怠慢主婦 ドイツで同居 

日本食を食べなくなり義両親のしもべと化し、すでに何年になるだろう。遠い目しながら今日も行き抜いてやるぞっ

すてきなエチケット袋でゲロゲロのときも癒されるように準備したい。

2019年05月31日 | 健康
何年か前、訪問先で食事をご馳走になったその数時間後、往来で具合が悪くなった。
私は日頃から買い物のために袋を持参していて、その日はプラスチック製の袋だったのが役立った。
素早くかばんから取り出して、げえげえと派手にやった。すでに日没後だったので、そんなに目立たなかった。
その袋は非常に大きく、頭をどっぷり突っ込んでいられたのもよかった。

まあ、往来で嘔吐することは今後の人生にそんなに無いとは思う。
1年に1度程度、季節の変わり目に突然頭痛と吐き気がしてもがき苦しむ。ウチでそれが発生すると、ベッドにもぐりこんでウンウンとうなりながらその症状が過ぎ去るのを待つ。
なるべく薬は使わないように、とは気をつけているのだけれど、薬で頭痛が治まると「使ってよかったぁ~」とほっとする。痛みは盛大に体力を消耗するものだ。
さて、頭痛はともかく、嘔吐は周辺を汚す可能性があるので周到に用意している。
枕元との小さな棚には、帰省時に飛行機に常備されているエチケット袋を常備している。

その飛行機の袋を外出時に持って行ってみた。

やっぱ、もったいない。
これは家の中専用にしよう、思った。

嘔吐のための物資にも何かとこだわりがあるのって、何か変だな。
吐くのがちょいと楽しみ、って感じの袋にすると具合が悪くなっても落ち込む度合いが少なくなるかな・・・・
他人には「健康に気をつけて」と言ったり書いたりするが、実際のところいくら気をつけたって、病気になったりしちゃうものだ。
人生上手く行かないときもあるさ、そういうときにもひどく落ち込まないようにやりすごす心のトレーニングが必要だろう。

ネットで検索すると、手作りエチケット袋の作り方サイトが結構ある。
そうだな、次のゲロが楽しみになるようなエチケット袋を作ってみようか。



一部の高齢者には庭と家屋が死ぬまで必要

2019年05月30日 | 庭仕事
2003年に発行されたこの本を読まれた方も多いのではなかろうか。著者はドイツ人で、ここでも本屋で頻繁に見かけたものだ。(もちろんここではドイツ語版)
内容の終盤に老後の暮らし方について述べた部分があり、そのひとつに永らく疑問を持っている。

「70歳をめどに小さな家に移る」
という記述だ。
ウチ周辺の高齢者は、引っ越すどころかみな、長く住んでいるその家や地域にとどまっている。
第一、義両親もそうだ。

今日もせっせと庭仕事に勤しんでいる。

この労働こそが、彼らを健康にさせている原動力だ。
下手に小さな住まいに移ってしまったら、運動量が極端に減り、健康を損なうのではなかろうか。

もちろん、大きな家屋や庭の面倒が見切れなくなっている例もある。先月引っ越してしまったドイツ人K子さんだ。
親族の、これまた高齢者の女性と凄まじく大きな家に住んでいた。
掃除は自分たちでできないので、週に一度お金を払って掃除に来てもらっていたそうだ。
とうとう、そうした生活がムダに感じ、その家を売って小さなアパートの一室に移った。

彼女らの場合、家屋や庭の手入れなど全く興味が無かったようだ。スポーツジムに通っていた。
こんな無駄な話はないだろうな、とK子さんの話を聴きながら義両親たちとの大きな違いに驚いた。
そして、K子さんは同世代の義母よりひどく老けてみるのも確かだった。
結論。
でかい家と庭は健康と若さを保つ・・・ってのは飛躍しすぎかな。
2年ほど前、K子さんと義母は同時期に同じ病院の5階と6階に入院していた。義母を見舞ったあと、K子さんの病室に行った思い出。


私の庭仕事はこれ。
唯一庭に植えることが許されたオレガノの収穫とその乾燥保存作業だ。

午後遅く、義母の妹が大量の衣類を持ってやってきた。
娘が太ってしまって着られなくなった服だ。

もともと長身で横幅もある義母の妹の娘G子さんだ。もらっても小柄な義母と私には合わないだろう。
だが、これは義母に合った。
かなり丈の長いジャケットだ。これ、葬儀のときくらいにしかドイツでは着る機会が無いかもしれないぞ。
わたしがときどき日本から持って来た紺色のジャケットを着ると、出かけた先で「今日は葬式があるのですか」と尋ねられるんだ。

古着の山から発見した、とりあえず私に着られそうなカーディガン。

少々無理がある。脇のところがタプタプしている。
これからの季節、強い太陽光線を避けるためにこうしたものが複数あると便利かな、と思って私用にもらっておいた。

旅行土産

チョコレートだ。この50gの大きさの品を10個ほどいただいた。
アメリカのチョコレートはひどく甘い、と聞いていたがこれはさほどでもなかった。

このようにして、運動は庭仕事、衣類は親族から、甘味は旅行土産で(義母ケーキもあるが)賄っている。
現金無くても生きていける義両親たちと私。(夫は例外?)








一緒に住むことさえしなくなってきている傾向を感じる欧州

2019年05月29日 | ひとびと
半年ほど前に知り合ったドイツ人L子さんとL雄さんは、2017年の大晦日の夜に渋谷で年越しをしたのだそう。
また日本旅行をしたいと言っている。
さて、この二人は恋人同士になって数年だそうだが、一緒に住んでいない。双方とも一人暮らしをしている。L子さんの両親は同じ市内に住んでいる。私から言わせれば、家賃のムダだが、きっと彼女の両親も口うるさくて一緒にやっていられないのだろう、と思った。
子供を早く独立して生活させるには一挙一動に意見してうるさがらせればいいのだ!それを我慢して一緒に生活している夫など、もう、例外中の例外だ。
日本在住時には「欧州人は子供たちは両親の家から早く出て独立して生活する。家賃の節約のために恋人と同棲することも多い」と読んだ記憶があるが、必ずしもそうでない例はたくさんある。
住居を借りたり買ったりするのはドイツ人でも相当な経済負担なので、二世帯住宅や親の敷地内に子供や孫が家を建てるなどの例もたくさん見ている。

ところが。最近のまた新しい傾向なのか。
このL子L雄カップルのように、一緒にすまない恋人同士も増えているのではなかろうか。
お互い好きでも、一緒に暮らすとなるとお互い外では見えない嫌な部分が見えてくるのは当然だ。一人で暮らしたほうが楽なことは親から独立することでみなわかっている。

アフガニスタン人Sさんの場合。
彼はつい数ヶ月前まで滞在許可について非常な苦労をしてきた。難民として入国して10年近くになる。アフガニスタンの情勢が必ずしも非常に危険であるというわけではないという事実があるらしく、なかなか長期滞在許可が下りなかったらしい。
ところが。
Sさんはとうとう長期滞在許可が下りた。
ルーマニア人女性との間に子供ができたからだ! 少し前までこの事実は極秘にされていたが、彼女のおなかが目立つようになってから公開してもいいことになった。
お相手は長身細身の知的美人。前の男性とのあいだに8歳の女児がいる。ここでは教育関係の仕事に就いている。
EU国籍者、ドイツでしっかりとした職業を持っている女性とのあいだに子供を持ったので、滞在許可がでた。
私は当然彼女と結婚をするだろうと思っていたら、どうもしない様子だ。
それどころか、一緒に住むことも考えていないらしい。これはかなりのショックだった。

アフガニスタンといえば、家庭について保守的な考えをする人々が多いと思っていた。
いまでも日本でさえ子供ができたら結婚、という発想がをする人が大抵なのではなかろうか。

結婚どころか一緒に住むことさえしない人々が増えつつあると感じる。
そのほうが関係が上手く行くからと無意識の部分で避けているのかもしれない。
父母と子供、祖父母などと一緒に住む習慣が次第になくなっていく。みな一人で生活するようになり、たまに外で良い部分だけを見せ合うというのが普通になっていくのかもしれない。
どうだろう。次の10年後が楽しみだ。











夫も頑張っている、義母の食え食え攻撃

2019年05月28日 | 義母
週末の昼食。久しぶりに黒米を入れたご飯。
先日の誕生日会でフィリピン人女性が「私はご飯が無いと生きていけません」と盛大に主張していたな。
そばにいたドイツ人旦那さんは「週末には毎週アジア食材店で大量に米を買います」と言っていた。
義両親たちは、こうしたアジア人たちにも「自国の文化をドイツに持ち込むな」と言うだろうか。面と向かっては言わないだろうな。ドイツ人にとってのかなりのストレスになる外国文化はやはりイスラム教のように感じるので、キリスト教徒が多いフィリピン人などはあまり気にならないかもしれない。
普段は私の米飯食には何も言わない義両親。たまに機嫌が悪いといろいろ言ってくるものだ。

おかずの品数が多くなる週末の義母料理。

その午後、義母は自分の息子のためにケーキを焼いた。
夫はそれを全く食べなかったので、翌朝不満に思って彼に言った。
「どうしてケーキを食べなかったの」
夫は答えた。
「ずっと事務所でケーキを食べる日々が続いていたので、食べたくなかった」
これに対し、義母は凄まじい論理で反撃した。
「私のケーキは甘くありません。だから食べなさい」
いや、そういう問題じゃあないだろう。砂糖摂取量じゃあなくて、ケーキが続いて食べ飽きていたところって理解できないのか。理解できないのではなくて、何が何でも自分のやり方や考え方を押し通したいのでこうした会話になるのだろう。

そういえば、先週水曜日だったか。いつも義父は午前中に仲間と卓球をする。
その日は時間を大幅に延長して戻ってきた。すっかり冷めてしまった料理を食べなくてはならなかった義父。
言わなければいいのに義父は「この肉はバサバサだ」と言った。
義母はそれに対して「あなたが時間通りに終えないから、バサバサになってしまったんですよっ」と答えた。
温かいうちに食べた私も、その肉はバサバサに感じた。一緒に食べた義母も「なんだか油っけ無くてバサバサね」と言っていたじゃあないか!

日本の日本人以外は言い争いのときとんでもないことを言い出すこと事が多いと感じている。
頭が悪いんじゃあないか、って思ったことも多い。
いや、言った者勝ちなんだ。義父は義母の主張に素直に謝っていた。
「遅れてごめん・・・・」
恐ろしや、ドイツ生活。

夫も私も、義母のさまざまな口攻撃にはあまり反撃をしない。
黙ってしまうんだ。
これはあまり好ましくない態度なのだろうけれど、義母のあまりにも論理性のない攻撃を相手にするのがバカらしくなることもしばしばなんだ。

まあ、特に夫と私は寄生生活だ。
あまり反論しないで、そのまま聞き流すくらいの態度の方がいいかもしれない。たまには「まさにそうですね」と同意してやる心の余裕だって見せてやらなければならない。(心の余裕など、ないっ!)

義母が大事にしているバラが咲き始めた。

二階のベランダから見下ろす。

バラの花は豪勢な感じがしていいものだ。

普段みみっちい生活をしているので、なおさらこのバラに癒されるぞ。


簡単な食事の例、おにぎり普及は塩むすびが適当だと思うドイツ生活。

2019年05月27日 | 頑張って食べる
ある日の夫の夕食。
仕事が忙しすぎて、事務所で食べることにしたと連絡が写真入りで来た。
英語のような単語が並んでいるのでお分かりになるだろう。サラダだ。
サラダだけの夕食って、ケーキだけの夕食と同様あまりよくないなぁ・・・ウチの夫、大丈夫か。日本の常識から考えるととんでもなく不健康な食生活を生まれてからずっとしているわけだから。

こちらは外出先で台湾人と私の軽い昼食。

近所の肉屋でレバーケーゼというふわふわハムと(写真上)ポテトサラダ(中央のプラスチック容器の)を台湾人は買ってきた。
「半分づつ食べましょう」ということになったんだ。
人にもよるが、ここの一人分は東洋人女性には多すぎることが多い。台湾人と日本人で半分づつにしてちょうどいいという具合だ。
地球上に東洋人が増えると、食品関連産業は衰退するだろうな・・・・いや、一人当たりの食糧が半分でいいのだから地球環境を守るという点ではいいことかもしれない・・・・などという途方もないことを思考してしまった。
左に見えるのは私が作ってきたおにぎりだ。
ここ数年、おにぎりに海苔を巻いたり、具を入れることをしなくなった。塩むすび専門になりつつある。
たいていの人は、この超シンプルなおにぎりをおいしいと言って食べてくれる。自分でも作りたいから教えてくれ、一緒に作ってくれ、言われることも多い。
ただ、日本ファンのドイツ人、在住外国人はおにぎりについても少々知識があるから、黒いものが無いこと、中身が無いことにがっかりしている。
海苔も具も高価なので、義両親同居で住居費を節約している私たち夫婦には無理なのさ~、と説明してみたい。
いや、いまだに少々警戒していて、海苔をはいで食べる人、ツナのマヨネーズ和えが入っていると「私、ベジタリアンなので」と捨ててしまう人物がいるんだ。
なので、ドイツには塩むすびが合っている、と思ってこれからもせっせとこれを披露していこうとおもう。






義母は毎日せっせと庭仕事に勤しんでいる

2019年05月26日 | 庭仕事
ここはイチゴ、葉物野菜、豆などを植える畑だ。キチンと手入れされていてもうすぐ種を撒いたり苗を植えたりするのだろうな。すでにイチゴが植わっている。義両親たちは市販のイチゴを一切食べない。

以前から私の好きなものを植えてほしいと願っていたのだが、義母はあまり言い顔をしない。日本のかぼちゃを植えたこともあったな。「葉ばかりで、実ったのはたった二つではないですか」と義母に責められ、翌年からは諦めた。
そんななか、とりあえず一種だけ許可が出ているのがこれ、オレガノ。
近くにルッコラも植わっていた。虫害で全滅した。市販のルッコラはかなり薬剤が使われているのだろうと予想した。今後の人生、市販ルッコラは口にしないようにしようっと。

リンゴの実。日本の生活ではリンゴがどのように育つのか実際を見たことがなかったものだ。

ウチ周辺の舗装されていない農道。ここを自転車でゆっくり走るのは楽しい。
独特の振動を身体に感じるのが心地いいんだ。

菜の花は終わり。

種から油をとるのだろう。日本の場合は花を食用にしたと記憶しているが、そうだったか?
実家生活では菜の花を食べたことが無かった。

美しき5月に炭水化物摂取を迫られる

2019年05月25日 | 気候
昔からドイツは5月が一番美しい季節と、歌にさえ歌われてきた。

先週半ばまでひどく天気が悪く、今年の五月は最悪と感じていたものだ。
今日からしばらくは好天が続くようだ。
服装天気予報も軽い上着程度に描かれている。この天気予報サイトで東京を見たら凄かった。短パンだった。

天候の変化が激しいのと、結構過酷な生活をしているせいなのか、体調を崩し気味だ。
医師にこう言われてたまげた。
「もっと炭水化物を摂りなさい」
ですって。
少し前まで炭水化物摂取をかたくなに拒否する理論がまかり通っていたものだ。それを瞬時に思い出して、医師の前で笑ってしまった。
すでに充分に米飯やパンを中心とする食生活を続けているのに、更にもっと食べろって、どういうことだ。
10年ほど前は月に5キロの米を一人で消費していた。さすがにりすも寄る年波には勝てず、最近は3キロほどに減ってきたけれど、それ以上にケーキ類を食べるようになってきたので摂取総カロリーでは10年前より上回っているかもしれない。
私の医師は日頃肥満者ばかり診ていて、ガリガリの私が珍しいのかもしれない。
「ひどく低体重ですね・・・」と曇らせた表情が印象的だった。

実際のところ、わたしの検査値が悪く、それを改善するためには運動後に炭水化物を普段以上に摂取することが大切とされているらしい。
週に2,3度、約8キロの歩行が私にはもしかしたら身体に負担になっているのかもしれないそうだ。
医師はその運動量を否定しなかったけれど、義母同様食え食え攻撃をかけてきたのには本当に参っている。
これ以上、どうやって食えって言うんだ?胃腸を悪くするぞ?

もしかしたら、日本で診察を受けたらそんな風に言われないのかもしれないとも予想。
やってくる患者はみな私と同様にガリガリに近い人物ばかりだろうし。
人種の違いで診断も微妙に違ってくるのかもしれない、という怖さをちょいと感じずにはいられない。

サウナの広告。路線バスに印刷されたもの。

結構お気に入りの広告だが、日本ではクレームになるかもしれないな。全裸の男女が問題って。
ネットで少々検索したら、入浴なども身体に負担になって検査値に影響すると読んだ。
しばらく何もせずに安静にしているのがいいのかなぁ。サウナ、好きなんだけれど!



見た目が更に重要なのかもしれない、ドイツ生活

2019年05月23日 | 物品
義母が、毎年二度ほど開催される農家夫人団体旅行に行ってきた。ウチは農家でないが、義母の妹がそうなので、毎回彼女に誘われて付き添っているようだ。
帰ってくると、行った場所の様子などを語ってくれる。
義母は朝食を摂って家を出たのだけれど、その日帰り旅行は朝食付きなのだそう。
「まあ、みんなよく食べること!」
義母だって空腹ででかければ、料金に含まれるビュッフェ食事をたらふく食べられるだろうに。
「みんなひどく太っていてね」
言いたいのはこのことだった。一緒の地域の高齢女性たちはみな一様にひどく太っているのだそうだ。
太っている人だらけのドイツだ。また、太っているというよりもともと東洋人より体格のいい欧州人の間にいると、もう誰が太っているのかいないのかわからなくなってくる。
確かに義両親たちは太っていない。だが、日本人標準同年代と比較すると、明らかに大きい。
義母の服のサイズは日本では肥満者用になってしまうかもしれない。
それくらい大きい(日本の感覚、義母はここでは小柄)ドイツ人が「太っている人だらけ」と言ったのだから、その風景は壮観だったろう。
ドイツ人、ムダに食べすぎなのではなかろうか。食べ物だって、ムダに食べれば環境破壊だぞ。

今月上旬の朝食会の会話を思い出した。
採用試験で、同様な能力の数人がいたら、見た目の麗しい人物が優先されてしまうのだそう。
肥満者は確実に排除されてしまうだろうな。見た目もそうだけれど、後々の健康問題のほうが大きくかかわってくるだろうし。
外国人住民が多くなると、必然的に人種・宗教に関しての優先順位もでてきているだろう。
実際、イスラム頭巾の女性は応募さえできない職場もいくつかあるらしい。
我々東洋人は、もう見た目で負けるのは必須だ。在独東洋人たちが非常に教育熱心なのはその対策として合理的だ。
見た目を越える能力を育成しなくてはならない。
ただし、東洋女好きの欧州人男性も多いから、女子の場合はもしかしたら美しさに磨きをかける価値はアリかもしれない。あれ?採用試験の話じゃあなかった?

某所の仏像。

仏像はウチ周辺の個人宅などで多く見られる。
園芸店などに普通に売られているんだ。もちろん、多くのドイツ人たちは仏像を拝むために買うのではなく、インテリアとしてエキゾチックな雰囲気を楽しんでいるのだ。
でも、この写真の像はどう見ても美しさに欠けると思う。〇等身と語る前に、奇妙に大きすぎる頭部だ。
これをいいと思って買ったのか。いや、贈り物だったのか。送った相手もこれを美しいと思って選んだのか?
西洋の裸像など、惚れ惚れするような均衡の身体だ。そういった素地があるはずなのに、どうして仏像となるとこうなるのだろう・・・・
いや、エキゾチックな仏教がテーマだから、見た目がこうの方が素晴らしく感じるのかもしれない。

では、我々東洋人も、西洋とは違うなにか別の魅力をかもし出して彼らを魅了することになるのかもしれないぞ。
だが、やっぱり、基本的な能力は磨かなくてはならない。
あーあ、外国暮らし、特に西洋暮らしは大変なことも多し。



ウチにて一人でパーティのりす

2019年05月22日 | 
夫が仕事先から写真を送ってきた。
こんな雰囲気は好きだけれど、いざ行くと、周囲と会話しなければならないのが苦痛な私だ。黙って一人で座って雰囲気を楽しむってことはできないパーティー会場。
言葉の壁だけじゃあない。日本在住時にもパーティーはちょいと苦手なほうだった。
しかも、私は飲めないから大変だった。日本の人たちは飲め飲め攻撃が凄かったからね。

夫も飲酒を避けるほうで、きっとこの写真撮影時もオレンジジュースばかり飲んでいただろうな。
夫も、日本在住時には飲め飲め攻撃のおじさんたちに抗うことができず、かなりの量を飲んでいた。先に赤くなって陽気になっていくのは日本人おじさんたちで、夫は最後まで顔色を変えず冷静でいたものだ。

しかし、夫の写真撮影はへたくそだな。指が写り込んでいることがたびたびあるぞ。

その頃、私はウチでひとりでケーキパーティー・・・

珍しく、ケーキが食べたくなり、週末ケーキの残りをいただくことにしたんだ。
生クリームをあわ立てて載せた。
去年は好天が続いたので、作物の出来が非常によく、このケーキに使われているさくらんぼもまだまだ冷蔵保存されているものがたくさんあるのだそうだ。
私が元気よく食べているのを見た義母は「もっと焼きましょうか」と尋ねるのでぎょっとした。
そんなにいくつも食べられるわけがないじゃあないか。丁寧に要らないことを伝えた。
りす部屋でくつろいでいると、階下から義母の泡だて器の音が聞こえてきた。
おいっ。
やっぱりまた焼いていた、さくらんぼケーキ。
おそらく、平均日本人の生涯で食べるケーキの数倍量をすでに超えているだろう。ああ、具合悪くならないほうが不思議だ。



先生のいい子は世界中どこでも存在

2019年05月21日 | 奉仕活動
H子さんと知り合った10年ほど前には、すでに彼女は年金生活者だった。
元教員の彼女は、知り合った当時も教員だったという雰囲気をムンムンさせていた。
現在は、近所の外国人家庭の子供たちの勉強を見てやっているそうだ。もちろん無料奉仕だ。

そんな彼女の仕事ぶりの話を聴いていたその日。
何気に携帯電話の話題になった。
H子さんはもっていないのだそう。それは構わない。だが。
持っている人を馬鹿にするような批判をするのには参った。
街中で子供連れの母親が携帯電話での会話に夢中になっているのを見かけたそうだ。子供はほうりっぱなしで、他の通行人に迷惑になる様な行動をしていたのだそう。
それをその通行人が注意すると、母親は烈火のごとく怒りまくって通行人に怒鳴ってきたそうな。
ははー、ドイツにもDQNと呼ばれるような階層があるのだな、と興味深く私は聴いていた。
H子さんはこう締めくくった。「携帯電話を持つのはよくありません」
おいっ、それって違うぞ。DQNは携帯電話を持とうが持つまいが子供といっしょに街を歩けば迷惑行為をしでかすと思うぞ!?
そう主張してみたかったけれど、まあ、もしかしたらH子さんの本音は「今更この歳で操作が面倒くさそうな携帯電話など持ちたくない」かもしれないので、黙っておいた。
しかしながら「そうですね」と同意するのもなかなか苦しいものがある。
携帯電話無しで連絡を取り合うのはもう、私には難しい。
ボランティアのこの仕事場だって、何か緊急連絡には自分の持っている携帯電話がないと非常に不便だ。
H子さんがその場でいられるのも、私たちスタッフがそうした連絡網で守っているのが理解できないのだろうな。

子供の頃にいた「先生のいい子」は外国の高齢者にもいるものだなあ、とほとほと感心。
携帯電話を持たない人がいい人、とは全く思えないものだが、そう思っている人々もいることを知っておかなければならない。

無料編み物教室を主宰しているK子さんの手作りケーキ。
参加者はケーキをごちそうになれるらしい。私もちょいと食べてみたかった。義母が焼くのとは全く違う趣があるこのケーキ。
食べるために編み物をするのはハードルが高すぎる。
ウチに帰ればまたケーキ攻撃があるかもしれないから食べられなくてちょうどいいってことだな。



4歳児の誕生日会で頭痛軽減した経験。

2019年05月20日 | ドイツ在住難民・移民
週末に招かれた4歳女児の誕生日会。義母に言うと「招かれるのはいいけれど、ここでは招き返さなければならないのよ、りすは一度も誕生日会をやったことが無いじゃないの」とちょいと出席に反対していた。
夫も同意してくれるのだが、義母は私や自分の息子の言うことやることを一度なんでも反対意見する。単なる癖なのだろうな。もう何年もこれに付き合っているので慣れっこだ。
だがしかし、招いたら招き返す、というのは世界各国わりあいと共通にある習慣なのではなかろうか。私は自分の無作法を自覚している。
義両親に了解を取り、彼らのじゃまにならないよう人を招くのは至難のワザだ。諦めている・・・・

4歳児宅に到着すると、几帳面なお母さんの手料理がきれいに並べられていた。

この一家はアフガニスタン生まれのアフガニスタン人だが、戦乱で幼い頃にイランに移住した両親と難民としてここに入国してから生まれた女児の三人家族だ。
  

↑、それぞれの写真に解説しようと思った。面倒に感じてしまい、省略。
イラン、アフガニスタン、ドイツ風料理だとか。
彼らはイスラム教徒だ。まだ外は明るい日中のパーティ。断食をこの家族のように無視しているイスラム教徒も多い。
何人か他のアフガニスタン人やトルコ人を招いたのだそうだが、断食月を理由に来てくれなかったのだそう。

これは買ってきたケーキだろうな。見た目が素晴らしく美しい。
味はまあまあだった。

出席者の一人のドイツ人の姿。

せっかくのすてきなワンピースが台無しなのだけれど、ドイツではいいのだろうな・・・
っていうか、他人になんと思われようと堂々としていて大丈夫なここの環境は本当にラクでいいものだ。
まだこの短いストッキングだけならまだしも、もっと凄かったのは、彼女の脚を組んで座った姿だった。
腿から組むのではなく、片方の足首を反対側の腿の上に載せて座っていたんだ。
おい、ワンピースでその格好は絶対違うだろ?パンツ姿でもその姿勢は他人の前でひどく無作法ではないか?
よく見なくても、彼女のセルライト付き太ももがあらわになっている。見ようと思えば(物をわざと床に落として拾う瞬間とかに)パンツさえ覗けそうだったぞ。
「うわーっ、すげえババアだな」
と、思ったことを許して欲しい。
このあと、歓談が盛り上がって彼女とも接近することになった。

このドイツ人女性の旦那さんはイラン人、二人の子供たちはすでに成人している。
旦那さんや子供たちとは英語やペルシャ語を使って会話をしている。大学で言語学を教えている才媛だ。
「夫の親族に視覚障害者がいます。彼が武道の大会で日本へ行った時に、そこで知り合ったやはり視覚障害を持つ日本女性と知り合って結婚したんですよ」
そういうわけで、話は盛り上がり、妙な靴下の履き方や脚の組み方はどうでもよくなってしまった。

最近、非常に招待が多く、断りまくっていた。
体調もいまひとつだったので、行ってみて具合が悪くなったら帰ろう、と決めていた。会話が盛り上がると、気分が次第に晴れていくことに気づいた。
やはり、家に引きこもっているのがよくないのだろうか、うーん・・・・


 

私を挑発しているのか、でもありがたい旅行写真。

2019年05月19日 | 交友関係
知人から届いた写真。
海外旅行はドイツ国内旅行より一般的な印象だ。姪のP子ちゃんなど「ドイツは面白くない」とキッパリ言っていたものなぁ。
ティーンエイジャーの頃からそんな贅沢していいのかい、とも思ってしまう。
考えてみると、周囲の知人たちの子供たちの多くが幼い頃から外国旅行を経験している。地続きという環境や、双方の親、片方の親が外国出身という家庭が凄まじく多いことも関係しているのだろう。

機内食。

これはもしかしてベジタリアン食?
かなりおいしくなさそうな印象だ。しかも、ル〇〇〇〇〇航空のだったら確実にそうなのかも?
まあ、旅の楽しさは飯の不味さを帳消ししてくれるものだ。
旅行は私の今後の人生で諦めなければならない物事のひとつだ。せめてこうして旅先の写真を見せてもらうことで楽しむことにしよう。
機内食の画像も大好きだ!



具合が悪くなった食事

2019年05月18日 | 頑張って食べる
昨日の昼食献立。
まずはパンのスープ。以前パンケーキのスープを記事にしたが、ここではパンもスープの具になる。
余ったパンの利用法のひとつだ。

不味くはないが、見た目は・・・・嘔吐物だな。

そのあとの主料理はこれ。缶詰の魚。添えられた米飯は私だけ。義母は魚が大嫌いなのでじゃがいもだけバターを添えて食べていた。

これが日本の夕食に相当する食事だ。
質素な我家の食生活。

さて、この数時間後。
私はひどく具合が悪くなり、二度ほど吐いた。
そのあのパンスープが悪かったのか、などと非論理的な思考をした。
義母は自分の作ったものが悪かったのかと一瞬反省したようだがすぐに自分に責任はないと考え直したようだ。

最近ひどく疲れているのと、気候のせいだと思う。
毎年この時期に同じような具合の悪さに襲われるんだ。

ま、仕方がないとあきらめて今日もこれから義母昼食さー。





郵便投票が面白いと感じる

2019年05月17日 | 歴史
義両親と夫に投票用紙が届いた。
みな、郵便投票をするようだ。

この郵便投票解説用紙、イラストだけで何となくわかるだろう。

政党や候補者名を書くのではなく、印刷されたところにチェックを入れるだけだ。
これだったら、たくさんいるとされているドイツで生まれ育った難読症の人たちに少しやさしいのかもしれない。

こうしたやり方の違いはそれぞれの歴史や文化背景、また、人種の違いの特性などで違ってくるのだろうな。
日本も郵便投票を普通にして欲しい、などと書いてはいけないだろう。
文字を書くのは面倒だから、マークシートのようにすればいいのではなかろうか、というのもダメなのだろうな。
日本はなんだかんだ言って、文字の国だ。
太古の昔から文字を贈りあうのが好きだったものね。識字率も欧州より抜群に高かった大昔。

日本語がほとんどできない日本に住む日本国籍の人々も多くいるだろう。
実家近くのパスポートセンターでパスポート更新手続きに来た若者が、母親らしい人に通訳してもらっていたのを見たことがある。
もっと増えてくれば考えるかもしれない。投票用紙にローマ字が添えられるかも?

ちなみに、わたしも郵便投票を一度経験している。
海外在住日本国籍者の特権。ちょいと面倒だけれどね。あらかじめの登録、書類申請などのやりとりが発生する。
ま、数年に一度のことだから楽しくできる。



毛筆書きは得意なドイツ人たちかも

2019年05月16日 | 奉仕活動
親しくしているドイツ人F夫人が母の日にもらったというカード。

ミュンヘンに住む娘さんが送ってきたものだとか。「エマ」というのはF夫人の名前だ。
どうもお嬢さんが書いたものではなく、彼女の知り合いドイツ人のものらしい。
これで二回目だ。素晴らしく達筆で日本文字を毛筆で書くドイツ人。

これは別のドイツ人女性が書いたもの。
何度か毛筆指導をしたことがある私は驚いた。どうやって「はね」や「はらい」をこんなに上手に指導するのだろうか。
書いたドイツ人女性もセンスがある人なのだろうが、指導した日本人女性も凄いと思った。