機淵に沈んでゆけるかにかかっている。ひとつの文化が、新たな成熟の局面に達するためには、常に大きな爆発的危機の時代を通過せねばならなかったというのは、過去の歴史の示す明らかな事実である。‥ヨーロッパはぼく自身の中にもある、ということを感じながらでなければ、ぼくはヨーロッパとの明らかな疎隔を感じることもなかっただろう‥」

 いづれもなかなか難解であるが、噛み締めてみたい。

 この書を読むきっかけとなった、ミロの「絵画」についての論考はここにはなかった。しかし同じ著作集に納められている中に、「作られなかった私設美術館」という文章があり、そこに言及があった。しかしジョアン・ミロ論ではなく、購入したいきさつのみの記述であった。

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「読書の楽しみ」とは?

2017年09月20日 23時26分43秒 | 読書
 ようやく1時間半ほど読書タイム。組合の会館のロビーでお茶を飲みながら15時から16時半ごろにかけて、「眼・ことば・ヨーロッパ」(大岡信)の半分を読み終えた。1960年代のフランスのさまざまな芸術家を訪れての大岡信流の芸術論が述べられている。シャガールを除いて私には知らない芸術家ばかり。作品はまるで接したことがない。そのために文相としては理解できても、頭の中に具体的な像として結実しない。1頁読み進むとすぐ直前の頁の内容は忘れてしまう。それでも難解な文章をほどきながら、想像力を働かせながら文章を読むということはワクワクする。
 読書の楽しみ、というのがどういうものかわからないが、このようなワクワク感を指すのであろうか。

 私の人生、読書というものが大きな比重を占めているが、「読書の楽しみ」というのは理解できていない。読書そのものを楽しむ、という発想が今でも理解できない。自分の問題意識や知りたいという欲求に従って行われるのが読書であって、読書すること自体を目的化したような「読書の楽しみ」とは私は無縁で生きて来た。
 一方で、記憶に留まらない読書というのはやはり寂しいものがある。後半は、大岡信の詩が5編と6つの文章が並ぶ。理解できるもの、像として頭の中に位置を占めるものがあると嬉しいのだが。
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「図書9月号」 その3

2017年09月14日 22時08分56秒 | 読書
 いつものとおり覚書風に。



★「一茶の遺産相続」(高橋敏)
★「光と形と動き-CGで描く自然」(三浦均)
「頭で想像するだけでは思いつかない存在が、計算を遂行すると出現する。不自然と自然が反転する経験でした。」
「意識を向けることで世界の様相は変ってみえます。雪の形と色と動きをモデル化し、映像づくりの工程を進めるにつれた、私はいかにこの世界の様相を気づかずに通り過ぎてきたのかを感じました。普段見過ごしている日常に、豊かな世界が折りたたまれ宿されていることを見いだし、静かに感動を覚えました。」
★「ブリューゲルと宗教改革(下)」(宮田光雄)
「このバベルの塔は、その壮大さにもかかわらず奇妙に歪んている‥このバベルの塔は、頑丈な巨大な岩を削って、その上に建てられている。‥《岩》というのはイエスが使徒ペテロに名づけた別称でもある。‥カトリック教会の権威は、このペテロを初代教皇とする使徒伝承に基づくものだと主張されてきた。塔が傾き始めている姿には、プロテスタントを異端者として迫害するカトリック教会の兄弟に見える体制も、その崩壊が決して遠くないことが暗示されている。」
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「図書9月号」 その2

2017年09月14日 20時53分35秒 | 読書


 岩波書店の「図書9月号」を電車の中で読みながら、「春日」駅まで。

 読んだのは、
★「イタリアの小さなレストラン」(司 修、絵と文)
★「ジャズ100年」(後藤雅洋)
★対談「時代に抵抗するための遺産」(佐藤優・保阪正康)
★「「平和国家」勅語のこと」(和田春樹)
★「父 その3」(加藤典洋)
★「殺人ストレスのもう一つの正体」(高橋三千綱)

 読んでみたい残りのものはあと3編ほど。シリーズ「大きな字で書くこと」の「父 その3」(加藤典洋)はとても重い主題である。特高警察であった父との対決を今となっては冷静に記述しようとしている。加藤典洋ならではの語り口で淡々と語られている。
 
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本日の読書はテンポが遅い‥

2017年09月13日 18時05分20秒 | 読書
 午後からは読書。大岡信の「眼・ことば・ヨーロッパ」。1963年のパリ青年ビエンナーレ詩部門への参加にいたる体験や準備段階を時間順に並べているルポ形式の文章かと思っていたが、いたるところに作者の日本語論・現代詩論・作家論、ビエンナーレ終了後の芸術家との交流や都市論等々が散りばめられている。
 次第に読むスピードが遅くなる。まだ全体の4割しか目をとおしていない。もう少しネジを巻かないとなかなか進まない。
 同じ著作の中の「芸術と自然」6編を交互に読むことにした。これも読み方としては面白い。

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字面を追うだけの読書は避けたいが‥

2017年09月11日 21時34分21秒 | 読書
 朝から会議に追いまくられて、結局本日も読書のゆとりなどなかった。パソコン依存症ともいうようにパソコンが無いとオロオロして落ち着かなくなる。また活字中毒というべきなのか、政治的な文書や、労働組合などの関係の文書を除いて、文学や美術・音楽関係等々の本を読まないとやはり落ち着かない。頭の中が混乱してくる。特に現役を退いて以降この傾向は強い。
 活字を追ってといると、頭に入らなくとも何か勉強しているような気分になる。自己満足の極致といわれれば反論のしようがない。ときどきはいくら頭の中を明瞭にしていても、読んだ文章の内容がまったく理解できていないことがある。ただ、字面を追っているだけの場合である。こういう時はだいたいは、頭の中で解決できないことを繰り返し自問自答している場合が多い。本を読んでいても、自問自答している他のことが目で認識したことを理解する海路のどこかで、壁のように立ちはだかっているのであろう。
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本日から読み始めた本

2017年09月09日 23時32分02秒 | 読書
本日から「眼・ことば・ヨーロッパ」(大岡信)を読み始めた。しかし、目次を見る限りジョアン・ミロの「絵画」という作品への言及があるようには思えない。クレーなどの作品については触れている。
ミロへの言及がなくても、大岡信の現代美術へのアプローチは、勉強になるので、読み続けたい。
返却期限までによみ終えるであろうか。
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「日本絵画の近代」(高階秀爾)読了

2017年09月08日 20時02分02秒 | 読書
「日本絵画の近代」(高階秀爾)を読了。覚え書き用に数ヶ所をコピー済みなので、明日午後には図書館に返却できる。引用は来週にでもアップする予定。
明日からは大岡信著作集第11巻を読み始めることにした。
明日は夜は友人と飲み会。
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本日の読書

2017年09月07日 12時32分15秒 | 読書
 「日本絵画の近代」(高階秀爾)の三分の二を読了。残りは日本の近代における西洋画の受容についての4つの文章となった。
 この本の大きな柱はパリでの日本人画家が学んだ「アカデミー・ジュリアン」についての言及だと思われる。もうひとつの柱は黒田清輝の役割について。
 本日中に読み終わるようにしたい。
 ブログにアップするのは、日曜日以降、パソコンの修理が終わってから。
 明日からは「大岡信著作集11」の「眼・ことば・ヨーロッパ」に挑戦予定。

 パソコンからのアップは日曜日ないし月曜日までお預け。
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