ボクの奥さん

ボクの奥さんは、甲斐よしひろさんの大ファン。そんな彼女との生活をお話したいと思います。

SWITCHインタビュー(3/26)8

2022-04-30 15:50:00 | メディア
甲斐さんは、甲斐バンドのライブに関して…「あと、もう1コ、すごい心がけていたのは
喜怒哀楽を判りやすく出す…っていうのは、すごい心がけてましたね
(『要するに…その…要するに、バンドとして?』と中井さん)

バンドとして…あの…僕が、バンドのメンバーにも(喜怒哀楽を)見せる
オーディエンス…観客にも判りやすく出すっていうのは、心がけてた…っていうか
もう、絶対そう持って行こうと思ってたんで…

客も覚えるんですよ『あっ!この人、超…意外とトンがってるな』とか
『せっかちだな』とか『ここで怒るんだ!?』とか…」と話されてましたが

奥さんは「全然『意外と』じゃないけどね(笑)」とクスクス笑う一方で
「『ここで怒る』っていうか『今日も怒る』って感じの時期が長かった」と
「お金払って怒られに行ってた」当時を思い出し遠い目…(笑)

ともあれ…「ナンか…ナンか、みんな…みんな、こう…『押してもダメなら引いてみな』
…みたいなことなんですよね、実は…客と、あの…バンドの関係って…」と甲斐さん
「で、僕、最初の3曲、ガーッと押すんですけど

例えば、NHKホールでやってて、3階の上の所(の観客)が、こう…揺れて来たら
もう、そっから、僕、引くんですよ
すると、客はこうなるんですよ(…と前に乗り出す姿勢)
そういうのがもう、こう…年間に150本とか(ライブを)やってると
だんだん、押し引きが判るようになって…っていうのもあるんで…

まっ、特にバンドのメンバーには、すごい喜怒哀楽をハッキリ…
判りやすく出すようにしてましたね」と説明なさってましたが
「あえて『出す』っていうより、自然に出ちゃうタイプじゃね?(笑)」と奥さん(失礼!)

更に、中井さんが「そのバンドのメンバーが、喜怒哀楽、出されるとムカついたでしょ?
その…甲斐さんに対して…?」と、心配そうにお訊ねになると
甲斐さんは「うん、そう!そう!そう!もちろん!」と返され(笑)

中井さんが「イヤ『もちろん!』って…」とツッコまれたトコでも
「イヤ、そういう人なんですよ~!気をつけてくださ~い!(笑)」とアドバイス(失礼!)
ただ、中井さんのツッコミに対して、何人かのスタッフの方の笑い声が聞こえたし
やっぱりフツーは、そんな「もちろん!」案件じゃないってことですよね?(笑)

でも、甲斐さんが「そうしたら、議論になるじゃない?僕、議論がしたいんですよ
(『あっ!ただ…』と中井さん)
僕が全部、(曲を)作ってるから(メンバーが)何か言わないと、全部成立して行く…
(『だから、こっち(メンバー側)から出して欲しいわけ?』)
そうです、そうです、そうです…(『喜怒哀楽を?』)
そう!それでもう、僕が喜怒哀楽、判りやすい形で出すと…(『向こうも出して来る?』)」

…と話されるのへ、中井さんも食い気味に言葉を発するようになられて来てて(笑)
それは、甲斐さんの話し方に慣れて来られたためなのか?
それとも、お二人は案外?似た者同士でいらっしゃるのか?ビミョーな感じでした(笑)

それはともかく…「絶対、向こうもちょっとね
色んな思いがあるじゃないですか?だから、出して来るんで…
(『それで、カツン!となって「もう解散だ!」みたいなことは…?』)
イヤイヤイヤ!もう絶対ならない、それは…

まっ、もちろん、イスは飛ぶわね…(『イス飛ぶ!?』)…お前は蜷川(幸雄)か!?って…(笑)
それはウソです(笑)もっと酷かったと思うんですけども…」と甲斐さん
…って、この言い方だと「イスが飛ぶ」のが、ウソみたいですよね?(笑)

「その代わり、そこで出すだけ出して、みんな揉めるだけ揉めたら
そのまんま、絶対一緒に食事に行くんですよ
その時は一切ない、仕事の話、しない
(『じゃあ、アメリカ的ですよね』と中井さん)
そう、それをすごい言われましたもん」とおっしゃってましたが

その昔、ライブ後のミーティングが長引いて、出待ち時間が長くなり
奥さんが、日付けの変わる頃に帰宅したら
「きっちりドアチェーンまで掛けて閉め出された」んだとか…(苦笑)
まあ、そのわずかに開いたドアの隙間から手を入れて、自力でチェーンを外したそうだけど…(笑)

ここで、六角精児さんのナレーションが入り…
「甲斐は、福岡市で理髪店を営む親の元に生まれた
(1953年 福岡市生まれ…とのクレジットと、1歳の甲斐さんの写真が映り)
ラジオからは、最新のアメリカンポップスや
ロックナンバーが流れていた(…と、1950年代の福岡市中心部の映像)

そうした音楽を3人の兄と共に、甲斐は浴びるように聴いて育った
(…と、3歳の甲斐さんが、バットを右で構えておられる写真)」…と紹介されたあと

甲斐さんは「基本的に、もう小学校の3年の途中くらいにビートルズが出て来て
リバプールサウンドっていうブームがあったんですよ
ビートルズ、ストーンズ、アニマルズ、キンクスとかそういう…
それが、小学校3年の2学期くらいに(出て来て)、その洗礼を全部浴びちゃったんで…

あと、あの…福岡は(米軍)基地が4つ…3つか4つくらいあったんで
FENがガンガンかかってるんですよ
(画面下には『FEN(現AFN Pacific)…
在日米軍関係者などに向けたラジオ放送』というクレジット)

そいで、向こうの…ホントに最新の『HOT 100』を聴けるんですよね
(『HOT 100』…アメリカのシングル人気チャートとのクレジット)
それもすごい良かったと思うんですけどね
まっ、もちろん、英語で喋ってますけど、ガンガン…『うおっ!』って感じでしたもんね」と話され

「…っていうことは、結構その…それだけ幼少期に、そういう英語とか入ってるってことは
耳で覚えるってことですよね?」という中井さんの言葉に
「そうです、そうです。例えば、日本人って…ハーモニーやるじゃないですか?
で、ハーモニーやる時って、みんなこう…集まって、こう…『Woo~』って、一斉に声出して
3声で出したとした時、こう…まとめる感じで『Woo~』って合わせに行くんですよ

でも、アメリカ人なんて、特にそうなんですけど、もう一斉に全員が強く出すんですよ
『ワアーッ!』って出しといて、ここで(…と前方に腕を伸ばされ)まとまるっていう…と返されると
中井さんは「ふーん…ここで(…と両手で胸の辺りに輪を作られ)まとめないってこと?」と質問

甲斐さんも中井さんと同じように、胸の辺りに輪を作られ「ここでまとめない
だから、やっぱ考え方が違うんですね、やっぱりね
ナンか、フィジカル…フィジカル的だっていうかね
そういうのが、ナンか、人に教えられる前から、自分でナンか判ってたし…」

…と、甲斐さんファンの皆さんには、お馴染みのハーモニー論を披露なさってましたが
先日、奥さんがクイーンのライブ映像を観ているのを、チラッと眺めていて
今更ながら、このバンドのハーモニーの美しさにビックリ!

ナンていうか、いわゆる「コーラスグループ」ではないのはもちろんなんだけど
あんなに個性豊かな4人が、それぞれ好きに歌ってるように見えて
実は、ものすごく声の相性が良いのか?ってくらい
少なくとも、ハーモニーに関して、このバンドの完コピをするのは
かなり難しいんじゃないか?と思うほど、耳に心地よいハーモニーでした♪
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SWITCHインタビュー(3/26)7

2022-04-29 15:11:00 | メディア
ナレーターの六角精児さんが「後半は舞台をスイッチ!
東京・渋谷にあるNHK…中井が向かった先は…」とおっしゃると
甲斐さんがお待ちの「604(スタジオ)?」と呟きながら
辺りを見回して、廊下を歩かれている中井さんが映り…

そのスタジオに到着なさると「こんにちは!…
『こんにちは』じゃない、失礼しました(笑)」と中井さん
甲斐さんが「ようこそ、いらっしゃいました!
自分のスタジオみたいなこと言ってますけど…(笑)」と挨拶なさると
「ここって…これは、ラジオなんですか?このスタジオって…?」とお訊ねになり

甲斐さんが「これね、ここでミックスやるんですよ、音を作る…」とお答えになったトコで
画面下には「ミックス(ダウン)…録音された複数のパートを調整し、まとめる作業」とのクレジット
そして、六角さんが「かつて、NHKのラジオ番組で、DJを担当していた甲斐
ここは、その制作作業を行った思い出の場所だという」と説明

中井さんが「甲斐さんが『NHK(で対談を)』って、おっしゃったって言うんで
俺、NHKホールだとばっかり思ってたんですよ…(『違うんです(笑)』と甲斐さん)
僕、あの…20才で最初の連続ドラマをやったのが、NHKだったんで
結構、NHKの中、詳しいんですよ、この迷路みたいなのとか…(『ハイハイ』)

でも、ここ(スタジオ)は、僕、初めてです、伺ったの…
(画面下には『NHK水曜時代劇(1982)でテレビドラマ初出演』とのクレジット)」と驚かれ
甲斐さんが「ここは、ナカナカみんな使わないんじゃないですかね」と返されると

奥さんは「演歌や歌謡曲の歌手の方以外で、初めてNHKホールを使ったのが
甲斐バンドだった…というエピソードは登場しないんだね(笑)」と言いつつ
以前に弟くんの手引き(笑)で、NHK内を探検したことを思い出したみたいで
甲斐さんが「しょっちゅう行ってた」という
紅白歌合戦の打ち上げ会場でもある社員食堂に行き
その窓から、大河ドラマのスタジオを眺めたりした一方で

ラジオ局の方は、やはりテロ対策などセキュリティが厳しいらしく
弟くんに「迷ったふりでもして、1人で勝手に行ってくれ」と言われ
「あまり深いところまでは、足を踏み入れることが出来なかったんだよねぇ…」とブツブツ
…って「地図の読めない女」が、手探りで「迷路」に入り込んだら、どうなっていたことか…(苦笑)

それはさておき…横浜赤レンガ倉庫での甲斐バンドライブの映像…「冷血」が流れ始め
六角さんの「2019年にデビュー45周年を迎えた甲斐バンド
1986年にいったん解散したものの、その後、再結成
近年は、若い世代からも熱い支持を受けている」というナレーションのあと

画面は、スタジオのコンソール前に置かれた椅子に腰掛けられたお二人に切り替わったんですが
リアルタイムで拝見した時は、まだ「1日べったり」で収録されたことを知らなかったので
ナンで後半になっても、お二人とも同じ衣装なんだろう?と思ってました(笑)

ともあれ…中井さんが「甲斐バンドって、45周年だったんですよね?
今も…まあ時間は…色んなことがありながらも続けてる
そのモチベーションって、何なんですか?」とお訊ねになり

甲斐さんが「あのね、バンドって、やっぱアンサンブルが大事なんですよ
それって、やっぱ演技とたぶん一緒なんですよね
同じ方向を向いて、同じグルーヴを持って、何を成し遂げたいかっていう
その意志みたいな…意欲っていうか、その…そのことさえあれば
バンドは、たぶん売れるし、続くんですよね…(『へえー』と中井さん)…うん

僕、作詞作曲して、アレンジも全部自分でやって…
で、まっ、メインボーカルってことなんですけど
でも、どうやって周りを上手く使うか?っていうのが
すごいやっぱバンドなんですよね」とお答えになると

中井さんは「でも、例えば映画だとね、その…役者って、まあ、どこか我が強い人間がなったりもするし
まあ、そうじゃない人たちも沢山いるんだけど
監督っていう存在がいて、監督がまあ、コンダクターとして
えー『ちょっと、あなた抑えて』とか、えー『ここ、もうちょっと出して』とかっていう

こう…それこそ(甲斐さんの)おっしゃるアンサンブルみたいなものを
その1本の映画って中でやるじゃないですか?
でも、グループっていう甲斐バンド…バンドっていう風になると…」と重ねて質問され
…というか、最後まで言い終えられる前に
「監督は客観的に…っていうことですもんね」と甲斐さん(笑)

「客観的なのはいないんですよ、バンドって…
結局、僕がリーダーだし、僕がメインボーカルなんで…
だから、まあその…コンサートやってて、1本やる時には
その…どういう方向で、どういうトーンで
その1本を始めて終わらせるか?っていうことしかないんでね
完全にもう、背中で見せてるトコありますよ…(『ふーん』と中井さん)

その代わり、間奏になった瞬間に、バーン!とリードギターが出て行って
僕は、こうやって上手く引っ込みながら、こう…動き回るみたいな…」と話されてましたが
かつて、田中一郎さんが、甲斐バンドに正式加入なさる前
BIGGIG後の年末の体育館ツアーに、ゲストプレイヤーとして参加された際に

「甲斐バンドのステージは、想像してた通りだけど、それよりも一つずつ上だったね
あんなに確認しないアドリブって知らなかった
大森信和と甲斐よしひろは、ガーッと行って収拾がつくんだけど、僕は収拾がつかない(笑)
あれだけ以心伝心でビシッとしてるとは思わなかった」と驚かれてましたよね?(笑)

中井さんが「でも、その…そのリーダーに優しさがないと…
ずーっと自分が前に出てる人もいる訳でしょ?それはないの?」とお訊きになると
甲斐さんは「イヤ、いるでしょ」とお答えになり
「でしょ?」「いますよね」とのやり取りのあと

中井さんが「だから、甲斐さんみたいに…」と話し始められたのと、ほぼ同時に
「今、名前が、2~3人浮かびましたけどね(笑)」と甲斐さん(笑)
後半にスイッチする少し前から、徐々にカブセ気味に発言なさるようになっていらしたとはいえ
ここに来て、それこそ完全に「SWITCH」が入られたご様子?(笑)

もっとも、中井さんも、かなり甲斐さんとの会話に慣れて来られたようで?
「イヤ、言わなくていいです(笑)言わなくていいですけど…」と軽く流され(笑)
クスクス笑っておられる甲斐さんを尻目に(笑)
「『お前、行けよー!』とかって…『おおー、お前、行けよー!』っていう優しさがあると
長持ちするじゃないですか?きっとバンドって…(『そうね』と甲斐さん)

その出された人も愛情が判るし、だから、そういう意味では
甲斐さんが、すごくこう…ある意味、客観性を持って作って来たっていう…」
…と、持論を続けていらっしゃいました(笑)
ただ、長岡さんによれば…「ボーカルやギターは『俺が!俺が!』のタイプが多い」そうですし(笑)
愛情をお感じになる前に、前に出ておられるんじゃないかと…?(笑)
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SWITCHインタビュー(3/26)6

2022-04-28 15:46:00 | メディア
ドラマの最後に「このドラマはフィクションであり…」というクレジットが出るのが
「(フツーに)なっちゃった」と中井さん
「それなのに、まだコンプライアンスと言われなきゃいけないっていう…」とおっしゃって
甲斐さんが「ああ、そうですね、ダブル、トリプルですもんね」と相づちを打たれたトコで
我が家が「中井貴一」という俳優さんに注目するようになったエピソードが登場します(笑)

「ハイ、だから、それがとっても不思議だなって…だから、ホントに…
僕、あるドラマをやってる時に、ある任侠の役だったんですけど
あの…自分の弟分が殺されるんですよ。ほいで、その仇を討ちに行くんですよ
ほいで、その(仇の)親分のウチに乗り込む時に
あのー、拳銃を持って、タバコを吸って…その親分のマンションの下に行って…」

…と、マンションの外から、その親分の部屋を見上げながら、左手に拳銃をお持ちになり
右手でタバコを吸っていらっしゃる感じのポーズから
視線はそのままで、右手をお顔の横でパッと動かされ
タバコを投げ捨てる仕草をなさって「…って、やったら

『ちょっとゴメンなさい!ちょっとゴメンなさい!
(甲斐さん大笑い(笑))…ポイ捨てはちょっと…』」
…と、スタッフの方からストップがかかり「『えっ!?どういうこと?』つったら
『ポイ捨ては、ちょっと…今、時代的に出来ないんですよ』って…

『あっ、ポイ捨て?…ポイ捨てダメなの?
で、なに?(…とジャケットの内ポケットに手を入れられ)
こっから灰皿出したりするの?(…と取り出す仕草)』つったら
『イヤ、それはちょっとオカシイんで…』
『じゃあ、どうすんのよ?』つったら
『じゃあ、僕、ここからもう失くしちゃいますから…こっから…』(…と右の手首から先を示され)

『ちょっと待てよ!お前ら、ちょっと待て!』
(『マジックね(笑)マジックね(笑)』と甲斐さん大笑い(笑))
『これ…これは?…俺、ここ(左手に)持ってんの何よ、これ?』『あ、拳銃』
『こっち(拳銃)の方がコンプライアンスにならなくて…(手を叩いて甲斐さん大爆笑(笑))
こっち(タバコ)は…こっちはダメなの?』つったら『そうなんですよ』って…

だから、このコンプライアンスのアンバランス感っていうのは
もう、見手(視聴者)の方に理解して頂かないと…
だから、こういうこと(ポイ捨て)に対して、クレームをつけないで貰いたいって…(笑)」
…と、まんざら冗談でもないような口振りでいらっしゃいましたが

ホントに今は、往年の名作を放送する際、その冒頭に、必ずと言っていいほど
この作品の中には、不適切な描写や表現が見受けられますが
当時の時代背景に忠実に、また、制作者の意図を尊重し…云々みたいな
「お断りテロップ」がクレジットされたりするんだけど、それはもうよくね?(苦笑)

イヤ、確かに、これだけコロナ禍が続いている状況…
マスク着用やソーシャルディスタンスが、いわば「常識」になって来たトコへ
かつての「満員御礼」「ぎゅうぎゅう詰め」の映像を目にすると
ちょっと引いてしまうというか「うわっ!」っていう気分にはなりますが(苦笑)

ホントのところ、どれくらいのクレームが来てるのか?判りませんし
クレームが来ると想定される言動を徹底的に排除しようと
制作者側がナーバスになってるだけかも知れないし
大方の視聴者は、ドラマの中での演出だと認識できるんじゃないかと…?(苦笑)

それはともかく…ここで、平岩紙さんが「中井が取り組む最新作『大河への道』…
江戸時代、初めて日本地図を作った伊能忠敬を巡る物語だ。中井が演じるのは市役所の職員
郷土の英雄を大河ドラマにしようと悪戦苦闘する
一方で、日本地図完成の裏に隠された、知られざる物語を時代劇で描いて行く

原作は、立川志の輔の創作落語。日本の文化や伝統が凝縮されている時代劇を残したい
そう願う中井が、自ら映画化を企画した」と、その映像をバックに紹介なさると
中井さんが「まっ、フツーのただの時代劇を作っても、ナカナカ見ては戴けないだろうけど
うまく、その…現代と時代を組み合わせて…
えー、ちょっと面白く、そいで、ちょっと泣けるっていう話

これは作れるんじゃないかって思って、そいで、志の輔さんの所に行って
『これを映像化さして貰えないでしょうか?』っていう風に話をして…
ほいで、僕、ちょっと…しばらく前から時代劇が全部なくなったじゃないですか?
ほいで、その時代劇を残さなきゃいけないと…
で、僕、何より大事だと思っているのは
えー、その時代劇を知るスタッフがいなくなるのが、一番怖いと…」と話されると

「ああ、そうですね、ホントだ!」と甲斐さん
イヤ、音楽業界も、コロナ禍の間に持ちこたえられなくなった
舞台装置や照明など、ライブに関わる企業が多いみたいだし(汗)
また、新たな人材が入って来ない、受け入れられない中
ベテランのエンジニアが現場を去って行く…といった状況らしく
長年培われた技術やノウハウが伝え切れていないようです(汗)

ともあれ…「ほいで、時代劇に付随するものって、もう今、ギリギリの所に来ていて…
で、俺らがデビューした頃は『もう絶対、この人、チョンマゲの時代から生きてる』
…って思う俳優さんとか、あの…スタッフが(いて)『何してんねん!お前!』って怒られて
スタッフに『歩き方がおかしい』って言われたり
『その刀の持ち方、おかしいやろ!自分』って言われたり
そういう風にスタッフに教わったんですよ」と中井さん
流暢な関西弁は、やはり京都の撮影所で覚えられたのかなあと…?(笑)

「それが、だんだん、そういうことを知らないスタッフが増えて行くことによって
俳優も育たなくなる。付随するものを残すためにも
時代劇を撮り続けることが大事だと思っていて、僕たちが、どういう…
今のこの情報過多の世の中で(時代劇を)残して行けるのかっていうのは
僕は、だから、ずーっと『時代劇を残す』って言ってるのも
そこの『粋』っていうものを残したいっていうことが、一番大きいかも知れないですね」

…と、熱く語られたあと、是非『マニア』としては…(笑)」と振られ(笑)
「そうですね、だんだんマニア化して来てイヤだなあ(笑)」と甲斐さん(笑)
「分析して頂かないと…(笑)」という中井さんのプッシュに
「責任が重い…」とおっしゃってましたが
もう、これはご覧になるしかないですよね?(笑)

そして、ようやく…六角精児さんが「後半は舞台をスイッチ!」と宣言され
画面が切り替わると…「東京・渋谷にあるNHK」…の外観がドーン!
いよいよ、甲斐さんのターンになるところですが、続きはまた次回に…(笑)
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SWITCHインタビュー(3/26)5

2022-04-27 18:05:00 | メディア
ここで、平岩紙さんが「中井は1961年、俳優・佐田啓二の長男として生まれた」と語られ
幼い中井さんとのツーショットやポートレートが映り
「佐田啓二が事故死~テレビ出演で帰京の途中」という見出しの新聞の切り抜きと共に

「二枚目大スターだった父は、中井が2歳の時、この世を去る
ドラマの撮影に向かう途中の交通事故…37歳の若さだった」とのナレーションが流れたあと
「だって、僕、当時…お父さんの事故って…
小学生だったと思うけど、僕でも知ってますもんね」と甲斐さん

中井さんは「うーん…そうですね、その親父が死んだ年って…
これ、大なり小なり、たぶん、あの…皆さんもね、自分がその年になった時に
『あっ、今年1年、越えられるかな?』っていう恐怖感って、常に持ってると思うんですけど
僕の場合はもう、ホントに2歳半…2歳半だったんで…(と、ご家族4人のオフショットが映り)

その…常にその…仏壇の中にいる親父っていうのは、まあ38歳の親父のままで…
だから、それ以上の人生っていうのは考えられなかったんで
だから、ナンかこう…生きられるのか、生きられないのか…とかっていうことよりも
それ以上の人生を考えて来なかった…(『想像できないっていうことですね』と甲斐さん)

うん、ですね…で、まあ、その父が亡くなった時に、母は33歳だったんで
そこから本当に、その…姉と…姉が6歳で、僕が2歳で…2人の子供を持って
その…シングルマザーとして、えー、生きなきゃいけないって思った時に
その母の教え方がホントに厳しかった…んです

で、母は手も上げましたし、幼稚園の子(中井さん)に『下で音がした』と…ね?(笑)
『表に誰かいるかも知れない。あなたが見て来い』…(『うわ~(笑)おおー!』)
『えっ!?』ってなるじゃないですか?(家族3人の中で)一番ちっちゃいんですから!

僕、靴べら持って…(『ハイハイハイ』)…幼稚園ですよ?表出て…
靴べらで敵う訳がないんです(笑)誰かいたって…でも、そういう風な家だったんですね」
…と番組ツイッターにアップされていた動画の話をなさってましたが
甲斐さんのお母様も、ある意味シングルマザーでいらしたような時期がおありでしたし
甲斐さんも、そういう「母の厳しさ」エピソードには事欠かれないんじゃないかと…?

ともあれ…「だから、逆にでも、大人と子供の理不尽さを教えて貰ったっていうのかな?
で、ウチは、例えばメシ食ってる時に、こぼすじゃないですか?
ナンか、しょうゆ取ろうとした時に、バッと倒すじゃないですか?
そうすると…『ハイ、もう…』つって、全部下げられるんですよ、メシを…」と中井さん

甲斐さんは「おおー!」と驚かれてましたけど
我が家は「まだ子供が食べてる途中でしょうが!」という
田中邦衛さんの名ゼリフを思い浮かべてクスクス(笑)…スミマセン!

「ほいで『ええっ!?』つって(戸惑っていると)
『食べる気がないからこぼすんだ』って…(『集中力がないというね』と甲斐さん)
集中しないから…(『あっ、もう…もう、昔の人、言いますね、そういうことを…(笑)』)
そいで、そっからホントに食わしてくんないんですよね

ほいで、ある時、おふくろが、茶かナンか入れてて、バチャンってこぼしたんですよ
そしたら『あらららららら…』つって…(テーブルを拭う身振り)
『あららら…ってナンだよ!?』と思って…(『ツッコミます?(笑)』)
うん…『あらら…あららって、なに?』つって…『なに?』なんて言われて
『イヤ、別にナンでもないけど…』みたいになるんですけど…

でもナンか、それが、その…『俺らが大人になったら許されんじゃん』っていう…
大人になりたい、子供でいたいんじゃなくて…(『うん!そう!』)…大人になりたいっていう…
(うん!同じです!僕も!』)…気持ちを植え付けてくれたことは事実…

それは、母は意識的にやってたとは思えないんですけど(笑)
それはとっても感じて…ナンか、子供をすごく大切にしてくれた
『何があっても、私が守る!』と思ってくれてたけど、一番大事っていうことよりも
こう…どこかで、すっごい突き放してくれてたんだなあという風には…」

…と、お母様への思いを語られたトコで、20代の中井さんのお写真が映り
平岩さんが「東京の私立学校へ進学した中井はテニスに熱中、演技とは無縁の世界で生きて来た
しかし、大学在学中に、映画『連合艦隊』の監督からスカウトされ、俳優デビュー
日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞し、以後、父と同じ道を歩むこととなる」と紹介なさって

中井さんが「俺、異常な人見知りで…」と話し始められた途端
「あっ!僕もすごい人見知りなんですよ、実は…」と甲斐さん
やはり、じっと聞き役でいるのは苦手でいらっしゃるのか?(笑)
それとも、しばらく対談なさる内に、中井さんとの距離感が縮まられたのか?
この辺りから、身を乗り出して、食い気味に反応されるようになって来られた気が…?(笑)

…って、まあ、高橋克実さんと出演なさったラジオ番組では
中井さんがデビュー当時から、個人のプロダクションで活動されていて
大手のプロに在籍したことがないらしいとおっしゃっていたし
この放送で流れなかった部分でも、かなりお話が弾んでいらしたんじゃないかと…?

それはともかく…中井さんが「(異常な人見知り)で、赤面症で…それで…
だからもう、ウチの家族はみんな、俺は俳優にならないと思ってたんですよ
それで、ウチの姉はとっても社交的で、あのー…」とおっしゃったトコで
「姉…俳優・エッセイストの中井貴恵は社交的」とのクレジット

「日舞とかで、人前で何かをやるのが好きだったんですけど、俺は今でも人見知りで…
だから、何をやるんでも『よっこいしょ!』っていうのが、とっても必要なんですけど…」
…と、おっしゃったトコでは、甲斐さんが心の中で「よっこいしょういち(笑)」と
思っておられるに違いないと想像してしまいました(笑)…スイマセン!

その甲斐さんは「そうですね、あの…いわゆる原動力的なものが必要で…
まっ、バネにするためのものみたいな…(『…が、必要になっちゃうんですけど』と中井さん)

イヤ、僕もね、実はすっごいシャイな所がムチャムチャあって…
だけどもう、いざとなった瞬間ね…『ハイ本番です!』ってなったら、そうは言ってられないんで…
(『あっ、そうです!もう開き直りなんですよね』)…そうです」と返され

中井さんが「やっぱり、演じてる時っていうのは、架空の世界を演じる訳で
だから、いつの頃からか、僕ら、テレビドラマを観る側だった時に
『このドラマはフィクションであり…』っていうのが、最後にポッと出るようになって
『えっ!?これ、どういう意味?どういう意味?』っていう風に…(『そうですね』と甲斐さん)…子供の頃、訊いて…」

…と、例の「お断りテロップ」に触れられると
アレがクレジットされた時『ナンか冷めるなあ』みたいなの、ありましたよね?
だけど、もうアレが、フツーにもうなっちゃってねぇ」とおっしゃってましたが

その昔、坂上忍さんが子役でいらした頃に、複雑な家庭の子供の役などを演じられたせいで
プライベートでも…ナンなら、ある程度成長なさってからも
「可哀想な子」というイメージをお持ちの視聴者の方々から
お菓子を渡されたりして、気の毒がられたことがおありらしく(笑)

「フィクションと現実の区別がつかない人がいることにビックリした!(笑)」と話されていたし
例えば、犯罪者役の俳優さんを本当の犯罪者だと思い込んだ視聴者から
何かしらの被害を被られたとか(汗)もっと笑えない部分で
虚実入り交じってしまわれた方がおられたのかも知れないなあと…(汗)

ちなみに…以前にもご紹介しましたけど、奥さんは
テレビドラマの主演の方や、レギュラー出演なさっている俳優さんが
その役柄とは全く関係なく、明るく爽やかなキャラクターで登場なさるCMが流れると
スポンサー企業の気持ちは判らなくもないとはいえ
一気に現実に引き戻された上に、CMが明けたあと
また、ドラマのストーリーに入って行くのが、ちょっと難しいんだとか…(苦笑)
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SWITCHインタビュー(3/26)4

2022-04-26 15:42:00 | メディア
「正統派俳優」の話題に続いては…「働く大人の昼ごはん!それが『サラメシ』~!」という
中井さんのナレーションで始まる、甲斐さんご贔屓の番組のオープニングが流れ
平岩紙さんが「こちらが、中井がナレーションを務める番組
『声』の仕事は、本人にとって大きな意味があると言う」と紹介なさって「サラメシ」の話題へ…

中井さんが「元々ね『サラメシ』っていうのは
、あのー、サラリーマンの方たちが家に帰って来て
あのー、パチッとテレビを点けた時に、次の日の昼っていうことをやることによって
ナンかこう…『ああ、明日も(頑張ろう)』っていう風に思って貰えればいいと思って
今から11年くらい前なんですけど、5パターンくらいの(原稿の)読み方を、最初考えたんです

まあ、夜中なので夜バージョン…で、えー、まあ
それよりもちょっと明るいバージョンとか、考えてって…
でも、待てよ、夜中に1回、皆さんを昼に戻すっていうくらいの
トーンでやってみたらどうかなと思って…
(収録スタジオの)ブースに入って、一番最初に、その自分の中で選んだ
5パターンの内の『夜中を昼に戻す』パターンで読んだんですよ

そうしたら『それでお願いします』って言われて、ずーっと11年、それになって…
(甲斐さんは、うつむかれてクスクス(笑))
朝…まあ、午前中、撮影してんですけど、ツライ!ツライ!(『はあー!そうなんだ!?』)
ハイ、朝から、あのトーンって…例えば、こう…それこそ、舞台をやってる時もありますし
わりと重い撮影をしてる時もあるんで、あのトーンに1回するのが、とっても大変!
(手で口元を覆って吹き出される甲斐さん(笑))

まあ(甲斐さんは)歌を歌ってらっしゃるけど、高音の…最初から、キーで出なきゃいけないので…
(『ハイハイ、そうですね、そんな…午前中から(声)張れないですよね』)…張れないので
僕、あの…3日前に原稿を貰うんですよ
まず下読みして、そこから、えー、映像を観さして頂いて、映像に…最初に合わせて
あのー、ナンか(原稿を)変える所は全部変えて、それで次の日、声録りするんですよ」

…と、身振り手振りを交えて「サラメシ」の裏話を披露なさってましたが
確かに、どこかスコーン!と突き抜けたような声のトーンと、たっぷりの声量で
映像の中の方々のお話を、心から楽しんでおられる感じがする、あのナレーションをなさるには
それこそ甲斐さんよろしく、スタジオ入りの前に「ひと泳ぎ」くらいしておかないと
あの声のテンションにはならないかも知れないなあと…?(汗)

ともあれ…甲斐さんは「僕らはライブじゃないですか?一発勝負じゃないですか?
だから、全体のトーンとして『こういうトーンで行く』っていう感じだけ決めるんですよ
でも、その…声、声…どの声で行くんだっていう感じは
やっぱり、ものすごく…僕、その…恐怖感ありますよね

あのー、話聴いて『えっ!?そんなに緻密な話なんだ!?』って…
僕にしたら、すごい…それ、緻密な話にしか聞こえないんで、スゴイなあと思って…」
…と、おっしゃっていて「収録」と「生」…「映像」と「舞台」…の違いはあっても
その番組なり現場なりの空気に大きく影響するという意味では同じなんでしょうね?

中井さんが「僕は、最終的に目指しているのは、棒読みの俳優を目指してるんです
ほいで、セリフが棒読みであっても、感情が通じるっていうことを
僕は終着点に、自分で目指していて、でも、人間って『やれない』っていうの…
『やらない』っていうことと、こう…『出来ない』っていうことは、たぶん違うことであって
色んなことが出来て、それを『やらない』っていう選択であることが、僕は大事だと思っていて

そのためには、まず色んな声の音色を使えるようになっておくところから
それを全て使わなくするっていうところに行き着きたいっていう風に思ったんで
ちょうど、そのナレーションっていうものに対してね
『あっ、トライしてみよう!』っていう風に思った時期だったんだと思うんですけど…」
…と、ナレーターを始められたのも、俳優としての1つのステップと捉えておられるみたいで

「この『SWITCHインタビュー』って、まあある程度、今は甲斐さんが僕に訊く番で
こう…じゃあ、僕が甲斐さんに訊く番が出て来るんですけど
まっ、ちょっと設定が映画館なんで、今ここで訊いちゃいますけども
甲斐さんが、ホントにその…映画とかがお好きじゃないですか?伺ったところによっても…
そうすると、映画からインスパイアされるっていうか
今度、音楽にフィードバックするっていうか、それが、やっぱり強いっていうこと?」と質問

甲斐さんは「もう、ほとんど!」と即答なさって
「ほとんど!?」と驚かれる中井さんに「ほとんどそうですね
自分の思い出を画で覚えてる人と、言語で覚えてる人と、色々いるんですけど
僕は、画で覚えてるんです、全て…で、音楽っていうのは、あのー、聴いた瞬間に
あっという間に、その時の…過去のことをファーってフィードバックして来るんですけど
映像とかドラマって、そんなにバッと来ないじゃないですか?

でも、音楽って、聴いた瞬間に、その時のその場面を思い出せるんですよ
(『そうそう、そうですね』と中井さん)…うん、だけど忘れるのも早い、音楽は…
映像って、こう…ファーって、そんなに一挙に来ないんですけど
『ああー!あったあった!あったあった!(と膝を叩かれ)』って
こう…観ながらこう…すごい残るんですよね」と説明なさって
「あの…趣味とかっていうの、ナンかあるんですか?」と質問を返されると

中井さんは「あんまないんですよね…(『僕も全然ないんですよ』と甲斐さん)
だから、基本的には…イヤ…イヤ、じゃあ僕がサラリーマンだったら
ちゃんとね、あのー、ちゃんと、あの…皆さんしっかりした趣味を持とうとすると思うと思うんですけど、これ、趣味でしょ?」とお答えになり

甲斐さんも「そうなんです!イヤ、もう…あっ、ありがとうございます!その通りです
僕、だから、自分がこう…生活してる…色んなものに興味持って
色んな風に生活してるものが全て跳ね返って来る…
それが全部、吸収になると思ってるんで…」とハゲ同

中井さんが「だから、メシ食うにしても、ナンにしても
そしてナンか…それがナンか、自分のものになってって、それが趣味みたいな感じなんですよ
日常にしか、僕たち、餌になるものがないとも思っていますし
基本的に僕たちの仕事って、ムダの中に存在しなければならない」と

かつて、甲斐さんがよくおっしゃっていた「日頃の生活の仕方が全てステージに出る」とか
「ロックをやってるけど、ロックで生きてないなんてことは絶対イヤだ!」とか
「ムダなことをいっぱいやる」という言葉と同じことを口にされると
「そう!そう!でも、それ、ナカナカみんな気づかないんですよ」と甲斐さん

中井さんの「生きてることが、ナンか、趣味の集合体で、それがたまたま生業になっていて
ナンか、お金を戴けるようになって…だって、お金を戴くんだったら
自分たちが、そこにプロフェッショナルとして、何をやらなきゃいけないか?っていうことが
付随して来るっていう考え方なのかも知れないなと…」という言葉に深く頷いておられました

自分の好きなことが仕事になる、好きなことで食べて行けるって
とても幸せなことだなあと羨ましく思う一方で
「ON」と「OFF」の境界が曖昧…というより境界があってないような毎日を
例えば、体を作る、体調管理をするといった日常的なことから
お仕事に関する目標やビジョンなど、展開のために必要なことまで
常に、ご自身を厳しく律しながら送らなければならないというのは
ホントに、そのお仕事が好きでないと出来ないんじゃないかと…?
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