Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。体力作り、俳句、山行、美術館・博物館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。

好き好んだこととはいえ過酷

2010年03月31日 22時38分02秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
22時半まで休みなく続く仕事&「仕事」も年度末、年度始めということで、目一杯。とりあえず仕事&「仕事」は共に、31日までにこなさなくてはならないものは一段落した。
とはいいつつも、明日からも仕事&「仕事」は際限なく押し寄せてくる。だんだん気分が暗くなる一方だ。
4月末までは地獄の日々が続く。連休は過労で毎年ダウン。60歳定年直後の死亡率の高さが納得出来てしまう。これが否定できない悲しい現実なのだろう。「人生は所詮自分の生きたいようには処理できない」ものであるようだ。
「人生最後の一秒まで、もがき続けるものだ」、「死ぬまで馬車馬のように働き続けなければならないと教わってきた」とは、20歳の頃、学生時代に多くの友人と語り合ってきた会話の一部だ。
幾人かの方が、人生の早すぎる終焉をその言葉通りの形で迎えた。社会運動や政治活動の過酷な展開の中で、たとえ「畳の上」といっても修羅場の中で。あるいは家族を残して仕事の最中に突然に。
そんな人々のことを頭の片隅にいつも貼り付けながら私は今も生きている…。
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トランヴェール3月号入手

2010年03月30日 07時30分18秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
昨日の寒さにもびっくり。前橋では朝雪が積もったとの話があり、このままでは春の寒冷で、農業をはじめ影響がいろいろ出てくるのではないか、と思った。
 深夜になり風も出てきた。風呂の中で例によって風の音をじっくりと聞いた。やはり冬の風の音だ。風に反応する木々の葉がまだ出揃っていないのか‥。いや、そうではない。風自体が冷たい音を発しているのだ。春のやわらかな湿気と温度、花の「かおり」を持っていない風だ。その風に木々が悲鳴を上げている音もあるはずだ。そんなたわいもない、感傷も湧いてきた。風が冷たいからこんなふうに思うのだ、原因と結果を間違えている、といわれればそのとおりだが‥。

 先日松島を訪れたとき、新幹線の車内で読んだが、帰りに持参するのを忘れた。友人が上京したついでに新幹線で手に入れ、郵送してくれた。
 特集は「近代化日本シルク紀行」。上州・信州そして開港地横浜をつなぐ絹産業遺産の紹介。富岡製糸工場や原三渓が登場する。いたって簡単な紹介記事だが、ちょっと惹かれた。
 わざわざ送っていただいたので、「熟読玩味」して感想をブログに書かなくてはいけなくなって、ちょっとオロオロしている。そのうち‥
 しかし宿題ばかり多くなってしまって困ったものだ。

 昨晩も例により帰宅したのが20時半。レギュラーサイズの缶ビールを一本とお茶を喫しながら、22時まで休息。その後「仕事」ともいうべきことがらが終了したのが午前1時半。風呂に入ってこの文章を書いている。
 大体いつもの時間のパターン。多分寝るのが2時半。朝7時半の出勤がつらいのが当たり前だが、どうしてもこのパターンから抜け出せない。目が疲れて、高々30分くらいの通勤電車での読書ができない。
 こんなことをしているからか、緑内障の点眼薬一日3回という羽目になるのかもしれない。睡眠不足ながら、慣れてしまうと(歳の所為か)睡眠が7時間を越えると腰が痛くなり、手足の動きが鈍くなるのがわかるので起き出すことになる。
 4月末まではこんな状態が続く。
 さて愚痴となってしまったので、これで終了。
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飛鳥山公園の桜

2010年03月29日 07時00分05秒 | 山行・旅行・散策
 昨日は、昼前に家を出て飛鳥山公園の桜を見に行った。まったく根拠は無く、たまたま前日の夜のテレビ番組で紹介されていたというだけだ。何年か前だったか、一度妻と桜を見に行った。そのときは人ごみはあまり無かった。なかなか見事だったが、都電を利用したら、車内がとても混んでいたので今回はJR王子駅から歩いて5分。王子神社と滝野川沿いの桜、そして飛鳥山公園の桜が目当て。
 実は、「テレビで紹介されてもどうせこの寒さだから混んではいないだろう」との予測が見事にはずれた。
 今回は、妻は連れず私一人。寒さをものともしないで集まってきたものすごい人出に唖然、呆然。舞台では沖縄のエイサーが盛んに披露されていた。せめて好物の泡盛だけは口にしたいので、1杯400円なりのお湯割り2杯を流し込むようにいただき、「ぐしかわ倶楽部」だったかな、彼らの踊りを見て退散。花より泡盛‥‥。駅の傍の蕎麦屋でもりを一枚食して帰ってきた。
 しかし野外ステージでの踊りはとても好評、客席の人々も実に熱心に見ていた。踊りを披露していた幾つものグループも、なかなか見ごたえのある踊りを披露してくれていた。企画としては見ごたえのあるものであった。屋台も充実していた。惜しむらくは北区関連のお店や団体の出店がほしかったと思うが、これは場所が限られている中では無理な注文といったところか。
 桜は一昨日の多磨霊園よりは少し開いていた。特に滝野川沿いの桜は川に張り出していて、だいぶ開いていた。川沿いだから冷たい風の通り道で気温が低く、山の上より遅いかと思ったが逆だった。日当たりがいいのかもしれない。ここは満開なら見事だろう。
 しかし人間嫌いな性格というのは、人の顔を見ずに桜を鑑賞することなどできない。どうしても人の顔が目に入ってしまう。桜の名所は所詮私には縁のない、近寄ってはいけない場所なのだろう。せいぜい広大な敷地の多磨霊園あたりが似合っているようだ。
 桜を鑑賞するときくらいは人ごみを避けたいというのは、これはどうしようもなく偏屈な証なのだろう。低山におもむいて山中で一人で山桜の下で一献傾けるしかないようだ。
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墓参り

2010年03月28日 07時14分01秒 | 俳句関連
 昨日は太陽が顔を出したものの、しかし北風が冷たかったこと。多磨霊園のあるあたり、中央線武蔵小金井駅周辺は23区内や横浜よりは寒いようで、桜(ソメイヨシノ)は一分咲きであった。
人影も例年よりずっと少なく、桜よりもさらにまばら。園内には例年は屋台も出るのに、どうしたことかまったく出ていない。
 ただお墓にはお供えの真新しい花がたくさん備えてあるので、午前中にはそれなりの人出だったかもしれない。来週の土日あたりが人出のピークかな?というところ。
 桜の花、一輪一輪は天候不順でも、咲いて受粉すれば目的は達成。でも一木としてみれば、一輪一輪咲くのはエネルギーの無駄かもしれない。一斉に咲いて一斉に散る桜の本来の咲き方・散り方は一木としてのエネルギーから見ると無駄のない状態なのかもしれない。このような不順な天候により、少しずつ咲いて長く咲き続けるのは本来の木の寿命を縮めているのかもしれない。そして実のなる確率も低くかもしれない。ここらへんのカラクリについての自信はないが、自然のあり方、桜自身の本来のありようから類推すると無理がある咲き方と思う。
 お墓に植えたユスラウメが見ごろであった。こんなに見事に咲いていたとは思っていなかったのでびっくり。やはり寒さのためだろうか。わが墓ではレンギョウも咲き、桜とユスラウメが同時に咲き、隣の墓には八重の濃い桃色の桜が咲き、そして三つ先のお墓では八重の桃が咲き、さらにその向こうでは土筆がたくさん出ており、ユキヤナギも見ごろ。
 

 昨日、白濱一羊さんの「喝采」が到着。なかなか魅力的な句集と思う。できるだけ早く感想や、好きな句を掲載したい。
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ようやく晴れ

2010年03月27日 12時34分44秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 昨日は天気予報ははずれ。天気予報は各段に的中率が向上したが、やはりこういうことがままある。地震予測も、それに起因する津波の予報も、台風進路予想もむずかしい。波や流体については、特に複雑な諸条件下では限りなく難しいこと、理解できる。災害に結びつくから、政治・行政絡みとなり、実につまらない「責任」問題云々などということになる。
 仙台での学生時代、地震学の研究室に在籍したが学業についてはきわめて不真面目で、かろうじて「卒業」という名で体よく「放校」された。就職は何とか人に頼らず、学校の教授の世話なんかにならずに決めたので、私と大学側の利害が結果的に一致して「卒業」となった。
 それでも気象予想、地震予測、津波・台風予想の困難さ、第一線で地道で緻密な観測、フィールドワークに携わる方たちの苦労は察することができる。

 さて本日は多磨霊園に墓参り。親族の花見も兼ねて。
 墓のすぐ傍には三島由紀夫の埋葬された平岡家の墓。そこから50メートル先に魯迅の名訳で有名な竹内好とその妻が葬られている墓。この両者は、あの世があるとして、同じ町内で仲良くしているのだろうか。同席して日向ぼっこでもしているのだろうか。もしそんな場面があったらのぞきたいものだ。
 大学時代、竹内好を通して魯迅を読み継ぎ、今はなくなってしまった仙台の追廻地区にあった魯迅記念館は、いろいろな意味で彷徨した場所だ。就職後は竹内好の著書を探し歩いた。
 樺美智子の墓も傍だ。そして同じ多磨霊園に友人井上さんが眠っている。もう二年も経ってしまった。
★どこよりも青き梅雨晴れ骨納む


 こんなことをとりとめもなく思い出しながら歩いてみよう。


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昨日は冷たい雨が終日

2010年03月26日 08時24分15秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 午前中は仕事で外回りだったが、油断をして傘を持たずに行ったため、20分以上雨中を歩き回った。防寒着もビショビショ、寒さが身にしみた。
 さて自句自解、マンネリ気味になった上に、まだ未熟だった頃(今も同様だが)のものでもあり、習作のような句も羅列した。思いばかりが先行した時期だ。
 ということで、自句自解はしばらくお休みします。
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自句自解(21) 友を送る

2010年03月23日 23時53分42秒 | 俳句関連
 (二〇〇四年正月初詣にて)
猿もいて二日の夕日ののびやかに

 4回目の入院は正月元旦の退院。薬の副作用で全身の発疹は出ており、また薬がすっかり体内から抜けるまではお屠蘇も飲めなかったものの、気分的にはのびやかな正月となった。
 信仰心のまったくない私ではあるが、正月の初詣客を相手のさまざまな芸は、見ていて飽きない。

 (友人K君を送る)
逝く人を送りし庭の紅椿
紅椿逝く人のごと不意に落つ
重かりし野辺の送りの落椿

 この年、30年来の付き合いの二つ上の友人が無くなった。体調を崩していたが、これほど早く亡くなるとは思っていなかった。私の場合は友人や親族を送る場面での句が多い。いつもはがきに句をしたためて棺の前やお墓に供えることにしている。

雪やなぎ風をためつつ風を生む
歩を止めて一番星を花の間に
柔らかに湯のあふれ出る花の夜
一番星菜の花色に風わたる

 先の友人を送った後は、病気の回復が一定順調のためか、気持ちにもゆとりができてきた。
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自句自解(20) 再入院

2010年03月22日 09時35分00秒 | 俳句関連
 再入院
木枯し吹く入院前の夜を徹し
治癒遠く落葉寄せ来る再入院
救急の受付ひそと息白し
時雨来る山茶花の葉を鳴らしつつ

 2003年末、下痢が再発し4度目の投薬入院と宣告され、12月の中ごろから大晦日まで入院した。4度目の「またか」という先の見えない暗澹たる思いが続いた二週間、もっともつらい気持ちの入院であった。半ば「もうどうにでもしてほしい」というも投げやりな気分も強くなった。
 病院へ向かう途中、風がつよく落ち葉が足元に寄って来たが、それに埋もれてしまいそうな、あるいはその枯れ葉に押しつぶされてしまいそうな幻覚を覚えた。
 しかし病棟では幾人もの入院手続きに訪れた高齢者たちが、もくもくと白い息を吐きながら玄関をくぐっていた。無言の行き交いの中に冷気と緊迫感がありつつも、それを日常性の中にひそやかに収めている淡々とした表情であった。不思議と暗い沈んだ気分から、海の底の底流のように静かであっても確かに流れているものに身を任せる気分になった。
 四句目、時雨と山茶花の季重なりのくだが、時雨が主ということで、俳句誌の主宰は「気にならない」と評価してくれた。時雨の音、山茶花の硬い葉に響いてくれないと、この句は成り立たない。病棟のガラス越しに見つめる大粒の時雨の音は微かな音だが、はっきりと聞こえた。
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春の嵐を聴く

2010年03月21日 13時59分58秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 昨夜は大風が吹き荒れた。風により被害が出たり、列車の運行などに携わる人など多くの人が振り回されたようだ。
 私は例により、灯りを消した風呂で風のうなる音に浸り、寝室でじっくりと音に聞き入った。
 私にはシンフォニーのようにも聞こえた。ヴィヴァルディーの四季やベートーベンの田園交響曲の嵐の場面が有名だ。どちらも好きな曲ではある。しかし私の場合は音楽家として再構成したり、再現しようとするつもりはないので、あのような旋律や和音への変換とはならない。
 情景描写やそれを匂わす音楽ならば、嵐の雰囲気の音の連なりを旋律や和音に変換し、さらに様々な楽器の特性に変換し、楽譜に書きとめていくのだろう。音楽家でも再現を求めるでもない私は自然の音そのままを音の奔流のように受け止めた。
 通奏低音のように常に下支えする音は、空からゴーッというような音が途切れることなく響く。時折団地のすぐ傍の高層のマンションから吹き降ろすように少し高い音が押し寄せる。丘のいただきのような場所に位置する私の団地は風が周囲より風が強い。隣の高層マンションとの間の広いとおりを舞うように風が吹き抜ける。この音も独特の響きを持つ。
 団地の東西に並ぶ号棟と号棟の間を吹きぬけながら、プラタナスの枝を揺らす音はすぐにわかる。芝の上を吹き払う風に運ばれる落ち葉の音はどんな嵐でも丸みがある。玄関前の舗装道路を風に運ばれる落ち葉やゴミの音は擦るように引きずる音に鋭さがある。階段室に吹き込む風は行き場を失って砂を巻き上げ玄関扉に小さな金属音を含む突進を繰り返す。
 電線・通信線の音も線の太さにより、また季節の温度の変化により引っ張りの強さが微妙に違い、弦楽器のように震える。リートを持つ木管楽器のような音色にも聞こえる。南北のガラス窓やベランダに衝突する風は、ガラスの振動を含んでいる。
 これらの音の奔流をそのまま、球体の中心にいるように聴いていた。
 そのまま寝入ったらしいが、明け方5時半、突然の大きな、極めて近い雷鳴により目を覚ました。そして雨の音がこれまでの突風の音に変わり湿気と丸みを帯びたフィナーレとして聴くことができた。
 もし私が音楽家でこのような情景を写そうとするならば、どうするだろう。むろん嵐に対するイメージは個性がある。さらにその変換作業にするために印象の取捨選択を個性に合わせて行う。テンポと調整を選択肢、旋律と和声を作る。もっとも個性が出てくるであろう。そして楽器の選択をする。楽譜に書き留めるときには持続の時間と展開部の展開を想定する。実に勝手な素人の想像だがこんなプロセスがあるのではないか。
 実に様々な変換過程が存在する。これは言語による作業より複雑に見える。もっとも音楽家にとっては音の定着は言語を操るように行うともいうから、私の想像とは違う過程を経ているのかもしれない。
 また私たちが普段慣れ親しむバロックや古典派やロマン派の音楽と、現代音楽の印象の大きな違いは、この変換作業のあり方に当然原因があるのだろうが、この違いはまったく想像ができない。
 こんなことを考えていたら、6時過ぎには再度寝入ってしまった。朝8時に再度目がさめたときには、風も止み、明るい日差しで静かな朝となっていた。



 さてこの昨日から今朝にかけての嵐、朝方には快晴、無風となったものの昼くらいからはまた曇り空、次第に風も出てきた。
 梅もそろそろおしまいかと思っているうちに風でずいぶんと飛ばされた。こぶしにもつらい風と雨であったようだ。私の好きな雪柳も多くの花弁が散ってしまった。昨日の朝の雨で株本に白い花弁が散っていた。
 雪やなぎ風を溜めつつ風を生む(Fs)
 この句は春の心地よい風を詠んだ句だが、私としては気に入った句だ。

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自句自解(19) 湖東三山

2010年03月20日 11時24分56秒 | 俳句関連
桐葉落つ深夜に書籍閉じる音
秋の昼舫の音の途切れつつ
 比叡・東近江・湖東三山
手に取ればくずれず重き熟柿あり
茶の花を濡らし朝靄平らかに
風一陣蓮華の台座に紅葉散る

 一句目、夜中に一息つこうとして本を閉じたが、その音が団地の間を響いたようにも感じた。団地の中の桐の木の葉が路面をかすかな風に吹かれて移動する音と錯覚したのかもしれない。
 二句目、大桟橋の近く、現在再整備が完了した像の鼻地区の再整備前はいかにも古く、忘れられた一角のようにはしけや古い船が舫われていた。ゆったりとした波に揺れる船と舫の軋みの音が、うれしかった。

 2003年の秋、妻と滋賀県を訪れた。秋の気配濃厚な琵琶湖の周辺をのんびりと巡った。
 三句目、まだ早い朝、道端の農家の庭にいくつかのすっかり熟した柿が重くなっていた。鳥がつついた跡が残っているものばかりであったが、手に届くもの傷も無く丸々と艶やかであった。手を伸ばし、その重みがうれしかった。表面の冷たさの奥に、温かみを感じた。柿の生体反応とでもいうべき体温を感じた。
 四句目、湖東三山付近のなだらかな山の長い裾野に沿って茶畑が連なって私の足元まで連なっていた。遠くは朝もやが平らに裾野に沿って出ていた。低山の紅葉の色と白い朝もや、そして足元の茶の白い花と、色の変化に目を奪われた。
 五句目、どのお寺であったか、風の一陣が寺全体に、山門にも本堂にも紅葉の葉を散らしていた。その量の多さとゆったりと落ちる様にほっとした。

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自句自解(18) 蕾

2010年03月19日 08時01分06秒 | 俳句関連
葉一枚舞う月光の白さかな
長き影写す白壁糸瓜垂る
台風来る湯船の波紋静かなり
二色の伸びの遅速に曼珠沙華
晴天に黄菊の蕾せりあがる
萩の風体に満たし子等帰る

 一句目、初秋にはじめて枯れ葉を認識した一瞬。病葉のような葉だったとおもう。月光に照らされ白い不器用な舞人に見えた。
 三句目、天候の荒れる日の夜などは風呂に入り静かにしながら、荒れる自然の息吹にじっと耳を傾けることが好きだ。あるいは夜具に包まりながら、そのような音を全身で受け止めることがある。
 外の荒れた風雨に比して、家の中は妙に静まり返っているものである。自分が一番内省的になる時かもしれない。こんな時間がもっともうれしい。
 四句目、赤と白の曼珠沙華の花が時間差をもって次々と咲く。団地の一角にも群落がある。色の違いと共に、様々な表情の花が目を楽しませてくれる。
 最後の句、萩の花を揺らす風の中、騒がしかった子供たちが夕刻近くになって家路に着く頃を詠んだ。萩の花が子供の声を溜めるように吸収し、次第に周囲の音が、風の音や豆腐屋の笛の音が聞こえるようになった。
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自句自解(17)  乗鞍岳

2010年03月18日 23時24分47秒 | 俳句関連
(2003年8月乗鞍岳山行)
ハンミョウや雲より白き道を行く
登り来て谷戸の稲穂に風起こる
尾根に出て微かに秋の風となる
雪渓の滴る音も星の下
寝眼下信濃岩に滲みこむ黒き汗
転べば峰より峰へ天の川
雷鳥の軽く跳ね越す火山岩
長尾根の尽きる山里蕎麦の花

 乗鞍岳の登山での作。この頃になって少しずつ俳句を作ることの楽しみが出てきたように思う。
 一句目、バスの通る林道が蛇行している。林道は旧来の登山道をずたずたに引き裂いているため、アスファルト舗装された林道を延々と登る破目となっている。舗装路が太陽の光を受けて熱く白く輝く中を進んでいくのだが、突如鮮やかな色をしたハンミョウが出てきて触覚を大きく振りながら私の前を歩き始めた。「道教え」の由来そのもののように私の前を歩いていく。途中で見失ってしまったが、とても親しみを覚えた。味気ない舗装路を行くとき、このようなハンミョウなどの小さな動物や植物はとても親近感を覚える。
 二句目、舗装道の脇に谷戸があり、小さな田んぼに8月の風がやさしく吹いていた。人も住まなくなった空家はあったが、田んぼに稲穂が揺れていた。あたかも空き家から人が出てきそうな雰囲気の中で。
 三句目、ようやく尾根に出て、気持ちの良い風を全身で受けることができた。乗鞍岳という山の大きさを実感した一瞬。
 六句目、頂上の小屋での作。山での星の美しさは誰しもが肯うところ。大宇宙を両手に受けて大の字に仰向けでその大きさを実感してみた。林立する山の稜線の崖が、大きく黒くのしかかるように迫ってきた。この覆いかぶさってくる荒々しい岩肌の雰囲気が伝わっていただければ嬉しい。
 八句目は下山道の最後に近い場面。人里近くなって畑が目に付くようになった。長い尾根を歩き通してようやく人家と畑を目にした時、蕎麦の花の白さが目に焼きついた。
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一昨日の俳句 (100316) 松島補輯

2010年03月16日 07時54分48秒 | 俳句関連
たゆたうは雲と松との春の海
春霞海より島がひとつ生まる
田一枚に海一枚が迫り春

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バッハのオルガン曲全曲

2010年03月15日 22時58分37秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 14日に、フラフラとCD店におもむき半ば衝動的に、半ば確信的にバッハのオルガン曲をあさっていたが、「オルガン独奏作品全集」というのが目に付き9500円という値段も省みず購入してしまった。
 演奏者は「ベルナール・フォクルール」、うたい文句は「1982年以来、ドイツとその周辺地域で往年の状態を復元されつつあった数々の歴史的オルガンを用い、15年の歳月をかけ‥」と14箇所のドイツ・スイス・オランダ・ベルギーの教会・修道院・聖堂のオルガンが列挙されている。
 演奏者のことも、それらのオルガンについてもまったく知るところがないまま、というところは「衝動的」な買い物。「バッハのオルガン曲を聴いてみたい」としう思いがわいていたこともありこれは「確信」的な部分。
 オルガン曲については素人なので入門的なもの、人口に膾炙した有名な曲・演奏者のものから購入するのがいいと思っていたが、こんな通好みと思われるものを購入してしまった。
 18世紀前半のオルガン曲がどのように響いていたのか、興味がある。いくつか聴いたことはあるのだが、圧倒的な音量の前にたじたじとなってなかなか続けて聴くという気持ちにはなれなかった。できれば横浜にもオルガンの装置があるところが多くできたので、それを聴きたかったのだが、時間とお金と相談してCDで我慢しようと決断はしていた。
 家の再生装置で教会などの大きな建物での雰囲気が再現できるものでもないが、大きな音でなくともその雰囲気に浸れることを期待した。
 まずは16枚目と15枚目にまたがるトリオソナタから。思ったより大音量ではない。意外だったのは、木管楽器のような音が聞こえてきたこと。「これはこれは‥」と、続けて聴きたい雰囲気。
 16枚のCDをすべて聴きおおせるのか、いつまでかかるかはわからないが、楽しみができた。
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福島地震&購入本

2010年03月15日 00時20分24秒 | 読書
 二日続きの福島県沖の地震、深さ40キロメートルでほぼ同じ震源域とのこと。二日続けて震度4以上は驚く。14日の方が規模がマグニチュード6.7と、13日の5.7よりかなり大きい。最近にもM6クラスの地震があった。
 福島市のさとうてるえさんに二日続きで安否のメールと電話をした。無事とのことで、一安心。福島市のある中通りは地震は不思議とあまり騒がれることはないようだ。吾妻山という火山がすぐ傍だから油断はできない。

悲しい紛失本
・「柿本人麻呂」(北山茂夫、岩波新書) 13日の帰りの新幹線の中で忘れてきてしまった。以前古書フェアーで100円で購入したもの。本日横浜駅ルミネの有隣堂は長蛇の列につき、735円の正規の値段で見つけたものの購入はあきらめた。
11日の購入本
・「隣の病い」(中井久夫、ちくま学芸文庫)
 中井久夫しばらく読んでいないので、再開しようと思っていたところで見つけた。再開の良い機会としたい。
・「新物理の散歩道4」(ロゲルギスト、ちくま学芸文庫)
 第5巻に続き購入。


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