Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。体力作り、俳句、山行、美術館・博物館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。

なけなしの髪

2018年02月22日 22時35分27秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 金子兜太の俳句から。

★北風(きた)をゆけばなけなしの髪ぼうぼうす     金子兜太

 この句、なかなか諧謔に富んで面白いと思った。寒い乾燥した北風の吹く季節、作者もすでに髪の毛は少ない。しかし若くはないとはいえ活力旺盛な風貌の作者が、社会の荒野をズンズンと胸を張って進んでいく。金子兜太らしいエネルギッシュな句の境地ではないだろうか。私は冬の荒野を歩く気概はあるが、社会のなかでは軟弱である。金子兜太氏のように傍からみれば自信に満ちて堂々としている姿を見ると圧倒されてしまう。私の場合は「なけなしの髪」とともに自分の思考など富んで行ってしまう。
 ひょっとしたら金子兜太氏も地震に満ちた風貌の下には私のように弱々しい自己が隠れていたのではないか。そう思えば、私にも少しは自信も湧いてくる。
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追悼 金子兜太

2018年02月22日 12時48分04秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 金子兜太氏が亡くなった。NHKの報道では、
☆戦後を代表する俳人の1人で、戦争などの社会問題を題材に伝統的な形式にとらわれない自由な俳句の世界を築いた金子兜太さんが、20日夜、入院先の病院で亡くなりました。98歳でした。
金子さんは大正8年、埼玉県に生まれ、旧制高校時代に先輩に誘われて句会に参加したのをきっかけに俳句を始め、大学在学中に加藤楸邨が主宰する俳句雑誌「寒雷」に参加して本格的な創作活動を始めました。
戦争などの社会問題を題材に、季語や花鳥諷詠(かちょうふうえい)といった形式にとらわれない自由な作風から「前衛俳句の旗手」と言われ、海軍の中尉として赴任したミクロネシアのトラック島から帰る船の甲板の上で、戦死した同僚を思って詠んだ「水脈(みお)の果て炎天の墓碑を置きて去る」は代表作の1つとされています。
復員後、日本銀行に勤めるかたわら俳句を続け、戦争の悲惨さや人間の美しさを詠んだ作品は、戦後の復興のなか幅広い支持を集めました。
昭和37年に俳句雑誌「海程」を創刊して後継者を育てるとともに、昭和58年から17年にわたって現代俳句協会の会長を務め、テレビでも「NHK俳壇」や「俳句王国」などの番組に出演して俳句の普及に貢献しました。
平成15年に日本芸術院賞を受賞したほか、平成20年には文化功労者に選ばれ、戦後を代表する俳人の1人と評価されています。
金子さんは、平成23年に胆管がんの手術を受けたあとも各地で講演などを続けてきましたが、家族によりますと、今月6日に誤えん性肺炎のため入院し、20日午後11時半すぎに入院先の病院で亡くなったということです。
・句に込めた平和と反戦への思い
金子兜太さんは、前衛俳句の旗手として98歳まで俳句を作り続け、生涯を通じて平和への思いを17文字の世界に表現し続けてきました。
「銀行員等 朝より螢光す 烏賊(いか)のごとく」。
金子さんの代表作の1つとされるこの句は、勤め先の銀行の朝の光景を詠んだもので、それぞれの机の蛍光灯の下で仕事を始める行員たちの様子を、水中に光るほたるいかに例えました。
近代俳句の世界では、自然のありようをそのままに詠む「花鳥諷詠」の考え方が理想とされていましたが、金子さんはこうした伝統に異を唱え、人間や社会の姿を詠む自由な表現で戦後の俳句界に一石を投じました。
そうした金子さんが生涯を通じて表現し続けたのが、平和と反戦への思いでした。原点となったのは20代のときの戦争体験です。
海軍中尉として赴任したミクロネシアのトラック島では、米軍の爆撃や食糧不足による餓死で多くの戦友が非業の死を遂げ、戦争の残酷さとむなしさを目の当たりにしました。
敗戦後、1年3か月の捕虜生活を終えた金子さんは、日本への引き揚げ船の甲板の上で遠ざかる島に眠る死者たちに思いをはせながら、「水脈の果て炎天の墓碑を置きて去る」という句を詠んでいます。
また、戦争を生きながらえた人間として、これから先、平和への思いを伝えていかなければならないという覚悟を込め「海に青雲生き死に言わず生きんとのみ」と詠みました。
復員してからは、各地で目にした情景を自身の戦争体験に重ねた句を発表し続けます。神戸の港では、魚を捕るために海に急降下していくかもめの姿を、撃墜され海に落ちていくゼロ戦の姿に重ね合わせ、「朝はじまる海へ突込む鴎の死」と詠みました。
また、長崎で坂道を下ってくるマラソンの一団を目にした時には、爆心地に入ったとたんに、ランナーの体が折れ曲がり焼けただれて崩れ落ちる映像が頭に浮かび、「彎曲し火傷し爆心地のマラソン」と詠みました。そして、広島では、「原爆許すまじ蟹かつかつと瓦礫歩む」と詠んでいます。
こうした平和と反戦への思いは生涯変わらず、戦後70年を迎えた平成27年からは、作家のいとうせいこうさんとともに新聞の紙面で平和への思いをうたった句を募る「平和の俳句」の選者を3年間務めました。
また、同じく平成27年には、安全保障関連法案に反対する集会の場で掲げられた「アベ政治を許さない」という文字を揮ごうしています。

となっている。

 朝日新聞は以下のように報道している。
☆埼玉県生まれ。旧制水戸高校時代に作句を始め、「寒雷(かんらい)」主宰の加藤楸邨(しゅうそん)に師事した。東京帝国大経済学部を卒業後、日本銀行に入行。海軍士官として南洋トラック島で終戦を迎え、後に復職した。戦後は社会的な題材を詠む「社会性俳句」に取り組み、前衛俳句運動の中心となるなど、戦後の俳句運動の旗振り役を務めた。季語の重要性は認めつつ、季語のない無季の句も積極的に詠み、時に有季定型の伝統派と激しい論戦を繰り広げた。俳句をより多くの人に開かれたものにし、「お~いお茶 新俳句大賞」など軽くカジュアルな新潮流も楽しんだ。小林一茶や種田山頭火の研究でも知られ、再評価の機運を盛り上げた。
 代表句に、「銀行員等朝より螢光す烏賊のごとく」「彎曲し火傷し爆心地のマラソン」など。「おおかみに螢が一つ付いていた」など、故郷・秩父の骨太な風土に根ざした句も多い。62年に同人誌「海程」を創刊し、後に主宰に。高齢を理由に2018年9月での終刊を決めていた。
 反戦の思いから同時代への発言を続け、晩年は故郷や平和への思いを多くの句に託した。安全保障関連法案への反対が広がった15年には、「アベ政治を許さない」を揮毫(きごう)した。


 金子兜太氏の句はなかなか難しい。紡ぎあげられる言葉は連想ゲームのようにはすぐに読み手には合点がいかない。「なんでこの言葉やモノが出てくるの?」という疑問が出てくる。分からないのでそのまま放置してしまう句もたくさんあった。評者からひとことアドバイスを受けてから「なるほど」という句が多い。果たしてそれが俳句の王道か、という疑問も寄せられる。一方で読者の言葉のイメージの幅を広げてくれたということもある。危うい綱渡りのような言葉の世界を図太く闊歩したという感じがする。
 不思議と、取り合わされるびっくりするような言葉は、自然の景からというよりも動植物や人間である。あるいはそれらに喚起されたイメージである。そこに着目すると金子兜太氏の句に嵌ってしまうらしい。
 時々は金子兜太氏の俳句と格闘してみたい気もするが、まだまだ理解しきれていないという思いも同時に湧いてくる。
 以下、ネットでいくつかの句を集めてみた。

★海に青雲(あおぐも)生き死に言わず生きんとのみ
★頭痛の心痛の腰痛のコスモス
★霧に白鳥白鳥に霧というべきか
★麒麟の脚のごとき恵みよ夏の人
★大頭の黒蟻西行の野糞
★れんぎょうに巨鯨の影の月日かな
★廃墟という空き地に出ればみな和らぐ
★鮎食うて旅の終わりの日向ある
★夏の山国母老いてわれを与太(よた)と言う
★富士二日見えず遠流の富士おもう
★遠い日向を妻が横切りわれ眠る
★馬といて炭馬のこと語るもよし
★激論をつくし街ゆきオートバイと化す太
★土手に横一線の径ことばの野
★北風(きた)をゆけばなけなしの髪ぼうぼうす
★梅咲いて庭中に青鮫が来ている
★曼珠沙華どれも腹出し秩父の子
★彎曲し火傷(かしょう)し爆心地のマラソン
★人体冷えて東北白い花盛り
★霧の村石を投(ほう)らば父母散らん
★暗黒や関東平野に火事一つ
★おおかみに蛍が一つ付いていた
★夏の山国母いてわれを与太という
★水脈(みお)の果て炎天の墓碑を置きて去る
★定住漂泊冬の陽熱き握り飯
★朝はじまる海へ突込む鴎の死
★銀行員等朝より螢光す烏賊のごとく


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雨水

2018年02月21日 23時40分56秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 二十四節気の雨水であった。雨水は、降る雪が雨に、積った雪や張った氷が水になる季節、という説明がある。歳時記で「雨水」の項を見ても私から見て素敵な句と感じるものがない。項目だけはあっても例句が掲載されていない歳時記もある。
 多分現代の人にとっては、あまり身近で切実なことばではなくなっているようだ。といっても二十四節気全体でみると、啓蟄や大雪などはたくさん句がひいてある。二十四節気でも現代の人にとって身近な季節感のある節気とそうでない節気があるという事なのかもしれない。
 そんな中で、

★骨の音ためしてをりぬ雨水の日     鳥居おさむ

という句を見つけた。「骨の音」というのが何を指しているのだろうか。断定できないのがもどかしいが、首や指の関節をポキポキ鳴らすことを言うのであろうか。私のようにポキポキ鳴らすのが癖になっていると、なるほどと思うこともある。あの音は関節包のなかの空気の音と最近言われている。だが、一昔前はいろいろな説がありわからなかったと聞く。さてあの音、他人が鳴らすと聞きたくない音であるが、本人にとってはなんとも言えず心地よい時がある。そして湿気や気温や、さらに気分で聞こえ方が違う。この句の作者は雨水という節気を迎えて、これまでとは違った湿気と気温をなんとなく嗅ぎ分けたのではないか。そして癖となっている指の関節を鳴らす音にもどことなく滑らかな、暖かみを感じたのかもしれない。
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風邪とインフルエンザは違うのだが‥

2018年02月20日 22時18分53秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 明日の朝は妻を連れて近くの内科へ。昼からは友人と横浜駅で会う約束をしている。たぶん昼食は作っておくので、ひとりにしても大丈夫だと思うが‥。
 夕方には帰宅するが、夕食を作っている余裕はないので、何か総菜を購入して手早く作れるものを考えるしかない。食べやすく栄養価の高いものを見繕わなくてはいけない。横浜駅の地下街が本日一斉休業で助かったのかもしれない。明日が休みならば、友人と会ったのち遠回りをしてスーパーの総菜ないし弁当を探さなくてはいけなかった。出来合いの総菜は味が私には濃いと感じる。甘みも強すぎる。自分好みというか、妻の味付けに近いものが無いので、総菜を利用した食事はかえって手間取る。難しい。多少時間をかけても最初から作るのが一番いいのだが‥。

★風邪心地部屋の四隅の遠さかな     遠山陽子
★風邪の眼に解きたる帯がわだかまる   橋本多佳子


 第1句、何もするにもしんどい、発熱していればなおさら。そして何でもないことが気になり、寝ていられない気持ちになってくる。不思議である。
 第2句、風邪で着替えるのももどかしく布団に入ったはいいが、放置してしまった着物、それも仕舞わないとだらしなく思える長い帯がどうしても気に障る。しかし体は動かない。何か気持ちの上でわだかまる何かがあるのだろう。そのスッキリとしない気分がますます放置された帯への気分を苛立たせる。捉えようによっては、なかなか艶のある句ともいえる。風邪でたおれてもこだわるものへの強さが、着るものへのこだわりをとおして暗示させる。芯の強さもまた感じさせる。
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目の焦点があわないまま‥

2018年02月18日 20時43分27秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 作業がなかなか進まないうちに21時になってしまった。明日の会議のための資料、まだ出来上がらない。午後からずっとパソコンの画面に焦点が合わなくなっている。休憩をはさんでも回復しない。休憩が短すぎるのか、少し酷使しすぎたか。ウォーキングに出て気分転換を図りたい。星に焦点を合わせられるのだろうか‥。

★ガラス切る音を短く冬銀河     対馬康子
★北風に吹かれて星の散らばりぬ   今井杏太郎


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紅梅が開いた

2018年02月17日 18時42分27秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 会議の資料作りとコピーは終了。19時からの会議まで待機中。
 風が強く、そして冷たい。強風・乾燥注意報が出ている。15時半に北の風が風速10mを超えているが、今はそれよりも強く吹いていると思われる。
 そして20日(火)は雪の予報となっている。ここ数日雪のマークは変わらずに表示されている。だんだんと雪が降るという事が、現実味を帯びてきているようだ。
 家の前では紅梅が先週から咲き始めた。しかしまだ暖かさ、春らしさを感じない。まだまだ冬の様相である。人とちがって梅の花は季節を知っているのである。

★紅梅や枝々は空奪ひあひ      鷹羽狩行
★近づけば向きあちこちや梅の花   三橋敏雄


 第1句、冬の青い空に紅梅の紅は実によく合う。アクセントは黄色の雄蕊である。  
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枯すすき

2018年02月17日 11時21分14秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 会議の資料作りは何とか昼過ぎまでには仕上がりそうな具合になってきた。19時からの会議なので、18時半には資料のコピーを始める必要がある。夕食は17時半からとすると17時には資料作りのリミット。ホッとしたところで先ほどティータイム。ウーロン茶を飲みながら目をタオルで温めてみた。
 目を閉じて思い浮かべたのが枯れ芒の情景。河は多摩川だったか、鶴見川の上流だったか。

★枯きつて風のはげしき薄かな     杉風
★枯芒朝日夕日をよろこべり      秋山牧車

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枯れ芭蕉と枯れ蓮

2018年02月16日 20時38分38秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 先月友人と横浜市の港南区を流れる馬洗川の源頭を訪れるウォーキングを行った。途中の休憩施設をもうけた水辺には芭蕉が飢えられ、見事におおきく育っている。芭蕉の葉の枯具合というのは見事である。あのようになんら躊躇なく見事に枯れる、ということが羨ましく感じた。
 同時に芭蕉の葉のあの見事な枯れ具合は好みがいろいろあるようだ。みごとと云えば蓮の枯れた様もいい。芭蕉は芭蕉なりの見事さがある。蓮には蓮の見事さがある。

★芭蕉枯れて水面はネオン散らしけり    五島高資
★大芭蕉従容として枯れにけり       日野草城
★ひとつ枯れかくて多くの蓮枯るる     秋元不死男
★彼蓮のうごく時みてみなうごく      西東三鬼
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霜柱

2018年02月16日 11時03分58秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 本日と明日、団地の管理組合の明日の会議のための資料作り。明後日も退職者会の資料作りで、都合3日間パソコンと睨めっこである。
 熊谷守一展の感想の2回目は、会議の資料作りの合間を縫って、出来れば明日までにはアップしたいとは思っているが、はたしてできるであろうか。

 今年は霜柱を多く見かける。寒さが厳しい日が続いているためである。まだ小学生の頃は道路の舗装がされていないところも多く、霜柱を踏んで歩くのが当たり前だったが、今では霜柱を踏んで歩くことはまずなくなった。建物の北側の草地にでも足を踏み入れない限りは霜柱の感触は味わうことが出来なくなった。
 靴の下でサクッサクッという音と感触は独特である。踏むと倒れて氷が露出し朝日にあたってきらめく。2段、3段になった塊を手にして太陽にかざすと宝物のように感じたものである。同時にごく近い箇所の霜柱でも、短く硬く、乗っても崩れないものもあれば、長くてすぐに崩れるものとがある。聴覚と触覚と視覚で楽しめるのが霜柱である。

★くづれゆく自負のもろさや霜柱     平賀扶人
★霜柱踏んで朝の日散らしけり      池田寿江
★霜柱踏めば軍靴の音生まれ       田中矢須彦


 第1句、もろく崩れる霜柱ほど融けやすく、持ち上がったローム層の赤土や黒土などですぐに汚れてぐちゃぐちゃになる。無惨に崩れる自負ほど本人にとって厭わしく思われるものはない。自分のことであるのでなおさらである。傍からみれば、そんな自負など無い方がいい、と冷たく言ってしまいたいものなのだ。
 第3句、霜柱を踏んだときの小気味のいい音に、軍靴の音が重なる。これはとても悲しい体験である。初めは小気味のいい行進の音とともにあった軍靴の音、しかしそれは悲しい現実に転化するものでもあり、さらには国家そのものの破滅への音でもあった。心地よいものに惹かれてしまった悔恨を感じた。
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湯豆腐 その2

2018年02月14日 21時07分29秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 湯豆腐の句のつづき。こんな句もあった。

★湯豆腐に膝やはらかく崩しけり     大石登世子
★湯豆腐や澄める夜は灯も淡きもの    渡辺水巴


 第1句、湯豆腐は何も姿勢を正してかしこまって食べる者とは違う。湯豆腐と聞くと温かな湯気と温かな食事時間を思い出して、相が崩れるものである。そんな雰囲気が湯豆腐に似つかわしい。膝を崩して、心をほぐしながら豆腐のように柔らかな頭と体にリフレッシュしたいものである。
 第2句、少しセンチメンタルな気分になるのもまた湯豆腐がもらたす語感。雪の日のストーブと炬燵がよく似合う。

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湯豆腐

2018年02月12日 23時00分08秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 なかなか咳と痰、鼻の炎症がおさまらない。痰はそれほどには絡まずにすんなりと排出されるが、それでもすっきりとはしない。鼻も粘膜がまだ炎症を起こしているらしく、少し血が混じる。瘡蓋状の塊が朝や夕方に鼻をかむと出てくることがある。
 いづれも少しずつおさまっているようではあるが、意識しなくなるのは何時になるのであろうか。
 明日の検査に向けて22時までに食事をすませることと、就寝までは水または白湯のみ可、となっている。明日の朝も同様。
 お茶はダメとは書いていないが、水または白湯のみという事なのでダメなのだろう。いつもは寝る前に煎茶やウーロン茶を飲んでいるので、なんとなく寂しいと感じる。特にこだわりがあるわけではないが、慣れたものをダメ、といわれると急に寂しく感じる。

 本日は検査前日という事で、軽く湯豆腐で済ませた。むかしは湯豆腐鍋というのは具は豆腐だけだったと思う。濃い味の醤油ダレに鰹節やみじん切りのネギやたっぷり入れたものに豆腐を浸して食べた記憶がある。最近はあっさりとしたポン酢で食べることが多くなった。さらに豆腐だけでなく、白菜やネギ、豚肉を入れた鍋仕立てである。
 お酒を飲まず、白菜やネギも遠慮勝ちなあっさり湯豆腐、なんとなく物足りないまま、22時を超えたので、明日の検査の終わるまで食事は出来ない。何となく寂しい。

★湯豆腐や男の歎ききくことも     鈴木真砂女
★湯豆腐やいのちの果てのうすあかり  久保田万太郎


 第1句、銀座で小料理店を営んでいた鈴木真砂女、馴染み客のサラリーマンの歎き、愚痴を聞くのも仕事のうちだったと思われる。サラリーマンの歎き、愚痴は頷いて聞いてやれば、それでおしまいかもしれないが、聞くには聞くためのノウハウ、そして人生経験も、その経験に裏打ちされた受け答えも必要。誰でもが聞き上手になれるものではない。姿勢の正しい、和服の似合う小料理屋の女将像が目に浮かぶ。
 ただし、私は小料理屋で歎きや愚痴を言ってそれを聞いてもらうなどということはとてもではないがしたくない。家族にも聞かせることなどしない。愚痴や歎きは一人で飲み込むだけである。
 第2句、湯豆腐の句であまりに有名な句。久保田万太郎は鈴木真砂女の俳句の師でもある。湯豆腐を囲むどんな情景が読まれているのだろうか。読む人それぞれに情景を想定できる。それが人気の秘密だと思う。艶のある情景かもしれないし、男ひとりの情景かもしれない。鈴木真砂女の句が、歎きや愚痴を聞く立場の句なら、こちらは歎く側の句である。あるいはなにかを云おうとして無言をとおした人の句である可能性も高い。わたしなら後者の句として捉える。
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「天の病む」

2018年02月11日 14時24分56秒 | 俳句・短歌・詩等関連
★祈るべき天とおもえど天の病む
★さくらさくらわが不知火はひかり凪
★坂道をゆく夢亡母とはだしにて
★花ふぶき生死のはては知らざりき
★わが干支は魚花みみず猫その他


 第1句、「天の病む」とはまた思い切ったいいである。昨日「美」と「醜」をことさら言い立てる対比がちょいと苦手」と記した。しかしこの「天の病む」という断定、言い切りは実に気持ちがいい。天に向かって、神ともいえるものに向かって堂々と胸を張って自己主張する、その潔さは心地よい。力ある権威や、権力に対する啖呵である。
 第4句、人生一歩踏み出した時の強さ、もう逡巡し、ためらいがちに後ろに意識が向かうことは許されない、という決断をしたものの外連味の無い言い切りは心地よい。人生にはこのような瞬間が必ずある。その時に人はその価値をはかられるものである。
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石牟礼道子の俳句

2018年02月11日 09時22分23秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 今朝、ネットで「石牟礼道子 俳句」で検索をしてみた。次の記事が目に入った。【⇒http://blog.goo.ne.jp/sikyakuhaiku/e/520c81eb6a734eaf833e9a384db70304】。2013年3月28日と記されている。
 その中に石牟礼道子の俳句が9句掲載されていた。第5句は今朝の朝日新聞の天声人語にも取り上げられていた。水俣病の患者との交流の中で詠まれた句として紹介されている。

そこゆけば逢魔ヶ原ぞ 姫ふりかえれ
鬼女ひとりいて後ろむき 彼岸花
薄原分けて舟来るひとつ目姫乗せて
前の世のわれかもしれず薄野にて
祈るべき天とおもえど天の病む 『天』
わが酔えば花のようなる雪月夜   『天』
さくらさくらわが不知火はひかり凪   『天』
童んべの神々うたう水の声   「水村紀行」
坂道をゆく夢亡母とはだしにて   「水村紀行」
女童や花恋う声が今際にて   「水村紀行」
花ふぶき生死のはては知らざりき   「水村紀行」
わが耳のねむれる貝に春の潮   「創作ノートより」
わが干支は魚花みみず猫その他   「創作ノートより」
   

 今朝はまだ鑑賞出来ていない。とりあえず、句を列挙してみた。午前中の会議終了後、また目をとおしてみたい。
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「寒さ」という季語

2018年02月10日 18時18分56秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 明日の会議の資料作り。そろそろ団地の管理組合も年度末を控え、来年度の総会の議案づくりなどを始めなくてはいけない。明日の会議には通常の経過報告ととともに議案書の経過報告部分の概略を盛り込んだものを取りあえず作ってみた。いつもよりも資料作成に時間がかかる。

 結局本日は一歩も外に出ないでパソコンの前と今の間をうろうろとしただけ。東京新聞の夕刊は石牟礼道子氏の特集を組むと、ツィッターに書かれていたが、購入できずにいる。

★葱(ねぶか)白く洗ひたてたる寒さかな   芭蕉
★鯛は美のおこぜは醜の寒さかな       鈴木真砂女
★父死して厠の寒さ残しけり         有働 亨


 第一句、このような句を見ると芭蕉という人は「すごい人だな」と思う。葱の白に寒さを連想するだけではない、「洗ひ立てたる寒さ」と記すところが何ともすごいと思う。商品価値を高めるためだろうが、きれいに洗って白さを強調しようとする努力は江戸初期からあったのだろう。白さが際立つ。
 第二句、私はこの句のように、「美」と「醜」をことさら言い立てる対比がちょいと苦手だ。鈴木真砂女の他の俳句にはこのような強さは感じられないが、この句はどうしてこんなに違いを言い立てるのだろうか、という疑問が先に立ってしまう。鯛=美、おこぜ=醜という決めつけが私には向かない。鯛の美しい煌びやかな鱗の眩しさの中に、ちょっとした傷を見つけて愛おしんだり、オコゼの姿に美を見つけて感心したり、そんな美と醜の入れ替わりや相対化が私には嬉しい。葱の泥の向こうに隠れたハッとする光景を見つけた芭蕉の意識との落差に驚く。
 第三句、父の死にさまざまな感慨があるだろう。殊更対立したわけでも、尊敬しきった父であったのか、そんなことではないのではないか。ごく普通の父であり、子であり、家族であったことを匂わせたところが、この句の優れたことのように思える。それが「厠」を持ってきた優れた点なのではないか。有働亨、経歴はとてもすごい人である。
 
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私の捨てた「夢」

2018年02月09日 21時42分23秒 | 俳句・短歌・詩等関連
★純白のマスクを楯として会へり        野見山ひふみ
★熱燗の夫にも捨てし夢あらむ         西村和子


 本日も一応マスクをして出かけた。マスクをして外に出ると、眼鏡がすぐに曇ってしまう。うまくすると曇らずに何分かは過ごすことができるが、少しでも息を強めたり、息の量を多くすると途端に曇る。そんな時には二つの対処法がある。眼鏡をはずしてしまうか、逆にマスクを外すか。両極端だが、そのどちらかしか対処方法はない。大概はマスクを外してしまう。
 マスクというのは、自分と外界をさえぎるとても強い壁でもある。話し相手がマスクをしたままだと、話そのものを拒否されているようにすら思えることがある。少なくとも親身になって相手をしてくれてはいない。そんな思いを句にすると第1句のような句が出来るのだと思う。あるいは、こちらからマスクを敢えてしている図かもしれない。

 第2句、ごくごく身近な身内を見ていると、ふと「あなたの夢、どこに行ったんでしょうか」などと聞いてみたくなることがある。聞いてしまってはいけない、そんな関係もある。たとえ妻であっても、夫であっても、それを聞いてしまっては関係が崩れてしまう、というような場合がある。聞く前に踏みとどまる、ということの大切さ、大切な足踏みである。
 お互いに、さまざまな断念の果に今という時間があるのだ。触れてはいけない「核」を互いに大切にしながら、生きていきたいものである。


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