蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、花咲く時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

夏は暑いが、暑くない人もいる

2017-07-31 | 日々のこと
暑い一日だった。
母と久しぶりに顔を合わせると、なんと毛糸のベスト着用。

母「あんた、そんな薄い服で大丈夫?
短いズボンで足、寒くないの?」
わたし「世間は、汗ダラダラやで」
母「今、何月なん?」

わたし、はあ〜、と溜息。
室温調整の楽園は、ぼけるとよく聞くが、ご多分にもれず。

色々お話、近況報告。
15分に一度は一旦、元に戻る。
話をまた始めからスタート。
結構、たいへん。
積んでは崩し、積んでは崩し。

ここ三日間、自治会のイベントで、早朝から夜遅くまで、役員は作業が続いた。
初日、金曜日の朝は6:30集合だったが、うちの宅配牛乳を取り入れ忘れ、今朝、気づいた。
三日間の猛暑にさて、牛乳は?
ぷっくり蓋は盛り上がり、開けてみると、もわっとヨーグルト。

脳の保存メモリー容量がいっぱいになり、金曜日、朝には、牛乳を取り入れることは、完全にアタマから飛んでいた。

色々、勉強になった三日間であった。
ブログネタをどんどん仕入れた。
自動的に、目に見るもの、映るもの、聞こえるもの、順々に次から次へとネタが入ってくる。
地域自治会の活動を通して、少子高齢化社会の未来が見えた気がした。

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老人との会話

2017-07-28 | 老い
久しぶりに、姑に会った。
ひ孫と初ご対面で大変、喜んでいた。
良い光景だと思った。

しかし、話が、まだ結婚していないほうの孫(わたしの子供)のことになると、、、
「早く結婚させなさい」と。

わたしは、このフレーズを聞くと、とたんにストレスを感じ、感情が逆噴射する。
夫はさすがに最近、この禁句を言わなくなった。
説明するのも、神経が磨耗する。

姑は、当たり前のことを当たり前の感覚で言っているのだろうけれど。

引きこもりの成人の子供を持つ親に、「早く、就職させなさい」と言っているようなもの。
登校拒否の子供に、「早く学校に行きなさい」と言っているようなもの。
給料の安い、ウダツの上がらない人に「早く出世しなさい」と言っているようなもの。
条件の悪い職場で、出口なく仕方なく歯を食い縛って頑張っている人に、「早く、労働条件を改善してもらいなさい」と言っているようなもの。
慢性アレルギー疾患で痒がっている子供に、「早く、病気を治しなさい」といっているようなもの。
なかなかオネショが治らない子供に、「早くオネショを治しなさい」といっているようなもの。

できるものなら、とっくにしてます。
できないから、悩みながらも頑張っているんじゃないですか。
自分たちの時代がそうであったように、時代が変わっても当たり前みたいに、当然出来るものとして、自分の価値観を押し付けるのは非常に鬱陶しいこと、この上ない。

全くわかっていない。
良かれと思ってアドバイスしているつもりが、逆効果。
確かに、以前は、姑や、姑の姑のアドバイスは、有り難く役に立った時もあった。
が、今の時代になって、前の時代の考え方や方法は、適応しなくなっている。
いつまでもいつまでも、未来永劫に、方法や行動、生態は同じではなく、変化がある。
途中まではアドバイスは活きるが、それからは、NG。
時代の流れを理解しない発言は、効力を持たないどころか、有害である。

孫に幸せになってほしいという思いはわかるが、「結婚が幸せとは限らない」という価値観そのものが理解できないようだ。

しかしながら、頭から火を噴いて、目くじらを立てるのも、暑苦しい。
少しアタマのネジが切れかかった、聞きたいことしか聞こえず、聞きたくないことは聞こえない、老年変化を遂げている人には、わたしのように義理の関係ではなく、実の子供でもないと、まともに相手できない。

アタマが天国に近くなっている実母の話は、最近、こころ乱されることなく聞けるようになった。
人に強制されて、とか、義務感で話を聞いているのではなく、自主的に、自由に自然体で接することができるようになった。
実母が、生々しい現実の世界から、すっと手を離しているからだろう。
権力や色んな欲に、しがみついていないように思う。
人に意見したところで、自分は何が出来るでもない、それをよくわかっているのだろう。
姑は、まだ自分はしっかりしているという気持ちが強い。
現実はそうでないのに、理解していない。
老いると、ほとんど100パーセントに近い人は、そういう傾向にあるらしい。
しかし、この、「現実」と「自分の思い」とのギャップを認識しない勘違いは、生きる気力、迫力、意欲にもつながる。

(中には、老いているわけではないのに、ふと手綱を緩める人もいる。
もう現世にはほとんど執着心はないように見える。
それはそれで、心配である)

と、思いっきり、濁った思いを吐き出し、すっきりした。
だが、で、どうなんだ、という結論が欲しい。
ところが、スキッとした結論が見えない。

いずれ自分もああなる。
もう、すでに何歩か足を突っ込んで進んでいるに違いない。
人を見れば、自分だと思えばいい。
現実はそういうものだ。
なんだか、哀しいなあ。

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めんどくさい人

2017-07-27 | ブログ
わたしの別SNS日記に、自己主張を繰り返す人が、まだ昨日に引き続き、今朝も連続コメントあり。
いいかげんに、うんざりした。

意見はわたしと正反対なのであるが、ご自分の主義主張を連ねる。
正反対なんだから、意見が分かれて、それでいいではないか、と思うのだが、ダメなんだろうか。

なにも、プロジェクト推進チームのチームメイトではない。
いろんな意見がありますね、意見交換、話し合いは活性化されました、はい、よかったね、
で、わたしはよいと思っている。
たんなる、一個人の一日記であり、特定の事柄や人物を中傷、否定しているわけでもなんでもない。

あれが好き、これが好き。
リンゴか、ブドウか、みかんか?
どれが好きでもいいと思うのだが。
同じ甘酸っぱいのでも、みかんはダメで、パイナップルでなければいけない!
なんて、どうでもいい、個人の嗜好の問題。
好き勝手に言う自由議論時間は終わり、「はい、まとめ、総括に移ります。賛否、挙手お願いします」という流れではない。
出口、出たとこで、自然解散の流れ。
まだまだ、あーだこーだ言われると、メンドくさい。

「みんなそれぞれに、意見や好みがあり、それぞれの信念で暮しておられるようで、皆さん、よかったですね」
では、納得しないようだ。
じゃあ、どうコメントすればいい?

「あなたのおっしゃる通りです。
これからは、わたしは信念を変え、あなたの信念に賛同し、それに沿って生きていきます」とでも宣言すればよいのか。

わたしとしては、常識温度がわたしとは合わない人物として、マーキングしたに過ぎない。

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自己主張を繰り返す人

2017-07-26 | ブログ
今日は、電車での行き帰り、とある別SNSに書いた日記の、コメントのやりとりに追われた。
熱くなる人がいて、何度もご自分の主張を繰り返しコメントしてくる。
何度かわたしの意見を書いたが、ややこしメンドーなので、相手の主張を復唱した。
復唱しただけであるが、まあ、認めたと受け取られるかも知れない。
それはそれでいい。
なんだっていいのだ。

元々、わたしの日記に書いていることは、単なる一個人の現在の感想や意見なので、正解は人の数だけある。
宇宙の果てまで古今東西に通じる真理でもなんでもない。

しかしまあ、世の中にはヒマな人もいるものだ。

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初対面の女性

2017-07-25 | 暮らし
昨日、初対面の70歳ぐらいの女性に、更衣室で話しかけられた。

小学生二人の女の子のお孫さんが、いるそうだ。
自宅から5分のところに娘さん一家が住んでいるらしい。

孫も、小学生でも真ん中あたりに差し掛かる中学年ぐらいになると、なかなか好みが難しいとか。
お裁縫の習い事に、二人連れていく、とおっしゃっていた。
今は娘さんは14時までパートに出ているけれど、今までは、保育所や学童保育などには行かせたことがない、と。
この方も、それが、娘はちゃんと家に居て(外に出て働かず)孫に寂しい思いをさせないことが誇りのような、そんなニュアンスを感じた。
この世代はやはり、これがスタンダード?

よく聞いてみると、娘さんは別に子供を保育所に入れてまで働くような、特別なキャリアがないし、とのこと。
なるほど。
この女性は、見栄を張らない率直な方だと感じた。

(蝶ブログの前の記事にある、息子の嫁を嫌うジイさん、ひょっとして、息子の嫁のキャリアや仕事が、親に負担をかけさせるほどの、たいしたものではないと感じているのかも知れない、と、ふと思った)


わたしのような、初めて見る人物に、すらすら私生活を語る。
女性にはありがちかも。
自分の生活圏ではない、趣味の場所で、利害関係のない人との、ちょっとしたおしゃべり。
早く帰らないと、孫が来るので、と、彼女は急いでいた割には、急ぐのはわたしで、片足を更衣室、もう片足を室外に向けて、話の切れ目を探し、逃げ出すスタンバイ。
いつまでも、お付き合いできれば良いのだが、私も時間に追われる身。

しかし、おしゃべりって、みなさん、好きなんだなあ。
(わたしは、個人情報公開しない派だけど、話したい人にはお話は聞く)
趣味で発散、おしゃべりで発散。
良い老後とお見受けした。
(これ、またまた上から目線になっているやも? ドンマイ)

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マイナス感情のエコ・チャージ

2017-07-24 | 暮らし
昨日は、一日中、暑い部屋で精神鍛錬をした。
で、こころが、鍛えられた。
しかし、真隣の部屋ではエアコンがんがんで、扉一枚、隔てただけのダイニングは、暑かった。
汗だくになりながら、隣の涼しい部屋にいる同居人を呪った。
エコ精神で、昨日の朝、風が通る日、あまり暑くないならエアコンをつけなくてもいいのでは?と言っただけ。
そのせいで、隣の広い部屋に移動してエアコン稼動の同居人。
あちらは涼しげ北海道、こちらは、汗だく赤道直下。

わたしも隣の北海道に行けば良いのだが、意地がある。
反エコの同居人の行動に、こころから腹が立つ。
神様は、またもや別のプレゼントをくれた。
仲良し夫婦ほど、どちらかが先に逝かれると辛いものはない。
その点、一人残された悲しみを今から半減させてくれるために、あまり悲しまなくてもよいように、下準備してくれている。
仲良しじゃないから、恨みをいっぱい抱えているから、先立たれても、悲しみは減少されることだろう。
結果的に、悲しみを軽減させるための、生きている間に、マイナス感情の蓄えをしているようなもの。

昨日、一日中、恨み続けた、マイナス・チャージで、まあまあ負のエネルギーは蓄積できたかも。
積年の怨念にまで発展しない、ミニ・ライト感覚・怨念。
エコ・チャージ。

そうやって、喜怒哀楽、愛憎劇は、感情の積み重ねや、その時、一瞬一瞬の、紙一重のバランスの上に立っているのだろう。

ただただ恨むだけでは、虚しく意味がない。
エコ精神で、恨みもチャージして、一人残された時の、差し引き、相殺の材料にしよう。
転んでもタダでは起きない主義。

これって、決して爽やかな提案でもなんでもないので、皆さんはマネしないようにしてください。

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自分は変わらず、周りが変わることを望む人

2017-07-23 | 暮らし
「息子家庭を助ける、立派な母親」をブログで書いた。
老いた親や、共稼ぎ息子家庭の赤ちゃん育児サポート、で、妻ばかりに皺寄せが行っている。

孫の世話?
別に嫁まで働かなくても、息子の稼ぎで食べていけるのに、なんで子育てを親の手まで借りて、息子の嫁が働く?
年寄りの世話が優先だろう?
第一、オレの世話は、どうするんだ?
オレは、物分かりがいいから、妻には、ちゃんと協力的で、駅からカエルコールもしている。
オレは、妻が旅行などの不在の時は、ちゃんと自分のことはしている。ちゃんと、ね。
普段は、山歩きの集まりと、趣味の庭いじりに忙しくしているオレなのに、妻が時間に追われ、我が家のことも大変そうでも、文句も言っていない。
厚かましい、息子の嫁が憎たらしいだけだ。

という、自分では優等生ジイさんのつもりだろうけれど、自分のライフスタイルを変えずに、皺寄せ、負担を妻に強いて、負担を強いた「息子の嫁」を非難する。
これは、正しいのか?
ジイさんが、協力して自分宅の家事をする、という選択肢はないのか?
あくまでも、自分は汗をかかず、不満だけ言うのは、いかがなるものか。
もし、これが娘の育児サポートなら、娘の社会活躍を応援するため、裏方から労的援助するのではないか?
息子の嫁だから、援助する気にならないのか?
(そもそも「女性が社会で働く」という意味の捉え方が完全に時代遅れ。
息子の嫁の性格や行動にも左右されるだろうけれど)
直接、赤ちゃんのおしめを替えたり、サポートしなくてもいいから、妻が育児サポートに行っている間や、老親の世話をしている間、自宅の家事を分担しようという気にはならない世代のようだ。
世代間ギャップがあるから、わたしとは関係ない話だが、夫婦でお互いそれでよいのなら、なんの問題もない。
しかし、夫婦に問題がないと思っているのは、ジイさんだけではなかろうか。

その夫婦の会話を聞いていたら、奥方の賢夫人は、絶対に、そのジイさんを褒めない。否定的な発言が多い。
でも、ジイさんは、それに全く気づいていないように見える。
あえて知らん顔をしているだけかも知れないが。

人の家庭ではあるが、息子の会社がイクメン事情を解さない体制なら、サポート側が全面的に協力できるよう、親家庭のシステム、役割を見直せばどうかと思った。
イクメン育成が無理な会社に勤めている、息子の宿命は変えられないとしても、親が、しかも、リタイアして遊んでいるジイさんが、ほんの少し、自分の家の家事をシェアするだけで、諦めと溜息だけの事態から、変化を生むことができる。

要は、そのジイさんは、リタイアして、家事なんて嫌なんだろう。
一番、世の中の変化をわかってないないのはジイさんであり、自分は変わりたくないせいで、社会で自分を生かそうとする息子の嫁の動きを止めたいのだろう。

世の中の変化に柔軟に対応できず、世の中は変わっても、自分の周りだけは変えさせないことを望む。
自分が変われないなら、周りだけが仕方なく変わる。
自分は、絶対に変わらない。変わりたくない。変わる努力もせず、周りを非難する。
変われない。
それが、老人というものだ。

ふと、気づいた瞬間だった。

まあ、わたしには無関係な家庭ではあるが、ひとつのセオリーを認識した。

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忍耐力を養う休日

2017-07-23 | 暮らし
日曜日の朝から、鬱陶しい。
気分が滅入る。

朝、起きてリビングに行くと、大音量のTV、エアコンに扇風機、稼動中。
朝なので、まだ結構涼しい。
同居人物は、お一人さまで、くつろいでおられた。

「えらいまた大きい音やねえ」
と言うと、彼は少し音を下げた。
最初が本当に大きかったので、二段階、下げてもまだ大きいぐらいだが。

「まだ、朝やから涼しいよ」
と、彼に付け加えると、
「今まで窓を開けてエアコンつけてなかったけど、暑いから今つけたんや!」
と逆切れし、テレビとエアコンと扇風機を切って、わたしを残し、ぴしゃりとドアを閉めて、隣の部屋に移った。

隣の部屋は、今までいた部屋の2倍の広さがあるので、エアコンも大容量。
一人だけで、その部屋で大容量エアコン。
隣の、エアコンを切られた閉め切った部屋に残されたわたしは、朝からたいへん気分を害し、自分の部屋(元、息子の部屋)に引き戻った。
二階だが、まだ風も入り、涼しい。

※ちなみに、わたしは、エアコンを毛嫌いしているわけではなく、暑さの我慢の限界が近づくか、あるいは複数人数、または、来客用、そういう時は、つけたらいいと思う。
日常には、エコ、節約を心がけている。
たいした暑さでもないのに大きなエアコンをかけ、室外機周りは熱風。
地球温暖化環境に良いとは考えられない。


せっかくの日曜日、気分悪いスタート。
世の中のご夫婦、ご家族は、よく頑張って協調しながら暮らしておられる、と、その大変さ、努力を想像した。
まして、リタイアした夫婦が毎日、家に居て、四六時中、顔を付き合わせる、もしくは、同居の義理の親も居たりすると、相当のこころの鍛錬を必要としそうだ。

室温の好み、音や番組の好み、
食べ物の好み(メニューや食材、調理方法、食事時間の好み。熱い、冷めている、の温度の好み。薄い、辛い、味の好み。堅い、柔らかい、食感の好み)
言い出すとキリがない。
ちょっとした基本的な生活の価値観のズレから、全ての分野にズレが生じる場合がある。
皆さんは、愛情、愛着と馴れと忍耐力で、クリアしているのだろう。
わたしは、どれも劣等生。
改善、改革などの努力をせず、目をつぶり自分に言い聞かせ、月曜日が来るのをひたすら待つばかり。
やがて本格的にやってくる、毎日サンデーになったら、いったいどうすればよいのだろう。

世の中には、リタイア後、避暑地暮らしなど、夫婦で移り住み、夢を実現している夫婦もいる。
夫婦の考え方、スタンス、いろいろあるなあ、と溜息。
今までの延長が今日で、今日の延長が近未来であるわけで、根本を見直さず(とっくに見直して、原因、現状、現実はよく把握している)、その場しのぎでガマンしているわたしには相応しい、今日の待遇、リターンである。
問題先送り、劣等生の見本のようなわたしだ。

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息子家庭を助ける、立派な母親

2017-07-22 | 暮らし
とあるAさん。
人生ステージがわたしとまったく同じ状況の中に置かれているが、正反対。ま逆。
よくこんなに違うものだと感心する。

年齢は、Aさんのほうが、わたしより7歳ぐらい上。
近くに住む90歳のお母さんのケアをしながら、お孫さんの保育園のお迎え、世話をしている。
コーラスなど、趣味には、今は時間が取れない模様。

お母さんには、頻繁に通う病院への付き添いをし、お母さんが一人住まいの実家に週に何度かの泊まり込みをする。
かたや、つい最近お孫さん(次男の二人目の赤ちゃん)が生まれたため、毎日、15キロほど離れた次男宅に昼ごはんを作って持っていき、上の孫の保育園のお迎えをし、夕食やお風呂などの世話をして帰ってくる。

次男の上の孫の時もそうだったらしい。
次男は共稼ぎで、お母さんのサポートを見越して親の近くに越してきたそうだ。

しかし、Aさんの旦那さんに怒られるとか。
生活が苦しくて共稼ぎするならともかく、そうでもないのに嫁が働き、子供の世話を親に託すなど、もってのほかだ、と。
こちらは、年寄りを抱えているのだから年寄りを優先すべきであり、若い世代のことは若い世代がすべきだ、と。
孫と母親の間で板挟み状態で、しかも、夫の顔色を伺いつつ、、、。

あれまあ、たいへん。
聞けば聞くほど、状態は同じなのに、わたしとは違いすぎる、この賢夫人、Aさん。

わたしの場合は、娘婿がイクメンなので、二人夫婦で子育て。
わたしは、出る幕なし。
どうしても二人とも出来ない時の欠員メンバー、臨時要員としてスタンバイ。
あくまでもスタンバイであって、実際の稼働は少ない。
できる限り自分たちでやろうという、彼らのスタンス。

孫がたいへんな時は、夫に手伝いを要請するが、夫には「孫より親を優先しろ」などとは言われない。Aさんの旦那さんと比較すると、断然、夫は協力的である。
しかも、Aさんは旦那さんの食事の用意も手を抜かない。
もうリタイアして趣味に興じる旦那さんの、駅からカエルコールがあると、自宅に着いた頃は、食卓にはお惣菜のお皿が並んでいる。

なんとまあ、主婦の鑑のような人だ。
こんなに頑張っているのに、頑張り度合いやバランスまで、夫に口出しされて、気の毒だ。
旦那さんは、次男の嫁を嫌っているようだ。
たぶん、年寄りを抱えて忙しい、自分の妻(嫁からみると姑)をこき使って平気な神経が嫌なのだろう。

わたしは、この一家、端から端まで、わたしと共通点がないと感じる。
わたしは頑張らない主義。
要請されないと動かない。
食事を作って遠く15キロも離れた息子の家になど、絶対に持って行かない。
日頃、気働きしないわたしが、やり慣れないことをすると、ストレスと過労で倒れて、みんなに迷惑をかける。
うちの孫たちと同じ年頃なので、生まれたばかりの赤ちゃんと幼児の同時世話は、大人一人では確かにたいへんだということは、よくわかる。
(わたしは普通に複数子供、同時子育てをこなしていたが、我々世代では常識だったことが、今の世代では非常識のようだ。
自分の常識を振りかざして価値観を押しつけるのは、わたしはイヤ)

うちの場合は、やはりイクメン婿の存在が大きい。
どこともそんなイクメンパパばかりではなく、イクメンになれる働き方ができる会社は、やはり恵まれているのだと感じる。

会社の融通が効かない分、親が手伝わなければ仕方ない。
イクメンに優しくない会社に娘婿が勤めていなければ、わたしも有無を言わさず頑張らざるを得なかったかも知れない。
サボりのわたしに、たまたま、イクメン育成環境が整っていたおかげで、サボりスタンスをキープできたと見られる。
息子さんの働き方の状況が違うので、うちと比べても意味がない。
出来ない状況の人に、「あなたもやれば?」と厚顔無恥まるだしで勧めるほど、わたしは無神経にはできていない。

長々と書いてきたが、根本的に、息子の嫁と、娘では、まるで違う。
息子の嫁は同性であるが、義理の関係。
やり方や感性、世代ギャップは大きい。
過去を振り返ると、わたしの場合は、最高得点のよくできた姑と、最低得点のデキの悪い嫁の組み合わせだったから、うまくいった。
そのわたしが今度は、最低得点の姑になるのだから、嫁はどんな嫁でも最低の組み合わせになるだろう。
現在、最低得点の姑(or母親)であるわたしと、最高得点のイクメン(or娘)との組み合わせになっている。

サポートするのが娘家庭ではなく息子家庭の場合、わたしなら、嫁の親にお願いする。
嫁の親が身動き取れず出来ないなら、重い腰を上げて嫁の要請を受けて、嫁の指図で動くだろう。
自主的には行かないと思う。
嫁のキャラクターにもかなり左右される。


Aさん、さぞや、大変だろうと想像する。
夏は緊迫した状況に追われて頑張るが、秋になってひと段落して寝込まないことを祈るばかりだ。

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悲しみや不幸を和らげるプレゼント、欲しい?

2017-07-21 | 人生
あるブログに紹介されていた、「アイデンティティ」について。
とても感銘を受けて、ぜひ記事にしようと書いていた。
が、途中まで書き、読んでみると、読む人にとっては面白くなさそうだと感じた。
で、下書きに保存したままにしている。

自分の考えをまとめるため、書いていたが、思いをわかりやすく書けていないため、保留。
うまく表現できなくて、自分が面白くなくなっているだけだろうけれど。
また、じっくり時間がある時にまとめてみるか。
(時間がある時には、そんな気にならないことがほとんどだが)


そもそも、自分のアイデンティティは、何だろう?
歳や、置かれている環境によって変わるのだろうか。

わたしは、どこか冷めているところがあるそうだ。
自覚あり、だ。
どんな状況になっても、生きていけるらしい。
力いっぱい生きていないからだろう。
一人遊びが出来るから、とか。
しかし、超高齢になったら、気力が湧き上がらないかも。
その分、ボケが進行して、悲しみや不幸を理解できないかも知れない。
神様からのプレゼントなら、喜んで、とはいかないにしても、いただいたほうがいいのだろうか。

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