蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、花咲く時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

ある、夙川の一日

2008-07-27 | お出かけ
先週、夙川のあるお宅で、
染色作家・山下房子氏の作品オークションがあった。

山下先生とは、以前、仕事でご縁があって以来、
ずっと作品展のお知らせをいただいている。
だが、なかなか時間がとれす、行けないままにしていたら、
闘病生活に入られ、全作品のオークションを開催するという
お知らせを、先日受け、出向いた。

オークション会場は、お弟子さん宅。
阪急夙川駅を降りて、徒歩7分ぐらいの場所に、そのお宅はあった。

夙川は、素敵なところだ。
谷崎潤一郎でおなじみのスポットが点在する、
関西屈指のお屋敷街として有名な高級住宅街。
以前に「いかりスーパー」に何度か訪れたことがある。
うんと前は、学生時代にバイトで、
また10年以上前にも仕事で、車でよく通った。

駅を降り立った時、周りの風景は見覚えのないものだった。
記憶とは違う印象を受けた。
今回の訪問先は、純然たる住宅街といったかんじだった。
以前に来たところは、川沿いだったので、エリアが違うのだろう。

戸建ての家々の間に、ブティックやインテリアのお店、飲食店が、
さりげなく店を構えている。
それぞれの個人宅も、力むことなく洗練されていて、
さすが高級住宅地だと感心した。
(しかも阪急電車の特急停車駅!!これは、大きい)
一軒の家だけでなく、センスのいい、広い邸宅がバランスよく寄り集まり、
調和され、街全体の付加価値を高めていた。

決して、これ見よがしなところや派手さはないが、
美意識の高いこだわりは、随所にあり、ひとつずつ見ていて飽きない。
とは言うものの、真昼間の、ものすごい猛暑のなか、
くるくる回るうちに、いつものごとく、方向を間違えて、右往左往。

ついには、住宅街の中にある医院に来られている方に、
地図を見てもらいながら、行き先をお教えいただいた。
私は、いつも単独行動なので、人に振り回される心配はないが、
自分自身に振り回されている。
誰よりも、自分が一番信用できない。

オークションが行われるお宅は、
私の居た反対方向の、夙川カトリック教会の近くにあった。
1週間にわたり、オークションは行われるが、結果は最終日に決定の運びだ。
展示されている作品の中から、作品番号と価格を記入してBOXに入れる。

何かを訴えているような、心に響く、印象的な作品に出会った。
山下先生ご自身も、思い入れが大きく、
今まで決して売りには出されなかった作品だそうだ。
恐る恐る価格を提示したが、
その翌日、この値段では無理だろうと、私は思い切って価格を上げた。
ところが、「別の方によって、破格の値段がついてしまいました」
と今朝、お弟子さんから連絡が入り、困っている。

最終日の今日、私が最高額より上を提示しても
破格の値をつけた人が引き下がらず、さらに、セリ上げられる可能性もある。
自分は価格に、ついていけるか・・??? 

どき、どき、どきどきどき・・・
「金額変更の場合は、こちらから連絡します」と伝えておいた。
時計とにらめっこしながら、迷いに迷った。
優柔不断のせいもあり、時間切れにより、アウト。

あの作品は、諦めた。
実は、「薔薇曼荼羅」という大きなタペストリーを、当日セリなしで買い、持ち帰った。
さらにもう一点、小品ではあるが、スペイン風景画をセリ勝っているのだ。
だから、まあ、もういいか・・・なんて、消極的に思っている。

本当にお気に入りの作品が手に入らなくなるのに、それでいいのか・・・???
自分の目に、まだ確信はないし、金銭的な事情もあるし・・・
自問自答を繰り返した結果、
とりあえずは、ここのところは引き下がることにした。

自分で自在に好きな色、形、感触のものが生み出せれば一番だけれど、
自分の力量と、人生の残り時間を考えれば、
お気に入りを収集するほうが良さそうだ。
また別のジャンルのものが欲しくなるかもしれないし・・・。

あっちこっちで、思い出の品々をコレクションするのは、
私の喜びになっている。
いつか遠~い将来、人生の終末期を迎え、施設か病院に入るときが来る。
そのとき、「どれも大好きだけど、どの作品を持っていこうかしら」と、
あれこれ迷いながら選択する楽しみが、またひとつ増えた。
(その時は心身ともに、そんな余裕はないだろうけれど・・・)

楽しい夙川の一日を満喫できたのだし、私はそれで十分満足だ。
この染色作品を見るにつけ、美しい夙川の風景を思い出すことだろう。


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通知簿もらいました

2008-07-27 | 華のスロー人
いつも、うっとり、とってもエレガントなお気に入りブログがある。
今日も楽しく読ませていただいていると、
記事中から「ブログ通知簿」というものがあることを知った。
よくよく見ると、私のブログのトップにも
いつの間にか「お知らせ」の中に「ブログ通知簿」が貼り付けてあった。

さっそく、私もやってみた・・・
(ブログURLを入力するのみ!)

へぇ~、一般生徒かぁ
図書委員や、美化委員、保健委員じゃないんだ
「特徴がないのが、私の特徴だ」ってアップしたからかなぁ
自己主張がないのは、素の私とぴったり一致。
陰で、いじけている、か弱き一般生徒。。。
「もっと目立て」と言われましても・・・
目指せコンサルタント!・・・先生、それはカッコよすぎです。

「先生は手が回らないので、一度にいっぱい通知簿は無理・・・」
って説明してあった。
「通知簿を作成する」をクリックすると、
同時にいきなり通知簿が出来上がって現れた。
コーヒーでも入れて、待ってようかなと思っていたんだけど。

先生は、いったい、何本、手があるの?
手、とか、そういう問題ではない?
gooさんも大物超人先生を雇ったものである。
膨大なデータ処理能力、速さは圧巻。まさに超人的。

それにしても、速すぎ。。。
そのあまりの速さに、
無機質さを感じ取り、ちょっと、しょんぼり。
超人先生は、生徒一人ひとり、向き合ってくれてるんじゃないんだ。。。

一般生徒は、寂しがり屋が多い。


ちなみに
初めてもらった小学1年生の通知簿は・・・
「大人しいが、芯はしっかりしている」
でした。

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お高き、社長令夫人

2008-07-20 | 仕事
以前、営業で地域を回っていた時のこと。
大阪府下の、町はずれの小さな会社に、飛び込み営業。
社長と奥さん、営業、兼、作業者が2名ほどの小さな会社だ。


飛び込み営業は、勇気がいる。
嫌われ撃沈するのがわかって、飛び込む。
神風特攻隊みたいなものだ。
相撲取り組み前の高見盛みたいに、入る前に、、バシッ、バシッと気合が必要。
叩かれても痛くないように、身体中の筋肉をぎゅっと固く締めて、いざ出陣!!


その小さな会社へは、シャッター横の暗い通りを入って行く。
決して立派とはお世辞にもいえないような、超零細企業。
一通り、我々の仕事のPRをして
「一度お試しに起用してみてください」とお願いした。
社長と営業マンは、まあ、好意的に話に耳を傾けてくれたのだが、
問題は、社長令夫人。

あからさまに、うんと上の方から人を見下ろす態度が、ありあり。
「おたくたち、うちとこみたいな小さいところまで、
そうやって、一軒一軒、訪ねてきてるわけ?」
と言われた。

その表情や言い方、態度から、
「へぇ~、一軒、一軒、頭下げて、こんな人里離れたところにまで、ドサまわり、
ほぉ~んと、ご苦労なことね。」とうい意味合いを感じた。

さらに、こういうニュアンスも読み取れた。
「こんなウダツの上がらない亭主の会社で、
毎日毎日大した利益にもならないのに振り回され、うんざりしてたけど、
こんな惨めな人々もいるのね。
世の中、下には下があるんだ。
私なんか、うんとマシだわぁ。ああ、よかった」

場末の(→失礼でしょうか)、
パサパサに乾ききってしまった潤いのない(→失礼かも、でしょうか)、
品性のかけらもないオバチャン(→失礼、ですね、きっと)から、
哀れみならまだしも、見下(みくだ)され、蔑(さげす)まれた私だった。

女性特有の勝ち誇ったような態度。
鼻につく、なんてナマやさしいもんじゃない。

何を言う?!オババ!
あんたみたいなオバハンに、そんな態度を取られる筋合いは、
ぬあぁ~い!!
と思ったが、やはり、仕事でお伺いしているので、
そういう筋合いは、あるわけだ。

「ご挨拶です」と、お米や、商品券のひとつでも持参していれば、
もう少し対応が変わっていたかも知れない。
(オシャレなお菓子ではなく、ここは、あえて、お米!!)
「あら、悪いわね。」と、
ねずみ男のような、笑顔を見せてくれたかも知れない。


私は好きで仕事をしているのだ。
いちいち細かいことを気に病んでいたら、やっていられない。
しかし、人の足元を見て、
ここぞとばかりに日ごろの鬱憤をぶつけてこられると、きついものがある。
だが、そういう人は、所詮、そういう人なのだ。

残された人生を社会貢献に軸足をシフトさせる、ビル・ゲイツのようになれ、
と言っても無理がある。
気の毒な人生を送ってきた結果が、ああいう態度なわけだ。
本人は何も気付いてないところに、
質(たち)の悪さ、救いようのなさを感じる。

仕事での、その場限りのお付き合いで、よかった。
もし、ああいった人が同じ職場にいたら・・・ぞっとする。
(別の職場に、そういうオバサンがいたが、
見事、首を切られた。あっぱれ、社長に、一票!!)

世の中、
お金をいただくか、払うか、で、人間の立場はこんなにも違う。
仕事とは、厳しいものだ。
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個人的贅沢考

2008-07-14 | 人生
「ロト6で3億2000万円当てた男の悲劇」
毎週興味深く、見ているテレビ番組だ。
当てた本人のブログへのコメントは、目を覆うものが目立つ。
皆さん、ああいう書き込みをして、気が晴れるのだろうか。


私は父親に「働かざるもの、食うべからず」という信念で、教育された。
経済状況が変わってもやっていけるように、スリムな家計を目指している。

「贅沢は敵だ」という戦中派とは全然違うのだが、
私にとっての「贅沢」は、自分への「ご褒美」だと思っている。
今までの自分をねぎらい、明日への再生産へとつなげるために、リセットする。

なので、自分の働きに対して、これぐらいのご褒美が妥当だと思われるような、
そんなささやかな贅沢=非日常を楽しむ。

心を癒してくれなければ、どんな高価なものも意味がない。


ただ、時代の流れというものは大きい。
「お金さえ出せば、なんでも好きなことができる」
とういう考えは、自重すべきだ。

ゴージャスな毛皮は、動物愛護団体からブーイング。
地球温暖化抑制のため、二酸化炭素削減への大きな動き。
職場ではクール・ビズ&ウォーム・ビズ。

アフリカでの食糧危機、かたや飽食日本の大量食糧破棄。
堕落した贅沢。
美味しいものは、高カロリー。
快楽追求のしっぺ返しは、覚悟の上で。
お金で解決できないこともある。


現在の収入、支出、退職後の収入、預貯金、年金、・・・・
実数を把握しつつ、マネープランを立て、無駄遣いをせず、手堅い生活を送る。
そういうことを一通り念頭に入れたうえで、
心して、「ひとときの贅沢」を楽しみたい。

とは言うものの、お金がたっぷりある人にとっては、
計画性を持たなくても、贅沢は日常だ。
さらに、非日常の破格の贅沢もできる。

屈折した思いをお金で発散させることもできる。
コンプレックスを払拭させる、あれこれの成金行為もある。
(それはそれで、気の毒な半生だったわけだが)

それがお金の威力というもの?

生まれつきのお金持ちと比較して、卑下するのはくだらない。
地道に生きるのも、美徳だ。
お金持ちは、見えないところで、維持する努力を怠らない。
努力をしない人の栄華は短い。
一瞬で終わる場合もある。


お金とは・・・
悪人以外は、たいがいの人は、力量に見合った額を手に入れる。
一攫千金で大金を得たとしても、使い方で品格が表れる。

贅沢が身につくと、もう元には戻れない。
いつまでも最高の経済レベルを維持できるとは、限らない。

高額所得者の大黒柱を亡くすこともある。
家業が傾くこともある。
離婚もありえる。
「蝶よ花よ」の教育は、子供達への影響が懸念される。
将来への健全な展開は、
「妻」「母親」の資質、力量によるものは、大きい。


日常化、慢性化した贅沢は、どうしても、私のポリシーに反する。
「贅沢は、暮らしのメリハリであるべきだ」、というのが私の持論だ。

しかし、場当たり的な快感に振り回されるのではなく、
確固たる信念に基づき、その道を極めると
別の価値あるものに変化を遂げる。

サロネーゼ、素敵だ
探求は、 でも自慢は、  
自己顕示や驕りは、見苦しい。
わかる人には、わかる。

「快楽」という、ぬるい感覚ではなく、
「情熱」という、熱き思いを、ストィックなまでに
長きにわたり維持し続けると
それは、もう贅沢を超えている。

時の権力者、実業家、芸術家、文化人、俳優、芸人、・・・
独自の感性で、後世に軌跡を残している。


まあ、凡人の場合は
細々、地味ったらしい一生よりも、
ぱっと咲いて、ぱっと散る、というのも、ひとつの選択だ。
それは、人生のメリハリとういものか。








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見かけ倒し

2008-07-12 | 華のスロー人
私は、いろんな人に見えるらしい。

学生時代(もちろん独身)は、「主婦」に見えたそうで、
公団住宅の申し込みハガキを手渡され、
そんなに所帯じみているのかと、がっかりした。
スタンダードな男子学生からは、敬遠された。

お化粧をし始めた頃は、
塗り加減というものがわからなかったようで、
オミズ業界の人に「働かない?」と声をかけられたことも、
現役オミズに間違えられたこともある。
メーク、濃すぎた。

在宅時と、外出時の姿が違いすぎて、
同一人物だと気付かなかった人もいた。

少し落ち着いた頃には
とんがり頭のコピーライター氏に、
「フードコーディネーターってかんじ」、と言われた。
「保険の外交員? それとも、スナックのお姉さん?」
などと両極端なことを言う人もいた。
自分の身の回りにいる人とイメージをダブらせているのか?

ある程度年齢が上がってくると
「学校の先生みたいやなぁ」と言われたこともある。
真面目な正論を言う私を煙たがっていたようだ。

年齢からみて、「社長」と思ってくれる人もいたりする。
(個人経営の事務所あたりでしょう)
一番合ってないと思うのが、「お医者さんですか?」
これは、ただただ、嬉しかった。

カルチャーセンターの受付女性には、
「社交ダンスの先生」と思われ、受講生の出席簿を手渡された。
「どこのお店のママ?」というのもあった。
おそらく場末の人気のない店か何かだろう。

国外でも
イギリスの片田舎では、中国人だと思われた。
(日本人を見たことが、なかったらしい・・・)

シンガポール、そして上海の時は、
現地人扱いされ、街の中で普通に現地語でペラペラ話しかけられた。
(いったい何語で、何を言ってたんだろう?)

香港では、
香港在住に見えたようで、現地銀行の口座開設の勧誘を受けた。
(「明日、帰国するから無理」、といって解放してもらった)

サンディエゴにおいては、
在住ヒスパニックや、東南アジアの人だと勘違いされた。
(いくら英語が、わかってないからって・・・)

ちょっと現地に馴染みすぎか? 
国籍不明・・・。


要は、どれも全く当たってないということだ。
人は、いい加減である。
外見は内面の一番外側というけれど、
見る人側の思い込みのせいで
大ハズレなことも大いにある。

今は何に見えるのだろう?
この年になれば、きっと素のままの自分が
外見に出ているに違いない。
ちょっとコワイような気がする。

丸い丸い、どこにでもいる
とぼけた凡人。
特徴がないのが、特徴だ。

それぐらいなら、まだ、マシかも知れない。







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深~い河は、泳いでも無理

2008-07-05 | 人生
仕事関係のお知り合い、Tさん。
お嬢さんは、高校生3年生。
うどん屋さんと、ガソリンスタンドでバイト中。
うどん屋さんから引き続き、就職のお声がかかり、
そのまま就職しようかな、とも本人は考えているとか。

高3のこの大切な時期、バイト三昧容認とは
かなり太っ腹な教育方針だと私は思った。

親御さんであるTさんは、勉強せずにバイトに明け暮れる
お嬢さんを見て、強硬路線を打ち出した。
「国公立以外の中途半端な大学なら進学させない」という。
浪人もだめ。
専門学校は、上のお嬢さんの失敗経験から、NG。
なので、就職なんだろうけれど・・・。

労働に貴賎はない。
うどん屋さんが悪いとは言わない。

「うちの娘は頭がいい」と、よくTさんは仰っていた。
英語が好きなので、英語の道に進みたい、
とお嬢さんは言っているとも。

うどん屋さんコースか、はたまた別の就職先か、
定かではないけれど、英語コースはどうなったのか?
看護師さんになりたい、とも言っていた時期があった。

あっさり、うどん屋さん・・・なんだ・・・・
別の就職先になるかも知れないけれど、
公務員とか、そういう、「じっとしている仕事は嫌い」なんだそうだ。

公務員・・・なかなかなれないのに
「じっとしている仕事」の一言で片付けられた。
だから、うどん屋さん。。。。

うどん作りに情熱を傾けているようには、決して思えない。


「国公立以外は認めないなんて、厳しいですね。
難関大学を目指させるのなら、
せめて小学校ぐらいから準備しておくべきでは?」
と、私はうかつに口を滑らせてしまった。

「そんな小さい頃から、どんな方向に進ませたらいいかなんて、
子供の適正なんか親は見当もつかない」
と逆切れされてしまった。
はい、確かに私のお節介でした。

どこの親も全く見当はつかないけれど、
いざ、本人が本格的に道を決めるときに、
せめて、選択範囲が広がるように、
ある程度の学力は、つけてあげるのが親心では?

子供は勉強が大嫌い。
ほったらかしにして、自主的に勉強する習慣がついている子供をみたことがない。

「勉強しなさい」と言っても勉強しない、とTさんは嘆く。
高校生にもなって、親に勉強しなさいと言われる子供は、気の毒だ。
なにを今更???

私は、この親子の話を聞いて・・・なんだか、表現しきれないモヤモヤを感じた。

親自体が、勉強することの大事さをわかっていないと感じた。
親の背中を見て子供は育っている。
勉強の意味がわからない親の背中を見て育った子供が、
勉強するとは思えない。
よっぽどの、大天才は別だろうけれど、
普通は親のDNAを引き継いでいる。

勉強させる気持ちがあまりないのなら、
「うちの子は、頭がいい」
「英語ができる」
なんて自慢げに言わないでほしい。

「へえ~、じゃあTOEICは何点?英検は何級?」
と思わずツッコミを入れたくなる気持ちをぐっとガマン。
TOEICや英検の存在自体をご存じないだろう。

世間と比較して卑下するのはバカバカしいことだが、
自分が行っている高校は、だいたいどのぐらいのレベルか、
ぐらいは、子供でも知っている。

そうかと思うと、「うちの娘は男の子にモテる。バスト94センチ!」と。
そ、そうですか・・・。
じゃあ、やっぱり接客業が向いているんだ。

「真面目な仕事ぶりで、信頼を得ている」とも。
(あれ? バイトばかりして勉強しない、って嘆いてましたよね?)

自慢ネタは尽きない。


人は色々な背景を持ち、それに則した価値観を持つ。
それぞれには、それぞれの価値観がある。
そして子供は、親の信念や教育方針の影響をまともに受ける。

私は、Tさんと私の会話は、表面だけ滑っているのが一番、と感じた。
口に泡を飛ばして激論する必要は全くない。
ただ、Tさんとの間には、広くて深~い河があるだけだ。


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今は消化不良、でも、いつかは・・・

2008-07-03 | お付き合い
ある、塾関係のお知り合いHさん。
すらっと背が高く、宝塚スターのような華やかな雰囲気を持つ
スタイリッシュなファッションがお似合いのHさんは、
シャキっと切れ味のいい美人だが、物怖じしない物言いが面白い。

我が家にも一度だけお越しいただいたが、
なにげなく放置していた絵画に、
「これって、柳谷さんの絵でしょう?」
と、目ざとく反応された。


柳谷さんは、弁護士であるご主人を突然亡くされ、
傷心の身から心機一転、50才を過ぎてカナダに渡り、
現在は、バンクーバーでB&Bを経営されている。

永住権を取得するのには、苦労されたようだ。
さすがに「未亡人」というだけの肩書きでは取得できない。
しかし柳谷さんはへこたれず、
作家であり、画家、とういう芸術家のキャリアと、並々ならぬ熱意をもって
見事、永住権を手に入れられた。

さらに、持ち前のバイタリティーで、カナダにおける三種の神器
B.C.州のDriver Licence, ID Card, Care Cardも取られた。

ブログはもちろんのこと、ホームページがまだ珍しい頃から、
膨大な容量のホームページを開設されていた。
パソコンにも滅法強い。

B&Bでも、ご自分でお食事を作り、ゲストをもてなされる。
活きのいい素材をダイナミックに扱う、
女傑にふさわしいようなお料理がお得意のようだ。

手作りランチ付き絵画教室も開かれ、
現地の方々とも積極的に交流されている。

絵画の額縁も手作り、家具までも作ってしまう。
本格派ガーデニングには、愛情をたっぷり注ぐ。
あのエネルギーはいったいどこから来るのだろう・・・・

彼女の小説を読んだことがあるが、
パッションがほとばしっていた。

柳谷さんのホームページをあれこれ見ていたら、
予期せぬところでHさんの写真をお見かけした。
なんらかのかたちで、どこかで誰かが、つながっている。

年に一度ほど、日本に帰国し、
日本のご自宅で個展を開かれ、販売もされている。
(最近は、されていないようだが)
その時に、私が購入した絵が、Hさんの目にとまったものである。


絵画としてはマニアックなチョイスではあったが、
その絵を購入して、一人で楽しんでいたところ、
意外な人から突然発見され、嬉いよりも、びっくりしたほうが大きかった。

その絵は、インナーテラスに無造作に置いていたが、
「知る人ぞ知る絵」ということがわかり
それ以来、応接間へと場所を変えた。

インナーテラスで日光があたると絵に悪いと思ったからなのだが、
いつも目にできるインナーテラスのほうが、
私は好きだった。
が、絵にとって良いほうを選んだ。

過激なまでの柳谷さんのエネルギーには、
さほど元気の抗体がない私は、
実のところ、元気を消化しきれないでいる。
私は、あまっちょろい人間なので、柳谷さんを知れば知るほど
熱過ぎてちょっとバテている。

いろんな思いがつまった、その絵は
「もうちょっと元気だせば?」
と言っているように見えるときもある。


「で、・・・おいくらでした?」
Hさんに、ズバリ聞かれた。
芸術を査定しようというスピリットは、さすが大阪人。
購入価格より、ぐっと高めの金額が、思わず私の口から滑り出た。

私も、決して人のことは言えない。。。

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