京都の放火事件の犯人のプロフィールがどんどん暴かれていきます。防犯カメラに写っている犯行前の姿を何度も何度も流します、そんなの見ても何にもならぬのに。ああやって視聴者(一般人)の怒りや憤りを煽ることで報道模様を正当化してるんですかね。もう見たくないですけれどね。で、不思議なことです。彼があの会社の募集してた小説に応募してたという事実が分かったそうなのですが、それを同姓同名で同じ住所の者からの応募のあることが判明したという表現していることです。同姓同名で同住所なら本人でしょうにね。本人確認に他に何使います?誕生日ですか。つまりこれが事実なら困る事情があるのか?との勘繰りです。犯人が確保されたときにパクりやがって!と叫んでたそうで、会社側はそういう事実はないと既に言うていて、この惨事を危ない男の妄想事で済ませたいのにこういう事実は不都合だとか?勘ぐりますね、この不自然な表現は。原稿が残っていれば出せばいいことですが、残ってなければこれまた憶測が憶測を呼ぶことでしょうか。外野から推測するにこういうアイデア勝負の世界は似たような構想はあちこちに転がってましょうしね、それこそ思い込んでしまうとの危険ですわね。さてどうなりますか。
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