Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。体力作り、俳句、山行、美術館・博物館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。

スキャナーを購入

2013年07月31日 22時26分20秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 これまでの古いスキャナーがあまりに動作が遅いので、イライラが爆発寸前に。ついに、衝動的な側面もあるが、新しいスキャナーを購入してしまった。
 A3の両面印刷のプリンターの購入を検討する中で、スキャナーも並行して検討していたが、先行購入となった。
 セットしたばかりで本日のところは作業終了。使い勝手の見極めは明日の午前中に行う予定。最近のものは、すべてお任せの設定が先ず出てくるようだ。動作そのものは格段に早いようだが、設定の画面操作が面倒なのは困る。細かな設定を原稿と用途にあわせてその都度てきぱきと設定したいので、そのような画面がすぐに出てくるようにしたい。
 あまりにいたりつくせりの過剰サービスというのは、押しつけがましいお節介だけなのだが、それでは世の中うまくいかないようになっているらしい。
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「松田正平展」(その2)

2013年07月31日 14時10分10秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等


 この絵は周防灘のシリーズから1982年の作品。洲之内徹の文章(「幸福を描いた絵」所収)では、「どこかの海水浴場らしいが人間はいない。しかし、誰もいない幸福というものもあるだろう」と書かれている。
 実際の本文には別のデッサンが掲げられているのだが、私はこの絵にもぴったりの評だと思う。
 周防灘の景色のデッサンを元にしているのだが、敢えて海岸、空、雲、島、船という区分けをしなくても、景色という概念を取っ払って、色彩と抽象的な形が舞っていると理解しても楽しいのでは無いだろうか。画家は抽象画について「色や線や使われた材料でそれぞれの美の世界を作り上げたもので、リンゴを描いたとか、女を描いたとかでは全くありません。」「具象と抽象と二つに、はっきり分けることはできません」と述べているとのこと。

 楽しい絵についていろいろ記載しても意味は無いと思うので、私が楽しめた絵をランダムに掲げてみることにした。



 まずは「大威徳明王」1975年。図録には同じ年の絵としてもう1枚掲載されていたが、当日私が見たのはこの1枚。4色だけが使われているが、その色は不思議とさまざまな陰翳をしめし、塗り方の工夫が面白い。これはこの絵に限らず画家のすべての絵に当てはまる。マチエールの豊かな技法ということらしい。



 次が、「鷲」1978年。



 そして初期の「綾取り」1957年。この画家らしい表現の出発点のように私は感じた。
 4本の手と紐にだけ注目し、身体にまとった青と赤の服がほとんど背景の色として塗りこめられている。綾取りの紐の赤がとても印象的だ。



 「かみきり虫」1959年。ビュッフェの影響の強い作品と図録に解説。かみきり虫というが作品自体はとても大きい。死んでいるか、死を迎えつつあるかみきり虫でろう。生物(動物・植物を問わず)に対する画家の視線、志向が明確になってくると思える。



 「眠る人」1963年。60年代、70年代はどうもこのように横に人体を描くことが目についた。特に70年代は裸婦が横になっている。この男の姿はそれらのはしりのような絵である。同時に極めて幸福な絵のひとつである。
 私もこのように寝ていたい。



 「笛吹き」1983年。この絵は、洲之内徹の「人魚を見た人」の表紙のために描かれた作品。本の表紙と図録とそして実際の絵とは、色の具合が微妙に違う。実際の絵は本の表紙の絵に近い。この絵では背景の黄色の右側、フルートを吹く青色の服の背景の上部は茶色に近い。そして髪の毛は赤に近い。顔の輪郭も赤い線である。かなりの早書きのように見える。



 「自画像(Mの肖像)」1986年。画家73歳の年の自画像である。自画像というと結構構えた顔で描かれる。ゴッホなど深刻そのものの顔だ。自己の芸術、いや、時代の芸術の抱える苦悩をすべて引き受けようとするような顔がそこにはある。
 しかしこの絵はそんな深刻なものはうかがえない。かといって画家がひたすら好々爺として悩んでいなかったわけではない。この人ほどデッサンから実際の作品になるまでの過程が長かった人も珍しいという画家であるらしい。
 しかも不思議な色である。不思議な青だが、違和感は少ない。不思議な絵である。そして本人の写真とそっくりというのも不思議だ。



 1970年代、画家は裸婦を盛んに描いている。この絵は「月と犬と裸婦」1978年。図録ではアンリ・ルソーの「眠れるジプシー女」に刺激を受けたのではないかと書かれている。
 その当否は別として、しかし私はこれらの70年代の裸婦像からはそれほどのエロティシズムは感じない。



 1982年以降、画家は千葉の鶴舞のアトリエから五反田まで裸体のモデルを描きに通って6冊に及ぶスケッチブックを残した。
 そして70歳になろうとしている画家は、こんなことを書いている。「何十年振りで裸婦をえがいたろうか、あさ黒い痩せた女はまづまづの体をしている。太もものあたりやはり女体の艶がある。‥50年前の画学生にもどった気がした」
 洲之内徹の「耳の鳴る音」には画家の言葉として「研究所で一緒に描いている女の子たちはこれを見ると笑いだすんだ」とある。さらな「付き合っている女を裸にしたらこうは描かんだろうなあという気が描きながらする。‥(モデルが)休んでいるときの方が面白い」。
 なかなかの言葉である。私には確かに1970年代の裸婦の油絵よりも1980年代の画家が70代を過ぎてからのデッサンの方が生々しく、そしてエロティックに輝いて見えるのが不思議だ。

 こんな感想を抱いて、展覧会場と併設の喫茶店を後にした。





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「松田正平展」(その1)

2013年07月30日 21時41分54秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
   

 本日神奈川県立近代美術館鎌倉館で「生誕100年 松田正平展」を見てきた。松田正平という画家のことは洲之内徹の文章で知った。多分多くの読者がそうであろうと思う。
 同じ年齢の洲之内徹とは1976年頃知り合い、以降洲之内徹の死まで交流を続けている。また洲之内徹によって松田正平は世に知られるようになったとも言われている。

 松田正平の絵というのは、あれやこれやあまり難しく考えないで、色の配置の絶妙なバランスと、対象の特徴を実に絶妙に捉えたデッサンを楽しむことが出来る。見ていて実に楽しく、幸福になる。そしてくすっと笑いたくなることもある。その瞬間の気持ちを楽しむことが出来ればいいのだと思う。
 またビュッフェの影響を読み取ることが容易だ。しかも画家独特の受容の仕方をしているのもよくわかる。
 洲之内徹の気まぐれ美術館シリーズでは「人魚を見た人」の中に4篇(耳の鳴る音、正平さんの犬、ジガ・ヴェルトフという名前、薔薇の手紙)、「帰りたい風景」の中に3編(ゴルキという魚、オールドパア、自転車について)、そして「さらば気まぐれ美術館」に2編(幸福を描いた絵、絵が聞こえる)の言及がある。あるいはもっとあるかもしれない。
 私は洲之内徹の文章で松田正平を知ったので、その影響があるのは容赦してもらおうと思う。洲之内徹とは同年とのことで1913年生れで2004年に91歳という長命でなくなっている。展覧会の図録をみるまで知らなかったが、香月泰男と同じ山口県出身で香月の二年後輩にあたるという。

 まず「薔薇の手紙」の末尾に、「正平さんの薔薇の絵を見るとき、私は薔薇の見方を教わっているのだ。いい絵は、物の本当の見方を教えてくれる」と記載されている。

   

 なかなか面白い表現だが、これだけでは松田正平の薔薇の絵の魅力はわからない。試みに1983年(70歳)と1997年(83歳)の時の薔薇の絵を並べてみた。はじめの絵が1983年の時のもの。両者は同じ構図で、配色も基本は同じ。前者をもとに後者は描き直しであろう。後者の方が配色も線描もボヤッとしている。私の好みでいえば前者、画家が70歳のころの作品だ。

 目をつぶって瞑想している人の顔にも見える右下の白い花が面白い。見方によればその上の黄色の花も人の顔に見えなくもない。画家はひょっとしたら薔薇を描きながら、人の顔を描いていたのかもしれない。画家の言葉として洲之内徹は「女の好き嫌いがそれぞれにあるように、描いてみたくなるような薔薇はそうよけいはないね」と記述している。



 この1983年の薔薇の絵はあきらかに人の顔を連想させる。この歳と特に人の顔を描きこむことにこだわったのだろうか。
 先ほどにあげた1997年の薔薇では、白い薔薇の花の部分、人の顔らしきものは敢えてそのように見ないとわからないようになっている。あるいはちょっと皮肉っぽく目を開けているようにも見える。
 私のこんな見方よりも、薔薇の花の色の明るい色彩の変化、色の配合の美しさを感じ取ればそれで充分楽しい気分になる。



 さて画家が繰り返して描いている絵に四国犬と題した絵がある。チラシの表にある黄色い犬も私は気にいっている。が同時にこの青い、目の周りが黄色い犬もまた好きだ。画家が飼っていた犬は、土佐犬というのだそうだ。私がイメージする土佐犬は大型で闘犬用の犬で土佐闘犬というらしい。土佐犬というのは中型の日本犬をさし、四国犬ともいわれるらしい。猟犬であったらしく、飼い主には忠実だが、それ以外の人間には警戒心が強く、攻撃心がつよいという。国の天然記念物。そんな強い性格がよく表現されている。薔薇にしろ、この四国犬にしろ画家は興味を持ったもの、身近なものにかなり凝る性格だ。血統書付の犬を何代かにわたって飼っていたようだ。そのようなこだわりが身近な物に対する執拗ともいうべきこだわりで描き続けた根拠のようだ。
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明日封を切る予定の壱岐焼酎

2013年07月30日 20時33分04秒 | 料理関連&お酒
 夕刻久しぶりにジョギング。5キロほどを走り、3キロをウォーキング。とても蒸し暑くTシャツは汗でぐっしょり。タオルを持って出るのを忘れたため、途中の公園の便所でTシャツを脱いで絞ったが、建物の中なので汗はひかずかえって汗が吹き出たような感じであった。
 家に戻ったところで雨がポツリと来た。危なかった。

   

 さて、壱岐で購入した焼酎3本の内、まだ1本しかあけていない。残り2本は大事に味わいながら飲む予定だ。明日この内の1本を開ける予定。どんな味わいだろろうか。楽しみである。
 購入したのは重家酒造。製品名は「雪洲 御島裸」。御島裸というのは長崎県だけで栽培されている大麦の品種名だそうだ。
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久しぶりに痛飲

2013年07月29日 21時03分00秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 昼前に眼科に寄って、一か月分の点眼薬をもらった。この眼科での薬代がとてつもなく高い。ジェネリックが無いので致し方ない。一月ごとに5000円以上もかかる。
 その後、日参している家電量販店でプリンター・スキャナーなどのコーナーを見てまわり、いろいろとカタログと製品を見比べてまわった。スキャナーの作業がつらく感じているので、OSとは別に早めに購入することを考え始めた。

 午後からは友人のというか、先輩のKさんと二ヶ月ぶりに横浜駅近くで昼間から居酒屋で飲んだ。13時に待ち合わせて、ランチタイムで開店している居酒屋で2時間ほど飲んで、お店を閉めるとのことで退散。2軒目の居酒屋へ行って1時間半近く。
 私は1軒目はチューハイとホッピー。2軒目は日本酒2合。そこで分かれて、ふらふらと隣の駅まで40分ほど歩いて少しの酔い覚まし。久しぶりに銭湯に寄った。銭湯では酔いがまわるとよくないので、温めの37度の浴槽と露天風呂横の椅子での休憩を繰り返して2時間。気持ちよい時間を過ごすことが出来た。
 再び20分ほど歩いて自宅に到着。再び眠気が襲ってきた。百名山の登山番組を見ながら、うとうと。
 こんな日はこれ以上頭を使うのはとても無理。

 昨日の松田正平展の感想は明日に延期。


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鎌倉は人気スポット

2013年07月28日 22時59分21秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 気楽に神奈川県立美術館鎌倉館まで足を運んだ。しかし鎌倉駅から小町通を抜けて美術館までの人ごみのすごさに圧倒されてしまった。
 古都鎌倉が人を集めることについてはおおいにいいことだと思っている。洒落た店が立ち並び、おおいに繁盛している。しかも若いカップルが思い思いに散策を楽しんでいる。しかし実際にそれを目にしてそこを通るとなると、オジサンはオロオロしてしまう。小町通に人が集中してしまっているのかもしれないが、鎌倉市内の他の地域にも波及効果はあるようだ。
 古都鎌倉はしかし、道路などの拡幅が難しいことや観光客向けなどの大規模駐車場の確保の困難もあり、交通渋滞が激しい。それが逆に人気の秘密でもあるし、一概に否定的な側面として強調するのはまずいのだが‥。

 ただ少々物価が高い。むろん地域に精通すれば私のようなオジサンが腰を落ち着けることのできる安い地元の居酒屋やくつろぎスペースはいくらでもあるとは思うが、そこまでして探索する気力は今のところ無い。

 さて松田正平展、久しぶりに楽しい鑑賞の時間を過ごすことが出来た。絵を楽しむ、ということからするとうってつけの展覧会である。
 感想は、明日以降にアップするつもり。

 美術館では併設の2階の小さな喫茶店でいつものとおりくつろぎながら蓮池を眺めてコーヒータイム。ホットコーヒー380円。店内ははっきり言って殺風景だが落ち着けるいい場所だ。100メートル先は小町通の終点で、道を挟んだ反対側は観光バスの駐車場で人の列が絶えることの無い場所なのだが、実に静かな落ち着いたスポットである。私のお気に入りの場所だ。
 最近は美術館の入場券がなくても入ることが出来るのでうれしい。

 本日は、鎌倉駅と美術館の間、小町通を往復しただけで鎌倉を後にした。お土産は漬け物2パックと図録。帰りは東戸塚駅で下車して、久しぶりに旧東海道の品濃一里塚(両側に一里塚が残る)、境木(武蔵・相模の国境)、権太坂を通って保土ヶ谷宿、保土ヶ谷駅から相鉄線の天王町駅まであるいた。時間が許せばさらに神奈川宿経由で我が家まで歩きたかったが、時間の都合で断念。それでも権太坂からのみなとみらい地区方面のビル街を眺めて気持ちのいいウォーキングが出来た。

 少し歩き足りないので就寝までの時間、家の周囲で短いウォーキングコースを歩こうとしたら雨が降るとのメール配信があり、断念した。

 今晩は松田正平展の図録でも見ながら就寝とすることにしよう。
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本日の予定

2013年07月28日 12時26分10秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 本日はこれから鎌倉の神奈川県立近代美術館に出向いて、「松田正平」展を見てこようかと考えている。妻を誘ったが、断られてしまった。
実は同じ美術館の葉山館では、葉山館開館10周年ということで「戦争/美術1940-1950」展も開催しているのに気付いた。こちらは10月14日までなので、後日訪れることにした。こちらは逗子からバスに乗らないといけないので、遠い。しかし松本俊介や靉光も展示される。丸木位里・俊の原爆の図も展示される。講演会4回あり聞きたかったが、これは断念せざるを得ない。

 もうひとつ、新しい方のセキセイインコが毎日餌を交換するたびに籠から出てきて飛び回りなかなかつかまらないし、自分から籠に入ることもしない。
 以前はキーボードをたたいていると右手にじゃれ付いてきて、手の中に入り込んでくるのですぐに捕まえられたのだが、最近は学習して手の中には入ってこない。手の甲に飛び乗ってじゃれつくため、なかなかつかまらない。また察しがよくなってつかまりそうになると警戒して、頭の上や型の上などつかまりにくいところに止まる様になった。
 やむを得ず羽を切ることにした。これを今日中にしたいのだが、うまく捕まえることができるであろうか。
 セキセイインコと人間の駆け引きがつづく。

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風景と人物

2013年07月28日 11時49分46秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 一昨日川瀬巴水の人物に対する違和感を書いたが、自分でもうまくまだキチンと表現できていないと反省している。もうひとつ、どんな人物ならばいいのかとも自問自答していた。





 比較が適切ではないと思うが、たとえば葛飾北斎の富嶽三十六景は必ず人物の点景が出てくる。人物が主ともいうような絵である。私はこのこのシリーズの人物が気に入っている。





 また、歌川広重の東海道五十三次も旅する人物が主であるようにみえる。

 実際はどちらも富士や宿場の景色が主題なのだが、いづれも風景と人物が溶け合っている。人物と風景は一体になっている。ひとつのドラマを見るようだ。

 一方で、現実の風景をどこかで拒否をして、現実の風景を手がかりに新しい風景を創出しようとしている画家の意欲も感じる。どこかで現実の風景を拒否しているような感じをいつも私は受け取る。現実に対する画家の違和感といったものを受け取るのだ。その違和感が具体的にどのようなものなのかは、まったく見当がつかないけれども。
 同時に風景と人物が混然一体となっている時代というものもそれとなく感ずることもある。それを北斎や広重といった画家は彼らの方法で再構成しようとしているのかとも思える。

 無論、広重や北斎と、時代もおおいに違う巴水を単純に並べて比較することの無理は承知しているつもりだが‥。近代化という時代が、都市風景や自然風景と、人間の関係を北斎や広重のときとは違って、大きく変えてしまった。巴水という画家はそれを無意識に感じ取ってたじろいでいる、といってしまって、何かをいいおおせたわけではないことは承知をしている。巴水は現実の風景に人を配置することの困難と格闘したようには感ずる。

 また、北斎や広重が現実の風景から感じ取ったと私が思う違和感らしきものが何なのかは、まったくわからない。

 これ以上、墓穴を掘らないよう、ここら辺でこの論はお終いにしておこう。
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パソコンとプリンターとスキャナーの買換え、検討中

2013年07月27日 11時23分12秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 実はこのパソコン、OSがXPなので来年4月でサポートが終了するとのことである。前回の不具合の時、いつもセットアップなどで困ったときに見てもらっている方から、ハードがもうそろそろ限界といわれている。確かにもう10数年使っている。
 来年を目処にパソコンの買換え・更新を考えている。いくつかのソフトはバージョンアップ版でしのいできたので、新規のものを購入しなくてはならなくなる。
 同時に周辺機器ではスキャナーの読み取り速度に時間がかかるので買い換えたいと思っている。A4をカラーの400dpiで読み取るのに90秒以上もかかる。本などではその間力を入れて押し付け続けないといけない。なかなか面倒である。各社のスキャナーの仕様を見てみると、今のスキャナーの読み取り速度は極めて速くなっている。
 またプリンターもレーザープリンターを使用しているが、購入してちょうど10年という古い型で、音がまずうるさい。夜遅く作業すると隣の家に迷惑と思われる音が出る。両面プリントに非対応なので、作業が面倒でもある。今の製品が発売された翌年から静音設計・両面プリントというのがほぼ標準仕様となった。
 また1000枚近い印刷をもう行うことは無いので、インクジェットにした方がランニングコストも安いしインクの交換も今は随分楽になっているようだ。さらにA3対応が欲しい。退職者会の会報などに便利だ。さらに今の機械はハガキサイズの印刷でよく機械内部でひかかって、プリンターが停止することが多い。
 今では、インクジェットのプリンターはスキャナーと一体型がほとんどである。
 スキャナーもプリンターもA3対応で、両面プリントができるものというと、今販売中の製品ではプリンター・スキャナーのトップ二社の製品ではないが、ある1社の製品しかない。これが使用しやすく、操作が簡単か、故障などが少ないか、スキャナーや印刷画面がきれいなのか、などのチェックをしなくてはならない。

 お金がかかるのは痛いので、とても悩んでいる。同時にパソコンを買い換えるとセットアップや自分に使いやすい画面や設定に時間を費やさなくてはいけないのも面倒である。
 
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川瀬巴水再論

2013年07月26日 21時22分39秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
東京十二題「深川上の橋」並びに「こま形河岸」


東京十二題「木場の夕暮」並びに「雪に暮るる寺島村」


東京十二題「大根河岸」並びに「春のあたご山」


 本日は特に予定がなかったので、いつもより時間をかけてみなとみらい地区までブラブラと周りのビルの様子をじっくりと見ながら歩いた。そして一昨日人がいっぱいだったと思われる横浜美術館を再度覗いてみた。一昨日よりも多そうな人出を見て、観覧はまたも断念。ミュージアムショップで川瀬巴水のポストカードを追加で6枚購入した。同時に市庁舎のある関内まで再びノンビリ歩いて所用を済ませて帰ってきた。

 昨年の12月に大田区立郷土博物館で「馬込時代の川瀬巴水」という展覧会が開かれた。それより前に横浜美術館の「はじまりは国芳展」で初めて川瀬巴水という名を知った(2012.11.03)。
 横浜美術館では、「東京十二題こま形河岸」に私はとても惹かれた。そして12月に大田区立郷土博物館で幾つもの作品に接することが出来た。
 その時も私は「抒情のある風景」が気に入ったと記載した。その後も折々に作品を見ているのだが、人物が描かれている作品と描かれていない作品で、私の好みは随分違いがあるのに気付いた。
 私はどうも人物が正面ないし、横を向いて表情がうかがわれるものよりも、描かれていないか、後ろ向きの作品のほうがずっといいように感ずる。
 しかしこれも東京十二題という初期を代表する作品のうち、6枚が私の手元に揃ったのだが、寺島村・木場・深川・こま形と大根がし・あたご山と並べると前者の4枚と後者の2枚と随分差があると思われる。私は前4作品の方がずっといい作品だと思う。景色に叙情性があり、作者の景色に対する思いが伝わってくるように思う。点景としての人物は風景に、背景に自然と溶け込んでいる。点景として生きている。
 しかし後者に描かれた人物は、何か安直で、深みがなく、背景・景色に溶け込んでいない。背景や景色と違う時空に存在しているようだ。そんな感想を持つようになった。

「増上寺の雪」

 これは戦後1953年の作品。これも右のほうの歩き去っていく後ろ向きの人物は雪の降る中に溶け込んでいる。しかし立ち止まってこちらを向く3人の人物は、多分都電でも待っているのであろうが、風上に背中を向けるなど細かい配慮はしている。しかし背景の増上寺の門とちぐはぐな感じを免れないのではないか。こんなに人物の存在を際立たせる配色が、雪の情景とそぐわないように思う。

 川瀬巴水の作品に出てくる景色は懐かしいというだけでなく、風景に寂寥感が漂っていてそれがいい。作者と描かれた風景、特に都市との距離感に惹かれる。描かれた都市生活への親近感と同時に何処となくその都市的な雰囲気への馴染めないもどかしさが感じられる。親和性と疎外感、これらが無い混ぜになっているように感じるのは私だけだろうか。私は、川瀬巴水の風景にとても心惹かれる。
 ところが表情の読み取れる人物、去っていく以外の行動を示す人物が描かれると、都会への親和性だけが際立ってくるように感ずる。それらの人物すべてが、この風景、特に都会の情景に妙に肯定的なのだ。
 こんな感想は、私だけなのだろうか。とても心もとないのだが、あくまでも個人的な感想として書き留めておきたい。


 
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‥‥な日

2013年07月25日 23時33分48秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 昨日みなとみらいまで出かけた折、横浜美術館に寄ってみた。プーシキン美術館展
混み具合がどうなっているか。すいていたら見てみようと思っていたが、はやり夏休みである。1階のチケット売り場は混雑を予想してか、いつもとレイアウトが違う。しかしチケット売り場には人は並んでいなかった。と喜んでみたものの、よく見ると、1階のあちこちに人がかなりたむろしている。会場内は大分人がいる気配がした。
 この程度の人ならばまずは入って一巡する手もあった。しかし人混みがとても嫌な気分だったので、残念ながら会場に入ることはやめた。
 夏休み期間に開催される人気展覧会だから、確かに子供の団体、小学生づれの親子か多数見受けられた。多数の人が美術館を訪れるというのは、これは喜ばしいことである。特に子供が美術に接する機会があるというのはとてもいいことである。私のように頭が固くなってから美術館に通いだしても遅い。若い子供のうちにそのような機会があるというのは羨ましい。
 とはいっても、歳をとると子供と一緒に美術館を鑑賞するのはこれは残念ながら勘弁してもらいたい。あのにぎやかさ、というより騒がしさはたまらない。耐えられない。夏休み期間中は残念ながら観覧は遠慮させてもらうことになりそうだ。とはいっても9月に入ってからと思うが、会期末でこれもまたそれなりに混雑しそうな気配である。
 幾度か様子を見ながら、小分けに見るのがいいのかもしれない。そのための年間フリーパス券でもある。
 さきほど、鑑賞ワークショップ「くらべて楽しむプーシキン美術館展!」を申し込んでみた。抽選に当たるといいのだが、最近は抽選は外れてばかり。

 ミュージアムショップに入ってみたが、ここもいつもより人が多い。いろいろな過去の展覧会のカタログや個人の作品集、他の美術館より圧倒的に豊富なポストカードの幾枚か、購入したいものがいくつかあったが、これも財布と相談した結果あきらめた。実は川瀬巴水のポストカードがいくつかあり、また作品集があった。
 以前に行った大田区立郷土博物館で開催された川瀬巴水展で手に入れた作品と重複しない範囲でポストカードがあればこの次にきたときに購入したいものである。どれがあるのか、記憶に無いので昨日は購入を断念した。作品集は値がはるのでぱらぱらめくっただけであきらめた。

 本日はどうも愚痴ばかりの内容になってしまった。気分が大分よくない状態かもしれない。こんな日はさっさと寝るしかない。

 体を動かさない日、体が動かない日は、脳もダメなようだ。健全な日とは言えない日であった。このような愚痴の文章につき合わせて失礼しました。
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今日の贅沢

2013年07月24日 22時55分29秒 | 料理関連&お酒
      

 対馬で購入した焼酎が1本、壱岐で購入した焼酎が2本、我が家にある。これを早く飲みたいのだが、最近の暑さでビールやチュウハイばかりを晩酌にしていた。
 その上妻が山形の庄内地方に出かけ、日本酒を購入してきた。とてもありがたいお土産で、冷蔵庫に大事に保管していたが、ようやく少し気温が下がってきたので本日からこれを夕食前に飲むことにした。
 妻はお酒にはまったく詳しくない。私が吟醸酒がどうもダメだというのは理解しているので、目についたこの「出羽の雪」を購入してくれた。
 このお酒、かなり昔に購入して飲んだことがある。三倍醸造酒などが横行していた時期から、この醸造元ではそのようなお酒をつくらないということで、盛んに取り上げられていた。今でも当時の姿勢でお酒を造り続けていると評価されているのを見聞きしている。
 味がわからない私でも、そのような話を聞くと、大事にありがたくいただくことにしている。
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「夏目漱石の美術世界」展 「文芸と芸術」から(4)

2013年07月24日 00時24分58秒 | 読書
 「文芸と芸術」という評論の冒頭で漱石は「芸術は自己の表現に始まって、自己の表現に終るものである」と宣言した。漱石の芸術論の根幹を言い表したような断定的ないいようである。
 第六回の文展についての批評文なのだが、前半部分は有名な芸術論になっているという。私はこの評論の存在についてはまったく知らなかったのだが、この冒頭のことばは有名な表現ということだ。この総論部分についてまずは概略漱石の論旨を辿ってみる。
 この最初の連載第1回掲載分の末尾は同じように「徹頭徹尾自己と終始し得ない芸術は自己に取って空虚な芸術である」とまで言い切っている。
 連載第3回では、「文展は、既に法外な暴威を挟んで、間接ながら画家彫刻家を威圧している‥。実際近頃のように文展及落が彼ら間の大問題になる以上は、ゆくゆくは御上の御眼鏡に叶って仕合せよく入選した作品でなければ画として社会から取り扱われなくなる」「天の命ずるままに第一義の活動を忠実に尽さしめる代わりに、ひたすら審査員の評価や俗衆の気受を目安に置きたがる風の薄い飢えた作品を陳列せしむるようになっては、芸術のために由々しき大事である」
 ただし批評というものの存在する根拠はあるとして「文展の審査員は政府という要らざる後盾を背負う点において不都合ではあるが、この始末をしてくれる道具としして、一般の芸術家(ことに青年芸術家)に取って有益にならないとは限らない。自分はこの第二義において審査に賛成しても好い」と批評・審査というものの存立を一応認めている。
 批評というものが成立する根拠については、漱石も随分とこの限られた連載物のなかで苦労をして論を進めているように感ずる。
 「(製作)活動が終結を告げると共に、‥、初めて作物に対して客観的態度が取れるようになるのてある。既に他人として、幾分でもわが製作に対する批判が起こる以上は、‥、自己対製作なる彼我の関係を、(己の信ずる)具現者対製作の関係に拡大するのはやむをえざる自然の順序である。」「余はこの意味において、堕落とは知りながら、具現者の批判に信頼する芸術家の心事を諒とする。そうして具現者として期待されつつある文展の審査員諸氏に向って、たとい一人たりとも助かるべきはずの芸術的生命を、自己の粗忽と放漫と没鑑識とによって殺さざらん事を切望してやまぬのである。」
 更に「自己から見て、具現の批評家というのは、自己の製作が遺憾なく鑑賞出来る人より外にあるべきはずがない。‥自己が取りも直さす自己の製作に対する最良最善の批評家であるというに過ぎない。ただ自己は自己に対して不公平に篤く同情し過ぎる懸念があるから、厭々ながら評価の権利を他人に託するのである」
 ここまで来て、批評というものが客観的に存在する根拠が示された。同時にこの批評が存在する根拠とともにその批評の陥る先も見通している。
 「同派同流の名の下に、類を以て集まり得るような、通俗な人間の一員として、芸術家が存在するならば、その芸術家は、毫も評家に不自由を感じない訳である。しかしされを裏から見ると、‥、(自らを)卑しむ所以になる。」
 ようやく漱石は自己の批評を語る位置にたどり着いた。
 「余ははじめから個人としての芸術を論じているのである。そうして芸術は自己の表現に始まって自己の表現に終るというのである。取も直さず、「特色ある己れ」を忠実に発揮する芸術についてのみ余は思索を費やして来たのである。団体が瓦解して個人だけが存在し、流派が破壊されて個性だけが輝く時期に即して、芸術を云々するのが余の目的である。」
 ここまでくれば結論が近い。批評家の果すべき役割について、文展の審査ということを通して手厳しく持論を展開する。
 「個人主義に傾きつつ発展するのが文明の大勢である。‥個性を発揮すべき芸術を批評するのに、自分の圏内に跼蹐して、同臭同気のものばかり撰択するという精神では審査などの出来る道理が無い。具現者ならば、己れに似寄ったものの換わりに、己れに遠きもの、己れに反したもの、少なくとも己け以外の天地を開拓しているものに意を注いで、貧弱なる自己の趣味性に刺激を与え、爛熟せる自己の芸術観を啓発すべきである。」
 これがこの連載の結論であろう。この文章にたどり着いた時点で私の言うべきことはいわれてしまったように感じた。

 現代の私の問題意識に沿って述べるとすると、漱石が述べていることは私が20歳の時に現代文学や政治や批評について学んだことでもある。あらゆる芸術について、国家や党派的思考からの脱却が、この漱石の文章ですでに語られている。漱石という文学者の偉大さがあらためて実感させられた。
 同時に漱石のいう「個人主義」の観点からこの文展の諸作品に対する漱石の辛らつな批評はなかなか鋭いと思うようになった。
 日本画で漱石が語った辛らつな評は、「同流同派という日本の画壇、芸術団体の持つ弊害に対する警鐘」という観点から出たものであることがわかる。漱石には「京都画壇」という存在そのものが、新しい日本画の展開の桎梏と映っていたようだ。その流派の作品、あるいは審査員の作品に対してはとても手厳しい。その流派の流儀にとらわれない作品に好意ある批評をしていたのである。
 これは新しい洋画の世界に対しても、流派的な傾向を嗅ぎ取った作品、審査員の作品には手厳しい。特に重鎮とされ、自らの作品の展開に新鮮なものが感じられないと判断した人に対する評は手厳しいものがある。その筆頭が黒田清輝だったような気がする。
 あの肩を露わにした黒田の和服姿の女性像など酷評された作品を見ると、私は画家と画家が描こうとしている対象である人物との関係が希薄だと感じた。画家があの女性のどのようなところに注目して、何を描きたかったか、漱石には理解できなかったのだと思う。私にはあの女性が息をして存在感を放っているのか、それははっきりはわからない。当時の女性について私はよくわからないこともある。
 それに較べて坂本繁二郎の牛は、新鮮な表現であると同時に、画家が牛を通してあの背景の自然と会話しているような生気を感ずるのは私だけだろうか。漱石は「考えている」と表現したが、私はあの牛は分解された光のひとつひとつと会話しているように感ずる。西洋の画にもない、これまでの日本画にもないと思われる牛と牛を取り巻く光が新鮮なのではないだろうか。牛はあの御宿の自然の中で間違いなく息をして生きている。そんな力を放っている。それは私が18歳の時にこのような知識が無いまま感じたものが、今でも新鮮に持続している。
 画家が対象との距離感を曖昧として、表現意識を希薄にすれば、それは新しい表現様式への挑戦も希薄となる。すぐれた表現による表現の様式化という発展形態もあることは認めるが、それは表現領域の拡大に繋がらなければ、停滞してしまう。大御所といわれる画家が、あるいは、画壇の「権威」が、国家という組織を背景としてそこに安住して「審査」という評をしてしまえば、それは「流派」あるいは党派的思考で固まった集団を作り上げてしまう方向へどんどん傾いていってしまう、と私は20歳のころ教わった。

 漱石は留学して英国の絵画を目の当たりにした。その絵画が貪欲に変化しながら新しい表現を獲得し変容していくのを学んだと思う。帰国後もその情報は得ていたようだ。また新しいアール・ヌーボーなどの潮流も取り入れている。日本の画壇が国家主導であることに異を唱えさらにその画壇が表現様式で停滞しようとしていることに、大いなる不満・危機を感じたのであろう。表現様式の停滞は芸術家にとっては致命傷である。

 話は飛躍するが、1960年代末の反乱というのはそのような、党派的な思考に安住した文化状況・社会状況・思想状況に対する「否」の氾濫でもあった。そういえばあの頃も、確かに夏目漱石が盛んに再評価されていたように思う。
 夏目漱石が今の時代に再び取り上げられるとしたら、この漱石の地平が再評価され、再度社会を振り返る契機となれば、これはうれしい。

 まとまりはないが、こんなことを考えながら、漱石の「文展と芸術」を読んだ。

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局地的雷雨

2013年07月23日 18時31分01秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 先ほど15時半になる少し前にジョギング&ウォーキングに出かけた。家をでてすぐに少し雨が落ちてきたか5分もしないうちに雨はあがったのでそのまま続けた。5キロの折り返し地点で5分の休憩後、復路の半分近くになってから再び雨がポツポツと降り出した。そして少し強くなったと思ったらいきなり土砂降りになった。
 約200メートル先の横浜環状2号線の交差点が、本線の高架下になるので、そこで雨宿りしようとした。しかしこの200メートルの間にTシャツからズボンから靴の中まですっかりビショ濡れになってしまった。雷も近くなり、あわてた。
 前も満足に見えないほどの土砂降り、私の経験では時間雨量40ミリを越えている降り方だ。交差点の中、分離帯のところは高架下で雨宿りに適しているので、幾度かここを雨宿りに利用したことがある。今回はここでTシャツを絞り、靴を脱いで水気を切っていた。
 ところが、この交差点並行して走っているJR新幹線、貨物船も道路の左右に高架である。そして本線の更に上には第三京浜が走っている。あわせて4つの高架から雨が滝のように落ちてくることに今さらながら気付いた。
 私の立っているところは、交差点の中でも少し高くなっている。しかし交差点がみるみる水に浸かり、私の立っているところにも水が寄せてきた。これではまずいので、あわてて次の青信号を利用して交差点を脱した。一番水の深いところでくるぶしを5~6センチも越えていた。交差点のすぐ近くのコンビニに駆け込んで雨宿りを頼んだ。わずか50メートルの距離で再び全身びしょ濡れ。トイレで再びTシャツを絞ったが、店内のクーラーが効いているためとても寒い。しかし雨宿りをさせてもらっている身としては文句は言えず、雨があがるのと雷が遠のくを待った。約15分我慢をした。降り始めてからわずか5分で交差点が冠水、車の往来が出来なくなる寸前であった。そして雨があがるまで15分。約20分の事態であった。
 再び走り出したが、ズボンがあまりにびしょ濡れで走るのがつらい。残りの2.5キロはほとんど歩かざるを得なかった。

 しかし水の勢いは怖ろしい。侮ってはいなかったが、あの冠水にいたる水の侵攻は久しぶりに恐怖を感じた。
 現役時代、台風の強烈な雨と風の中でいろいろ作業をしたことがある。川の傍や下水道のマンホールが吹き上がりそうな箇所、歩道橋の上で、雨や風の恐怖を味わったことがあるが、今回は仕事がらみではない。だから合羽もないし、近くに仲間もいないし、逃げ込む自動車もない。
 目の前にコンビニがなかったら、近くのマンションの踊場にでも駆け込まざるを得なかった。これでは雷には無防備だ。雨がほんの小降りのうちにコンビニやドラッグストアのあるところで雨宿りをするべきであった。大いに反省である。

 先ほどの雨や雷で、電車の運行や停電、浸水などの被害が出ているようだ。横浜の大雨・洪水警報はまだ解除になっていない。雷もまだ遠いがなっている。天気の予報画面を見ると、また強い雨雲が南下してきている。
 
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俳句誌10月号投句

2013年07月22日 23時09分25秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 訂正版 俳句誌10月号投句

★日盛りに水生れおり千枚田
★道示す指の先にも濃紫陽花
★じぐざぐに風吹く夕べ桜桃忌
★成り行きに任せて歩き初なすび
★国見して郭公空をつらぬけり
★「学校は嫌」踏みしだかれて蛇苺
★野苺を牛踏み行けり古墳の世
★戦世の日記は楷書虫干しす
★夏祭り懐かしき日の顔探す
★大山道蛍袋に住む精霊

 昨晩アップしたのは、修正前あるいは句会での指摘を受ける前の句稿であった。
 コメントのある句ではなくて助かった。

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