Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

時間感覚の違い

2020年07月31日 22時25分09秒 | 思いつき・エッセイ・・・

 いつの間にか7月も最後の日となった。人はこれを「時間の経つのははやい」と表現することが多い。それにならうと正月を過ぎてもう7ヶ月、もう一年の半分以上が過ぎた、ということになる。
 しかし私はやっと7月にたどり着いた、という思いの方が強い。毎日あれこれと過ぎていくが、「いつの間にか」の背後にはこのあれこれが累々と転がっていて、あれもこれもかかわって疲れた、という思いである。時間というものの体感が私は他の方とは違うらしい。単に言葉の意味の捉え方の違いなのかもしれない。
 これは30代のころから他の方との感想に違和感を持つようになって、今迄続いている。違和感があっても訂正の使用が無いし、他人の感覚に文句をいうのはさらにおかしいので、そのまま放置している。

 本日はウォーキング疲れ。業務終了。

 


昔のジョギングコース

2020年07月31日 22時01分43秒 | 山行・旅行・散策

 新横浜駅のすぐ傍を流れる鳥山川の堤防に作られた公園までの往復2万4千歩余りを歩いた。少々遠回りもしてみた。
 50歳の頃は休みの日に往復ジョギングをしていたコースである。また60歳になったばかりの頃は一日おきくらいにウォーキングで汗を流した。
 折り返し点では喫茶店でコーヒータイムとしたが、読書をするゆとりはなかった。

 帰路は公園でカメラを片手にゆっくりと歩いた。久しぶりのコース、沿線の店がだいぶ入れ替わっていた。以前は水分補給で寄ったコンビニが2軒も無くなっていたのは淋しかった。

   


本日の街中ウォーキング

2020年07月31日 13時22分08秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 昨日と同様に、午前中は退職者会の記念誌の手直しと「定家明月記私抄」を読む。
 午後も昨日と同様に、ウォーキング&街中ウォッチング。本日は自宅から新横浜駅の往復を考えている。

 どんよりとした曇り空であるが、雨は降りそうもない、と判断。ただし小さな傘は持参。しかし涼しい。肌寒いくらいである。

   


明日も雨の予報

2020年07月30日 23時06分27秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 友人に返信メールを含めて3通ほどのメール。そして記念誌の原稿の若干の訂正。送ってもらった画像データを貼り付けたりしているうちに22時近くになってしまった。
 あわてて30分ほどのウォーキング。途中から霧雨となってしまった。
 最近は夜のウォーキングに出かけると雨が降ってくる。妻には「最近また雨男になった」と笑われている。



 本日は公園では、コスモス、サルスベリとピンク主体の花ばかりが目についた。

 「定家明月記私抄」は二つの節を読んだ。少々疲れたのであまり先に進めなかった。

  明日もまた午後から雨の予報、降水確率は60%。

 


コスモスの花

2020年07月30日 21時17分46秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 曇り空であったが、雨は降りそうもない天気。自宅から片道8千歩ほどにある大きな公園を往復した。
 公園にある球場の傍で、意外にも現役時代の仲間に遭遇。私よりも5歳ほど若い彼はまだ現役で職場対抗の軟式野球大会の監督で野球場にいた。同時に私の知っている組合員も選手として参加おり、懐かしく挨拶を交わした。皆元気な様子で嬉しかった。
 まさか会うとは思っていなかったので、大変驚いた。皆休暇を取っての参加である。お互いに距離を保ちつつのびのびと野球を楽しんでいた。15分ほどネット裏で観戦してから、挨拶をして別れた。
 公園内ではもうコスモスが咲いていた。

   


緊急地震速報

2020年07月29日 23時09分28秒 | 天気と自然災害

 パソコンを立ち上げた直後に私と妻の携帯電話で同時に緊急地震速報が鳴った。携帯電話の緊急地震速報の不安をかき立てるあの音を聞いたのは久しぶりである。
 何度聞いても嫌な音である。あの音を作った人間は大したものだと思う。聞き逃すことのできない嫌な音である。人の気持ちを逸らさない。そしてあの音に慣れて、心地よく聞こえるということはないと思われる。人の不安をかき立てるような音である。
 その不安が現実とならないことを願うばかりである。

 気象庁の発表は次のとおりである。

各地の震度に関する情報  令和 2年 7月30日09時44分 気象庁発表
30日09時36分ころ、地震がありました。
震源地は、鳥島近海(北緯30.6度、東経141.9度)で、震源の深さは約60km、地震の規模(マグニチュード)は5.8と推定されます。
この地震による津波の心配はありません。この地震について、緊急地震速報を発表しています。
この地震で緊急地震速報を発表しましたが、強い揺れは観測されませんでした。
この地震では震度を観測していません。 

  実際に強い揺れが起きずに済んでホッとしている。JRも私鉄も横浜市営地下鉄も点検のため一時運転を見合わせている。列車の中ではいっせいにあの緊急地震速報の音がなったのであろう。私が大勢の人の乗っている電車にいたら、どういう風に反応しただろうか。しかも何事もなかったように電車が止まらなかったら、逆に心配になったと思う。

 ミンミンゼミは、緊急地震速報撫などむろん眼中になく、中断することなどなく、ずっと鳴いている。

 


「定家明月記私抄」 2

2020年07月29日 23時09分28秒 | 読書

 昨日に続いて「定家明月記私抄」(堀田善衛)を読む。
 「俄ニ遷都ノ聞エアリ」「仏法王法滅尽」「初学百首」「明月記欠」の4つの節に目をとおした。定家19歳から20歳の頃である。
 定家19歳の時に「初学百首」をものにする。たとえば“をしなべてかはる色をば置きながら秋をしらする荻のうは風”(秋二十首から)などを引用している。
 堀田善衛はこの年の前半、養和の大飢饉があり改元されているが、鴨長明が仁和寺の隆暁訪印の京の餓死者を四万二千三百かぞえたという記事が残る年である。
 堀田善衛は、この京の現実と歌の世界や、兼実などの日記「玉葉」の世界との乖離に言及している。私も同感であるが、それよりも私は以前から思っているのだが、この初学百首は総じて、19歳なりの青年の「情念」などが読み取れないことに興味をひかれていた。単的に言って、若さがどこにも感じられないことが不思議なのである。

 堀田善衛は「二十歳の青年のもった教養の度合いというととしては、やはり驚くに足りるであろう。しかもそのほとんどどの歌をとっても、余計なもの、過分なものが手足を突き出していないということも、これも驚くに足りる。また青年の歌としては、このことばづかいの肌合いの冷たさ、ほとんど陶器の触感を連想させるかと思わせる、その冷と静は、やはり一級品としての格をすでに持ちえている」と記述している。
 確かに当時の歌の世界には青年の情念などは持ち込むべきものではなかったと思われる。しかし定家の若い頃のかなりの喧嘩速さなどの逸話を聞くにつれ、歌の世界にまったく匂ってこないその「情念」に私はこだわりたい。あるいは「余計なもの、過分なものが手足を突き出し」ていないことが不思議でならない。
 この「冷たい陶器の感触」という視点で、これから先を読み進めめてみたい。





最上川の氾濫

2020年07月29日 21時13分23秒 | 天気と自然災害

 最上川の氾濫、山形県に生まれ長年住んだことのある妻にとっては、テレビに映し出される情景は身につまされるようだ。同じ県内でも友人の住んでいるところは幸いにも離れていた。

 横浜市内は、16時半を過ぎた頃からポツリポツリと降り始め、先ほどまで雨の音がしていた。現在、雨はあがったようだ。

 天気予報を聞いていると関東地方は7月中の梅雨明けはない模様。8月にずれ込む可能性が大きいらしい。
 私の誕生日まで梅雨が続く可能性もある。梅雨明けと同時に広島・長崎の原爆忌ということになるのだろうか。ひょっとしたらさらに遅れるのであろうか。

 そして本日は肌寒いくらいの気温であった。横浜駅の地下街を少しだけ妻と歩いたけれども、空調の設定が低すぎるところもあったし、駅周囲の道路でも長袖を着ている人も多くいた。

  先日撮影した写真がたくさんある。せっかくなので順次掲載しているが、どれもが同じ構図で面白味に掛けるが、ご容赦願いつつ、本日もまた掲載してみる。

   


アガパンサスの種

2020年07月28日 23時06分11秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 午前中は引き続き記念誌の編集作業。現時点で出来るところまではとりあえず完成。あとは来年の5月までに原稿が集まり次第埋めていく作業。しかしこの記念誌作成にあたり、私の担当する記事もいくつもある。
 さらには、隔月発行の機関紙5回分の原稿も作成しなくてはいけない。来年の5月まではだいぶ振り回されそうである。

 午前中の作業はこれにて終了、昼食は外で摂ることに急遽決定。しかし15時過ぎくらいから雨の予報になっている。

 

 団地の中のアガパンサスも花はもう咲いていない。いつの間にか実をつけている。


マツバギク

2020年07月28日 23時06分11秒 | 俳句・短歌・詩等関連

 さて、本日連絡があり、退職者関係で8月末に三役が集まる会議が入った。ここに合わせていくつかの段取りを組むことが出来そうである。
 本日はこれにて業務終了。明日もまた雨が続くらしい。



 松葉牡丹を詠んだ句はいくつかあるが、松葉菊では見つからなかった。陽射しを受けて輝く様子は松葉菊の方が浮きたつ。私はまだ小学校に入る前、松葉牡丹の花にどういうわけか惹かれていた。その頃は松葉菊なる花があるとは知らなかった。松葉牡丹では私の好みの句は見つからなかったが‥。

★おのづから松葉牡丹に道はあり     高浜虚子

 松葉牡丹も松葉菊も石垣沿いによく見かける。同時にその場所は道に添っている。

 


「定家明月記私抄」 1

2020年07月28日 22時33分19秒 | 読書

 「定家明月記私抄」の「明月蒼然、定家十九歳」の項を読了。10ページに満たない項ごとに章立てのようにしており、読む分には短く一区切りで助かる。
 1180(治承四)年、定家19歳。この年鴨長明26歳、九条兼実は31歳。4月29日の旋風ないし竜巻被害の記述について三者三葉の記述を比較している。
 しかし違いの指摘そのものが、「私は地位が意識を決定するとも決定的に思いはしないけれども、同一の事態に対する反応の差異を見ることは、こういうものを読み進めるについての面白味の一つである」という指摘でとどまっている。
 とどまっている、と批判的に書いても、では私がこの三者三葉の反応・記述について詳細に記述する能力はないし、そこにこだわる続けることに何か重大な意味付与が出来るとも思えない。


雨はまだときどき

2020年07月28日 20時22分03秒 | 日記風&ささやかな思索・批評



 小雨の中を買い物に出かけた。ひどい雨ではなかったので、傘はさしたり畳んだり、はた目から見れば面倒なことをしながら歩いた。
 行くときは二人で歩いたが、帰りは妻はバスに乗り、私は重くなったリュックを背負いながら雨の中のウォーキング。運動靴が濡れない程度の雨であった。
 しかしいつになったら梅雨明けするのであろうか。

 夕方帰宅後は、午前中の編集作業の続き。これよりいつものドラッグストアに追加の買い物の荷物運び&読書タイム。

 


午前中の作業は終了

2020年07月28日 13時17分44秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 朝から組合の退職者会の事務作業。30周年記念誌の編集作業である。新聞と違ってA4で40ページの紙面の構成を考えている。先月の編集委員会でページ毎のおおよその割り振りは決定済み。
 全部自分でつくるのではなく、原稿を印刷会社に送信して割り付けなどすべてお願いするのであるが、おおよその割り付けまでは指定しておきたい。9月の編集委員会までに一応の形をつくってイメージの共有をしたい。原稿締切は12月末なのでまだ時間はたっぷりある。
 小さなリーフレットなど自分で印刷して配布するものは、全部自分でこなして来たけれど。1500部近い発行の機関誌は初めて。

 午後からは雨も上がっているので、買い物の荷物運びを命じられた。 


本日より「定家明月記私抄」(堀田善衛)

2020年07月27日 23時19分56秒 | 読書

 本日から「定家明月記私抄」(堀田善衛、ちくま学芸文庫)を読み始めた。まずは「序の記」を読み終わる。
 ここでも堀田善衛は「方丈記私記」で記した「明月記に“世上乱逆追討耳に満つと雖も、之を注せず。紅旗征戎吾がことに非ず”という一文があることを知り‥自分がはじめたわけでもない戦争によって、まだ文学の仕事をはじめてもいないのに戦場でとり殺されるかもしれぬ時に、戦争などおれのしったことか、とは、もとより言いたくても言えぬことであり、それは胸の張り裂けるような思いを経験させたものである。」と少しずつ文言を変えて繰り返している。

「この(紅旗征戎‥)一言が、わずかに十九歳の青年の言辞として記されていたことは、衝撃を倍加したものでった。‥その当時として天下第一の職業歌人俊成の家に生まれていて、自分もまた‥家業を継ぐべき位置にあったとしても、‥その時世時代の動きと、その間に在っての自己自身の在り様とを一挙に掴みとり、かつ昂然と言い抜いていることは、逆に当方をして絶望せしめるほどのものであった。」

「「方丈記」について書いたときも疎であったが、‥いつも同一の歌について、自分のなかに二つの傾斜部分が生じることに悩まされつづけて来‥。“雲さえて峯の初雪ふりぬれば有明のほかに月ぞ残れる”‥薄墨の朦朧たる背景に音階、あるいは音程を半音程度にしか違わぬ白の色を組み合わせて配し、音の無い、しかもなお一つのはじめも終わりもない音楽を構えてだしていること、‥それは高度極まりない一つの文化である。十二世紀から十三世紀にかれてかくまでの高踏に達しえたぶんというものが人間世界にあって他のどこにも見ることがないというにしたっては‥。‥けれどもさていったい、だからどうだと言うのであろうという不可避な念を更に押すとなれば、この音楽はその瞬間にはたと消えてしまってあとには虚無が残るばかりなのである。そこに意味も思想も、そんなものは皆無なのである。‥自分のなかにこういう二つの傾斜をもったままでこの詩人、あるいは彼の生きた実に長々しい生涯とその時代に付き合ってどこまで行けるのか‥。」

「“行蛍なれもやみにはもえまさる子を思ふ涙あはれむしるやは”誇張などとは私はまったく思わない。雨が降ろうが風が吹こうが、後鳥羽院のあとを追って文字通り駆けまわらなければならないのである。二流貴族、職業歌人のかなしみもここにきわまれりともいうべきであろうか。」

  いつものように覚書として。各章の要約でも無く、キーセンテンスでも無い。同意・不同意は別にして、私の気を引いたところ、気になったところである。


夏野菜

2020年07月27日 21時13分59秒 | 俳句・短歌・詩等関連

★詩も川も臍も胡瓜も曲がりけり          橋 閒石
★青き胡瓜ひとり噛みたり酔さめて         加藤楸邨
★白昼のむら雲四方に番茄(とまと)熟る      飯田蛇笏
★初なすび水の中より跳ね上がる          長谷川櫂

 胡瓜もとまとも茄も夏野菜。むろん季語である。
 第1句、言葉遊びのように曲がったものを並べているが、「川」も「胡瓜」も今や曲がってはいない。川という大がかりなものも護岸整備とともにまっすぐにしてしまう時代である。胡瓜も人工的にまっすぐにしていたものから今やまっすぐに育つものに品種改良されたらしい。
 「臍曲がり」も昔は一目置かれていたようだが、昨今は煩わしい偏屈親爺として端から相手にされない。
 そして「詩」も素直に作られ、読まれることもなくなったのだろうか。否、「詩的情緒」というものが絶滅してしまっているようにも思えるというだ。
 第2句、昔は酔い覚ましに胡瓜を1本丸かじりしたこともある。今は二日酔いようのドリンクに変わった。
 第3句、とまとには太陽の光線が似合う。太陽の光が無くてはあの味はないと思っていたが、今やビニールハウスの中での人工太陽でも十分に育つとのこと。
 第1句から第4句まで、夏野菜の季節感も今や消えてなくなりつつある。季語から消えてしまうのだろうか。と、わざと大袈裟に考えてみたくなる。