蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、花咲く時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

ゼニのアダ花、いりません。

2011-05-31 | 趣味

今日は、たんなる自分のための、こころの整理です。
人生の重大事でもなんでもないので、お時間のない方は、すっ飛ぱしてください。


明日は、社交ダンスの、ある教室の更新日。
わたしより、お年をやや召された、お金持ちの生徒さんのグループレッスン。

その教室に通いはじめて、1年半。
やめようかと思っている。

まず、その教室のスタンスが気に入らない。
ご自分たちのダンス教室を主宰している先生夫婦。
大手デパートのカルチャー教室に参入しているが(テナント出店みたいなもの)、他にも教室があるようだ。
教室はあっても、自前のレッスン・スタジオをお持ちなのかどうかは知らない。
1年に1回は、必ず、自分の教室主催のパーティを開く。
参入しているカルチャセンター主催のパーティにも参加する。
他にも、ミニ・パーティを開催する。

生徒は、そのパーティに参加する。
嫌なら参加しなくてもいいが、レッスン内容が、パーティのグループレッスンでの出し物になっているので、
「わたし、参加しません」とは、言い辛い。

グループレッスンの後、引き続きプライベートレッスンを受ける方々は、パーティのデモ出演のための練習をしている。
しかし、デモのレベルは、かなり低い。
上手かろうが、下手であろうが、先生にとっては、デモは、お金の稼ぎ時、ボーナスのようなもの。

教室の運営費を、下々から吸い上げる。
評価できる結果で、正当な金額ならまだいいが、明らかにそうではない。
難関受験塾で、高い授業料を払っても、実は、大勢の下の生徒から集めた上納金で、
ピラミッドの頂点の優秀な生徒だけが合格できる、あれに似ている。

なので、あほくさい。

しかも、嫉妬の炎、めらめらの、例外を目の当たりに見ている。
K女史。

高いお金を払って、プライベートレッスンを受ける人は、
目標は、たいがいは、発表会(大パーティ)でのデモのお披露目か、
公の競技、または、メダルテスト。

先生のプライベートレッスンの生徒の一人、H氏は、競技に出ることが目的。
自分だけでなく、ペアを組む相手の、全費用をH氏が持つことを前提に、コトが進められている。
そこで、先生が目をつけたのが、K女史。

K女史は、まだ社交ダンスをはじめた直後、1ヶ月も経っていないのに、
H氏の相手、ということで、先生直々にレッスンを受け、
競技にも出て(レッスン料、ドレス代、出演費、すべてH氏持ち)
(想像するに)めきめき、上達している。しかも無料で。
(H氏に支払わせているドレス代だって、先生のお下がりなのは、見え見え)
「無料で」とわざわざ追記するあたりが、わたしのセコさ、浅ましさ、醜さ、露呈。


この世界、実は汚い世界で、プロの先生は、多額のお金が動かないグループレッスンでは、
まともに生徒に技術を教えない。
教えてほしければ、プライベートレッスンを受けてね、と、そこで儲ける。
ブループレッスンは、プライベートレッスンに引き込むための客引きみたいなものだ。
(そうでない先生もおられるが)

なので、わたしみたいに、グループレッスンをいくら週に何度も受けたからって、
上達の度合いは、たかが知れている。
というか、プライベートとグループでは、レッスン内容自体が、すでに違うのだから。

お金がついて回る、ダーティさには、前々から嫌になっていたのだが、
しぶしぶ参加した、先日のパーティの写真が出来て、「もやもや」が「確信」に変わった。

「スローさん、写真代、4800円です」
と先生は、さらりと涼しい顔で言う。

写真なんぞ、撮ってほしいと言った記憶はまるでない。
しかも、プロの写真とは思えない、
普通の(わたしでも撮れます、あんなレベル!!)ピンボケ写真を数枚焼き増しして、
写真屋さんで無料でくれるようなフォト・ノートに差し込んでいるだけのもの。
立派な台紙に貼ってあるわけじゃなし、なんで、そんなに高い???
1人で写っているものなんぞは、当然1枚もなく、5~6人といっしょ。
美しいショットならいざ知らず、ヘンな顔、表情の瞬間ばかり。

いらんわ、こんなヘンなの。
(でも、お金払いました。ちらと見ただけで嫌になる、写真。持ち帰ったまま、ほったらかし)

さらに、集合写真は、これまた、「ご入り用なら、こちらは、1枚1800円です」と。
こちらは注文を受けてから焼き増しするようだ。

素人が撮って好意でくださるのなら、「ありがとうございます」とニコヤカに、いただくが、
実費程度ならともかく、さすがに、お金儲け主義をありありと感じた。

マネ、マネ、マネ~(アバの曲)がわたしの脳内に流れた。

「世の中、銭(ゼニ)でっせ」
またまた脳内で、ミナミの帝王が、ささやいた。


曜日・時間帯・場所が、今のわたしには、ぴったりだったので、通っていたが、
徐々に、鼻につくお金のニオイがぷ~んと、においはじめ、
システム、内情、舞台裏が見えてきた。

わたしが、ケチなのか?
優雅なお稽古事には向いていないのか?
お茶・お花・日舞・・・目をむくような多額な金額で、免許を取得する。
お披露目、発表会に、お金を湯水の如く使う。
そうやって、優雅な技術が身につくというものなのか。

つまり、お金持ちのオアソビっていうわけか。
貧乏根性の持ち主には、手の届かない、雅やかな世界?

じゃあ、K女史、お金持ちかどうか、まったく知らないが
(女手ひとつで、子供さんを2人も育てられたことは、立派ではある)
最低料金(オプションは、すべて無料)で、実にうまく世の中を渡っている。
(また・・・「無料で」、って、書いちゃってる・・・)

わたしは、お金を払うのか嫌だと言っているわけではない。
先生へのレッスン料がお高くても、その内容に値するのであれば、対価として気持ちよく払うだろう。
そうじゃない、中途半端なケチくさいところで、ちまちまお金を儲けようとする、
その心根が見え隠れすると、とたんに嫌気がさす。
(わたしのケチな根性とスパークリングする?)

グループレッスンの時間内なのに、先生は、K女史につきっきりで指導。
その指導料は、H氏からいただいているのだろうけれど、
お金をもらっているなら、グループレッスン時間にではなく、別枠をとって、やっていただきたい。
正規のレッスン時間である我々は、アシスタントに、まかせっきり。
スタジオの半分をぶん取り、音楽もK女史指導の曲を流す。

ジャマだ、目障りだ。

第一、スタジオは大手デパートが所有しているんだし、

わたしはそのデパートのカルチャーセンターに申し込んで習っているわけで。

 

ということで、書けば書くほど、腹が立ってきた。
そのスタンスは、どうしても受容しがたいものがある。

スタンスはよくないが、レッスン内容がすばらしい、ということなら続ける価値がある。
肝心の内容は、上にも書いたが、アシスタントに委ね、先生は、ほとんど、本当にほとんど指導しない。
発表会用のダンスのステップを立案するのみ。

アシスタント女史は、きっちりした基本を指導できない。
長年やっている、同じ教室の先輩たちのダンスを見ればよくわかる。
わたしが、習いたいのは、こんなんじゃない。
(別のどこかの先生に、プライベートレッスンを受けるのがベストなんだけど。
時機を見ているところ)


せっかく、ぽっかり空いた時間を(場所的にも)有効にうまく使えて、その意味では、よかったんだけど、
明日の更新、しないことに決めました。

別のところを探そう。

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長くてすみません・・・

 

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捨てられないモノに囲まれて、歳をとる・・・

2011-05-30 | 暮らし

一昨日、昨日、と、激動の日も無事、通過し、やれやれの週明け。
激動といっても、単にわたしが、やるべき宿題をほっぽって、ギリギリまでサボっていただけのこと。

とにかく、とりあえず、その日が過ぎると、また日常モードになった。

「無事、終了した」と言っても、未整理のまま箱につっこんだままの、わけのわからない品々、
あれをどうにかしないといけない。

そう思いつつ、また、次のゲスト来訪の時には、別の未整理の箱が増えているだけなのだろう。
「断捨離」とは、まさしく、わたしのためにあるような言葉。


ある人の嫁ぎ先(実家)、永年、モノを片付けず、増える一方の、開かずの間が、たくさんあるそうだ。
老人ホームに入所されているお姑さんの代わりに、その息子夫婦が家をリフォームすることになった。
お姑さんは、婿養子をもらった人なので、生まれた時から、ずっと実家暮らし。
家では絶対的権力を持ち、君臨する独裁者。
婿養子の夫には、手出しをさせず、モノは増えても、奥へ奥へと、押し込むばかり。
80年以上の年月が経つと、そのモノは、姿かたちを変え、ものすごい大量の不用品、ゴミの山と化した。
それらを廃棄するのも大変だが、一番大変なのは、仕分け作業。
必要?不必要? 高価?安価? 貴重?非貴重?
持ち帰ってもらうのは、ゴミ回収業者? リサイクル業者? 骨董品屋? ボランティア寄付団体? 

当の本人には、すべてが思い出の品々。
気持ちの入った大切なモノを思い切って処分できなくても、近親者ならOK。
客観的判断で。

ただし、骨董品か、ただのガラクタか、それを見分けるのが、かなり難しいらしい。
「うーーん、いい仕事してますね」と、なんでも鑑定団みたいな人が、ジャッジしてくれるならともかく、
自分に見る目があるか、よほど信頼のおける人に頼まない限り、
そのお家は、旧家なので、良い品も、ガラクタといっしょに捨ててしまうことになる。

見る目がないことを知って、足元を見て、全部、ガラクタだと言い切る悪徳業者もいる。
が、自分で仕分けると、見分けがつきにくいものを取りあえず、取っておき、ガラクタだらけになる。
選択を迫られ、お嫁さんは、頭を抱えておられる。


とりあえず、生きているうち、体や目が利くうちは、
客観的に大事なものは、誰の目から見てもわかるようにしておくべきだ。
自分にだけ大事なものは、それなりに、自分にだけわかるように、保管しておいて、
いざとなったら、自分で処分するか、捨ててもらうか。

わたしの場合、悲しいことに、自分にとっては大切なものでも、客観的には、ほとんどゴミ。
モノを大事にしすぎる性格が、日常生活において、完全にアダとなっている。


夫の実家は、舅(故人)が整理魔だったため、あらゆるモノが整理整頓されている。
姑も、きちんとした人。
だが、我々夫婦は、とんでもなく整理整頓ダメ人間。
なので、そのまま、そっくり息子に実家を押し付けようと企てている。
それで息子は、その気配を察して、帰ってこないんだろう。

雨露はしのげるので、息子が仕事をリタイアする頃に、夫の実家には、ちょいっと顔を出してもらえたら
それでいいと、わたしは、思っている。(夫は違うようだが)
息子は2年前に就職したばかりなので、あと、何年? 35~40年後?

わたしは、その頃は、もし重い病気を患っていなかったら、まだとりあえずは、
生物としては生きているかも知れない。

やっぱり、20年後ぐらいには、夫の実家に、ちょいちょい顔を出してほしいかも。
(夫は明日にでも、と思うようだが)

それより、わたしは、その頃、どこにいるんだろう?
(生きていると仮定して)

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ぐったり

2011-05-29 | 暮らし

ゲスト、来てよし、帰ってよし。

お泊りになると、ごまかしが効かない。
リビングや、ダイニングには置けない雑多なごちゃごちゃなモノ、
さあ、困った、どこに隠す?
いつも、手っ取り早く、人から見えない裏側にあたる浴室前の通路に積みあげている。
その他にも、洗面所の背面壁側に、積んでいる。
通常、ちょっと人が来るぐらいなら、洗面所やお風呂まで、入ってこないから、わからない。
なので、わたしは、どんどん、目に見えないところに積み重ねる傾向あり。
ぱっと見には、わからない。

「わあ、キレイに片付いていますね!」と大抵の人に言われるのは、
そんなところまで、見えないから。
問題先送り、その場さえ切り抜ければいい、という、わたしの安直・ちゃらんぽらん性格。
一瞬の外側だけ、いい顔。
近年、進歩著しい、発展国の裏通りとのギャップみたいなかんじ?
きっちりした性格ではないので、
鬱にはなりそうもないことだけが、まあ、マシと言えば、マシ。

いざとなれば、究極の局面には、
ほとんどのモノを捨てたら、どうにかなる、と、へんな自信、余裕、安心感。


しかしながら、「泊まる」、となると、洗面所、浴室を、ゲストが使う。
(ゲスト用の浴室・洗面所、ホシイ~→そう言うやいなや、石が、飛んできそうだ)

それらのどうしようもない品々を、洗面所・浴室からロフトに総移動、お引越し。
疲れたなあ。

食堂やキッチンも、「お手伝いします」と、どんどん入ってくる、善意の塊のゲスト。
わあ、その扉、触ったらダメ、その引き出し、開けたらダメ、
いえ、見てもダメ、ほんとは、入ってはダメ。

お客さんがほとんど見えない、幽霊屋敷化した我が家に、ゲストが来ること自体が、どえらいこと。
家族全員、非日常感に、緊張。
右足と右手が同時に出ているかんじ。
日ごろのだらしない生活が送れない不自由さを存分に味わい、
ゲストが帰ったとたん、家族は、ああ、やれやれ、ああ、疲れたと、大脱力。

なによりも、だれよりも、一番疲れたのは、ゲストかも知れない。
片付いているけれど、ひょんなことで、ひょっとすると、いつもと違うのかも知れない片鱗を感じる?
何もない、片付いた部屋に、ものすごく大きい綿ゴミみたいな塊が落ちていることがある。
このアンバランスは、偶然?

この家、この暮らし、ホンモノ? 間に合わせ? 
テーマパークみたいに、ホンモノに似せた、すべて創りもの?

いつも、美しく暮らしているなら、ゲストが来ても、涼しく美しく。
いつも、だらしなく汚く暮らしているなら、ゲストが来ても、正直に。
無理して、よく見せようとするから、よくない。

脳に気になる塊(腫瘍)が出来ているかのごとく、重荷だったゲスト・イベント、無事、終了して、
こんな幸せ、開放感を感じたことは、ちょっと近年ないなぁ。

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わたし、本当に、ぐうたらです。
この二日間、死にもの狂いでしたから。

 

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チキン・オンナも、どうかと・・・。

2011-05-28 | 無題

爽快なコメントをいただいて、なんだか気が大きくなったような、
臆病チキンのわたし。
胸にたまる、わけのわからない、おさまりきらない、このウップン。
悪い予感のする方は、ここで、やめておかれたほうがよろしいかと。

※あ、ちなみにわたしは、戸籍上、社会上、正妻の立場です。


凛とした妻。
じゃあ、愛人と同じところにまで引き下がってきたら、だめですね。
それを、いやらしいオンナだ、夫と、ごにょごにょ・・・あのオンナ、なんて、イヤラシイことを・・・
(注)ごにょごにょ、とは・・・成人男女が行う、「種の保存」行為。
(いま、わたしが、そうネーミングしました)

では、正妻は、夫との、「ごにょごにょ」は、ないのでしょうか?
それとも、正妻との「ごにょごにょ」は、厳かで、重厚で、雅(みやび)で、格調高い行いなのでしょうか?
どこが、どう違うのでしょうか?????

背後に、かかっているBGMが違う?

正妻は、正統派クラシック、男女混合聖歌合唱団
愛人は、艶歌、アニメソング

舞台装置は、
正妻は、ワインレッドのビロードかベルベットの重いファブリック、
あるいは、生成りのナチュラル・ファブリック、南フランス・プロバンス風、
清楚で、可憐で、純粋で・・・

愛人は、トラか豹のアニマル柄、あるいは、ドクロ柄、
牙を剥く血がしたたる唇には、真っ赤なルージュ、いや、紫?いや、ブラック?
(わたしの創造するイメージが、安直で、ステレオタイプ、貧困そのもの。
子供のころに読んだ漫画やテレビがチープな影を落としています)

愛人との行いは、薄汚くて、正妻との行いは、美しい・・・というわけ、のようです。
そう、正妻の方々は、真顔で仰っています。(→ブログから受けた印象)

美しい、ごのごにょ・・・って、どんな行為???
これだけは、本当に、まったく、ちっともわかりません。

まったくの想像ですが、
手や色々、消毒したり、規則正しくルールに則って、常に真面目に、伝統的・正攻法で、
なるべく、イヤラシイことは、考えず、想像せず、清く正しく美しい路線で、行う。
純白の手袋とかをはめて、菌や汚いものが手に直接、触れないように・・・・・
そんなかんじでしょうか????

奥様方が仰るには、ご主人様方は、決して家庭に不満はないそうな。
特に、奥様に、女性としての不満があるわけでは、ないそうな。
ご主人様方も、同じことを仰るでしょうか?

男性という生き物は、色々な雌(メス)に手を出す生き物だと、男性の方々が言ってます。
社会学的にも、生物学的にも、そういう、男性はそういう生き物だ、とのことですが、
男性が言ってるだけで、自己擁護としか思えないけれど。
浮気を正当化している、男性にとっては、都合のいい論理。あほくさ。

古代は、母系社会だったわけだし、子供の父親は色々いて、誰だかわからない、
でも母親だけは、絶対にわかっている、そういう家族、集団。
それに戻りましょうとは、言いませんが、社会も色々時代とともに変わってきているわけでして。


で、正妻の皆様、
ご自分のプライドを維持するために、自分以外のものをコテンパンにやっつけるのは、
防衛本能だろうから、それはそれで、自然なのでしょう。

そうやって、男性が、あっちこっちフラフラしないように、奥様や、恋人が、
パートナーの手綱をぎゅっと強く握っているのでしょう。

しかし、よほどいい人材でもない限り、
よその人と取り合い、奪い合うほどの夫かどうか?
不出来な夫、持って行ってくれて、清々した、あんなヒトでも、好きになってくれる女性はいるのね、
というかんじで、不要物をわざわざゴミ収集所から取り戻してくる必要は、どこにあるのでしょううか。
今は、粗大ゴミは、有料になっている。
市や業者にお金を払わないと、ゴミを持って帰ってくれない時代。
無料で引き取ってくれる、ボランティアに近い、殊勝なお方に、気が変わらないうちに差し上げましょう。


でも、悪いのは、夫と相手のオンナだと、決め付けるのは、どうなんでしょう。
自分はこれぽっちも悪くない、女性としての魅力も十分備わっている、
で、
男性に相手にされないようなオンナが、ひっかかるんだそうな。

すばらしい。
完璧な奥様ではありませんか。
逆に、そこまで完璧だと、魅力に欠けたりするのかも。
とすると、完璧ではあるものの、それも、ある意味、反省材料になるのかも知れない。
でも、奥様方はまったく、そういうことはない、という強気の姿勢。

思うに、その自信あり過ぎが、夫にしてみると耐えられないのかも。
自信さえも、反省の材料になるのかも。

つまり、どんな立派な人も、自分は100%正しい、と主張しては、
パートナーシップはギクシャクするのでは?

なにごとも、ほどほどに。
そして、だんなさんの浮気調査も、ほどほどに。
浮気の動かぬ証拠を見つけたからといって、いい展開が待っているとは限らない。

別れたくなければ、浮気を認めるのではなく、浮気を発見しないこと。
そんな、浮気の証拠隠滅できないようなアタマの弱い夫、いっそ捨ててしまえば?(上にも書いたけれど)

口汚く相手を罵(ののし)るより、
自分が上から見下ろして、同じ位置に並ばないようにすればいいのに。

といっても、すべて、想像の世界。
「パンがなければ、ケーキを召し上がれ」レベル。

 自分はなんの被害も受けてないのに、そんなに、追い討ちをかけるように非難してもしかたがない。
が、あまりにも自分を振り返らない発言を延々と読んでいると
ちょっとフラストレーションがいっぱい。

本日、重要なゲストを迎えるというのに、こんなことを延々と綴っている場合ではない。
更新アップ、残り時間5分。
さて、今から、身を粉にして、家事労働に勤(いそ)しみます。

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しょうもないことばっかり言ってないで、はやく、家、掃除しよう。

 

 

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オンナを理解しないオンナ

2011-05-27 | 無題

オンナの敵は、オンナの話をし始めると、止まらない。

しかし、今日は、弾丸アップ時間、あと20分弱。
時間切れ、必至。

夫に浮気される妻。
発覚しているか、してないかだけの差で、多数の妻たちは、浮気されてるのでは?

外出時は、気合を入れたファッション、お化粧にもたっぷり時間をかける女性たち。
家の中では、ホームウエアか、パジャマ。
同じ人でもこれだけ違うんだから、妻より、ほんの少しでも年齢が下、ちょっぴり顔立ちが違う、
となると、目が行きますね。当然のごとく。

その外の女性に勝とうと、家の中でもバリバリにメークして、矯正下着もつけて、すばらしい衣装を身にまとい
子供や老人と一つ屋根の下に、お世話しながら、ケンカしながら、
緊張感と24時間闘える女性は、どこに行っても、どんな世界でも、勝てるかも?

夫は、こころから妻に感謝しつつ、別の面では、生活感あふれる妻より、刺激のある女性を求める。
こらこら、だんなさん。
しかし、外に刺激を求めるのは、妻も似たようなものかも?

いろんなケースがあって、イメージだけで、ものごとは語れない。
いろんな夫婦、ペアの事情があるわけだ。
それを自分の体験をもとに、同じようなケースとして片付け、アドバイスするというのは、かなり、無謀すぎはしないか?
具体的事例として、サンプル、テキストの例題扱いで、お勉強しましょう、というのならわかるが。
例題は、無限大に、カップルの数だけあるような気がするが。

不倫して、別れてほしい、と妻に訴える夫。
離婚に応じないで耐えていると、愛人宅に寝泊りするようになる夫。
でも、別れないで頑張る妻。

わたしは、ものすごく発想が貧困なので、ここのところの想像力が著しく欠けている。
今は、熱にうなされているだけで、また帰ってくる、と、じっと忍耐で待つ妻。
これは、美談?

お金の問題?
カンタンに離婚に応じると、慰謝料も養育費も、たいした額はもらえない。
離婚しないでいると、生活費は入れてもらえる。
(生活費を、入れなくなることも大いにあるだろうけれど)
そういうこと?

浮気したおしている夫を、心底、愛している?
そのあたりは、全然、わからない。
あの人は、いずれまた、戻ってくる。
夫を愛してないにしても、愛人に飽きるか、飽きられるかして、なんらかの事情で。
今までの例もそうだった。だから、堂々と家で待っていると、いい。

自分もそうだった。なので、人にもオススメ。

よう、わかりません。

と、めちゃくちゃ、中途半端状態で、時間が来ました。
すみません。

つづきは、またの機会に。
え、もう、いい、って?

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画像、時間切れにつき、なしです。 

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スロー・スタート、お粗末エンド。

2011-05-26 | 無題

さて、本日も時計とニラメッコしながらの、更新。
モタモタしていると、食事抜きになったり、次のスケジュールに支障をきたしたり。
かといって、内容は、もともと別にないのだから困る。
困るならやめればいいのに、アップしようとするから、困る。

表現って、大切。
人が、手に取ったり、見たり、そういう気にさせてくれるのは、まずは、第一印象から。
どんなに内容が良くても、人の気を引かなければ入り口にも入れない。
(もちろん、人間も、見た目が重要)

ブログも、そう。
最初の印象、そして、続けて読んでみた印象。
色鮮やかに、写真や見せ方、コピー(文章)、表現のあれこれで、楽しさ倍増。
究極のところは、内容にあると思う。
情報量の濃さ、的確さ、、正確さ、速さ、興味深さ、トレンド感、
その充実した内容が楽しく見やすく、構成されていると、
発信している人はどんな人格の人か、なんて、あまり関係なくなってくる。

そういうブログは、そういうブログとして、
それとはまた別に、ブロガーさん自身の人間性みたいなものが、わたしは、大きなポイントだと思っている。

どんなに面白おかしく、盛り立てる表現を駆使しても、根性、心根が、主柱。要。
生きるスタンス、生活の仕方は、さておき、
わたしは、底流を流れているブロガーさんの心、精神、考え方、そいうものに触れると、
感激したり、嫌いになったり。

あるブログは、嫌いな部分、相容れない部分はあるけれど、好きな部分がマイナス部分を追い越したり。
そして、また、あるブログは、ずっと嫌いなまんま、毒の魅力に負けて、訪れたり。
また別のブログは、遠くからブロガーさんを応援していたり。

小規模・個人レベルのブログは、こじんまり、お互い双方向のきめ細かさが魅力。
それはそれで、さておき、

膨大なアクセス数のブログは、それなりのことがある。
最近、加わった、わたしの興味ある分野の、お気に入りブログ、
来る日も来る日も、足と汗と根性で、ネタを拾い集め、更新されているので、毎日訪れて楽しんでいる。
写真、情報、視点、人の気づかないポイント多数、ほぼリアルタイムで、ものすごい活動力。
スタッフを何人も抱えて活動されているので、痒いところに手が届いている。
しかも、面白く、読みやすい。(写真が多くて、文字が少ないところが、うんとイイ)

無料でこれだけの情報を届けてくださる。
読み手は、こんな有難いことはない。
いつまでもネタ切れにならず、資金切れにならず、体力切れにならず、続けていただきたいものだ。


と、今日は、自分だけが楽しい、読む人にとっては、つまんないことを書いてしまった。
(いつも、ですが・・・)

毒を吐くと、場合によっては、アクセス数が増えるが、
中途半端なことを自分をかばいながら(保身付きで)書くと、つまらないものになる。

今日みたいな、単に思い浮かんだことだけをダラダラ書くと、
またまたアクセス数は、ダウンするんだろうなあ・・・

あ、今ごろ、終わりになって書きたいことが、思い浮かんだ・・・!!!

やめときます。

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今朝、実生活で、お手紙を書いたので、どうも気が抜けたようですね。

お手紙・・・、しかも、手書きで、印刷された紙の辞書を片手に。
パソコン入力に慣れてしまうと、直筆で書くと、確信が持てない漢字が、ちらほら。
まるで、英作文みたいになってます。

亀のように、ノロノロと、でも、イジワルめがねの、わたしです。

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オンナの敵は、オンナ

2011-05-25 | 人生

ここのところお邪魔している、とあるブログ。
「夫に浮気された妻たち」を救済する、ボランティア・カウンセラーのような、ブロガーさん。
姉御肌のぐいぐい引っ張るパワーで、悩み多き信者が、ぞろぞろついて来る。

ご自分の経験と、生まれ育った町の出来事だけで、客観的材料一切なし、
断定的に、ものごとを決め付ける潔さは、迷える信者のこころをワシづかみにするのだろう。
信者は、彷徨っているんだから、揺らぎない基準みたいなものが欲しいわけでして。

ところが・・・
わたしは、かなりのひねくれモノなので、この「断定」が気になる。
「絶対」、や、「間違いなく」、には、
「わたしの知る範囲では」とか、「わたしの半径数キロ範囲内では」という注釈をつけていただきたい。
だれかの言葉を引用するのであれば、文献元を示してほしい。
(そんなことは、今まで一度もないけれど)
ご自分が、教祖様なので、引用されることはあっても、引用することなどない。

ご自分の考えが絶対に正しいので、
信者たちはたちは、教えのまま、導かれるとおりに従っていれば救われるといったかんじ。

わたしが書き込みをしても、無視はされないが、事実上、無視しているようなもの。
「被害者の会」に、被害者でもない人間が、うろうろしていては、そりゃあ場違い。目障り。
宗教の違うもの同士が、お互いの経典、教義を押し付けあっているようなもの。
(わたしは、決して押し付けないけれど)
「ここは、子供の来るとこじゃないよっ。お子チャマは、とっとと家に帰ってアメでも舐めてなっ!!」
ってかんじでしょうか・・・

漫画で読んだ、見世物小屋の主(あるじ)のセリフが、浮かんだ。
(なんで、わたしは、こんなにストック・イメージが貧困なんだろう・・・)


それはそれとして・・・
わたしが、うんざりするのは、
とても狭い範囲のなかで、上の人を見て妬み、足を引っ張り、
下の人を見て、侮蔑したり、そういうことを無意識にしていること。

(わたしも、実は、そーゆーこと、よくやっている???
開き直れば楽になる・・・が、潔さが、いまいち不足、
ポジティブ・パワーが足りない、わたし)


離婚の提案には、そんなことが出来るのは恵まれている人だけだ、と言い、
夫と浮気している女性のことは、哀れな貧乏な卑しいおんなたち、と決め付ける。
経済的に、生活維持のために離婚はできない正妻をかばい、お金を入れてもらえるようにアドバイスをする傍らで、
夫と付き合っている女性たちは、カネめあての、薄汚いおんなたちだと糾弾する。

経済的理由で離婚できないということを責めているわけではない。
(むしろ、同情するが、そういう目線は、失礼かと)
自分たちは、お金のせいで離婚できない気の毒な人種であると主張する、その舌の乾かないうちに、
夫の相手のおんなたちは、自分たちとはまったく違う、お金目当ての下賎な人種と決め付けるあたり、
わたしには、どうも、納得がいかない。
両者、どこが違う?

正妻と、不倫相手、二人分のお金を払えない、稼ぎのよくない夫を、二人で取り合っている。
(ひとりを養うならいざ知らず、二人分には、ちと足りない。
そんな中途半端な男性にしか、経済的援助を受けられない正妻って、・・・・???
正妻が気の毒なら、不倫相手の女性も気の毒なはず。
なんか、よくわからない。

(※本当にどうしようもない理由で貧困にあえいでいるケースは、ここでは言及していません)

夫に頼り切らずに、自分もパートに行くなりして、稼げばいいじゃない?
(「パンがなければ、ケーキをお食べになれば?」発言になってます?)
自分の生活の質を落としたくなくて、相手の女性を蹴落とすのは、防衛本能か?

こういう時に、必ず、子供を武器にする。
じゃあ、相手の女性も子供がいたら?

なんか知らないけれど、自分の形勢が不利になると、急に弱い立場(経済的に弱者で、子供がいること)を強調し、
形勢有利になると、相手が弱って倒れているのに、まだ上から踏みつける。
きっと相手が死んでいても、お構いなしで、ぎゅーぎゅー踏みつけ続けるんだろうなあ。

 
悩んでいる皆さんが救われたら、それでいいわけで、
なにもわたしが、うろうろする必要はまったくない。

というか、こんなことをうだうだ書いているわたしこそが、
オンナの敵、そのものだろう。

おんなたちにとって共通の敵を見つけ、彼女たちが団結して戦ったら、
わたしとしては、社会のお役に立っていることになるんだろうか・・・・

 

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みなさん、がんばって。
(今日は、「がんばろ」じゃないんです。)

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王様のお料理教室

2011-05-24 | 日々のこと

よそさまのブログで、不毛な書き込みしていたら、遅くなってしまった。
ああ、もう・・・時間がない。
ブログ更新・弾丸アップは、事故が多いので、できれば避けたいところ。


昨夜から、野菜ばかり。
にわかベジタリアン。
というか、家にお肉、ないの?
「申し訳程度に、お肉が入っているので、ベジタリアンとは言えない」
と、次女R。


まずは、野菜スープ。

キャベツ、にんじん、セロリ、トマト、生シイタケ。
玉ねぎも入れようかと思ったけれど、もう出来上がったあとだったし、面倒くさかった。
それに、玉ねぎの在庫が少ないので、キープ。
卵も追加しようかと冷蔵庫から出したものの、放置。やめ。

ちょろっと、鶏肉。
薄味。
病人食みたい。


お次は、サラダ。

レタス、水菜、ブロッコリー、グリーンアスパラガス、それぞれに、
セロリ、大根、キュウリ、トマト、ちょろっとハム、の和え物(といっても、基本は塩味)

これまた、卵もプラスしようかと思ったものの、突き動かされるものもなく、やめ。

このサラダ、次女Rは、見向きもせず。
そうやろうなあ・・・
細々、わたしは一人で、放牧された馬か、牛のごとく、草系ばかり黙々と食べる。
あんまり美味しくないけれど、作った人物は、わたしなので、文句は言えない。

次女Rの、「食べない」という、無言の苦情の威圧感。
「食べたくなければ、食べるな!」の高飛車スタンスは、このご時世、ツライものがある。
で、わたしは慌てる。

そこで、とっておきの、新聞切り抜きレシピに初挑戦。
その切抜きを見たR。
「えらいまた、カンタンな作り方やなあ」
と、いたって正直な感想。

そうなんです。カンタンそうだから、わざわざ切り抜いて、取っておいたんです。

夜も遅いので、5分以内に作り終えないと、食べない、とRが脅す。
猛スピードで作るものの、時間切れ。
そりゃあ、できないよ、野菜を洗うところからのゼロからのスタートだもの。

翌日の朝食に、食べるということで、作るスピードをゆるめた。
ゆっくりモードに切り替え、のんびり、チンゲン菜を蒸して、ミンチを炒める。
家にある調味料を混ぜて、煮立てて、片栗粉でとろみをつけて出来上がり。
(本当は、レシピにある「テンメンジャン」という中華調味料がなくて、味噌と砂糖でごまかした)

それだけなんです。
これ、わざわざ大きく紙面を割いて、紹介するほどのこともないと思うけれど
わたしのような読者もいるので、正解かも?

さあ、「チンゲン菜のひき肉あんかけ」の出来上がり。

今朝、それを食べた次女R。
「思ってた味と違う・・・」

いいのいいの、美味しかったやん!!

本邦初、わたしの人生、最初の作品「チンゲン菜のひき肉あんかけ」。
料理経験ゼロの人も、小学生も、誰でもできます、オススメです。

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タイトルは、「王様のお料理教室」にしました。
わたしは、女性なので、「女王様」「か「王女様」でもよかったのですが、
ニュアンス的に、ここは、「王様」。
「裸の王様」とかのような、でぶっちょで、マヌケっぽいイメージです。

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サラダボウルのおんなたち

2011-05-23 | 時事&世の中

あるブログに、久しぶりにお邪魔した。

最近は、ご無沙汰気味なんだけれど、今日は、なんとなく。
「婚外恋愛 被害者の会」のような 暗黙の結束を感じるブログなので、
わたしは、まったく部外者なのだが、ブロガーさんの文章表現が面白いのと、
わたしが、別の関係ない分野で、
(例えば、知人に、「こんなこと言われました~、わ~ん」、とか、子供じみた落ち込み)
弱気になって、ウジウジしているときに、ちょっと励ましてもらったりして
元気を分けていただいている。

最近、落ち込むようなこともなく、わたしは、いたって快調なので、あまりお邪魔することもなかった。

このブロガーさんは、ご主人の度重なる婚外恋愛で、深く傷つき、辛酸をなめたものの、
健気に立ち上がり、再生されたキャリア、ノウハウを、同じような目に遭った奥様方にレクチャーされている。
ご自分の経験に基づき、同じ立場、目線で、問題解決をサポートする、ボランティア・カウンセラーみたいなものだ。

なので、ブロガーさんをはじめ、ほぼ全員が、夫に浮気された、被害者の奥様方。
痛みを分け合い、目線が、ひとつの方向に、全員一致で向いているところが、スゴイ。
法で保護された「正妻の座」ということで、
何が何でもすべて正しいのは、奥様という黄金セオリーで、始終一貫、統一されている。
加害者(夫と、相手)は、悪、被害者(妻)は、正。
被害者にはなんの落ち度も、なにひとつとしてない、・・・・ように見受けられる。
夫が婚外恋愛に走った家庭の原因究明などは、いっさい行われないところが潔い。

もちろん、ご主人の家庭復帰、家庭回帰、家庭再生を目指し、
同時に、奥様方の精神的ダメージの軽減を目的としている。


サンプル・イメージや、話の登場人物モデルが、非常に統一感がある。
なんというか・・・うーーーん・・・なんというか・・・その・・あの・・・・・うーーん・・・

わたしが小さいころ?(若いころ?)読んだ漫画か、テレビドラマの雰囲気と少し似ている。
そして、いま、昼メロで、ウケ狙いがありありとわかる、デフォルメされた、演出、脚色の、愛憎劇、
あのテイストに共通するものがある。
事件が繰り広げられる舞台が、都心部とは、けっこう離れた長閑(のどか)な地であること、
地域的な特徴も加味されているのかも知れない。
べつに、わたしが、自分は都会の洗練された人間だと言っているわけではない。
わたしも田舎もんだし。

田舎もんが、悪いといっているわけではない。
田舎もんには、田舎もんの良さがある。
わたしのまわり近親者は全員、生粋の田舎もん。
なので、わたしも当然、田舎もん。
みなさん、田舎もんだと自覚していないみたいだけれど。


ま、それはそれとして・・・

そのブログに話を戻そう。

地域性だけでなく、わたしが理想としてる描いているイメージ、方向性と、真逆なわけだが、
いくらアタマで考えても、現実とはこういうものだろう。

フェミニズムの権威で、社会学者の上野千鶴子さんは、
あくまでも学問として、女性を社会的に研究する人だ。
実際の家庭や、職場での現状を目の当たりに見て、肌感覚で知っておられるわけではない。

学問と現実には、大きな大きなギャップがあるということだ。
だが、このギャップを、知ることから始める。
一朝一夕には、埋めようもない、大きな溝ではあるけれど、
知ると知らないでは、大違い。


ただし、義務を放棄して、権利ばかりを声高に叫んでもだめ。
自由ばかりを求め、責任を放棄しては、片手落ち。
やることをやってこそ、目いっぱい、口いっぱい、言いたいことが言える、というもの。
言いたいことを言ったからといって、その要求が通るなんて思ったら、これまた甘い。
それから、イバラの道が待っている。

やる気がないんなら、現状で満足すべき。
やる気があるけど、行動、実践しているけれど、現状に満足できないなら、継続すべき。
継続しているのに、現状に満足できないなら、別の手を考えるべき。

知力、体力、精神力、フル回転すべき。
それでもダメなら、時機を待つ? 時代の到来を待つ?

待ってたら、死んじゃいます。
あるいは、待ちに待った時機が来ても、もはやヨボヨボで要介護の身。
アタマはもちろん、耳も目もかすみ、気力も失せてることでしょう。
そうなる前に、渇望したまま、志を、貫き通すことが出来ないまま
かっと目を見開いたまんま死んだほうが、まだまし?

いえいえ、別の人格になり、こころ安らかに、余生を送るのも悪くないかも。
ただし、QOL(Quality of Life 医学的な意味での、「生活の質」)は、維持したいけれど、
ままならないこともあるでしょう。


おっと、またもや、話が逸れてます。

同じ女性でも、いろんな人がいるってことです。
いろんな場所で、いろんな生き方をしている。
環境は、考えを左右する。
同じ立場ではないのに、同じ意見や感想を求めることは不毛。

なので、サラダボウルのように、いろんな野菜たち、混ざらないけれど、
色とりどり、いろんな種類をおいしく食べて、健康になればいいなあ、って、
そう思う。
人種の坩堝(るつぼ)のアメリカ、いろんな人種が共通文化を形成し、
サラダボウル(salad bowl)に例えられるそうだが(なかでもNY)、それは、
「混ぜても決して溶け合うことはない」 という共存共栄のスタンスかららしい。

さまざまな人々の調整、協調が、これまた難しいんだけれど。


で、話に、まとまりがなく、長いだけになったけれど、そういう日もあるってことで、
ここで、おしまいです。

 

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みなさん、がんばりましょ。

 

 

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労働家畜って、誰のこと?

2011-05-22 | 暮らし

本日、日曜日、ゴルフに出かける夫。
お迎えの時間待ち。

早朝に出発することもあるのに、今日は、なかなか出かけない。

何気ない会話の中に、トゲがチクチク。
今週末に我が家にゲストを迎えるのだが、料理のことでわたしは、悩んでいた。

そこで夫の、一言。
わたしが料理が下手なことや、悩むほどのレパートリーは存在しないこと、
夫の叔母のビーフシチューがいかに美味しいか、とトドメのパンチ
で、わたしは、火を吹いた。

「そんなに美味しいなら、一度、自分で料理に挑戦してみたら、いかが?」と、コメカミ、ぴくぴくのわたし。
「俺は、延々、長時間、働いている。そんな時間がどこにある?」と、お定まりのお言葉。
これさえ言えば、敵は黙る、と思っている、黄金の一言。

ゴルフや、浴びるほどお酒を飲む時間はあっても、家事や、自分の身の回りのことに割く時間はないらしい。

社会学者、女性学の権威、東大教授、上野千鶴子先生なら、簡単すぎて取り扱ってくれそうもない、
フェミニズム入門、入り口あたりの、典型的な例題「その1」、のその前、みたいな具象。

ま、それはいい。
カチンときたわたしは、とりあえず、ふて腐れて、一時もその場に居たくなくて、
「東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ」(遙洋子 著)を持って、2階の部屋に引きこもった。
上野氏は、わたしの救済主、著書はバイブルだ。
(ただし、一般人向きに、わかりやすく書かれているモノ)
彼女の切れ味のいい、歯に衣着せぬ理路整然とした理論は、
こころのモヤモヤが、吹っ飛び、すっきり、爽やかに霧が晴れる。

妻という身分、労働家畜のわたしは、そうだったのか~と、目の前が、ぱ~っと明るくなる。

そうこうしているうちに、次女Rもそろそろ起き出し、ダイニングへと向かった。
鬱陶しい、妻に一撃を加えた夫は、まだ居た。
いつになったら出ていくんだろう?

ついに、わたしがしびれを切らして、「何時に、お迎えが来るの?」と一言。

夫も察してか、「早く出て行け、ということか?」と。

お天気も、今にも雨の降りそうな雲行き。
わたしとの雰囲気も、戦争・勃発前の不穏なあやしい雲行き。

さすが、夫婦。
けんかもアウンの呼吸。火蓋は、切られた、と感じたその瞬間、

銃声が轟く直前に、玄関のチャイムが鳴り、危機はどうにか回避された。

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掃除だけでも、気が重いのに、お土産や、食事の献立。
家事、大の大の大の苦手。
アタマ悪くて、とろとろ行動のわたしには、自宅に重要ゲスト宿泊なんて、
日ごろ、怠け呆けているうえに、
試験勉強していないところに、テストで能力を白昼のもとに曝(さら)すようなもの。

崖から突き落とされているかんじです。 
あぷあぷ。


ちなみに、
夫とのケンカは、長年、回避され続け、今日の、魔物に変化したわたしがあります。

 

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