蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、花咲く時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

衰えを直視する

2017-10-19 | 
昨日は、娘一家と、実家へ行ってきた。
まだ幼い孫たちは、「夫の実家」と、「わたしの実家」の区別がついていないようだ。
似たような和風建築、築年数なので、混同するのだろう。

雨戸を開けると、頭にヤモリが降ってきた。
ヤモリの洗礼。
ヤモリは、「家を守る」という意味らしいので、いきなり挨拶してきたのだろうか。
誰も、居ない、誰も住んでいない、文字通りの空き家である。

空き家とはいえ、祖母がその家に88歳の時まで一人で住んでいた。
もう、37年ぐらい前になるだろうか。
祖母は、高齢での一人暮らしが大変になり、わたしの両親のところに88歳を区切りとして引き取る格好になった。
37年前から空き家といっても、両親にとっては実家である。
両親は、51年前、実家に祖母を残し、新たに仕事の拠点としての別宅で暮らし始めたが、祖母とは別居という感覚である。
その新しい家から足しげく両親は元々の実家に通い、美しく庭の手入れをし、家を整え、冠婚葬祭はその家で行っていた。
わたしは、生まれた時から10歳ぐらいまで、その実家で祖母も一緒に暮したが、親の教育方針で、地元の学校には入らなかった。

実質的な空き家となったのは、母が老人施設に入所してからである。
その少し前から、我々子供は、親とバトンタッチして、本格的に、手入れ、管理するようになった。

わたしもちょいちょい、訪れ、手入れ、管理の一端を担っていたが、ここしばらくは行けなかった。
植木屋さんが定期的に入っているものの、母が小まめに草を引いていた時とは違い、やはり、草が目立った。
家の中も、母がいつも綺麗に(スタッフを率いて)掃除していたから整っていたが、その頻度、精度が落ち、美しい邸宅は、がくんと落ちていた。
家は生き物だと、つくづく思った。
手入れをしない家は、美しさを失っていく。
でも今の状態なら、草を引き、掃除をすれば、まだキープできる。
前の水準までには、とうてい及ばないが。

しかし、やがて我々は更に老い、気力を失い、あの家の手入れが遠のき、維持、管理できなくなるだろう。
時間の問題だ。
せめて一年に、一回は、孫たちを連れて訪れたい。
迎えてくれる人のいない、実家へ。

とかなんとか、まだ行かなけれはいけない家(夫の実家)があり、そっちのほうは、郷愁だのなんだの感じている場合ではない。

子供たちを縛り付けている実家の家々をはやく処分して、子供たちを解放させてあげるべきだ、と、諸々を依頼している税理士は言う。
そうなんだろうか。
我々が、元気なうち、目の黒いうち、アタマがまだクリアなうちは、できれば処分などしたくない。
が、理想や想いと、我々のパワーは、反比例し、衰え、非常に近い近未来に理想と現実が交差する。
じつは、もう交差してしまっているのかも知れない。
理想だけがひとり歩きしているが、もはや我々の手には負えない。

都会暮らしのほとんどの人が、こんな想いは体験しないし、理解も感情移入もできないだろう。
みなさんには興味ないことだが、わたしは固執してやまない。
どんどん自分が衰えると、また変化することだろう。

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土蔵の中で

2017-09-23 | 
今日は、お彼岸。
嫁ぎ先の墓まいりをした。
お坊さんが檀家を回ってお経をあげる。
恒例行事。
代々、姑たちは、1日も欠かさず、やっていた。
姑抜きで、お坊さんを迎えたのは、今日で5回目。
姑が倒れてからの、去年のお盆、秋の彼岸、今年の春の彼岸、お盆、秋の彼岸。
1年に3回。
お坊さんの稼ぎ時である。

姑たちは、嫁に来て、全員、姑になっている。
わたしだけが、たんなる嫁で、姑という肩書きがない。
息子に嫁がいないからである。致し方ない。

これも時代の流れだろうと、自然に任せている。
奥の土蔵に入ると、わたしの息子や娘たちに実家から贈ってくれた、兜、破魔弓、お雛様、羽子板、市松人形などの入った箱が、積まれている。
娘や息子に贈られた箱の上にかぶせた紙の上の土埃はまだマシ。
(土蔵なので、土埃がある)
思いっきり土埃だらけの紙が乗っているのは、60年以上前のお雛様や、その前のおじいさんたちの兜や人形。
ちょっとマシな土埃の紙に包まれているのは、多分、舅の兜。
これは、毎年のように出していると思われる。

この人形などが入っている土蔵は、電燈がないので真っ暗闇。
小さな窓をパタンと開けて窓に突っかい棒をして、お昼間に入るか、
はたまた、工事現場やイカ漁船を照らしているようなライトを蔵の外にあるコンセントプラグに差し込んで、コードを延長させライトを灯して中に入る。
一階は人形類。
二階は昔の陶磁器や漆器類。
前に入った時より土埃がすごいように思う。ゲホゲホ。
ぶーんと蚊の鳴くような音がして、刺されたら嫌だと焦る。
なかなか、お目当ての品が見つからない。

お目当ての品は、小ぶりの木目込みお雛様。
娘に、初めての女の子が生まれたので、来年、お雛様を娘の住んでいる家に飾ろうと思う。
わたしに長女が生まれた時に実家から贈ってもらった仰々しいお雛様一式はあるが、そんなたいそうなものは、飾れない。(手間、スペースの問題。アンチ省エネお雛様)
次女が生まれた時に、買ってもらったお雛様は、マンションの玄関にでも飾れるコンパクトサイズ。
あれがいいなあ、と思って探したが、なかなか見つからなかった。
しかしながら、仰々しい兜やお雛様、一度出さねば。
そして、箱を包む土埃だらけの紙を新しい紙に変えねば。
前にわたしが、姑と見て初めて飾ったのは30年以上前で(最後に娘、息子の兜、雛人形を飾ったのは25年ぐらい前)、その時についでに見た箱に乗せてあった紙は、昭和30年ぐらいの新聞紙が箱の上にかぶせてあった。
夫の五月人形だ。
30年に一度の、オープン。
その時は、さらにその25年ぐらい前(85年ぐらい前)のお雛様(舅の妹の分)もついでに飾ってみた。
なぜ、舅の妹(夫の叔母)のお雛様があるかというと、、、、
舅の妹が生まれた時に、お雛様を母親の実家から贈られたものの、後に舅の妹は嫁に行ったが、女の子が生まれなかったため、実家にお雛様一式を引き取ってもらった。
たぶん、二人(姑と、1代前の姑と)で、一度は出したものの、その後は、ちらっと存在を確認しただけではないかと想像する。

しかし、わたし一人でガッツがあるかどうか。
30年前には、姑とわたしは、二人で開けて飾って、収納した。
夫の分や、舅の妹の分は、土埃だらけの紙を捨てて、箱から出して飾るにも、膨大な量で、お雛様が佇むお屋敷も、木製の組み立て式で、ものすごく複雑な設え。
出すのは良いが、飾り方に四苦八苦(30年前もかなり苦労した)、それにも増して、仕舞うのが、多分、手に負えない予感。
なので、気持ちは前向きだが、一人ですったもんだの手間暇を考えると、出さないでおこうかと思う。
娘と息子の分だけ、出すことにして。

とすると、子供の誕生を祝う品々は、わたしのようなズボラな者にとっては、贈ってもらった時しか飾らないということだ。
実にもったいない。
昔は、丁寧に手間暇かけて、子供の成長を愛情込めて願い、祝ったものだと、つくづく感じる。

親のこころ、子知らず。
しかし、ライフスタイルも変わり、兜、雛人形、破魔弓、羽子板、市松人形、、、これらを嫁の実家の親が子供一人一人に贈っていた時代は過去になりつつあると思う。
(もう過去完了かも知れない)

わたしは、孫には、作家が作ったの木彫りの兜(壁掛け仕様)と、マンション玄関仕様の破魔弓を贈った。
しかし、あれも、小学生になれば飾らないだろう。
何十万円もするお雛様や兜が、季節になるとデパートに売られているが、親ごころ、どこまで子や孫に伝わるか。

土埃にまみれた土蔵の中で、わたしは、自分の役割を果たさずに、途中下車して降りようとしている自分を発見した。

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宇宙の果てに消える時

2017-08-31 | 
趣味仲間Aさんの奥さん(Bさん)の実家。
古くから続く家らしく、家にある仏具は、1600年代の刻印があるとか。
Bさんの親御さんが亡くなった後、17世紀頃より前から続く墓は、永代供養にしたそうだ。
400年の家の歴史は、とりあえず終了。
墓を終えば家はピリオドなのか?
家と墓(祭祀)は、セットなのか?
特別に代々から引き継がれる財産はないとのこと。
祭祀費用は、受け継いだ人の持ち出し。
それじゃあ、年月が流れ、現代に家が細胞分裂して核家族となって暮らす人々には、なかなか厳しいという感想を抱く。

さて、ある、阪神圏内であるが田舎の家。
直系の跡継ぎが不在でも、養子で繋ぐ。が、墓は繋がないというケースがある。
祭祀をセットにすると、子供は跡を継いでくれない可能性が高いだろうと危惧されるからだ。
養子に土地やお金を相続させても、宗教心がないため、祭祀はしてくれない。
養子が、祭祀もせずに、土地、お金だけ取るのなら、お金の使い道を指定すべき。
経済的に余裕がある、お金を稼げる養子は、そんな面倒なお金なら受けとらない。
お金のない養子なら、引き受けるだろうけれど。生計を立てる仕事として。
あるいは、自分自身のお金が有る無しに関わらず、継承に賛同する場合は、引き受けると考えられる。
義務とお金は、セットである。

祭祀の義務としては、何年かに何度か、法要を行う。
盆、彼岸に墓参り、読経。
(これは、近くに住んでないと困難。墓掃除は代行業者に依頼することも可)

適任者がいなければ、家が絶えると見なされてもいいから、いっそ、祭祀をやめてしまうという選択肢もある。
故人たちを偲ぶ会で代用する。
宗教色を抜く。坊さんはカット、呼ばない。墓終い、永代供養。
親戚たちの集まりでいいのでは?
しかしながら、日月が決まっているほうが、わかりやすい。
では、その日に、坊さん抜きで、集まる。
宗教を切り離した、家だけの継承。
だが、相続資金が底をついた段階で終了。
税金を根こそぎむしり取られるので、一代延命されるだけと予測する。

夫の家の場合、祭祀抜きは、夫の目が黒いうちは、大反対するだろう。
夫や、夫の姉があの世に行けば、家の運営に反対する人は誰もいない。
しかし、わたしは夫と同世代。どちらが先に逝くかは、わからない。
わたしが先に逝けば、あとのことは関知せず。
夫が先に逝き、夫の姉が反対しても無視する予定。
その頃は、あちらも力もないだろう。
それ以上にわたしも、輪をかけて、よれよれよぼよぼ「あなた、だれ? わたし、だれ?」だろう。

息子は、どう出るか?
楽しみであるが、期待していない。
意外に、娘が、孫を養子にして祭祀を行ってくれるかも知れない。
ただし、こちらの要望、切なる願い、潤沢な相続財産があれば、の話だろう。
仮にいくら財産があったとしても、懇々と訴え続け、諭し、想いを受け止めてくれたらの場合。
その後の長い年月は、わたしはあの世に行っているので、知る由もない。

お金と情熱を遺し、バトンタッチしないと宗教の継承は無理だろう。
家だけ祭祀から独立させて継承させる、新しい試みがあってもいい。
しかし、継承させるには、求心力のような、強力な接着剤のような、マインドコントロールが必要だ。
維持、継承するのをやめて立ち消えになると、代々から続いた家は、形骸化した、伝説、昔話になるだろう。
時代の流れには逆らわない。いや、逆らえない。
わたしたちの子供たちが、どうするか、であるが、彼らもリタイア生活を送っている年齢になり、どうなっているか。
今のわたしの年齢になった子供たちは、どう感じ、どう考えるだろう、、、

それよりも、わたし自身がどう変化しているだろう。
典型的な年寄りになって、煙たがる若い人々に、高圧的に詰め寄るか、グチグチへばりつくか、あるいは、片手で必死で持っていた手を解放し、両手ともフリー。
両手を離し、海の彼方か、宇宙に解き放されるのかも知れない。
しがらみにも、血縁にも解放されて。
その時は、幸せの絶頂か、あるいは、、、?

なるように、なる。
なるようにしか、ならない。

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最後の嫁

2017-08-16 | 
ここのところ、忙しく、1日の終わりが近づいた時間に、ブログをアップするようになった。

お盆は、誰一人、見る人(オブザーバー)がない中、ひとり、黙々と、帰省中のご先祖様たちに、定番、お盆メニューの、おさんどんをして、お供えした。

ずっと前は、御膳を5膳も出していたので、お供えする量も5膳分あり、結構な量だった。
ある年、姑の提案で、2膳にした。5分の2の分量になり、助かった。
姑の姑がいた頃は、あんころ餅も自家製で、とても忙しかった。
今は、まあ、かんたん。既製品。

姑は、いつでも、何にでも、あふれるばかりの量を用意する。
あんころ餅も20個用意した時もあった。
お供えしたあと、20個のあんころ餅、どうする?
食べきれない。
出入りの人に、もらってもらう。
お正月のお餅も、姑は、あり得ないほど多く用意する。
残ったお餅は、人にもらってもらう。
なんで、あんなに大量なのか、わたしは意味不明だった。
誰の指図も受けない今は、わたしは、きっちり必要な分量だけ用意するので、捨てたり、人にもらってもらったりを余儀なくされるようなことはない。

誰も見てないから、手を抜いてもいいのだが、なぜか、まじめに、ちゃんと行った。
全て、写真に撮った。(記録)

で、お供えとお供えの間の待ち時間に、暇を持て余し、ご先祖様たちのメンバー表を作った。
大きな大きな紙に2枚。
過去帳を見ながら、一人一人チェックして書き写していった。
年号が古くて明治より昔はわからないので、西暦に直した。
没年月日と享年から、生年月日を計算する。
全体像が、とても、わかりやすくなった。
結構、面白い作業だった。

今まで、姑から何度も何度も、耳にタコができるぐらいご先祖様のことや、経緯は聞かされていたが、自分で表にすると、相関図が理解できる。
姑の説明は、一方通行気味だったが、やっと、流れを把握することができた。
今頃、やっと。

嫁は全員、後に姑になっている。
嫁が一人だけでお盆の行事をすることは、おそらく長い過去にはなかっただろう。
いつもは、姑と嫁のコンビ、あるいは、三代にわたる嫁コラボ。
今、姑は在宅しておらず、さらに、次世代の嫁の席が空席なため、わたしはひとりでの行事になった。
現代の流れだろうか。
「家」の概念は、世の中の動きや、現状とともに変わりつつある。

で、20年後と30年後と40年後の計画を立てた。
計画は、ガチガチの決め込みではない、おおよそのプラン。
緩やかなルールにしようと思うが、緩やかすぎて、誰も仏祀りをしてくれないかも。
してくれそうな子に、全てを任せるのは、気の毒である。

手書き、手作りの家系図をじっと見て、悦にいってる。
わたしも、嫁の役割を末端で担っている。
嫁のなかでも地域で有名な、よく、働き、名をあげたおばあさんもいる。
時代の推移と共に栄枯アップダウンもあるし、若くして家族を亡くす悲しみにくれた経緯もある。
一家を地方の片隅で、陰になり日なたになり、支えた、おばあさんたち。
ご苦労さまでした。

いろんなおばあさんがいる中で、わたしは無色透明で、最も、音がしない、働かないおばあさんなんだろうなあ。
わたしが、最後の嫁だったりすると、皆さんに申し訳ないかなあと、ふと思ったりする。
どんなにヘボ嫁でも、存在しないよりは存在するほうが価値がある、と、ここで自己肯定しておこうか。
が、次世代に継承させていない今、現在、役目を全うしていない。

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パワフル馬力は、ないけれど

2017-08-15 | 
姉はすごい。
パワフルである。
わたしの100倍ぐらい馬力がある。

昔、父が、姉は男だったらよかった、能力があるから女だと活かせないのはもったいない、と言っていた。
その点、わたしは、いつも、ダメ子の評価。期待されず。
まわりからも同じ評価を下され、スパルタ教育もされず、のうのうと甘んじてサボっていた。
今日の、ふにゃふにゃは、長い年月の積み重ねである。

で、まわりからも期待され、本人もやる気満々、体育会系の姉は、じつにバリバリよく頑張った。
エネルギーと計画性、実践力、体力にはアタマが下がる。
まあ、姉妹でも、ぱかっと分かれるのは、個性の違い。
(同じ傾向の二人より、正反対のほうが、役割分担しやすい傾向にある)

と、とりあえず、褒めておこう。
このスーパーウーマンは、味方である時は神様のごとく、であるが、敵に回った時は、、、?
まったく違う個性がぶつかり合うと、どうなるか?
(あ、ぶつからない。わたしは、ふにゃふにゃだから)
元々、力を合わせると、二倍が十倍のパワーアップになるところが、逆ベクトルに引っ張ると、意外にわたしは、しぶとい。
今まで気づかなかったが、最近、それを自覚した。

と、延々、これは前置き。
姉は、「姉ファミリーの家」と、「旦那さんの実家(田舎)」、「我々の実家」、「我々の実家の実家(田舎)」、と、なんと四軒もの家を管理している。
わたしとは、「我々の実家」と、「我々の実家の実家(田舎)」の維持管理、本来は姉妹で責務をシェアしなければならないが、ほとんど姉がやっている。
(ありがとう、お姉さん。感謝してます)

まあ、その理由のひとつとして、立地がある。
わたしの住む家は、実家から遠く離れた場所にあり、わたしの夫の実家(田舎)は、さらにそこから遠く遠隔地にある。
姉は、姉一家が住む家と、姉の夫の実家(田舎)に行く中間地点に、我々の実家がある。
我々の実家を通過して、姉の夫の実家にたどり着く。
動線的に、ついで感がある。
おまけに偶然、手と足になって動いてくれる姉の長女が、我々の実家の近くに嫁いで住んでいる。
鬼に金棒。協力サポーター。

わたしは、実家に行くだけでも、わざわざ感があり、へとへと。
わたしの子供たちも、実家が遠くて滅多に足を運ぶことはない。

わたしは、自分の実家とは真逆方向にある、夫の実家(田舎)に行くと、益々、自分の実家から離れる。
一家揃って、わたしの実家に行くとなると、相当遠く、時間もかかる。
地理的距離感は、精神的距離感にもつながる。
行きたい気持ちはあるのだが、身体が疲れ、移動距離、帰宅時間を考えると、「行って帰るだけ」に近いものがある。

姉とは、思いを実現するための、考え方や方法の違いがある。
が、実家を大切にする思いは同じなので、喧嘩しないで仲良く、ゆっくり、向き合うことにしたい。

それはそれで、さておき、
本題はここからである。

夫の実家。
お盆行事を済ませて、ひと段落。
劣等生である嫁のわたしであるが、さすがに35年も家の行事を続けていると、体が覚えているようだ。
姑が家には不在でも。

さて、今後、どうなって行くのやら。

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バテバテお盆

2017-08-14 | 
さすがに、バテバテ。
ブログや、ライン、SNSをいじくろうか、という気にならない。
目が、しょぼしょぼ。
長女一家も娘婿の実家に帰省していて、ラインする余裕なし。
ライン、来ない。
夏休み、孫たちは、あちらの、いとこたちとの子供交流会が行われ、娘はプールや遊びに付き添っていることだろう。
リアルが忙しいと、ネットに手が回らない。
インスタグラムは、本末転倒だと感じる。
(かつて、わたしも振り回されていた時期もあったが)

地方に空き家が増え、地方自治体も県外からの移住を促したりして、人口減少に歯止めをかけたい様子。
確かに、地方にある実家は、近い将来は空き家予備軍になる。
憧れの田舎暮らし、故郷にUターンや、Jターンはあるのだろうけれど、わたしは無理だ。
わたしは人に見られる生活が多大なるストレスを生み出す。
顔を知られた地元で、スーパーの買い物ひとつひとつ、見られるのは、わたしの性格からすると堪え難い。

家を2つも管理するのは疲れる。
身体が、へなちょこでヤワなので、働きが悪い。
とにもかくにも。
今日はおわりです。つかれました。

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住まいには愛が詰まっている、はず

2017-06-20 | 
憧れの住まい。
一生懸命、頑張ったご褒美。
自分なりの成功の証。

関西だと芦屋?
わたしは、西宮が良い、と感じる。
単に最近、西宮にレッスン通いしているからだけれど、まあなんと、梅田から近いこと。驚きの短時間。
阪急宝塚線も、とても便利。
我が街が、ものすごくはるか遠くに感じる。
まあ、それはそれ。
自分の住んでいる街には愛着を感じているから、別に良いのだ。

別荘も不要。
我が街には、目一杯、グリーンが配置されている。
ジョギングやウォーキングするには、最適。
しかも、都心には行きやすい。(梅田までは、西宮には負けるが、通勤圏内)
(ちなみに、前に訪れた、スタンダード・モスクワっ子の住まいは、ウィークデーは集合住宅で、週末は、都会から離れた家=別荘だった)

リタイアしたら、ますます都心から縁遠くなるので、別荘地に対するニーズも薄くなる。
べつにわたしは、別荘地に移住する人を否定する気持ちは、さらさらない。羨む気もない。
現状で満足しているからだろう。

ただ、うんと高齢になると、ずっしり溜まりに溜まった重い荷物(不用品)に見切りをつけ、駅近マンションに引っ越す人もいる。
自分も不用品の一部かも?(これは、わたしだけの自分のことに対するブラック感想です)

わたしは別荘地に住む気力がない。
気力(お金も)がある人は、どんどん挑戦してください。
山が好き、自然が好き、野鳥が好き、そういう趣味のある人は、第二の人生を謳歌する、理想郷としての住まいは素晴らしい。

わたしは、蚊や虫が苦手で、ものぐさなので、自然に恵まれた暮らしを謳歌できない。
座ったまま手を伸ばせば何でも届く、便利な暮らしに慣れている。
そして、家や土地の手入れ、維持、管理の大変さをよく知っている。
労働をケチる、わたしには、オーバーワークである。

なので、都心に行くには少し長く時間のかかる(電車の中は、マイ リビング)不便なマイタウンが、嫌いではない。
しかも、何故か、こんな不便な地に、娘一家も、我が家の近くに居を構える。

住めば都とは、よく言ったものだ。


だが、娘たちは、わたしが思い入れのあるわたしの実家には、なんの思いもない。
実に、あっさり。
悩みをシェアしようものなら、「売れば?」と、愛着の微塵もないようす。
ステイタスも、実のないプライドも、虚栄心も無いと見受けられる。
わたしには、親や祖父母の頑張りの表れだと慈しんでいる、愛のこもった実家なのに。
「家」とは、単なる箱ではない。
家族と暮らし、愛を育てるもののようだ。

住まい手がいなくなった家は、役目も終了しているのだろう。
淋しい、厳しい、哀しい現実である。

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しがない三味線弾き

2017-05-23 | 
ブログジャム セッション。
こちらは、三味線。
音色とか、リズム、合いますかね〜?
ん〜〜。

「おかあさん」と呼ばれる。
誰のこと?
すごい違和感。
最近、おかあさん業から遠ざかっている。
子供から呼ばれる、お母さん。
夫から呼ばれる、お母さん。
第一、わたし、夫の母親だった?
あんな年上の息子、産んだ覚えがない。

「ばーちん」
これには、即、対応。自然に笑顔。
しかし、時には、「このガキんこたち!!!ええ加減にしなさい!」と、目を三角にした、文字通りのオニババ。


夫に、ある仏事の采配と実践を頼まれた。
姑からの要請によるものだが、調べてみると同じ行事を三年前に既にやっていた。
「一度やっているから重複するので、やめたら?」とカットを提案した。
はじめは「全面的に任せた」と言っていた夫は、「(提案は認めませんので、こちらの言う通りに)してください」と、絶対命令に変更。
全面お任せ依頼だったはずが、全面押し付け、絶対服従となった。

いつものごとく、話し合いの余地は全く無い。


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時代によって変る価値観

2017-02-19 | 
わたしには、自分の身を支える軸足が、田舎とニュータウン、二つある。
田舎のほうの家は、日本全国、似たような傾向にあるようだが、ほぼ空き家になった。
軸足は一つ減って、ニュータウンの自分の家だけとなった、というなら模範解答の一つなのだが。
(さらに核分裂して、娘がニュータウンの我が家の近くに居を構えた)

田舎から引き上げて撤退、統廃合!なら合理的で解り易いのだが、そうはいかない。
田舎には、夫の、目に見えぬ代々のご先祖様の幽霊が彷徨っている。
生きていなくても、手がかかる。
これをどうしたものかとアタマが痛い。

夫は幽霊たちと仲よく一心同体。
わたしは?
血がつながっていないが、背後から目に見えない怖いオーラが迫ってくる。
オーラごと息子に押し付けようとしていたら、逃亡を図られた。
今からこの25年の間に、どうするか筋道を立てる予定だ。
(まだ四半世紀もある!)

幽霊にマインドコントロールされている夫が、一番、厄介だ。
夫は、わたしと同世代なので、どちらが先にあの世に行くかは、わからない。
夫があの世に行くのを待っていたら、わたしの現生の生活に支障をきたす。
なので、切り離し作戦。
同時進行パラレル・ライフが基本コンセプトである。

やはり軸足は二本ということになる。
空き家であろうが、なかろうが。
価値観そのものに、歩み寄りがない。
嫁は、「女偏(おんな へん)に家」と書く。
女は嫁げば、婚家の方針に従うもの、という、時代に逆流する価値観を持つ夫には、相容れないものを感じる。
あたしゃ、あんたと結婚したのであって、あんたの家と結婚したんじゃないよ。
と言いたいところだが、
しかし、そもそも、わたしの結婚相手の選択には、イエが付きまとう。
自らが蒔いた種。
だが、時代は変わる。

軸足が二本のまま、うまく歩けるか?
人間は二本脚なので、大丈夫だろう。
と、価値観が真っ二つに別れたまま、引き続き歩いて行こうと考えている。

義務を放棄し、権利だけ主張。
これって、いいとこ取り? 許されるのか?
あまり突き詰めて考えても、また時代は動く。
世の中が、自分と同じような流れになってきている。
が、皆んな全員、こけるかも知れない。
問題点に気づき、方向転換を図り、いち早く脱出方法を考え出して、泥舟から抜け出すか、あるいは、運命に身を任せ、ブクブクと沈んでいくか。
とりあえずは、様子を見てみよう。
あと四半世紀もあるんだし。

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枯れていくのか、枯らしていくのか

2016-12-06 | 

今日は、前アップ時より、ちょっと落葉。
見る度に薄くなる、うら淋しい、男性の頭髪のごとく。
かくいうわたし、女性も、だんだん髪が抜け、ウィッグにしようかと。
つけまつげの次は、ウィッグか。
では、もうしばらくすると、入れ歯、杖かな?

義眼、義肢までは、まだ少し時間がありそうだ。

先日参加した法要、(超高齢に比べて)(わたしを含む)比較的若い者たちが、重鎮の高齢者の皆さんを差し置いて、次々と奥から脚が悪い人のための椅子に座り、占領。
それは、本当に脚が悪いからなのだが、高齢者の皆さん、ちゃんと座布団に座っておられる。

「お年寄りを差し置いて、若い者が先に座って申し訳ないですね」と、隣の椅子に一番はじめに座っている、これまた超高齢ではない親戚に、こそっと言うと、
「脚が悪いのは、れっきとした障がい者なんですから、年の若い若くないは、関係ありません」と、きっぱり。
なるほど。
堂々としていたら良いのか。
なんだか、不思議な開き直りをしている、超高齢でもなく、若くもない我々、脚の悪いメンバーたち。
主催者も、座布団に座れない、わたしと同世代。
我々は、とっても中途半端なお年頃。


ちなみに、わたし、メガネ歴半世紀、コンタクトレンズ歴は、48年で、それだけは早かった。
だからといって、いいことは、全然ありませんが。


いただいたお歳暮、↓こういうのも癒される。
ただし、わたし、ガーデニング・オンチで、生物、長くて三カ月しか保たないのが、哀しい。

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