怠慢主婦 ドイツで同居 

日本食をほとんど食べなくなり、義両親のドレイとなってすでに何年になるだろう。遠い目しながら今日も行き抜いてやるぞっ

食は友人に頼るのもいい

2013年02月25日 | 近隣の人たち
念願のマイホームを購入した中国人夫妻に招かれた。
郊外の閑静な集落だが、徒歩でスーパーマーケットに買い物に行くことができ、市内へのバスも頻繁に運行されている地域だ。
到着すると、さっそく共同作業で食事作りを開始。
  
夫人はあらかじめこねて寝かせてあった生地を伸ばし、旦那さんは同じくあらかじめ作っておいた具を包む。
そう、餃子作りだ!
今年の旧正月は餃子をいただくことができなかったと嘆いていた私、旧正月のお祝いが終了する間際の日にこうして偶然食べるチャンスがやってきた!
  
私も包む作業に参加した。手作りの皮は日本の市販のものと違い、包み方のコツに違いがある。
もう、何度もドイツ生活で本場餃子を作っているので私には楽勝さ!
  
つけだれの基本は酢と醤油。この家庭では砂糖少々とにんにくをつぶしたものも入れる。甘い餃子なんて、とウチのさくらんぼ餃子を思い出してしまうぞ。いや違う、この砂糖入りつけだれと餃子、おいしかった!
酢は黒酢だ。中国からの製品でなく、こちらで普通に売られているバルサミコ酢も非常に良く合う。
昆布を軽く煮たものも添えられていた。この昆布について話題になった。

昆布の中国語の言い方は、日本人にはすぐ覚えられる。「海帯」だ。発音は「ハイダイ」。「ダ」にアクセントをつけると中国語っぽくなる。
海にうねうねしている帯状の物体、ってことで日本語母語者にはいっぺんに覚えられて忘れられない単語ではなかろうか。
ちなみに、写真の昆布、もらっちゃった。

彼らがなぜ、日本人の私を家に招いたのか実際のところ非常に警戒していた。2年半ほど前にとても親しくしているほかの中国人宅で出会ったのだが、その後はほとんどお互い連絡をすることも無く、いきなり、私だけ招待されたからだ。
「領土問題」「戦後処理問題」などぐるぐる頭に回り、敵陣に乗り込んだら最後、戻って来れないかも、とまで想像した私。
食事をしながらの会話で疑問は簡単に解けた。
買った中古住宅の改修に夢中になっている彼らが熱心に観ているこの番組。
「大改造劇的ビフォーアフター」
中国語字幕が付いているものの、細かい生活習慣による材料の好みとか表示されている価格の価値などわからない点がたくさんあったらしい。
ネットでこの番組を観ながら、質問の嵐だった。二人はこの番組を絶賛。「とても参考になる」って。
とういうわけで、単に私を日本番組の解説のために必要としたのだ。ほっとした、のは書くまでも無い。
っていうか、そんなに警戒する必要ももともとなかった?私が神経質すぎか。だからだんだん痩せてくるのか?


以下はその翌日、台湾人宅にて。庭の雪の中に保存していたマグロ。
  
「切り身で買いたかったのだけど、だめだったのよ~」と彼女。
私が来る、ということで魚をご馳走しようと奮発したのだ。奮発しすぎだっ!!
こんな大きい魚を日本の生活でもさばいたことがないぞ私。彼女も経験ゼロだ。お互い海産物を多く食べる環境にいたのに、丸ごとの魚にはおろおろするとは情けない。
きゃあきゃあと叫びながらきりさばいた。
りす「なんだか、殺人しているみたい!」
台湾人「これはもう死んでいるから殺人じゃあないよ!」
りす「じゃあ、遺体を隠すためばらばらにしているの」
台湾人「あはははー」
と、内蔵を出したり、でっかい中国包丁で頭を思いっきり切り落としたり、血まみれになりながら楽しんだ。
写真右、あまり上手じゃあないけど、一応どうにかなった。
  
日本統治時代に彼女の祖父母さんたちは日本の食文化に影響を受けたそうで、甘辛い味には彼女も親しみがあるのだとか。
醤油、オイスターソース、砂糖を混ぜ、焼きあがった魚にかけて軽く煮立てた。

はい、できあがり。私が持参したおにぎりと一緒にいただいた。おいしかった~。
彼女のドイツ人の旦那さんと小学生の息子さんはこうした魚料理は一切ダメなのだそう。あ、それはウチも同じだ。
ダンナと息子、じゃあなくて義両親と夫、という家族構成の違いだけ。
とうわけで、大量にまだこのマグロらしき魚のぶつ切りが残った。私は四分の一を持って帰り、
義母に気兼ねしながら竜田揚げ風に仕上げた。一人で平らげなくてはならない。
彼女は、あの残り半分を再び雪の中に埋めていた。さて、いつまで保存できるだろう~

そういうわけで、二日連続で久々にぜいたくな食事を満悦した私。
これを書いている今日、昼食は再び悲惨なドイツ料理。キャベツの酢漬けをクミンと煮たものとか、ハムの親戚を焼いたのとか、脂ぎったスープとか・・・・
さて、今週も体重減らないようちゃんと食べよう~




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ヨーロッパ生活情報ではないな、このブログ・・・
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2013年02月24日 | 日本


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脱日本の食べ物

2013年02月22日 | 日本
知人、友人から「寿司を作って欲しい」という言われることが多くなったこの頃。
困るのは材料費がかさむことだ。ただでさえパラサイト生活の私たち夫婦、日本からの食材を使って無償提供するのには限度がある。

たとえば寿司酢を作る酢。写真左は韓国産の米酢だ。味は日本の米酢に近い。
しかしながら、これもアジア食材店にわざわざ出向いて買わなくてはならないこと、もっと気になるのはプラスチック容器に入っていることだ。
代用品をいろいろ試しているところなのだが、写真右はこちらの普通のスーパーで手に入るもの。原材料は米ではないので味をチェックしているところの撮影だ。ちゃんとガラス瓶いりというところが私には気に入ったし、値段も95セント(約120円)だ、素晴らしい。
義母がスプーンを持ち出してそれぞれを舐めていた。私の作る料理を普段は訝しそうに見ているのだが、このときは興味深げに私の実験に参加していたぞ。
普段、義母が使っている酢は酒造所から直接買う安全で安価な製品だが、色が付いていることと味が米酢とは程遠いので諦めている。
右の製品、何とか代用できるのではないかと結論付けた。

  
これは去年の帰省時に食べたザッハートルテ。東京のど真ん中の古い喫茶店で食べた。
出てきたときに、そのあまりの小ささに驚いたものだ。すでにこちらの倍くらいの大きさのケーキに目が馴染んでしまっている私だ。
食べてびっくり、おいしい~
ドイツでは1度しか食べていないザッハートルテは、その一度でこりごりもういらない、という気分の味だった。
こちらに長期滞在を決意したものの、こうしたおいしいものに触れてしまうと決意が揺らぐものだ~
いや、ドイツでもわずなかながらおいしいケーキはあるし、しかも安いし(写真のザッハートルテは確か500円だったか、こちらで半分の大きさのケーキが約5ユーロのことはあまりありえない)、などと自分を納得させてみる。
ついでに書くと、コーヒーも日本のほうがおいしい。安心してどこのカフェでも飲むことができる。
こちらは賭け、のようなところがあって、おいしくないところも多いのだ、どうして~?
家で飲むには日本と変わらずおいしいのだ。いや、むしろ日本よりおいしいコーヒー豆が多いように感じるのだけれど。

「脱日本の食べ物」の目標を掲げる私、工夫と研究、調査と経験、で達成できるかなぁ。


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このランキング記事のブログにも様々な現地での生活の工夫が書かれていることだろう。


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モンゴル正月2013年

2013年02月16日 | 近隣の人たち
今年も招かれたモンゴル正月のお祝い。
中国とそれに倣う暦を使っている国々の正月とモンゴルのそれは微妙に違うらしく、今年は中国正月が2月10日なのに対し、モンゴル正月は2月12日だった。
過去記事にもモンゴル正月の食卓がある。 モンゴル正月inドイツ、2011年2月12日記事
    

いくつかの代表料理を今回も撮影。
肉まんは、他のいろいろなアジアの国々の人々が作ったものと比較すると、これはかなり素朴な味だ。
同じ料理でも気候が寒冷で植物が育ちにくい地域と、温暖でふんだんに食材が育つ環境の違いが出るものだ、とつくづく感動する。


さて、今回面白かったのはこの品の登場。 チンギスビール
この写真の商品はドイツで生産されているのだが、モンゴルが本家本元でドイツはそのライセンスを取得して製造販売しているそうだ。
Chinggis Mongolian Lager
330ミリリットルなので、私もらくらく1本飲みきることができた。2ユーロ近くするのでドイツでは高級品!
    
↑左は牛乳茶。紅茶ならともかく緑茶の風味の熱いお茶だ、最初は違和感いっぱいだったものだ。牛乳メシやヨーグルトメシで鍛えられている私には楽勝さ。(もっともヨーグルトメシは来週挑戦予定でまだ本格的に食べていない)
  
プロの音楽家の演奏を食卓で聴くことができる幸せ。
    
↑これは羊の骨のすごろく。招かれたドイツ人と私の6人で争った。骨を並べたり駒、さいころにして使う。
それぞれの骨の四方の面が微妙に違い、それをすぐに見分けるのは至難の業だ。
どういうわけか、私は一番初めに上がってしまい、1位の賞品を手に入れることとなった
モンゴル史、英文書!
最近「一緒に英会話をやらないか」と誘われることが多いのだが、断り続けている。
ドイツ語学習で精一杯の毎日だ。これ以上言語を学べるかっ、と思うのだが、英語も読み書き能力は鍛えておかないと困ることが起こるこの頃だ。
仕方がない、この本で勉強するか、英語とモンゴル史。はあぁぁぁ~



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ドイツの多民族国家ぶりに感動してもらいたい私。
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ベルリーナーの作り方

2013年02月11日 | お菓子
私があまりにも頻繁にカーニバル揚げパン(以後、ベルリーナーと表記する)のことを話題にするので、義母は作る気になっちゃったらしい。
 これは地元フリーペーパーの記事だったか。
義母が見つけたレシピだ。
 
  
牛乳にバターを入れて溶かしておく。右は揚げ物鍋だ!軽く50年以上使っている品だそう。お宅のお義母さまはこ~んな物をもっているかいと、もう自慢するしかない心境のこの頃だぞ。
ウチは揚げ物料理をすることがほとんどない。カツレツのような揚げ物はフライパンにごく浅く油を敷き、焼くように調理している。
鍋の中にはヤシ油が主原料の食用油、私は苦手なのだけど、仕方がない。
粉に砂糖・塩・イースト、バターを溶かした牛乳を入れてこねる。

  
一時間ほど発酵させる。義母は乾いた布巾をかけておくのが好きなようだが、私は皿を載せておくほうが好き。
どちらが効率的に発酵する??ま、どうでもいいけど。写真右は途中経過の撮影。
卵黄を入れて更にこねる。


丸く形作る。あまり大きくすると中まで火がとおるのが難しいので程よい大きさに。二次発酵30分ほど。


茶色くなるまでゆっくり揚げる。家中が油臭くなるこのお菓子、義両親たちは嘆きあっていた。
ええっ、作ると言い出したのはお義母さんだぞっ

ただし、味は最高。おいしかった。市販品はジャムやクリームを入れたり粉砂糖を飾ったりするが、手作りのこれはこのままで充分甘くておいしい。

ベルリーナーに関する義母の思い出。昔(この「昔」というのがどのくらい昔の話かちょっと聞き取れなかった。彼女のおばあさんの時代か、彼女が子供の頃のことか)はベルリーナーを作るのも貧しい家庭は難しかったのだそう。鶏を飼育できる経済力があるかどうか、にかかっていたらしい。ド田舎の暮らしは家畜所有も食生活の豊かさを左右したらしい。
ベルリーナーの材料、卵が手に入らないと作れないのだとか。卵の入手が難しい時代って・・・
もっとも今では普通の「週末のケーキ」は戦後しばらくしてからの習慣だから、昔にベルリーナーを作れない家庭があっても私には全然不思議ではない。
古い時代のドイツの貧しい生活の思い出、義母には結構聞かされて鍛えられているぞ、私!
豊かな時代に豊かな国に生まれ育ったことに感謝しなくてはならないかな、とチラッと考えた。貧しい時代にドイツのド田舎に嫁に来たら、さらに過酷な人生だっただろうなぁ。いや、昔の日本だって過酷な生活だっただろうからどちらにしても同じかぁ~、少なくともラプスカウスとか牛乳メシを常食する環境じゃあないだろうけど、いや、これが大根飯だったらもっと大変かっ、ああ、妄想ぐるぐる~


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新年快楽

2013年02月10日 | 近隣の人たち
日中関係が思わしくないので今年の春節は台湾人と過ごすことにした。
左、クリックすると拡大。ドイツ在住の台湾人音楽家によるコンサートのちらしだ。旧暦の大晦日コンサートだ。
近所の台湾人家族と隣町のドイツ人と私、総勢5人で割引乗車券を使って少々遠方まで聴きに行った。
その遠方の街はウチの田舎町よりずっと華やかできれいだった。



うほほ~、夫が危ないから行ってはいけないと私に禁止しているミュンヘンさっ。ちゃんと義両親には行き先を告げたのでご安心を!

数時間街中をぶらぶらした後、コンサート会場へ。

聴きにに集まった人々はドイツ人らしき人々と台湾人らしき人々半分づつくらいだった。
  
演奏後の撮影はOKか。台湾先住民族の民謡も演奏された。モンゴル音楽とよく似ている。モンゴル音楽は日本音楽とも似ている。ってことで、東洋の音楽はどれも共通した要素があるってことか?
コンサートは22時近くに終了なので、遠い私の集落へ深夜に帰るのは少々危険と判断し、私は友人宅に一泊することにしていた。
事前に夫に恐る恐る外泊許可を申請したのだが、あっさり「いいよっ」と承諾したので驚いたぞ。
さて、旧暦の元旦2013年2月10日、台湾人友人宅での朝食。
粉を卵と水で溶き、刻んだねぎを少々散らした中華風パンケーキ。彼女のオリジナルだとか。本物はかなり手間がかかるらしい。料理を少々面倒に感じている彼女の工夫らしいが、結構おいしかった。茶色いのはオイスターソース。

昼食にも招かれていたので、そのまま居続けた。鍋料理だっ!
二年前に中国人宅で食べたものを思い出し、少々胃にきついことを伝えたのだが「あ、それはきっと四川風よ、ウチのは違うから大丈夫」と。二年前の中国鍋料理の記事はこちら2011年1月3日
  
二年前の鍋とはまるで違い、食べやすかった。いや、前のもおいしかったけれど!
近所のドイツ人子供も乱入してきて一緒に箸で食べていた。いいなぁ、近所だと突撃でおいしいものを食べられるぞっ
久しぶりにたっぷりの加熱した野菜を摂取できたのが嬉しかった。義母料理は野菜の使用量がとても少ないように感じる。

そういうわけで、世界中の旧正月を祝う人々の皆さん、あけましておめでとうございます。

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春節がテーマなのにヨーロッパのブログランキングなんて・・・ま、いいかっ


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1973年の日本人

2013年02月09日 | ナルミィ・テルミィさんの書いたもの
いつものようにお気に入りのテルミ・ナルミィさんのブログ記事をそのままコピーペイスト。



「40年前の日本は現在の中国同様マナーに欠ける国であった」と指摘する中国人がいるが、それは決して間違いではない。
人口の違いが程度の違いで、根本的には同じである。
40年前の日本はどんな社会であったかといえば、
現在よりも遥かに激しい格差社会であった。
小学校に行けば、様々の階級の子供がいたものである。
母子家庭の子供は、毎日同じ服を着て、登校しなければならなかったし、
差別は激しくアイヌ人、在日朝鮮人、部落出身者などは下級市民扱いであったし、田舎者を見る目も大変厳しかった。
田舎の中卒である「金の卵」は現在の外国人研修生の待遇より悪かった。
道路では歩行者を尊重する運転手など少なく、
走行を妨げる歩行者をクラクションで威嚇するのは当たり前であった。
映画「三丁目の夕日」を見て、「昔の日本は素晴らしかった」と考える若い人が多いらしいが、現実を知らなさ過ぎる。
現在の中国を見ればよく分かるだろう。
程度の差こそあれど根本的に同じと考えていい。

日本人の民度が40年前よりも格段に良くなっていることは事実だ。
「昔の日本人には品格があり、今はそれがない」と主張する人がいるが、
それは、ただ単純に品格の定義が時代によって異なるというだけのことだ。
そもそも品格なんて言葉は曖昧で、概念が違えば定義も違う。
やれ品格だと軽々しく言う人は昔の物差しで今の人を測っているに過ぎない。
現代を生きる人の物差しで測ると
道端で立小便する人や下着姿で散歩する人を品格がある人とは認めないだろう。
40年前の日本にはそんな人たちが、町中のどこにでもいたのだ。

「日本人は忘れっぽい」と中国人はよく言う。
確かにその通りだと思う。
品格とは客観的な評価だ。
現在の日本人の方が40年前の日本人より遥かに高く海外から評価されている。
40年前の日本人は今の中国人に対する評価よりも劣る。
何故なら、当時は戦争の記憶が鮮明だったからだ。

過去を美化することなく、現在の状況にある程度満足し、
「ないものねだり」をやめなければ
飢餓感や喪失感によって、本当に日本人の心は貧しくなってしまうだろう。



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偽造硬貨をつかまされた私

2013年02月08日 | ここの品々
昨日、スーパーで支払いをしてつり銭を受け取った後、財布にそれを入れるときに気づいた。

ずいぶん形が悪いので、取り替えてもらうようにレジの女性に言うと
「それは私が渡したものではない」との返事。
これくらいの屁理屈はすでに慣れている。たかだか1ユーロくらいのことでもめるのも面倒なので
「そうですか」と去ろうとすると
「銀行で替えてもらいなさい」と彼女は付け加えた。

真ん中が外れてこんな有様に・・・
紙幣の質は日本のそれよりずいぶん悪いとは思っていたが、硬貨もそうなんだ、と妙に感心した私。

さて、家で義両親に見せた。
「これは偽造硬貨だ」
コイン集めが趣味の義父だからすぐにわかったのか、あるいはわたしの目が悪いのか。
「そのレジの女は知っていて、適当な馬鹿な客を選んで渡したのだ」とも。
そうか、わたしがその馬鹿な客だったのかいっ。

ショックな点は二つ。
偽造硬貨が平気で出回っていることと、知っていて平気でそれを別の人に渡そうとする人がいること。
やはり、ここでは人種を区別して態度ややり方を変える人々がいること、だ。
どちらも日本にもいるだろうけど。

成田空港で買い物をしたとき、つり銭が500円玉とそっくりの大きさの外国硬貨があったことがある。、
すぐさま、訴えたら替えてくれた。それが、普通だと思っていたけど、ここじゃあその感覚は通じないとということを改めて自分に言い聞かせた。

義両親は私に「次回からつり銭はちゃんとすぐさま確認して、何が何でも交換してもらいなさい、それは彼らの責任です」
数ユーロのために、レジでけんか腰の会話を私も身につけなさい、ということだ。
こうやって、次第に日本人離れした日本人が仕上がっていく。
はあああ・・・・




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子供用カーニバル

2013年02月05日 | 文化
去年も誘われたのだがまるで興味を持てなくて断った。これから毎年彼女の誘いを断るのも面倒なので、今年は同行したぞ、子供用カーニバル。
市内の大ホールで華々しく開催。

こうした行事に踊っていると思われる団体の演技などは、まあ、楽しめるけど。



基本は、子供とその親のための大騒ぎ。

大音量の音楽のなかで仮装した子供とその親がうろうろするのだ。いや、踊っていたりあやしていたり、喧嘩したり泣き喚いたり~

上右、面識の無い3歳児どおし、なんだか慰めあっている??

親も仮装で参加、が結構いる。目立ったのは尼僧かな。二人もいたぞ、人気があるのかあの格好。(残念ながら盗撮チャンスを逃した

同行の友人の3歳児たち。二人ともご機嫌斜めだった。わたしに「お家に帰ろうよ」と訴えていたのだけどねぇ。
自分の子供だったらすぐさま連れて帰るだろうな。うるさいばかりで会話もままならないこの会場、3歳児にはかなり負担に思えた。

ノリノリの親はたくさん見かけた。左、ビッケのお父さんかっ。
友人は私に「キモノを着てね」と執着していたが、こうした軽いノリの会場に着物はどうなのかい、と拒否。
替わりに持ってきたのはマレーシアのバジュクロン。マレーシア直輸入の本場物。全身を撮影するのを忘れていたのが残念だった。
ちょっと、違うかなって。遊びの要素のない仮装だもの、いくらドイツから遠いマレーシアの衣装でもかの地では日常着。
なんだかマレーシアを侮辱しているような気分にさえちょっと、ちょっとだけなった。


最後は天井につるしてあった風船が舞い降りてきて、お終い。
子供たちが争って風船を奪い合うのだが、どういうわけか割れやすく、あちらこちらで爆音が・・・
3時間近く続く爆音音楽、と締めの破裂音、静寂を好むドイツ人とは思えない。
だから、カーニバルなのだろうな。冬季うつ病にならないための知恵なのかもしれない。
日中でも薄暗くなる11月からすでに4ヶ月目。大人も子供も意識的にはしゃいじゃおう!

でも、やっぱり来年は参加したくないなぁ。さて、今から言い訳を考えておこうか。
ケルンのカーニバルでも見に行くことにしよう!


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