私が以前に学級担任をしていた頃の話です。
クラスの女子生徒(中学2年)が内臓の疾患で箕面市立病院に入院しました。
たしか、2週間ほどの入院だったと思い出します。
お見舞いに病院へ行くと、お母さんが来られてました。
病室に入ると、お母さんは、「娘がなぜ私だけが、こんなに長い間、病院にいなければならないのと言うんですよ」と私に告げられました。
どうやら、私が病室に行く前に、娘はお母さんにだいぶん愚痴をこぼしていたようで、生徒の様子と病室の雰囲気から、それを察知しました。
おそらく、学校では、自分以外のみんなが楽しく生活を送っているだろうに、自分だけは学校を休み授業のときも部活のときも休み時間も、一人でベッドに寝ていなければならない。
このような気持ちで、お母さんに不満をもらしていたようでした。
数分間、学校のことなどを話した後、病室を出る前に、私は女子生徒に言いました。
「雨を楽しみ、風を喜ぶことも大事だと思うで。いつも雨の日や風の日ばかりではないし」
後日、学校で、「退院しました」とその女子生徒は報告に来ました。
その後、体調を気遣いながら、その子は卒業を迎える頃となりました。
その子は私のところへやってきました。
「先生、入院していたときに先生から言われた言葉はうれしかったよ。私には忘れられない言葉になっています」
とのことでした。
雨を受けているとき、風に立ち向かっているときには、そんな余裕は持てないかもしれない。
でも、もし、雨や風を楽しむことができたら、気持ちは前向きになるし、人生は豊かになる。
このような意味で、私は彼女に言った言葉でした。逆境でも、すべてを受け止めて楽しむぐらいの気持ちでいけば困難なことも乗り越えられるかもしれない。
これは私が常々考えていることで、それを自然と言葉にして彼女に伝えたのです。
私としては、ふつうに出た言葉だったのですが、彼女に与えたインパクトは大きかったようです。
昨日のブログで書いた、「言葉は、そのフレーズに、発した人の生き方や思いが重なって、受け取る人の心に響くものになる」
というのは、じつは私自身の経験を拠り所にしているのです。
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