蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、花咲く時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

一生、同じ処に棲むという暮らし

2015-03-18 | お付き合い

田舎の親戚の法事に出席した。

そこで、感じたことは、
男性たちが話す話題と、女性たちの話す話題の違い。

わたしは、女性テーブルにいたのだが、話すことがなかった。
ここで、一言、言いたい!と思っても口をつぐむ。(立場上)

隣の男性陣での話題は、さらっとした、企業の話、業界や組織などの社会系のものだったので、聞きやすかった。
この春から社会人1年生がいたので、配属先や寮のこと、
そこから、ゴルフやら、なんやらかんやら、社会の先輩たちに囲まれ、話題が盛り上がっていた。
もちろん、わたしは口を挟まない。

いろいろと、しがらみが、あって、話す内容が限られる。
で、出された料理の感想や、食材についてなどを述べるに留まる。
その他は、若い人とは、デズニーランドやら、デズニーシーのことやら、地下鉄のことやら、
なせか東京タワーやスカイツリー、あべのハルカスやら・・・
当たり差し障りのないことばかり。
農協のバス旅行で行ったとか、仕事で修学旅行で行った、とか、たわいもないけれど、悪くない話題だ。


年齢の高い女性たちの話は、半径5キロ以内のことばかり。
だが、濃厚に密度高く、人生が詰まっている。
同じテーブルにいた、法事の主催者の家に生まれ、同じ町内に嫁いだ年配女性は、
生まれた家と、嫁いだ家は、なんと、2キロ~3キロぐらいしか離れていない。
主催者の女性は、もっとすごい。
生まれてからずっと今も同じ家。
(今春、社会人になる息子さんが、赴任先の東京から、定年まで帰ってこないのではないかと心配されている)

生まれた環境と、嫁いだ環境の地理的距離の近さたるや・・・
半径5キロなんてものではなく、駅直結型の傘いらずのマンションみたいなものだ。

スゴイとしか言いようがない。

地元の寺院仏閣を改修するにあたって、地元住民、各世帯あたり、大きなお金を徴収される。
よく皆さん、まじめに、支払うなあと感心する。
地域に根ざす古くからの同じ宗教だから、問題がないのだろう。

その地にある家に嫁ぐと、家の宗教のみならず、地域の宗教にも大きく左右される。
わあ。
宗教の非難はもちろん、感想も述べたりしたら、あとでなにを言われるかも知れない。
なので、ひたすら、「この西京漬けは、おいしい」とか、「生麩が入っていてコンビネーションが絶妙」だとか、
どうでもいいことばかりを言って、時間稼ぎをしている。
なんといっても、その地域に住んでいないので、住民ではない。
住民ではないが、よそ者のような、よそ者でないような。

あえて、問題を発生させるようなことは言わず、
地下鉄の値上げがどうとか、そういうことを言っているほうが良い。(ただし、若い人には)
年配の人は、地下鉄なんか乗らないので、やはり、春野菜のてんぷらの話題などを選ぶ。
あるいは、足が痛いときの、座り方を指導してもらったりもする。

事なきを得ることが大事。
地域には地域の文化がある。
そおっと、壊れないよう、次の人にそのまま渡す。
次世代へのバトンタッチは、繊細で微妙である。

さて、今や軸足が二つある、うちのイエは、どうなるのだろう・・・。

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陰湿終了

2014-08-26 | お付き合い

同じSNSで共通の知っている人の悪口を陰でこそこそ言い合う、陰湿仲間からメールが来た。

「思い詰めるのは、よくないですよ」

その人は、ご親切にお心遣いのアドバイスをしてくださる。

あらま、わたし、別に思い詰めてなんかいないんだけど・・・。
わたしの書き方が、やっぱりいけないのだろう。
見て聞いてきたように、見ても聞いてもいないことを真実であるかのように書くから。
落語家のごとき、語り口??

なので、もう陰湿ごっこはやめましょう、と、悪口ストップを提案した。
陰湿決別・終結宣言。

自然解消でもなく、建設的な方向でもなく、
意図的解消という流れか。


わたしは、いつも、自主的にものごとを進めるタイプではない。
相手がなにか言ってきたり、提案してきたりすると、それにリアクションをするだけ。
攻防でいえば、守るタイプ。受身。

なので、メールも頂けば、お返しするが、
メールの内容によっては、コース変更する場合もある。

ラリーの応酬もさかんに・・・とは行かなかった。
やはり、悪口では最初は良くても、二人だけの密室では、盛り上がりっぱなしにはならない。
公にすると、炎上となるのだろうけれど。

つまらないことに時間を割くのは、お互い、つまらないので、
これからは、建設的な傾向に進んでいくことを期待している。

が、自然消滅もありえる・・・。

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総務部のお仕事

2013-08-28 | お付き合い

またまたお葬式に出席することになった。

式場が、遠い・・・。

といっても、今回はまだマシで、何時間も電車に揺られ、延々・・・とまではいかないが。
でも、県をまたぎ、片道1時間半以上はかかる。
(徒歩~バス~電車2本乗り継ぎ~タクシー)
朝の早くから用意して・・・あああ。

今度は、顔を知っている人。遠い遠い親戚だ。
法事やお葬式で、数回ちらと顔を合わせたことがあるので、顔は知っている。
話したことはないけれど。

以前、半年の間に3回連続列席した、遠い遠い遠い遠い親戚は、
[夫(義理)の、オバの、夫(義理)の、兄弟やその配偶者(義理)]
会場も、遠く遠く遠く、それはそれはそれは、イヤになった。
もっとすごいのもある。
[夫(義理)の、オバの、息子の、妻(義理)の、親]
それぞれお互いに、住んでいる場所もかけ離れた遠くの場所(聞くまで、どこに住んでいるのかも知らない)、
日ごろの付き合いはもちろん全くまるでしてないし、
顔も名前も、なにをしている人なのかも、列席当日まで知らない。

あまり近くない親戚でも、お世話になった人とか、小さい時から知っている人、つながりがある人なら、
感情移入できる。
が・・・当日、はじめてお顔を拝見する人には、感情移入のしようがない。

・・・・・
自分の葬式は、前もって、遺言しておきたい。
終活スタート。
白洲次郎が、葬式無用だか、戒名無用だか、言ってた。
自分の遺志としては、「葬式いらん」、だが、残された家族の社会的立場もあるだろうし。
「わたしは、出来れば葬式は家族葬でこじんまり、
他県から、『あああ・・・遠い・・・(距離も、関係も付き合いも・・・)』とか思われて来ていただきたくない。
でも、残った皆の好きにしてちょうだい」
という柔軟性のある遺言にしておこう。

それにしても。
すべての用事をキャンセルして、ああ、お葬式って、辛い・・・。
義理の関係なもんで、義務感のみ。ノリが、いたって悪い。感情移入ゼロ。

地元議員さんなら、ここぞとPR活動の場とばかりに顔を出すだろうけれど。
総務部の仕事だと思って、頑張って行って来よう。

 

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あなた、どこの誰?

2013-05-19 | お付き合い

「学生時代とかの友だちは、どうなったの?」

上娘に聞かれた。

うーーん・・・
どうなったのだろう・・・

みんな、すべて消えた・・・。

というより、わたしは、偏った人間なのだろう。
歪(いびつ)な性質ゆえ、友だちが出来ないのだろう。

友だちといっしょに過ごす時間を作るのことに、非常に消極的である。
お誘いがなければ、いつまでも、ずっとずっと、永遠に、会わない。
超・受身姿勢である。

友だちがゼロ人になって久しいが、ある日ふと、こりゃいかんと、
学生時代の知人を頼って、友だち付き合いを復活させてみたものの・・・
やはり、わたしには無理だった。続かない。

なぜか・・・?

理由は・・・付き合っても面白くないのである。むしろ、めんどくさくて苦痛である。
なぜ、面白くないのか?
なぜなんだろう?

べつに、楽しいわけではない。
みんなの近況を聞いたところで、べつに、わあっと、ならない。あまり興味がない。
自分の近況も、さして伝えたい心境にならない。
知って欲しいとも思わない。というか、知って欲しくない。

これは、明らかに、おかしい・・・。

学生時代、我々仲良しグループと時折合流していたグループに、無理やり後から入ろうなんて、了見が甘いのだ。
学生時代からの交流、交友の積み重ねが、直接的にはないのに、
ぽつんと時間をあけて突然、割って入っても、楽しみを共有できるわけがない。
一時的にでも入れてくれただけでも、ありがたく思わなければならない。

仲がいいから友だちなのだ。
親密でも友だちでもないのに、友だちにしてくれ、って、順序がおかしい。
友だちになりたいなら、もっと積極的にならねば。
たいして友だちになりたくないくせに、友だちがいないからって、友だちになりたがる、その考えは、へんだ。

というか、学生時代の友だちたちとは、わたしの価値観や意識が、すでに変わってしまったのかも知れない。


わたしは、もともと変わっている??
そうかも知れない。

前述した通り、わたしは歪なのだと思う。
人間が、アンバランスなのだ。

器と中身が、合っていない。
ここでいう器は、見かけのことではなく、入れ物、枠。
中身は、内情、実生活のこと。
ギャップがあり、器の中は、スカスカ。

器が大きすぎて、中身が小さすぎる。
大きな器、大きな中身の人たちとは、自分の中身が追いつかない。
小さな中身、小さな器の人たちとは、自分の器が意外に大きくて、違和感を感じる。

じゃあ、小さな器で、大きな中身の人なら合うのではないだろうか?
それには、わたしの中身が小さすぎて、わたしの器が大きすぎて、やはり合わない。

自分の器を少し小さくして、中身を少し大きくして、
器と中身がぴったりになるよう、調整する工夫、努力をすべきだ。
調和していない部分を見直し、エコ人生を送るべき。


不動産物件の例でいうと・・・(例が、合ってない・・・)

広さ、立地、利便性、集合住宅なら何階、どの場所か、築年数、日照などの条件、近隣の建物事情、土地の特性、土地柄・・・、
そういった点を考慮して金額が決められている。
どれかひとつでも特に気に入った事柄があれば、それで決める人もいるだろうが、
大きな欠点がなければ、それでよし、ということもあるだろう。
バランスの取れているものが、一般的であろう。
また、用途が、住居用なのか、事務所なのか、店舗なのか、週末用なのか、一時住まい用なのか。
なにを指針にするか、である。

仕事も、結婚相手も、友だちも、それに似ている?
トータル総合得点が、合っている人同士、グループが、友だちとして、すんなり行くことだろう。
いや、そうでもないか。

 

ここで、発想を転換してみる。
学生時代の友だちにこだわっているから、ややこしいのだ。
もう、学生時代はどうでもいい。
これから先、仕事社会から退いた世界での友人ができるといい。

どこの誰で、なにをしている人で、学歴はどうで、なんて、細かいデータは、一切いらない。

属性なんか関係なく、単体でつながる、そんな友だち。
そう考えると、友だちはいなくもない。あの人、この人、あ、その人も。
どこの誰かもわからないけれど、顔しか知らないけれど、さらっとしていて、いいのかも?
それって、友だちとかではなく、たんなる顔見知り?

まあ、「顔見知り」を、「友だち」と呼んでもいいのではなかろうか。
(実際、ちょっと挨拶程度、話したことがあるだけの関係の人を「あの人とは、友だちなんです」と
堂々と他人に明言している、そういう人もいる)
「仲間」的な感覚だろうか。

力まず、焦らず、気合を入れすぎず、前のめりにならず、
軽く、薄く、お気軽に。

友だち100人できるかな?

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暗いひとを救えなかった、後味の悪さ

2013-01-22 | お付き合い

わたしが知っている人のなかに、数少ない「暗い人物」がいる。

彼女、Sさんは、職場の後輩で、年は、わたしより6~7歳、年下。
彼女が入社した時から知っている。

彼女は、イマドキの人のようで、先輩であろうが、年上であろうが、タメ口をきく。
わたしとSさんは、職場の昼時間にランチに行くようになった。
毎回、ランチに行っているうちに、ついには、
「あんた、今日は、なに食べたいん?」
と言うようになり、タメ口もここまでくると、わたしの許容範囲を越え、
その日を境に、こころの距離を置いた。

次第に、彼女とのランチの回数を減らした。
「先に行って。わたしは、まだ、ちょっとすることがあるので」
とかなんとか、適当に理由をつけた。

だんだん、まったく一緒にランチに行かないようになり、彼女も気付いたことだろう。

彼女は、わたしの上司でもある人物にも、呆れられるような失態を仕出かしていた。
べつに業務的に損失をもたらしたわけではないが、
仕事がらみの、とあるコトで、上司の面目をつぶし、嫌われた。

「もうしないから・・・、もうしないから・・・」
と、彼女は必死で謝っていたが、上司は、クールだった。


ランチをいっしょにしていた頃、
独身である彼女に、結婚相手・候補として知人を紹介した。
いわゆる、カジュアルなお見合いである。
場所は、我が家。
彼女は、いつになく、ハイテンションで頑張っていた。
かなり無理をしているようにも思えた。
結果的には、うまく行かなかった。
彼女のその後の言葉は、いまでも忘れられない。

「スローさんは、自分だけ幸せになって、ズルイ・・・」


当時、同じ案件を担当した営業の人たちと、皆で打ち上げや、ランチに行っていたこともある。
営業のA氏に言われたことがある。
「スローさんと、Sさんとじゃあ、ちょっと、キツイですねえ・・・」
いろんな解釈の仕方があるだろう。

Sさんは、地の底から地響きのするような、うめき声が聞こえるような、ものすごい迫力のある暗さを持っていた。
べつにわたしから質問したことは、ひとつもなかったが、
彼女は、いろんなことを話した。
怨み話が多かった。

「わたしが、いい大学に行けなかったのは、
そんな大学があるということを教えてくれる人が、まわりに、いなかったから。
なんで、わたしに、教えてくれないの?」
(成績が悪いからではなく、まわりが、悪いってことか?)

「わたしは、モデルになろうと思っていたけれど、身長が160センチしかないので、18歳の時にあきらめたの」
(意見や、見た目に関する率直な感想を言い合う友だちはいなかったのか?)

「どこどこの誰々(名のある企業や団体の偉いさん)の娘と友だちなのよ」
(友だちって、知り合い?ってことか?)

「わたしは、いつも、そう・・・哀しいことに慣れているの・・・。
辛い目にばかり遭ってきたの」
(反省するときは、自分は悪くないのに、まわりが悪い、という分析結果に常にたどり着く)


後々、思えば、ひとつの方程式が、びしっと確立されている。
モノゴトを振り返り、うまく行かなかったことの原因は、自分ではなく、まわりにある。
不幸な運命にある、可愛そうな自分。
ふっとため息をつき、あきらめたような、暗い目で視線を落とす。

不幸を呼び寄せているのは、自分なのではないか、と、
誰一人、親身になって彼女に忠告をする人はいなかったようだ。
まわりでは言っていたかも知れないが、非難されていると感じていたのかも知れない。
聞く耳を持たず、なのだろう。
自分で気付くしかない。

わたしも、彼女にもっと働きかけるべきだったかも知れないが、
お見合いを設定した程度にとどまってしまった。
(でも、お見合いって、いま、思えば、
オススメの人物を紹介するべきであり、引き合わせる人物を吟味するのが紹介者の義務なのに、
さして、知らないまま紹介してしまったという、反省に至る)

いやはや、暗くてネガティブな人を必死で立ち直らせようとするほど、
わたしは、余裕があるわけでもなく、立派な人物でもなく、・・・
至らないことを自覚させられるようで、自分に返って来るような気がして、後味が悪い。

しょせん、わたしは、凡人、小市民。
自分の幸せを守ることに精一杯。
それに、職場は、友人作りの場ではなく、仕事をする場である。
常識をもった個人が、仕事をするために集まるのが、職場だ。


不幸なひとを救い、明るい方向へと導くのは、
わたしごとき小者が思い上がったとしても無理がある。
自己犠牲や、無償の愛を唱え、実践されている、
素晴らしい人格の、熱心なボランティア奉仕家さまや、崇高な宗教家に、お任せしよう。

 

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無教養

2011-12-29 | お付き合い

年賀状を今朝の明け方まで書いた。
その中の一人、中学時代の友人Sちゃん。
「ブログ見ました。写真のせいか、イメージが違ってました」
と今年もらった年賀状に書いてあった。

あれから、わたしはまた、ブログ写真のイメージを変えた。
書く内容も、日常の、食べたこととかは、あまり書かなくなった。
自作のヒドイ画像をヘーキでアップするようになった。
年々、羞恥心は薄れ、子供返り。
なので、Sちゃんの知っている、あほな恥知らずの中学時代のわたしに、戻りかけている。
でも、もう、ブログは読んでくれていないかも。

Sちゃへの年賀状には
「ブログ、まじめに読まないでください」って、最後に書き添えた。
またまたSちゃんの顔まで想像しながら書くと、書く内容が狭まりそうだ。


まったく関係ない話だが・・・
3年前から知っているけれど、今年、知人から友人に昇格した、新顔・友人Kさんに、
「あなたは、友達が少ないって言うけれど、プライドが高いからじゃない?」
と言われた。
そうかなあ・・・
たんに、人付き合いが面倒なだけなんだけど。
そして、常識があまりないのと、人に合わせるのが苦手なのと、(→典型マイペース人間)
グループによっては交際費がかさむケースがあり、単なる交際そのものにお金をかける気がないからだ。
たとえば、慣例となっているようなお土産のやりとりとか、「○○の会」の義理でのお付き合いとか集まりとか、
皆でお祝い金や、お礼金を集めて渡すとか、
そういう、実体のあるような、ないようなことに煩わされるのが嫌。
(ただし、自分の親族のお付き合いは別。身内びいき。身勝手です)

父もそうだったが、ハイソなサロンが嫌い。
あの、鼻をつくような、ぷーんとしたおカネのニオイが嫌い。
(実際は、おカネは大好きなんだけれど、おカネの現れ方、使い方が、嫌い)
学生っぽく、労働者っぽく、安酒場で、酩酊・空(から)理論で、クダ巻いているほうが、性分に合っている。
プライドが高く、教養がある方は、そんな下町の安酒場になんぞ行かないんだろうけれど。


ちなみに、ある方のブログで「プライド高く教養がある」という文字が目に入った。
そんな女性は、出会い系にはいない、と。
はい、わたしの知る限りでは、絶対に、いません。
理由は、出会い系に顔を出す必要がない。
プライド高く教養がある場合、お金もあることが多い。
自分に稼ぎがあるか、配偶者に稼ぎがある。あるいは、両方、ダブル・インカム。
なので、おカネのやり取りが暗黙の条件である、出会い系には行く必要がない。
映画「昼顔」や、東電女性社員事件のようなケースは、特殊、稀だと思う。
万が一、お金がなくても、プライドが高いと、お金がないことを堂々と表さず、恥じる。

条件は、違っても、人間であることには違いない。
でも背景が違うと、共通言語がないかも知れない。

「ふつうの学歴」と、「高学歴」は違うそうだ。
いまは、たんに4年制大学を卒業していても、高学歴とは言わないらしい。
大学のランクや、高い学力、勉強した内容、得た知識、専門性などが備わって、はじめて高学歴というそうな。
わたしなどは、まったく、その範疇には入っていない。
なので教養があるわけではない。
プライドが高いわけでもない。
あるのは、ひがみ根性と、楽天的資質。
(相反しているけれど、人生は矛盾で出来ている・・・と思っている・・・)

でも、出会い系に出入りしたいと思ったことは、若い頃から今まで、一度もない。
男女の出会いの場としては、あまりにも直接的すぎて、オブラートに包んだものがない。
そして、男女の関係のみを追究していて、口説く手間もあまりいらず、ハナシがまとまりやすいのだろうけれど。
結婚を目的にする正式な場ならいざ知らず。
(それでも、トラブルはけっこうあるようだ)

一番の理由は、動機がないことだ。
男女の出会いは、出会い系でなくても、ふつうにまわりにある。
(職種や職場、状況によっては、異性と出会わないケースもあるようだが)


ニーズの一致、需要と供給のバランスで、市場は成り立っている。
なので、どんな市場も、需要と供給が釣り合っている限り、活気がある。
パリのマルシェも、各々特色があって、需要に合わせたモノを揃えている。
お値段も、とうぜん、モノ、品質に比例している。
モノもヒトも、共通したものがある。(共通していないこともあるけれど)

女性の価値を経済に例えた、おもしろい例があるのだけれど
もうタイムオーバー。
またの機会に。


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年末、さて、これから田舎に帰って、働きます。
お正月は、田舎で迎えます。
でも、ノートパソコン(WiFi付き)を持って行くので、更新できるかも?です。
そんなことするヒマがあったら、もっと働け~と、神の声。

 

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気になる、ひと言

2011-01-06 | お付き合い

いただいた年賀状の中に、中学時代の学友からのものがあった。

Sちゃん。

わたしが、彼女への年賀状のメッセージは、なにを書いたか、はっきりは覚えていないのだが、
「わたしは悩みのお年頃。ブログで、ぼやいています」
おそらく、そんなことを書いたような気がする。

彼女からのメッセージは、
「ブログは、わたしの知っているスローさんのイメージとちょっと違ってるみたい。
写真のせいかなあ」
と、さらり、でも、どきり。

それより、
わたし、彼女にブログのURL、教えたっけ???

何年か前に、同窓会か、酒蔵コンサートで会ったときに、ひょっとして話したのかもしれない。
ブログタイトルだけ、お知らせしたのか?

ちゃんとした記憶にないけれど、彼女が見てくれた、ということは、
恥ずかしげもなく、しゃべってるってことだろう。

彼女からの年賀状をを見て、真っ赤になった。
しばらく、真っ赤っかのまま。
ああ、恥ずかしい・・・
なんて、おしゃべりなわたし。

後悔した。

わたしの中学時代のイメージと、このブログは、違うイメージなんだ、と、
別の角度から見た感想を聞き、ちょっと複雑な心境になった。

いまのリアルなわたしをご存じの方もご覧になっているが、「日常の報告」みたいなかんじになっている。

Sちゃんとは、毎年、年賀状はやりとりしているが、
中学以来、同窓会でしか滅多に会わない人には、わたしはどう映っているのだろう。

いちびり、シャイ、内気、マイペース、話す内容がユニーク(=変人)、・・・・
親の職業は知れ渡っているようだ。
わたしが宣伝した? いえ、してないはず。でも、みんな知っていた。

前々回の同窓会で、神戸の某ホテルにご家族と滞在していた、国際的に活躍しているF君も
ご両親にわたしのことを紹介してくれた時に、

「○○の家の娘さんで、スローさんです」
なんて、言ってたから、彼も知ってるってことだろう。
彼はお隣のクラスとはいえ、小学校の時からずっといっしょなので、知っているかもしれないけれど。

別に、有名人でも、変わった家でも職業でもないのだが、
学校と駅の間に、わたしの家があったということもあって、
学校帰りに、クラスほとんどの女子は、わたしの家に遊びに来たことがある。
(今では、考えられない・・・・!!)

学生のときは、親の職業や家庭環境など、皆もオープンに、ペラペラしゃべってたから、
そんなに暗い家庭のお子さんは、在籍していなかったのではないだろうか。

今も、同窓会に行くと、「○○の家の子」、と、必ずキャッチコピーが付く。
いままでは、事実そのままの、あたりまえのことなので、何も思わなかったが、
直近の同窓会で、はじめて、なんか、それ、いやだなあ・・・と思った。
このキャッチ、一生ついてまわるのかぁ。


それはそれとして・・・
Sちゃんの目には、わたしは、どう映っていたんだろう。
いまは、どう映っているのだろう。

中学からすいぶん時が経っている。
お互い、結婚し、仕事もし、子供も育て、別々の道を歩んでいる。
知っているのは、中学の3年間だけ。
しかも、話をしたり、いっしょにいたのは、おなじクラスになって、仲良しクループだった1年間だけ。
それ以来は、何年かに一度の同窓会でたまにお目にかかるだけ。

大人になって、知りあってお付き合いするケースと、
中学時代の仲良しグループとでは、内容も、性質も、濃度も違うだろう。

あれが、わたしの素だったのかなあ・・・
いまのわたしは、そのアレンジ・応用編なのかなあ・・・

学生時代の仲良し友達と、当時に戻って、大笑いしたという人もいるようだが、
わたし、学生時代からヒネているので、大笑いは、当時からしてなかったように思う。

もともとマイペースだが、
人からどう思われる、ということは、徐々にどうでもよくなったわたし。

でも、昔のわたしを知っている人が、いまのわたしのブログを見て、どう感じたか・・・
これって、けっこう、気になったりする。

それに、ブログが、わたしそのままを、実写していない可能性もあるし。
そっちのほうが、問題??

 

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トップ画像の、昨年末、新聞の集金の人にいただいた鉢植えお花、ちょこっと花が開きました。
いただいた時は、まだ、しょんぼり、下向いてました。

 

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地獄に落ちます

2010-12-14 | お付き合い

世界では、飢えで苦しむ人もいるのに、
こんなことを言うと、地獄に確実に落ちると思うのだが。

わたしは、人様から果物をいただくと、とたんにブルーになる。

スーパーのビニール袋に5~6個、せいぜい10個以内なら、おおいに結構。
困るのは、どかーんと、段ボール(ミカン箱、リンゴ箱、柿箱)で、いただくとき。

しかも、それが一度に何種類も、次から次から何箱にもなったら・・・
さらに、義母からも、いただきもののおすそわけが箱単位で流れてくる。


果物は、こちらのそんな事情もお構いなしで、勝手にどんどん熟していく。
待ってくれない。

家族は果物は、ほとんど食べないので、わたしひとりが頑張って頑張って食べる。
なので、家で食べきれない分を予測して、あちこちにおすそ分けをしなけばいけない。
何度も何度も、持って行くと、もらっていただく側にも負担がかかるのではと、気をもむ。

ただでさえ、交際範囲が狭い、お付き合いの少ないわたし。
必死で、配っても配っても、その量は、たかが知れている。

封を切っていないものを、そのまま箱単位でもらってくれる人を探す。
2日前から、数軒に打診していたが、返事がないので
今朝、新たに受け入れ先に問い合わせ、合意。(→実家の母)
実家も、モノ余り気味なので、声をかけることはほとんどないのだが、今回ばかりは、
「みかん、いる?」
と電話した。

喜んでもらってくれるとのこと、嫁入り先決定の朗報に嬉しくなって、
さっそく、今朝、宅急便で送った。
送料1270円也。

いただきものをするのは、とても有難く、感謝するのだが、
送料こちら持ちで、急いで、フレッシュなうちに
嫁入り先を探さなければならないのは、若干、ツライものがある。


義母は、わたしとは正反対で、ひろく交際し、モノのやりとりも、すごい量。
自分が食べる種類や量は限られているので、
宅急便のキーステーションのように、いただいたモノをあっちこっちに、振り分ける。
そんなに、じゃぶじゃぶ溢れかえり状態でも、まだデパートから取り寄せたものが、溢れかえっている。
わたしは、モノ・アレルギーになりそうだ。


モノ余り日本と言われるけれど、食品も輸入に頼っているろころが大きい。
経済大国も、その勢いは右下がり。
かつての栄光は、はっきり陰りが見えている。
クリントンさんに、「日本を反面教師に」なんて、言われてしまうんだもの。

あんただけよ、そんな贅沢者は。
とお叱り、非難を受けるのは、よくよく承知。
しかし、これは贅沢なのか?

自分の食べたいものは、二の次、三の次、四の次。
いただきものや、義母からの横流れ品をふーふーいって消費するのが、やっとこさ。
こんな嘆きを人様にいうと、鉄砲で打たれそうなので、(地獄に落ちろ、と背後から蹴落とされそうなので)
こっそり、卑屈に、こそこそ、自分のブログで愚痴っている。


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もっと謙虚な姿勢で、毎日を送らなければ、ほんと、地獄に落ちそうです。
皆さんに、支えられて生きています。
ありがとう、のキモチを大切に。

こころでは感謝しつつ、フルーツ恐怖症候群に陥っています。

 

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食べて笑って、年とって。

2010-12-04 | お付き合い

金曜日は、忘年会が続く。
先週は、仕事関係の忘年会、昨夜は、社交ダンスのメンバーと、忘年会があった。

音頭を取ってくれたのは、インプラントがキラリまぶしい、ご陽気なムードメーカーN氏。
クラスメート8人(男性3人、女性5人)全員が出席した。
出席率100パーセント。

N氏が予約してくれた会場は、以前、わたしがランチに行ったことがあるお店。
あれから10年ぐらい経っているだろうか。
前の事務所近くにあるのだが、
フレンチ・カフェ、野菜バイキング、沖縄料理、イタリアン・・・と
目まぐるしく店名、内容はころころ変わり、オーナーチェンジ、4店目。
お客さんの会社が、同じビル内に入っていて、よく仕事で行ったビルの1階だ。

(ケータイで薄暗いところで撮ったので、あいかわらず、ぼけている写真で、すみません)

あ、ちなみに、わたしがいちばん若手です。
その次がわたしより5歳上、その次が8歳位上(このあたりが3人)、さらに14歳上、21歳上、26歳上・・・
50代2人、60代4人、70代2人。
みなさん、年とともに、経験もたっぷり積んでおられるので、重みがあっておもしろい。

わたしは、「のほほんとしているのに、突然、ガツンと、おもしろいことを言う」、そうだ。
つまり、天然ぼけ、ということだろう。
「視点、表現がユニークで、語彙が豊富」とも言われた。
いちばん若いせいもある?→わ、この年で。

へえ・・・めずらしい・・・
子どもの頃は、「おもしろい(へんな)ひと」と、よく言われていたが、
だんだん大きくなるにつれ、恥ずかしくなってきて、高校ぐらいからはおとなしくしていた。

いつもは、わたしはほとんどしゃべらないのだけれど、なごやかなムードだったこともあり
ほんの少しのビールとワインで、酔っ払ったのかな。

深酒もせず、酔っ払った威勢で、「さあ、次は、二次会だ~」と、なだれ込みもせず、
ハナ金、明日は休みだから、どんどん飲もう!!とはならずに、
明日に引きずらない、当日完結行動パターン。
みんな、一次会だけで十分楽しんだ。

いままで、好きなように遊び、ハメをはずし、酸いも甘いも一通り経験し、
最後は、お利口さんになるのだろうか。
(それを、年をとった、と言うのだろうか)

(わたしを含め)みなさん、満足げな顔で、足取りもしっかり、家路に向かった。

じつは、少し飲み足らなかったのは、わたしだけ?

 

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女王さまのお慈悲

2010-11-12 | お付き合い
フランス憧れブログ、読めば読むほど、私にはまぶしすぎ、目が焦げてしまう・・・
しかも、コメントを寄せておられる方々も、素晴らしい方々ばかり。

あまりにも、自分とは違う。
と、自爆して凹んでいた。
(毎日、自分本位のブログも、ばかじゃないかと、昨日は、草稿したまま、アップしなかった)


お忙しいご公務の合間をぬって

その憧れブログ国の、王女さまが、なんと、朽ちかけた蝶ブログに、突然、姿をお見せになった。
しかも、とても優しいネギライの言葉と、微笑みとともに。


私は、人様のブログで、はじめてコメントする時に、自分のURLを入れることがある。
後悔する場合もあるし、今回のような、とてもうれしい、サプライズ・プレゼントとなって
私を真っ赤にさせてくれることもある。

もう一度、自分のブログを読み、憧れフランス・ブログを読み、
さらに、コメントされている方々のブログを見た。

やはり、ものすごく違う。全然、違う。
比べること自体が、すでに間違っている。

恥ずかしくなった。

東大の入試に、be動詞もよくわかっていない生徒が、紛れこんでいる感。
日本の都道府県もよくわかっていない生徒が、外国に憧れる図。
漢字もろくすっぽ読み書きできないのに、司法試験に挑戦している様。
楽譜も読めないのに、ウイーンに留学し、国際コンクールに出ようと夢みるような。

恥ずかしくて、恥ずかしくて・・・本当に恥ずかしくて・・・


でも、素晴らしいことを一方方向でもいいから、そっと垣間見たい。
司法試験はあきらめても、幼児向け・公文プリントを毎日こなして、
漢字検定に方向転換するかも知れないし。(→それはないけれど)

(フランス語 幼児向け公文プリントがないか、書店で、本気で探したが、見つからなかった・・・)


人様に喜んでいただけるようなブログを作ることは、絶対に無理だと思うけれど
冷蔵庫のスミッこで、干からびた野菜も、
別の利用法があるかも知れない。
(美容パックに使うとか)


力のある人が、力のない人を助ける・・・これが、互助社会。
女王さまの優しいお言葉に、のっかっちゃいましょう。

あ、関係ないですが、
うちの息子も、小学生のころ、担任の先生に言われて、クラスメートに勉強、教えてました。
これも、小さな互助社会。

(例えが、よくなかった。
劣等感のカタマリの母親は、子供自慢で、解消?→ちまたには、よくあること
そんな気は、ないのだけれど)


慰問を受け、励まされ・・・


もっと、楽しい、読んで気持ちのいい、素敵なブログが作れるよう、
私も頑張りたいな・・・
と、女王さまの優しい、お慈悲の一言で、とたんに前向きになっている、わたし。
これを「単純」と言わずして、なんと言う?

いつまでたっても、モラトリアム
まさに、これです。

蝶になりたい。
このタイトルも、おかしなかんじですが、また、ぼちぼち、やっていきます。


王女さま、ありがとうございました。



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