ASAKA通信

ノンジャンル。2006年6月6日スタート。

「Another Galaxy」 20200430

2020-04-30 | Weblog

 

     *

内部観測と外部観測は相互に照らし合い、
交わる光のハレーションになにかが兆す。

      *

「かくありき」から「かくありうる」へ。
虚無と諦念はある地点で刹那に破られる。

シグナルの無限連結が偶発的な転移を用意し、
エロスの奔流は超出への「窓」を開いていく。

エモーショナルな走査線が風景を走り抜け、
一回的コンテキストが次々にピックアップされる。

予期のエロスが新たな地平を開くとき、
システムには光度が増していく。

相剋と蹉跌に打ちひしがれるとき、
新たなコードの創発が強いられる。

システムは絶えざる流動に晒されながら、
未踏の均衡点を際限なくめがけていく。

応答され応答するものの属性において、
巡航速度はキープされなければならない。

     *

いま・ここに、あること、あらぬことの偏差から、
可能性のエロスがシステムに時制を滲ませる。

      *

かつて-いま-これから
経験はつねに時間の秩序をたずさえている

新たな風景へ向かうまなざしの作動には、
いつも遠く近く面影が忍び込んでいる。

単時点における状態の立ち上がりには、
時間の厚みと広がりが連結されている。

システム全域を覆う絶えざる流動の波頭は、
時制の介入によってはじめて意味を獲得する。

時制の両極からのまなざしの照射によって、
システムの巡航速度は照らし出されていく。

システムは不可抗の誘いと衝迫に包まれながら、
こうしてあることへの惜別を連れている。

意志の発動はつねに非知の作動に先行されながら、
訪れる世界にはすでに固有のfeelが刻印されている。

 

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現象学の視線(参)

2020-04-29 | Weblog

 

──竹田青嗣「本質学研究Ⅰ」

「ひとつの欲望存在にとって、世界と対象は、
衝動-欲望の到来によって価値と意味の連接的秩序として分節される。
欲望論的な〈世界〉は、そのつど始発点、生成の起点をもち、
そのつど新しい〈世界〉の生成においておいて消滅する。
この生の欲望論的体験の連続のうちで、
「世界」は一つの客体としての、同一で唯一の存在者としての信憑を形成する。
客体的な存在者としての対象、あるいは客観的存在者の総体としての世界は、
欲望論的な生の体験のうちで構成される、第二次的形成体なのである。」


世界経験という意識内の現象にわけ入ると、一切は、
「わたし」(主観)と「世界」(対象)という二極構造において展開している。

世界は意識において現象する。意識に訪れるものとして世界。
いいかえると、意識は世界によって〝襲われる〟。
意識(私)はこの訪れによってはじめて企投の動機を与えられる。

この連続的展開のなかで、「世界の姿」は動かせない外部(客観世界)として定立される。
この定立の主体は、いうまでもなく「わたし」という存在が担っている。
そして、この経験の一切は「わたし」という存在のうちがわで現象している。

 

 

 

 

 

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「言葉の域──不知火のことづけ」 20200428 20191113

2020-04-28 | Weblog

 

つづられ示されるシニフィアンは、
みずからの指示性をひそかに抑制するような表情をしている

深さ、ゆらぎ、つつしみ、はにかみ、たおやかさ
すべて言葉が引くアウトラインを外れるものへのまなざしと結ばれている

抑制の背後にはたしかな意志が存在している。
けれど、それは姿を隠すように語られ、つづられる。

世界の輪郭の確定へ向かう記述をみずからいましめるように
言葉の域を超えて目的にかなうように確定し、制御し
それ以外を廃棄するものを決して許さないように。

「いま、ここ」にとどけられる言葉から
言葉が生まれる起源とのつながりが失われないように

はじまりの泡立ちがそのままに、泡立つ起源とのつながりを保持したまま
それ自身の生が保たれ、「いま、ここ」を失うことなく生きてゆかれるように

なぜか。

言葉が果たしうること、果たしえないこと、その仕事の「域」がある
そこを超えうると信じられて侵犯が起こると見失われる「原郷」がある

さまざまに世界が湧いて出るはじまりの場所
記憶と呼ばれるものが重なり、混じりあい、結ばれ
いまも、ここに、そこに、生きられるところ

言葉の領分、言葉が果たしうる仕事の域があり
そこを超える侵犯が起こると滅びの種を蒔くことになる
言葉が言葉として生きられ守られるべきオフサイドラインがある

言葉はつねにその運び手を必要とし、つねに一体化している
言葉の原理的な「私性」があり
そこを超えるとだれかの制圧に転移してしまう「閾」がある

「私性」から離脱可能であるかのようにして言葉が運ばれるとき、
明に暗にみずからの〝普遍〟を語りはじめるとき
「私性」と「私性」が出会うラインをはみ出すことになる

そのことの感知がみちびく言葉の用法が守られているように
走りすぎ、理解しすぎ、触れすぎて傷つけないように
語りすぎることで壊わしてしまうことをおそれるように

「私性」を超え出たいと願いつづられることばが
つねに侵犯の〝罪〟を背負うことになる特性について
けっして超えないという格律が埋め込まれた言葉

にもかかわらず──

蛮勇をふるうように語られなければならないことがある
知らなければどんな惨劇が導かれるかわからない
心のうちに深く刻んでおくべき人間の豊かさの原郷がある

よわきもの、傷つきやすいもの、関係のちからに屈しやすいもの
けっしてみずから〝普遍〟を名乗り出ないもの

壊れやすさの起源にあるものへのまなざしが導く意志があり
決然としてつづられ、紡がれてきた言葉がある

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「展開形」 20200427 20200125 

2020-04-27 | Weblog

 

悲しみの一撃によってランドスケープは一変する──

彩り、色あい、表情、肌ざわり
スクリーンの画面が切り替わるように
世界を構成する意味と価値の配列が変化する

そうではなく感じていたいのに
そうであるようにしか感じられない

拒むことを絶対に許さないように

世界はそうであるようにしか現われない
そうとしかありえないかのように

世界はいつも、すでに
心の願いをひとつも斟酌することなく
告げるべきことをただ告げるように姿を現わす。

世界の現われ、世界のはじめの告知に
ぼくの心は関与することができない
ぼくの心は告げられ、つねに、おくれて動き出す。

この先行関係はけっして動かすことができない。

現われとしての世界──
すべてのはじまりをつくる世界との遭遇
一切の起点、動かせない初期条件つくるように現われる世界

逃げられない痛切さ、切実さ、非情さにおいて
「世界はかくある」と告げられる

ぼくの心は決定に加われず、選ぶことができない
遭遇というかたちでしか世界を知ることができず
はじまりの世界記述に参加することができない

「かなしい」

最初の記述の権利はただ世界の側にだけある
──しかし始発点は終着点を指定しない

「わかった。十分だ。上等だ」、けれど
「申し分ない」とは口が裂けても言わない

世界が告げる記述形式ははじまりにすぎない
初期条件はいっさいを決定し完結させることはできない

おくれて立ち上がる側には別の権利がある

つねに〝未決の位相〟を保持し
記述の確定を斥けるように駆けているものがいる

一つの意志がそのつど新たな記述へ
世界の書き換えへ向かうかのように

記述の更新に向けてつねに準備を整えるように
その意志を貫徹させるように
世界に向かって告げ返すものがいる

──新たな記述の場所をつねに空けておけ

未決性において全域性を満たすように
つねに自らに生成する「問い」をたずさえ
未決の解を探索するものがいる

なぜ・なに・どうしたら・どうするか──

わかること、理解のポッケに収まるものだけでは足りない
わからないことのわからなさをそのまま保持する
保持することではじめてアクセス可能になるものがある

わかること知ること、初期記述へ落とし込み
一切をそこに向かって帰納するのではない

わからないことのわかりえなさ
知りえないことの知りえなさ

つねに、そのことを手がかりに
資源として立ち上がるものがいる

記述の確定を拒む未決性を本質として
逆説的に疑えない明証として一つの格律がみちびかれる。

「世界の自明性、確定された記述につねに留保をかけろ」

     *

原理の思考へ──
子は母を生むことができない。
失恋の絶望、挫折は希望に先行できない。

 

 

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「Never Mind」 20200426

2020-04-26 | Weblog

 


    *

つねに姿をみせない未来
かたちを与えられない過去
ランダムなノイズに満ちた現在

まなざしが分散するとき思考は砕け散る
すべての時制を分泌する「いま・ここ」へ

手がかりはただ一つ
手放してはならない起点をキープする

からだの声、それが希望
ただ一つ、自由の入り口にあたっている
この入り口をたどらずに、希望に向かうことはできない

うちなる声は聞かれないかぎり
記述の確定を急ぐ関係項
ひきつった言葉の群れにかき消されていく

侵入し混じり込む外部の声
現象する言葉と言葉のハレーション
かき消され、声を見失った心に差し出される結語

「パイは限られている」
「生きるか死ぬか」
「勝つか負けるか」
「遊びは終わりだ」

記述を確定する関係項「ほんとう」の用法──現実論理
「世界はこうなっている」
一義的世界表象から派生する「かくあるべし」「かくなすべし」

現実論理の規定に服すること
現実論理に一切の決済を仰ぐこと

ショートカットすれば失われる
はじまりの場所、はじまりでありつづける
まなざしをキープしなければ見失われる始原の場所がある

ざわめき、もやもや、いらだち、ためらい、ふるえ、ゆらぎ
うちなる声はいつも記述の確定を拒む表情をしている

ふるえ、ゆらぐものの原郷へ
深くわけ入ってはじめて出会う始原の意志がある

     *

原理の思考へ──
子は母を生むことができない。
失恋の絶望、挫折は希望に先行できない。

     *

すべてノイズとして切り捨てることもできる
耳をふさいで〝自由を呪う道〟もこの世には開かれている

いやだね、そう断言できるおまえを知っている

 

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「Backstage──合流点」20200424

2020-04-25 | Weblog

 

Backstageは全体包括的な命題をたずさえている。
──みずからに「納得」を刻むべし

納得点は空位として
空位の「ほんとう」として
あるいは「未決項」「虚数項」として
すべての企投的展開を包括している

     *

真として、善として、美として
みずからにとって「ほんとう」であるもの

ほんとうのおれ、ほんとうのおまえ、ほんとうの世界
けれど、どこかに「ほんとうの姿」が隠れているわけではない

ことばが示すものはことばの内部で完結できない
どこにも実体をもたない、どこにも表象が結ばれない
しかし、「ほんとう」という観念が全作動を包括している

それは未決の形式においてだけ
空位のまま独自の位相を形成し、
空位においてはじめて観念としての要件を満たす

    *

そこで会いたいという場所があり
そこで会いたいという人がいる

それがどこで、だれなのかはわからない

知らない存在なのかもしれない
知っていて知らない存在かもしれない

結ばれる関係はいまだかたちをもたない
かたちをもたない関係がいつか結ばれる虚数点

「いつか、虹の下で」

いまはそう語るしかない
あるいはむしろ
永遠にそう語るしかない合流の方角へ

 

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「関係項の用法」20200424

2020-04-24 | Weblog

 

先行を許せば「個」が消える──

おたがいに主権的存在として出会うために、
使ってはならない関係のコードがある。

個──固有の歴史を引き連れ歩む存在として。
一度かぎりの発生的展開を生きる主権者同士として。

主権を割譲することになる関係項の用法がある。

関係項を用いて、ともに生きることそれ自体ではなく、
関係項に記述されたシニフィエに「個」を捧げるように、
みずからの上位に置いてみずからの言葉を従属させてはならないこと。

先行を許せば、「個」は関係項群のなかに沈み消えていく。
つねに「個」に沈み、消えてゆくことを求める、
関係項の構造的特性をえぐり出しておくこと。

あらゆる関係項がその生成の起源とするはじまりの場所。
つねに、その場所へ帰還できるように。
そこから関係項を照らし返すまなざしをキープすること。

記述の主権者としての「個」を殺さないように、自死を選ばないように。
現実を記述する確定項の集積体としての社会を、
書き換えつつ生きる主権的存在として、
おたがいがそうであるように、新たな言葉の生成の起源であるように。

あらゆる記述は「記述されざる海」から生成する。
どんなに記述を極めようと、あるいはそうすればするほど、
「記述されざる海」はその深さ、広がりを増すように記述の背景をつくっていく。

海とはあなたであり、ぼくであり、
あらゆる発生的展開を生きる存在以外にはいない。

一切のはじまりの場所の豊かさを涸らしてしまわないように。

あらゆる関係項から見下ろされ服属するのではなく、
見つめ返し、書き換え、新たに生みだす主権者として、
みずからの生成的起源からのまなざしを失わないように。

 

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「インターミッション」 20200423

2020-04-23 | Weblog

 

その人は少しも急がせるそぶりをみせず
ただ柔らかなほほえみを浮かべた

だれにも気づかれないほんのつかの間
天使が一度だけ羽ばたきするような刹那

迷える子羊をやさしくもてなすように
小さな休止符が日常の楽譜に書き込まれ
魂に息つぎする時間が与えられる

ぼくは奇跡を受け入れ、天使のもてなしに包まれる

言葉をさがすことも、さがさないことも許された
迷える心を迎える奇跡のようなインターミッション

差し出された救済の刹那が、深い安堵をみちびいていく

 

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「危機と自由」 20200422

2020-04-22 | Weblog

 

 


「きちんと考えおきたいことがある」
「いまだから?」
「うん」
「なに?」
「人間的自由の本質について」
「近代が発見したものですか」
「人間の可動域、その可能性、拡張可能性ともいえるかな」
「可能性ね」
「人間的自由と可動域、その拡張可能性について」

「たとえば?」 
「できなかったことができるようになる」
「自転車に乗れるようになる。逆上がりができるようになるとか」
「感じ取れなかったものが感とれるようになる」
「素敵さに気づく、とか。逆もあるけど」
「新しいゲームを思いつく」
「心の、からだの、人と人の新しいフォーメーションを発見する」
「フォーメーション?」
「関係の意味が変化する。プレースタイルが変化する、そんなこと」
「それが楽しい?」
「そう。生きるよろこびの一つ。最大のものといえるかもしれない」

「可動域がひろがるとうれしい、面白い、楽しい。どうして?」
「生のエロスが増大する、自由の享受を実感する」
「存在が拡張される感覚?」
「うん。その予感にわくわくする。なにか新しいことが始まる予感」
「わかるかも」
「気づかなかったじぶんの能力や可能性に目覚める、とか」
「錯覚や思い込みということもあるかもしれない」
「でも、思いこみや内的な泡立ちが変化をもたらすこともある」
「変化の可能性は人間を活性化する。それは疑えないでしょ」

「好きだったものが嫌いになる。嫌いなものが好きになる。なんで?」
「関係が変化する。自分と世界との関係構造が組み替わる。そんなことかな」
「それはなにが引き金を引くのだろう」
「現状に対する不満もあるけど、それより、未知なものを求める心の原理ともいえる」
「構造を固定して一定の見方にこだわれば世界に変化は起きにくくなる」
「バインド状態」
「でもバインドすることで行動や目標がクリアになるということもある」
「目鼻がくっきりした世界の姿」
「変わればいいってもんでもない」
「ふらふらするより毅然としていたほうが立派にみえることもあるな」
「ある。しかしその代償も大きいと考えたほうがいい」
「なぜ」
「人間的自由にかかわるかな」
「近代の発明品だ」
「自由には使わない自由もある。予備の、未使用の自由の領域。
この位相は無限の広がりがある」

「だから?」
「この無限性を捨ててしまうことになりかねない。どう?」
「かもね。うっかりしているとバインドされまくりの世界になっていたとか?」
「いや、そういう傾向は人間世界では顕著だね」
「それを他人にも求めたり、強制したりとか」
「うん」
「なぜだろう」
「ひとまず安心、ということはある。希望と不安、変化は両義的でもある」
「多少苦しくても安定した定常性を維持したい、とか」
「変化するにはシステムの組み換えとか、いろいろ面倒な作業がある」
「それを面倒と感じるか、楽しいと感じるか。
おそらく面倒と感じる人間が多い社会ならバインドの方向に舵をとる」

「それでも?」
「それでも。自由という発明品はこわれやすい」
「使わない自由も含めて、自由は保全されなければ大変なことになる、とか」
「うん。可動域が固定された人間はだんだんロボットに近づいていく」
「それって、なんでかな」
「不安。不安の意識はすがるものを求める。早く安心したいからね」
「なんでもいいから不安を回避するためにすがりたい」
「目の前に差し出されたら、サンキューといって飛びつく」
「ちょっと待てといいたいな」
「なぜ」
「そんなときに思考の幅がひどく狭まっていく」
「自由の領域が侵食されるということか」
「ある意味で、人間の自然な反応ともいえるけどね。とりわけ大きな危機のときにはね」
「けれど、そこでちょっと踏みとどまることが大事って?」
「うん。未来にもっていく可動域を捨てることになる」

 

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「Backstage──対話」 20200421

2020-04-21 | Weblog

 


「Backstageにおまかせでは変化しない」
「うん」
「対話がいる。その相手が意識というもの」
「どんな対話かな」
「楽しい対話にこしたことはない」

「Backstageは、本質的に保守的といえるかもしれない」
「変化しづらいのね」
「Backstageは一般的には無意識とか、身体とか呼ばれたりする」
「自分でありながら自分の自由にならないもの、かな」

「うん。Backstageは意識をそんたくしないように情動を動かす」
「ある種のメッセージをたずさえるように」
「そう。世界の居心地について、みずからの存在のかたちについて」
「だから?」
「自由にならないけれど、なんらかの働きかけはできる」
「それが対話?」
「そう。けれどその対話の方法が適切でないとまずい」

「意識と無意識、個人と社会。なんか似た関係かもしれない」
「働きかける契機が見出せないとき、自由の感覚が消える」
「つまり、関係の構造が固定されてしまう」
「すべてが構造におさまるようにしか動けなくなる」

「とても似ている」
「ふたつとも共通する関係の本質があるな」

「問題は対話の方法かな」
「それで?」
「より快が走るほうへ──Backstageの作動原理は確立されている」
「快を求めるということか」
「でも、どんな快かは確定されていない。
けれど、対話が楽しければ、Backstageはにっこりすることがある」
「逆に楽しくなければ、両者の関係に不和や亀裂が走る、かもしれない」
「あるいはむしろ、不和や亀裂が対話を面白くないものにしているといえる」

「意識にとっては?」
「大事なポイント。両者にとって楽しい、
つまりともに快が走るものでなければならない」
「むずかしいかな」
「そのために維持され、保全されるべきものがある」
「なに?」
「相互に認め合うような、対話の位相。社会にとって大事なものだけど、
なにより個人の内側において大事なものね。そこが出発点だ」

 

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「非日常──自明性の破れ」20200420

2020-04-20 | Weblog

 

表層の化粧がはがれ、隠れていた素肌が露出する。
それが「ほんとう」の姿ということではない。
Backstageが姿を見せることは原理的にありえない。

すべては関係のゲームの展開として動いていく。

しかし状況は、そのふところに包摂しきれない変数(脅威)の訪れによって、
ホメオスタシスの自明性は破られ、定常的構造を維持できなくなる。

自明性を破る脅威の規模は例外を許さないスケールで地球を覆っている。
不安、ノイズを処理可能にしていたさまざまなサブシステムが機能不全を起こす。

そこに生きられてきた関係構造の基底的な関係本質──
前提深く埋め込まれた関係意識、関係態度、
さまざまな関係のコードがスケルトンになり、
その作動の本質が暴露される。

この展開において、次の定常状態へみちびくものは何か。

犠牲を限りなく少なくするという配慮、集合的配慮が動くのか。
それとも限られた資源を奪いあうことで決着をつけるのか。

すべては暴露されたリアルを目撃するまなざし、
本質をえぐり出し、新たな展開へみちびく集合的意志にかかっている。

以前の定常状態への回帰をしりぞけ、展開形としての実存をキープする意志。
新たな関係のコード、関係世界はそこからしか立ち上がらない。

展開形のままに──

われわれの世界経験は、つねに先行的に記述された関係項をたずさえている。
「善-悪」「真-偽」「愛-憎」「美-醜」
現実をコードする記述形式を学ぶことで、
世界を分節し、経験を記述しつつ生きる関係世界の展開がある。
自己記述、他者記述、関係記述──「世界はこうなっている」

定常性維持を目的に記述される一般命題──「かくあるべし」「かくなすべし」。
すなわち合意項・禁則項・許可項の集積としての社会体。

この記述の体系を新たな「ありうる」へと接続すること。

集合的に保持される世界記述の関係項から逆算するように、
「いま・ここ」のみずからの記述を確定するのではなく、
「いま・ここ」のみずからの展開、拡張、推進力を増すように、
あらゆる関係項を記述しかえすこと。

すべては新たな「ありうる」の展開にかなうように。
新たな記述形式の更新、探索に開かれてあること。

展開形としての実存にかなう記述形式の準則──
社会体の帰属主体としての「個」ではなく、
社会体の更新主体としての「個」──すなわち展開形としての「個」のままに。

 

 

 

 

 

 

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「2019、秋」 20200419 20191004

2020-04-19 | Weblog

 

  心もち肝要にて候。
    常に飛花落葉を見ても草木の露をながめても
    此世の夢まぼろしの心を思ひとり、
    ふるまいをやさしく、幽玄に心をとめよ。 ──心敬『心敬僧侶都庭訓』


現実への着生がゆるむ カウントできない刹那 
なにもない 澄みきった突きあたり 

なにごとも示されない 空のかなた

みずからの経験が失われてしまわないように
こころは、公理系の外にくちびるを向ける

記述の手を止めて ただたなびくまま 
かたちなく 輪郭をたどれないままに

いざなうものにいざなわれ
あなたはまなざしを凝らす

混じりあう言葉と言葉のうちがわに
どこにも いちどもしたためられたことのない 
かたちなくいざなうものに

わかれを告げ 手を振ることができない

はじめからなかったかのように動いていく
消えてしまうはかなさを受けいれることができない

帰るのか 行くのか どこへ
つかまえられない とどかないへだたり

けれど、たなびくままに
ただ決められることを決める

わかれないためにわかれを告げるように
ふたたび 新しく出会う時をあつらえるように

まなざしを柔かく ふるまいをやさしくして 
出ていくためにこころのかたちを決める

どこへ
いま、ここに

 

 

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「ゲームの本質」 20200418

2020-04-18 | Weblog

 

未規定な展開が接続、連鎖しつづけるピッチのなかで、
すべてのプレーヤーはファンタジーの出現を夢見ている。

ルールやゲームプランの地平を離陸するようにゲームは動いていく。
初期条件の規定性を裏切る展開からゲームの歓び、ゲームのエロスは生成する。

     *

情報処理はつねに内在的に完結できない。
次のプレーの選択には、相手の視点を加算しなければならない。
敵と味方が相互に制御しあう関係のなかで、
ハイアングルから両者を見ているもう一人の自分が立ち上がっていく。

     *

予測可能、規定可能なプレーシステムの内部で完結しないために、
明らかにしておかなければならないことがある。

     *

ゲーム展開がどんなプロセスをたどるかはつねに未規定である――
未規定ゆえに活性化していく作動と、未規定ゆえに不安に押しつぶされる作動がある。

ゲームはこの両義性を本質として「ゲームのエロス」を生み出し、
その極相において、ファンタジー創発の無限の位相を戴いている。

希望と絶望――すべてのプレーヤーはふたつの極性においてゆらぎ、
ゆらぎのカオスが、プレーの震源をつくっていく。

展開は、つねに制御の意思に先行して目の前に開かれ、
展開が告げる意味連関が次のプレーを解発していく。

展開の先行性はプレーヤーにとって拘束として、規定性として現われ、
同時に未規定な選択可能性の領域が反照され、
新たなプレーの可能性が開かれる初期条件をつくる。

プレーヤーは展開を引き受けることで相関的にセルフ像を結び、
展開とセルフの関係構造から次のプレーイメージを描き出していく。

――規定性を規定性として受けいれる。未規定性を未規定性として受けいれる。        
希望あるいは絶望を一方的に強いるものをしりぞける。

すぐれたプレーヤーはそのことをプレーの格律として、
その場所に、「いま、ここ」に、
プレーの自由とエロス、新たなありうる原郷が存在するように、
展開に修正を加えうるプレーイメージを探し、実効的な希望を立ち上げていく。

 

 

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「自明性の破れ」  20200417 (2011-04)

2020-04-17 | Weblog

 


     *

サイエンス――感性的経験から派生する世界認識の一形式。

人間社会が累積させた知と創発のいとなみのエッセンスを学びながら、
可疑性および可謬性に開かれた精神の柔軟性をもう一つの資源として、
自明化した世界認識の方法の底に沈んだ前提を洗い出し、新たな知の原理を探索する。

日常(政治ゲーム)から独立した思考のフロンティアを担うことが本質的なミッションであり、
その誠実な遂行において世界認識の方法と一般像を拡張していくという点に、
人間社会がサイエンスに与える信任の本質的で普遍的な根拠がある。

探索対象は絶対の真実ではなく、修正されうる集合的な〝合意〟であるという認識を手放すことなく、
「科学的思考の風土では、未発見の事実と絶えざる変化が勝利者なのである」(Planyi)という格律において、
〝意味〟の創発=思考のフロンティアを切り開くミッションと、人類史的な貢献の要件を満たす。

     *

アート――感性的経験から派生する世界認識の一形式。

すぐれたアートは、いつも「これはメタファーである」というメタ・メッセージをたずさえている。
これは詩だ絵だ音楽だ小説だ映画だ、「虚構の中の出来事だ」というメッセージを同伴させることで、
アートには日常の文法、自明化した世界認識の前提を侵犯する権利が与えられている。

このメタ・メッセージには、かならず日常に帰還するルートを確保しているという含意がある。
このメタ・メッセージを取り払うと、アートはただちに〝異常〟とされる世界に変質する可能性をもつ。
この危うさの中でいとなまれる創造の作法に、アートの自由の本質があり、
自明性を侵犯して新たな世界体験のルートと位相を切り拓く根拠が存在している。

すぐれたアート=作品は、それを体験した人間に、日常のフレームの再編=〝意味〟の創発、
あるいは世界体験の拡張あるいは修正、すなわち新たな「生のエロス」の享受を可能にする。
 
     *
 
 「自明性とは何を指すのでしょう?」
 「大地のゆるぎなさのようなものと云えます」
 「いま大地は激しくゆらいでいます」
 「はい」
 「起こりえないことが起きてしまった」
 「自明性の崩壊は無意識深く波及します」
 「出来事の規模はシステムの理解力をはるかに超えています」
 「非反省的に前提にされたものが想像を絶する規模で破壊されました」

 「どんな感情でもカバーできない出来事かもない」
 「日常の自明性が砕け散った場所にいるともいえる」
 「いまどんな教訓が引き出せるのかな?」
 「絶対安全という神話があります」
 「恣意的なフィクションだった」
 「あらゆるシステムの駆動は、一定の自明性を起点にします」
 「それが根拠のあやしい信憑にすぎなくても?」
 「そう。閉鎖系では必ず自己完結できる価値命題が設定されます」
 「その理由は?」
 「システムを回すには、意味論的なボーダー形成が必須だからです」
 「内と外をわけて、フレームワークを形成する?」
 「そこからホリスティックな統一、各要素の配置と機能的連携へ進みます」
 「迷信や思い込みであってもいい?」
 「真偽以上に外部を遮断できる機能が重要ともいえる」
 「あくまでもシステム自身にとって?」
 「そう。それが閉鎖系であるゆえんでもあり、それが目的化するともいえる」

 「運用効率を上げるにはノイズは可能なかぎり排除したい」
 「つまり、パフォーマンスコストを低減する」
 「そこには外部要因の無視や見切りがあります」
 「しかし永久運動システムは永久に不可能」
 「システムの駆動は時限装置ですが、個別の生命のオーダーがそこに収まればいい」
 「エゴに染まった運営主体はつねに存在する」
 「閉鎖系の宿命ともいえます」
 「迷信か否かより、自己完結的システムの維持と存続が優先される」
 「そこに関係項としての客観、すなわち自明性成立のカラクリがあります」
 「カラクリ?」
 「価値命題はつねに共同的な信憑にもとづくということです」

 「単なる信憑にすぎない?」
 「そこにエージェント問題があります」
 「偉い人がそういっているから大丈夫って?」
 「そう」
 「疑えない真理というものはありえない?」
 「信憑成立が客観として自明化することがポイント」
 「要するにセルフィッシュな歪曲だけがある?」
 「問題は少し複雑です」

 「どういうこと?」
 「あるシステムにフィットする信憑を単独で支えることはできない」
 「そこにはつねに共同性、集合的な信憑構造がある?」
 「客観の成立は独我論的なものではなく、いつも相互信憑のカタチをとるということです」
 「仲間の共同性があるわけか。信じてるのはオレだけじゃないということかな」
 「信憑は他者の信憑と反照し合うことで、客観性の強度を獲得します」
 「それが客観性の僭称にも行きつく」
 「そう。客観性が成立する構造とはそういうものです」
 「ということは、どこまでいっても絶対の真理というものはあえない?」
 「可疑性は排除できない。しかし、システムはいつも不可疑性の地平を生きることも確かです」
 「客観性はいつも反証可能性のもとにある」
 「しかし生きられる地平では反証可能性はいつも事後的に訪れる」
 「ということは真実は手遅れのまま告げられるしかない?」
 「自明性は時限装置でも、限界が顕在化するまでのタイムラグのなかにシステムの駆動がある」
 「自明性を脅かすものには徹底的な排除のチカラが働く」
 「それがシステムのもつ必然的なメカニズムであることは明らかです」

 「閉鎖系において、自明性は絶対化します」
 「それがシステムの駆動条件をつくる」
 「そう。それを内部からどう打ち破るかはとても難しい問題」
 「単に構造を明らかにするだけではすまない」
 「それぞれシステムの選択にはぎりぎりのサバイバルが賭けられています」
 「形式合理性の根拠が崩れると、おまんまの食い上げになるという現実は動かしがたい」
 「はい。システムへの帰属の全面化から帰結する問題です」
 「単に客観の相対性をメタ的に論証するだけではダメであると?」
 「そのことだけは明らかです」
 「なぜでしょう?」
 「不毛な相対化合戦しか帰結しないからです」
 「どんな解決策が考えられるのでしょう?」

 「一つは外部の力によって自明性を破る」
 「それがいま?」
 「かもしれない。閉鎖系が開放系に転じる契機になればいい」
 「でも?」
 「でも、閉鎖系はいったん自明性が破られても、外部の力が去れば回帰する」
 「元の黙阿弥。ほかには?」

 「新たなファンタジーを立ち上げる」
 「!?」
 「別のファンタジーを見せつけること」
 「どういうこと?」
 「閉鎖系では享受できない、圧倒的に楽しいゲームを立ち上げる」
 「説得してもムダ、ということ?」
 「そう。あれかこれか、どっちが正しいか、右か左かと問えば、両者をわける境界線は太くなるだけ。
 それは閉鎖系の内部でゲームピッチのラインを引き直しているだけにすぎない。
 そうした対立的な図式を書き換える動機はどちら側に立とうと閉鎖系では生成しない。原理的に」
 「そうかな」
 「本質的な変化は、新たな〝享受可能性のエロス〟の発見から起こる」
 「それがファンタジー?」
 「この〝世界〟とのかかわり方、関係のゲームが根本的に書き換わらないかぎり無理」
 「たとえば?」
 「

 「でも、ファンタジー同士の対立というものもある」
 「対立的なものすべてをさらっていくような、どちらも包摂する圧倒的なファンタジー」
 「無理でしょ」
 「以外にかんたんかもしれない。百年以上か、もっとかかるかもしれないけれど」
 「どうすれば?」
 「まずは、ほんとうに絶望しきること。下手な希望をもたないでね」
 「絶望?」
 「絶望にもいろいろあるけどさ」
 「どんな?」
 「大事なのは恨みつらみ、ルサンチマンに染まったような絶望ではだめ。
 一切をゼロに戻すような、ほんとうにピュアな絶望が必要だ」
 「なんのために?」
 「あらゆる関係項の本質が明らかになる。つまり、その生成性がね」
 「それでファンタジーが立ち上がるの?」
 「イエス。自明性に溺れない感受性が生まれる。
 比喩的にいえば、そのとき人間はすべてアーティストになるともいえるかもしれない」
 「ムリだな」
 「あるいはサイエンティストになる」

 

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「クソの山」 20200416 20120204

2020-04-16 | Weblog

 

 *

オマエは一度だけ問うてみたかった
ただし、いちどきりでたくさんだ

結論は出ている、すでに
うんざりだ、けれど
きっちりと刻んでおく

なぜか

ほんとうに問うべきは
相手ではない

問うべきは関係のコードだ
クソをクソと判定する根拠

その拠点が明かされなければならない
答えを出すのはオマエしかいない

そのことを刻んでおくために

  *

厚顔で恥知らずの世界よ
その暑苦しい身振り手振りよ

愛しいものを求め
別れに嗚咽し
崩壊を怖れながら
みずから壊れていく

自由を求めて隷属し
隷属を拒んで支配に加担する

儀礼のコードに従って
殺戮と蹂躙を繰り返すものよ

冷酷で綺麗好きの
お節介で役立たずの
人でなしの呪われた

たらふくエサを喰らい
残忍に血を啜り
丸々と貪りつづけるクソの山よ

准じる格率はどこからきて
最後に目指すものは一体何だ

クソ真面目に食い尽くしたら
また新しい獲物を探し出して
何度でも勝どきを上げるのか

   *

「ありえない」

信仰するそれがありえない
語るべきなにもない
心臓を開いてみせるべきなにものも存在しない

オマエは問われたらそう答えるだろう
しかし依怙地な応答の作法がクソをひり出すこともある

最も信じないニンゲンが
最も上手に操作する

おのれの決定をだれにも見せず
おのれの決定をだれかの決定に見せかけ
おのれの導く負債の一切をだれかに委ねる

このカラクリの図式は人間の自然史に組み込まれている

そうして階梯を下るほど信仰は狂信の強度を増す
おのれの決定をおのれの内部に聞くことのない
上を見上げて忖度するニンゲンは弱くて強いぞ

だれかの決定を待つものの折り目正しい狂気の貢献が
あらゆる酸鼻な現実の裏側に張り付いている

悲しくむごたらしい光景のすべての起源は
いまなおここにおぞましく稼動中だ

   *

現実を貶められながら
託宣を下す力のもとに蝟集するとき
ニンゲンの辿る道は供犠へとつながっている

供犠する者される者は
 オマエなのかオマエ以外の誰かなのか

「すべてよ散れ」

信仰を拒むその身ぶりにおいて
オマエが遺棄し守りたかったものは何と何か

ほんとうはそう言いたかったかもしれないオマエは
この世の掟をどんなふうに受け入れたのか

「一切よさようなら」

本当はそう願ったかもしれないオマエは
 じぶんが最後に望んだものを
 どんなふうにじぶんに示すことができたのか

   *

答えられない問いを投げている間に
季節は冷たく遠く通り過ぎて
もうさよならさえ云うつもりがないと囁いた

考えていることがやっとカタチになって
みんなに伝えることができる
オマエがそう信じたいころ

オマエは逝ってしまった亡霊たちと
廃墟の街で遊ぶことになるかもしれない
それは最悪の不幸かもしれなかった

もっと語ることがあると信じたとき
時間はすでにセルフを確定し
涸れた涙が未来を覆っている

それは現在から遠くない場所で出会う
どこかで見覚えのある
ありふれた風景かもしれなかった

ひとつの音楽 
ひとつの律動で
季節を語ることはできなかったから

メロディが過剰だったとき
なにかが消えるように思えたのは
オマエのひ弱で歪んだ感情だったのかもしれない

オマエは魂に異形の化粧を施し
ひとつの感情 ひとつの冗談に集まった仲間たちに
風景の力学について語りたいと考えたのか
それとも小さな斧をもって
勝ち目のない戦へ歩み出したいと考えていたのか

「遠くへ逝ってしまったものとは何か」

「もう引き返せないこの場所とはどこか」

悲しく色づけられたこころだけが鮮明で
オマエはもう歩き出すしかなにもなかった

生誕の祝福か生誕の宣告か
オマエに決定を迫った問いが消えていく

問いは別のものに向けなくてならない
そのことを忘れそうになったとき

オマエは涜神の歌を口ずさみながら
死んでいった無数の悲鳴や愛や憎しみに
何度でも会いに行かなくてはならなかった

 

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