蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、花咲く時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

宗教より健康

2016-06-20 | 健康
私にとって、幸せな1日は、夫が不在の自宅での、のんびりした自分時間です。
一緒だと、なぜか、とたんに頭の何処彼処が、ぶちっ、ぶちっと切れます。
(かと言って、永遠に居なくなると困ります)
そういう奥さんたちは、多いようです。
ダンスの女性更衣室でも、皆さんよく言っています。

(※ここで、またまた、「しょうゆこと」と和室から連呼しています。
気まぐれな、電池微量の醤油台オモチャですが、どうやらタイミングがあるようです)

なにも私や周りの人だけでなく、日本人は、このパターンが非常に多いと見られます。
旦那さんたちは、努力して外出するか、あるいは奥さんたちが外出するそうです。
おかしな日本人の生活パターンです。

4日ほど前、JRに乗って窓から見える景色の一つ。
誰もいない線路沿いの小さな公園のベンチに、ひとりぽつんと初老と思われる男性がひっそり座っていました。
なにをするでもなく。
海が見えたり、山が見えたり、景色が良いわけでもなく。むき出しの土の地面に雑草の生えた、あまりぱっとしない密集地街の小さな公園です。
あの男性は、なにもすることがない、そして、家には居づらいのだろうと想像しました。
あれで近寄ると、意外に、音楽や落語を聴いていたり、英語や中国語のヒヤリングでもしているのなら、充実の時間でしょう。
そうでなければ、あの人の人生、想像してしまいます。

なにが幸せか、ですが、自分の意思で選択できる行動ができること。
能動的な人生を送ることが幸せだと感じます。
宗教も生きがいになるのなら、けっこうなことです。
ただし、他人や身内を巻きこまないこと。家のお金を勝手に注ぎ込まないこと。

勧誘されるのは、私は大嫌いです。
なぜ、信者さんは自己完結しないのでしょう。
自分の宗教を押し付ける人とは、近づきたくありません。
宗教で平和を求めるといいながら、かたや、宗教は戦争を引き起こします。

どの宗教でも、どの宗派でも、途中までは同じです。
心が満たされない現状を解説し、問題を提起し、意識を喚起させ解決へと向かうプレゼンテーションのあと、さあ、入って下さい、と入信プッシュがすごいです。
勧誘人数が増えると、その宗派で偉くなれて、出世できるのでしょうか。

かといって、現在あるお墓の墓石を蹴っ飛ばす勇気もありません。
化けて出てこられたら、怖いです。

健康的に、したいことができるのは、本当に幸せな時間です。
好きなことができなくなると、くさくさして落ち着かず、近所をうろうろする、変な人として薄気味悪がられたら困ります。
それなら、家の中で死んだようにじっとしているほうがマシです。

身体の健康が心の健康を呼び起こすようです。
健康に感謝、家族に感謝です。

健康を失った時に、初めて、自分の心と真剣に向き合うと思われます。
にわか入信したとしても、一瞬でも苦しみから逃れられ、救われたらそれでいいです。
ステージは病床からの祈りとなることでしょう。

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アゴ出し散歩

2011-04-09 | 健康

昔のママ友でもあり、ご近所さんでもある、Iさんが、昨夜、メールしてきた。

「明日、近所のCAFEで、パン50種類食べ放題モーニング・セット食べてから、お散歩しない?」
わたしは、二つ返事でOK。

今朝、IさんとCAFEに行ったが、満員。
席が空いたら連絡してくれることになって、わたしの家で、待機。
やっとこさ席が空いたとのことで、またもやお店に向かった。
お腹一杯、パンをぱくぱく。
その後、歩くということで、カロリーが高くても、気が大きくなっている。
コーヒーつきで、525 円のモトは、じゅうぶんとった。

で、さっそく、歩いた。
近所の公園には、桜がいっぱい。



てくてくてく。
子供や、若い人、家族連れが、バーベキューや、お弁当を持って、花見を楽しんでいた。
てくてくてく。

途中に大きな池があり、水鳥もスイスイ。





けっこう、可愛かったりする。

てくてくてく。

彼女は、私より4歳も年上なのに、まあ、足が達者なこと。
わたしは、だんだん口数が少なくなってくる。

暑かったり、寒かったり、ジャケットを着たり脱いだり、忙しい。
小雨が降ったり、やんだり、お陽さまが照ったり、風が吹いたり、お天気も忙しい。

Iさんが、一度、行ってみたかったという、古い城址のある郷土館を見学した。



見学後に、その郷土館を兼ねたお屋敷に住んでいる、高校生らしき息子さんが学校から帰宅してきたが、
「こんにちわ」と、お行儀よく、ご挨拶してくれた。
良家の御子息は、礼儀正しいなあ、と、感心。

そこの桜も、美しかった。

でも、結構、歩いて、暑くなったり寒くなったり、お腹は空くし。
てくてくてく。

住宅の並ぶ地区に入って、いろんな邸宅を見学。
ステキ。

てくてくてく。
足が、だるい。ああ、しんどい。
坂のアップ・ダウンも、いっぱい。

週1ジムに通い、水泳もし、ダンスもしているんじゃなかったの、わたし?
じつに、日頃は、いいかげんな運動をしているかってことだ。

Iさんは、Iさんの家の近くに新しい家がどんどん新築されているのを案内してあげようと言う。
けっこう、足がガクガクしていたが、ついでに見学。
案内といっても、外から眺めるだけ。
オープンハウスも何軒か開催していた。

歩き始めて3時間。
休憩、立ち止まりゼロのウォーキングは、やっと終了した。

Iさん、足、強すぎ~。
わたし、足、弱すぎ~。

ぐるりと回って、Iさんの家の前。
「お茶でも飲んでいく?」のひと言はなく、(ま、いいですけど)

「また、時間が合えば、誘うね」
と、Iさんは別れ際に手を振った。

「うん、またね」
とわたしは、にっこり。ふらふらになりながら、自宅にたどり着くやいなや、
台所に直行し、牛乳と日本茶をゴクゴク一息で飲み、(→取り合わせ、よくない)
朝日揚げと、五目おかき、菓子パンとチョコを、一気に口に放り込んだ。

ウォーキングは、よい運動になったが、
あのお菓子で、せっかくの燃焼カロリーは、また元に戻ったかも知れない。

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元に戻るどころか、さらに、カロリーオーバーになっているかも。
あほですね。

 

 

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裸に近いのに、なぜわかる?

2011-01-23 | 健康

最近のわたしの記事は、やたら長い。
長すぎる。
長々、思いの丈を書いてはき出せば、いいってもんじゃない。
自分さえよければ、いい、って、それは、よくない。

反省しました。
(わたしの反省は、すぐ、忘れるのが、反省すべき点ですが)


わたしが通っている会員制スポーツ倶楽部で、顔見知りがだんだん増えてきた。
あいさつをする人が、1人、2人、3人・・・
じつは、わたしは通い出して、もう5年以上も経つ。

いくら週1、木曜日だけといっても
それで、やっとこさ、5年の年月をかけて、顔見知りと、ごあいさつ。
(しかも、ごくわずかな人数)
これって、遅くない?
わたしのハンドル・ネームは、「スロー」
ぴったりの名前だと、自分ながら悦に入ってます。

初対面でも、もう前々から知っていた人みたい・・・なんてことはなく、
いたって、人見知り。
人との距離のバリアが厚い。

その倶楽部のプールでは、
年上のお姉さま方に、あれこれご親切な指導を受け
(世間では、「教え魔」とも呼ばれているそうですが)、
泳げなかったクロールも、自己流ではあるけれど、なんとか泳げるようになった。

最初は20メートル泳ぐ度に、ふーふーいって、休憩していた。
クロールは、20メートルが、ものすごく長く遠くに感じられ、心臓もばくばく、息も荒く、
泳ぐスピードはとても遅いのに、ばたばた
なんで、こんなに身体に必要以上に負荷がかかっているのか、さっぱりわからなかったが、
なにしろ、憂鬱なぐらい、しんどかった。
全速力で、300メートル走を走った後ぐらいの、ぜーぜーはーはー肩で息する呼吸の荒さ。

そのときよりは、いまは、マシにはなっている。
なにかの番組で、吉永小百合が水泳を続けていると紹介されていたが、
いつもわたしのアタマには、ど厚かましくも、
(わたしとは似ても似つかない)、あの美しき吉永小百合を描きながら、泳いでいる。

努力しないとね。
続けないとね。

そのプールでは、「木曜日の人」と、わたしを呼ぶ女性がいる。
わたしの顔を見ると、木曜日だということに、あらためて気づくそうだ。

おしゃべりな明るい70歳前後の女性で、
その人が登場すると、賑やかに誰かれなく、べらべらしゃべる。
気さくな、かんじのいい人なのだが、あまりしゃべりたくないときは、
わたしは努めて、せっせせっせと、泳ぐので、はやくノルマを達成する。

その人に、一昨々日、
「あなた、○○町○○丁に住んでおられるの?
ご主人は、○○されているんですって?
ここによく来る、おしゃべりな人、いるでしょ。そのYさんに聞きましたわ。
同じご町内にお住みのようですね」

「あなた、ご主人がおられるのね。
てっきり、独身貴族で優雅にお勤めされているのかと思ってました。
結婚されてるようには、見えないって、Yさんに言ったら、
『お子さんも、おられますよ』って、仰ってました。
そんなふうに見えないから、意外でしたわ」

そう言われた。

プールは、ノーメークに、スイミング・キャップだから、
服装やヘアスタイルによって左右されるイメージは、まったくナシ。
身なり、服装、装飾品など、本人を表す、付加価値みたいなものは、まるでなく、裸に近い。
それだけに、どこの誰でも関係ないから、気楽だと思っていた。

わたしの個人情報をぺらぺらしゃべる、同じ町内のYさんに言いたい。
あまり、ひとさまにプライベート情報を公開しないでくださいね。

第一、Kさんならいるけれど、Yさんという名前の人は、いない。
あのプールの女性が、名前を覚え間違えたのか?
犯人は誰?
ま、どっちでも、いいけれど。

悪意のない、たわいないお話。
何人かに言われたが、年上の方々から見ると、どうも、わたしは、独身に見えるようだ。
おそらく、変人で浮世離れしていて、カスミを食べて生きているからだろう。
家庭生活力が、みなぎり溢れ出ていないからだろう。

ああ、またか。。。
若いころなら嬉しかったかも知れないが、この年になると、ちょっと、ショック。

裸に近い格好でも、「地に足が着いてない」、って、なんで、わかるんだろう?
それのほうが、不思議だ。

 

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ちなみに、トップ画像は、借り物です。
わたしは、こんなにスマートではありません。

 

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疲れました・・・

2010-08-31 | 健康
カンボジア旅行の時もそうだったが、ブログで、いざ、一番いいところをご紹介!!
という前に、いつも力尽きてしまう。

今も、ルアンパバーンの美しい風景、街並み、名所の数々の写真をアップしようとして
ちょっと、ここで息切れ。
前日に寄ったビエンチャンと、泊ったホテルをアップしただけで、ぐったり。

体調は芳しくないし、辛い体に鞭打ってまで、ブログにアップするモチベーションもない。
またもやプロローグのところで、ほったらかしになってしまいそうだ。
元気が出たら、再挑戦しよう。

「旅もの」って、読み手側にとっては、つまらない割に、アップ側は、結構、疲れる。
ほんの少しの手間ヒマなのだけれど、体調が戻らない今、作業はなかなか進まない。

やはり、体が一番。
何よりも大切だと痛感する。
今回の病気は、旅行のせいだけではないようにも思う。
この暑い時期、あれこれ、行事が続いたりして不安だったが、
無事帰国できたときは、乗り切れて、ほっとした。
だが、疲れがあとから追っかけてきたようだ。
自分の体を過信していたのかも知れない。

病気と縁がない自分から、新しい、ダメな自分、弱い自分に一歩、コマが進められたと感じる。
「パリに行きたい」なんて野望は、本当に、脳内だけに留まることになるだろう。


今まで、怖いもの知らずで、あちこちに行けてよかった。
これからは、慎重に、自分の体を労わりながら、
「多少無理しても、行ける、イケる!!」ではない、守りの姿勢で構えたいと思う。


今日のブログ、旅ブログより、もっともっと、おもしろくないものに、なってしまった。
心身ともに元気でないと、心躍る楽しいものは表現できないってことだ。


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キラキラ40 ? !

2010-07-21 | 健康
今週のキラキラ40のテーマは、「ママうつ」。

これまでに放映された「セックスレス」「子供をとりまく性」は、
ぐぐっと大接近して身を乗り出すように見たが、
いかんせん、本日の「ママうつ」は、どうも私とは縁遠いようだ。

鬱になる人は、マジメで、一本気、完璧主義、頑張り屋さんが多いようだ。
いっぱいいっぱい、すべてを抱え込んでしまう、責任感が強い人。
私とは正反対。
頑張りすぎて眠れない・・・という悩み。
私の悩みは、その逆で、頑張っても頑張っても、眠ってしまう。
(特に会議の席と、教養講座)

空の巣症候群は、子供が巣立った後に落ち込む、心にぽっかり穴のあく症状で、
よく言われることだが、更年期障害と重なることが、重症化させる要因のようだ。

自分が求められていないということで、虚しくなるとのこと。
私、自分が求められているほうが、息が詰まる。
サボリ、ってことだろう。

私は鬱病にはなりそうもないけれど、回りから見ると、単にお気楽な人。
社会的には、チャランポランで、仕事がデキナイ人。
最も近い身内(=家族)からは、ブーイングの嵐。
どっちがマシか?

自分は自分で守る。
しかし、家族を犠牲にしてはいけない。
(本当に鬱病の人は、家族に甘えることも大事だそうだが)
自分の持つ自分像に対して、ある程度の最低限度の理想というものもある。
ほどほどのバランスが必要ということだ。

楽天家すぎるのは、アホのレッテルを貼られる副作用つきだが、
なんでも世の現象は、表裏一体。


心のバランスを崩した時は、ちゃぶ台をひっくり返して、思いっきり暴れてやろう
そう思って開き直って、スタンバイしているのだが、
脳内プチ自爆するぐらいで、まだその決定的瞬間は訪れていない。

その日が来るまで、サボれるだけサボろう。
そうやって子育てもしてきたが、いざ、気がつくと子供はあっという間に手を離れ、
サボっていたことを後悔。
でも時、遅し。
自業自得のツケが回ってきた。

やはり、先を読む力が足りないのだろう。
過去・現在・未来。
この時間のとらえ方、バランス感覚も大切だ。


今を一生懸命やっていると、将来は後悔しないはず。
私は、今を一生懸命サボっているので、後悔するのかしないのか、よくわからない。


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無理やり危機を煽る?

2010-07-15 | 健康
毎朝、ひやりとする。

歯磨き粉と、洗顔フォームの容器がそっくりなのだ。
そっくりなのに、洗面所に、真横に並べて置いている。

顔を洗う時、二つの容器を前に、
どっちだっけ?
と迷う。

辛いひりひりした感触で、涙を流しながら顔を洗う自分を、いつも想像しながら
ああ、よかった、
今日は、ちゃんと優しいマイルドな泡立ちで・・・と、ほっとする。

泡まみれの、苦い歯磨きをしなくてよかった時も、安堵する。

この二卵性双生児、カタチを変えるか、場所を変えるといいのだが、
仲良しコンビで、いつもいっしょ。
取り間違える日が必ず来るだろうけれど、どうにか今日も、大丈夫だった。


そして、そのほかにも難所がある。

洗濯物干し場にある、25センチもある段差。
背伸びして、物干し竿の遠くに手を伸ばそうとすると、足元がグラリ、ヒヤリ。
新築し、家が完成したその日から、
いつか、この段差から転がり落ちるであろう自分を想像していた。

テレビ・リフォーム番組の劇的ビフォーアフターみたいに
「いつも、狭い階段を上がって洗濯ものを干すおばあちゃん・・・
赤ちゃんを背負ったまま、高い所の物を取り出す若いママ・・・
危険と背中合わせのその生活を、
リフォームの匠が劇的リフォームで夢にまで見た暮らしに大改造」
というかんじの映像のビフォー場面が頭に浮かび・・・
あの、「サザエさん」でおなじみの声優・加藤みどりさんの声と、BGMが流れる。

私は、そういう年齢ではないのだが、
なぜか、デジャブのように、落っこちる自分を想像する。

電車の階段もそう。
階段を下りて、電車に乗る、その階段の途中で
ドドド・・・と足を踏み外して、真っ逆さまに落ちていく自分の姿を毎回、想像する。

とりあえず、今日も踏み外さず、元気だ。
べつに私はオバアサンではないのだが、若い時から、そういうデジャブ感覚にとらわれる。
なぜなんだろう・・・・???

オッチョコチョイで、運動神経がよろしくない私への、ちょっとお節介な神様からの、警報か?


とりあえずは、今日も何事もなくて、よかった。
へんな感謝の仕方だが、なにも事故なくつつがなく、平穏な日々は、ありがたい。

まるで、それを毎日確認するかのごとく、
歯磨き粉&洗顔フォーム・コンビの間を迷い迷い、今日も私は身支度している。


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梅雨明けのように、からりと。

2010-07-07 | 健康
人の痛みがわかる。
苦しみを自分のことのように理解する。

私にはそういう能力が備わっていない。
経験がないんだから、わからんもんは、わからんのだ。


やむをえず、人をあやめてしまった人の苦悩。
子供を亡くした人の苦痛。
夫に裏切られた人の悲しみ。
隠れて借金をせざるをえなくなった人の事情。
家族間における、積もり積もった鬱積。
恋人に裏切られた恨み。
人間関係の陰惨な縺れ(もつれ)。

映画や小説、ドラマのテーマとしては、取り上げられ繰り広げられているが、
実生活にそういうことを抱えている渦中の人は、リアルなテーマからは目をそらすだろう。

深すぎる悩みには、もはや自分では解決できないこともあるし、
こころの病気にも発展しかねないし、
一人で苦しまないで、専門家の手を借りて対処されるのも突破口となるだろう。


そんな大きくない、誰にでもある日常のこころの悩み
そういったものは、生活の一部であって、取り除くことはできないと思う。
人が人として生活している限り、大なり小なり、誰もが抱えるものだ。

悶々と出口のない悩みに振り回され、
自分を見つめ直し過ぎて、かえって自分を見失うこともある。
同じ悩みを持ち、苦悩を分かち合える人と接し、痛みを和らげ合う、
克服した人の経験を参考に、解決の見本とする。
それも、いいだろう。

自分の悩みにどう立ち向かうか?

私の場合は、書籍、書物だった。
多くの素晴らしい人々が、なんの紹介もアポも、手土産も要らず、
解決のノウハウを教えてくれる。
読み手側の理解が遅くても、即座の反応も答えも要求されない。
書物は、いつまでも、じっと待ってくれる。
そのうち、忘れちゃったりする。

私のブログをご覧になる方は、大きな悩みは抱えておられないように思う。
シリアスな状況の人は、何も手につかないことが多いし、
小さなトゲがささった人は、私のブログは逆効果かも。

人間には多少の毒を持っていないと、毒に対処できない。
抗体みたいなものだ。
少しの毒は、ぴりっとするが、攻撃性のある毒は困る。


西洋医学に頼り切らず、漢方など、東洋で永く用いられている癒しの処方、
治癒能力を自分の力で培うのもアリかな、と最近は思う。

音楽や、好きなことに没頭したり、そうやって、こころの洗濯をする。
再生に向けて、自助努力をあれこれ試みる。


全く、とりとめないことをグダグダと書いている。

さあ、こころを元気にして、
一日一日、自分仕様の時間を味わおう。


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大っ嫌いなこと

2010-03-07 | 健康
本来、運動は、継続的に、毎日のように行うのが、効果的らしい。
私は、大の運動嫌い。
そして、面倒くさがりなので、ちまちま毎日、運動するのは苦痛だ。
家の中で出来る運動というのもあるし、日常化すれば素晴らしいのだが、
自主性という概念を母親の胎内に置き忘れて生まれてきた(と勝手に思っている)私には、
そんな人の目のないところでの自発的努力など、できるわけがない。

ウォーキングもいいのだが、ここのところ、家を出る時間がズルズル遅くなってしまい、
歩いて駅まで行く時間がなくなってしまった。
これはよくない、以前のように歩くべきだ、と、頭の中では思っている。
何も用事がないのに、歩くことだけを目的に歩く、というのは、
私は合理主義者で、かつ、怠け者なのでNG。
何か用事があって、そのために歩いて行く、というのが私としてはベストだ。
ジムに行くために、車を利用などというのは、特にNG。

そのジム、だが・・・大嫌いだ。
週に1回だけ、軽快なリズムに乗ってアップテンポの有酸素運動のプログラムを受けている。
その後、引き続きジム、そして、プールで泳ぐ。
本当は、週に3回ぐらい行くのが良いのだが、その気はまるでない。

その週一の、ジムが大嫌い。スイミングは、ちょっと嫌い。
足指骨折の時は、運動が一切出来す、ある意味、ラクラクで、楽しい3か月間を満喫できた。
今は、元通り、で、毎週、その日が憂鬱だ。
ご近所の、かつてのママ友Mさんと、ある日、そのフィットネス・クラブでばったり会った。
彼女は、私と同じ有酸素運動のクラスにいた。
私は「ジムにも行ってる」と言うと、彼女はあからさまに顔を歪めて、
「私、ジムって、大っキライ!!」 だから、利用してないと、はき捨てるように言った。
私だって大っキライなんだけど。


それ以来、私は、ジムで憂鬱な気分に落ち込む度に、彼女の歪んだ顔を思い出す。
大っキライなジムを私は、なぜ、こうまで無理してやっている、続けているのだろう。
好きでやっているわけでないことだけは、事実だ。
今に見返してやる!!!などという気持ちがないといえば、ウソになるかも知れない。
見返すというのは、言葉のアヤだが。
嫌いだからやらない、努力を怠る・・・
そういう、欲望のままのことを続けていると、遠い将来、差が出るだろう。
今は、どういうことはないが、長年続けると、継続は力なり、で、
20年後に、爽やかな顔で、Mさんとご挨拶できるといいなあ、と。


私には私の論理がある。
健康維持は、ジムに行かなくても、出来るように思う。
ジムは、筋力をつける、衰えていくスピードを緩める、そのためだ。
たぷたぷの二の腕、ボコっと出た下腹、そういうの、かっこ悪い。
肉体の見た目の老化に、ちょっとでも抵抗しようという、諦めの悪さが、原動力だ。
ヌードは到底見れたものでなくても、せめて、薄着になれる程度のプロポーションは維持したい。
背筋もビシッと伸ばしたい。
なら、毎日、トレーニングすればいい。それが無理なら、せめて、週3日。
それが行けない。つまり、効率的成果を求めているのではなく、
自分の自己満足のため、心の保険のようなものだ。

今、嫌々やっているが、このまま継続したとすると、20年続けると
やらないよりは、やったほうが良い結果が表れるのでは???
と淡い期待を寄せている。

なので、憂鬱と苦痛に顔を歪ませながら、マシーンと取り組んでいるのだが、
ふとした瞬間には頭の隅っこで、Mさんの顔がどこかに浮かび、闘っている。


しかし合理的に考えれば、
家の中で、寝る前とかにちょこちょこ腹筋などをすれば解決すると思うのだが・・・。
(それが出来ないくせに、人のことはあれこれ言えない)
Mさんも、ひょっとして、家で地道に努力しているのかも知れないし。
やっぱり、私は、カッコばかりのニセモノなのかも。
歪んでいるのはMさんの顔ではなく、私のココロ?

ある意味、自分の欲求に忠実なMさんが、羨ましかった。
嫌だから、やらない、これは、素直な行動だ。
嫌いなのにやる、顔を歪めるほど嫌がる人もいるのに、
そして、自分も嫌なくせに、しかも、やらない人を怨みがましい目で見てまでも。
そんなに無理してやるなら、やめたら?
そのほうが、精神衛生上、絶対にいい。
でも、とりあえずは、虫の息ながらも続けている。

いずれ、ジムもギブアップ、家での地味なエキソサイズもグウタラでアウト、
そうなった時は、「もう年だし・・・健康第一。いまさら、外見なんか、どうでもいいわ~」
って、サプリとかいっぱい飲んで、開き直っているんだろうな。



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